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春が来て、花が咲いたら。

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春が来て、花が咲いたら。
春が来て、花が咲いたら。 春が来て、花が咲いたら。 春が来て、花が咲いたら。 春が来て、花が咲いたら。 春が来て、花が咲いたら。 春が来て、花が咲いたら。

リアクション



5


「時には良いものですね、お花見を行うというのは」
 人好きのするような満面の笑みを浮かべ、ルイ・フリード(るい・ふりーど)は桜を見上げた。
 最近、巻き込まれたということもあったが戦闘ばかりの日が続いていた。けれど戦いばかりでは心が疲れてしまう。
 だから花見の企画が冒険屋ギルドで上がった時、真っ先に参加表明をした。
「仲間たちとの息抜きは大切です。心の洗濯です!」
「ルイの言うことも一理ある。たまには仲間たちとのんびり過ごすのも悪くない」
 とルイの言葉を肯定したのはリア・リム(りあ・りむ)である。
「リア……変わりましたね」
 その考えを聞いて、驚きと喜びの混じった声でルイは言う。
「……そうだな。こんな風に考えられるようになれたのかな」
 クリスマスの時のことも、思い出した。リアは変わっている。
「立派に成長してますよ、リア」
 微笑んで頭を撫でて、辺りを見回した。本日のルイの御役目は、仲間たちとお花見をする場所を確保すること。
 騒げるスペースがあって、桜も見れる場所というと……。
「この辺りが良さそうですね」
 場所を見付けて、持参した大きなレジャーシートを敷く。荷物を重りにしてシートが飛ばないようにして。
「後は予約席だと目印になる物を……」
 真ん中に置けば、準備万端か。
 そうして振り返ったところで、シュリュズベリィ著・セラエノ断章(しゅりゅずべりぃちょ・せらえのだんしょう)――通称セラ――が、にんまり笑っていた。
「ん? セラ、どうしました?」
「あ〜、ルイ。マッチョなダブルバイセップス・フロントなるポーズを取ってくれ」
「どうしたんです、リア。ポーズを取ってくれだなんて珍しい……」
「細かいことは気にしないで一つ頼む」
「わかりました!」
 ビシッ、とポーズを取った。筋肉が隆起する。
「それから、魔物も逃げ出すスマイルで」
「こうですかっ?」
 ニコォォ、といつもより輝いて見えるルイ☆スマイルも披露。
 したところで、
 サクッ。
 ――ん?
 ――また、何か、刺されたような?
 ――あれ?
 ――今度も身体の自由が……。
 ――……。


 いつぞやかのデジャヴが如し。
 再び石像となったルイに、セラは一枚の紙を張った。
 『冒険屋(神)一行予約済み(人除け石像980Gにて販売中)』
「お値段据え置きだよ〜♪」
「1000G切ったしな」
「おつりがくるよ! 人除け効果もバッチリ!」
 シートの真ん中のルイ像を見て、セラはぐっと親指を立てた。
「まあ、場所も取れたことだし。僕達もお花見準備に取り掛かろう」
「準備? 場所取りだけでいいんじゃないの?」
「ルイにお弁当なる手料理を作ってやるのも悪くはない」
「えー……めんどいよ?」
「そう言うなって。きっと楽しくなる」
「なるかなあ? ……ま、セラ達がしたこと、場所取りだけで何も持っていかないっていうのも気が引けるし……よしっ、手伝うよ! たんぱく質たっぷりなお弁当をたくさん作ろうじゃないか!」
 ぎゅっと拳を握って宣言。ぱたぱたと、準備をするために駆けていく。
「ねえ、リア! 花見って、みんなで大騒ぎするんだよね?」
「まあ、大体そんな感じだな」
「セラね、楽しみだよ」
 だってそんな大騒ぎをするのって、生まれてから初めてのことだから。
 自然と笑顔になる頬を抑えて、走る。


*...***...*


 多比良 幽那(たひら・ゆうな)に言わせれば。
 働かざる者桜を見るべからず。
「……ルイさん、何で石化してるのよ」
 場所取りが出来たよ! というセラからの連絡を受けて来たら、マッスルポーズで満面の笑みで、そして石化しているルイを見付けた。
「でもこれ、やるわね……」
 知り合いの幽那ですら不審がって近付くのを躊躇ったほどだ。一般客なら近寄ろうともしないだろう。魔除けならぬ人除けの効果はばっちりということになる。おまけに目立つから冒険屋ギルドの面々は迷わずここに辿り着けるだろう。
 そういうわけで、安心して準備にとりかかった。
 幽那が始めた準備は、会場のライトアップである。昼から集まりはするものの、今日のメインは夕方からの夜桜だから。
 ライトアップ用の照明器具を電気屋さんで購入し、一緒に桜を見ようと連れてきたアルラウネ達に手伝わせて設置。
「コロナリア、そっちにこれを……そうそう。リリシウムはこれ。ヴィスカシア、リリシウムを手伝ってあげて」
 アトロパとローゼンも連れてきたが、性格的なものもあって早々に手伝いを投げ、それぞれ遊びに行ってしまった。追いかけはしない。照明の準備で忙しいのだ。
「夜桜ってね、きちんとライトアップされればすごく綺麗なのよ」
 光が少ないと、ぼんやり浮かぶだけで少し怖く見えるのだけど。
 きちんとライトアップされれば、それはそれは幻想的なものが見える。
 そんな素敵な光景を見せたくて、だから準備に余念がなくて。
 それに、最近の花見は花見じゃないとよく言われている。
 だったら、花を綺麗に見れるお手伝いをしようと。
「こんなものかしら?」
 ライトアップの準備もできた。
 上手く光るかは夜にならなきゃわからないけど。
「綺麗に見えるといいわね」
 アルラウネたちに声をかけて、シートの上に座って待った。
 冒険屋ギルドの仲間たちを。


*...***...*


 ドアを開けると、からんからんと涼やかなベルの音が店内に響いた。
「ごきげんよう、フィルさん」
 セラフィーナ・メルファ(せらふぃーな・めるふぁ)は、花見の準備としてフィルの店に来ていた。
「今日は女性なんですね」
「うん。このメイク似合う?」
「ええ。可愛らしいですよ」
「やった♪ それでそれで? 今日はどうしたの? 何が知りたい?」
 他愛もない話をしてから、いつも通り掴みどころのない調子で問い掛けられた。
 セラフィーナは、この店『Sweet Illusion』に何度か来ていた。とはいえ、ケーキ目当てではなく情報目当てに、だが。
「そうですね。このお店のお薦めケーキが知りたいです」
 だけど今日はケーキ目当てだ。この答えが予想外だったらしく、一瞬フィルがきょとんとした。すぐににっこりと笑顔になり、
「そうだねー。期間限定の桜のシフォンなんてどうかな?」
 お薦めを教えてくれる。
「それはそれは。お花見にも丁度良さそうですね。包んでいただけますか?」
「ありがとうございまーす♪」
「それから紅茶も。合うものを見繕っていただきたいのですが」
「任せて」
 てきぱきと動くフィルを待つ間、店内を見回した。数組のお客様と、従業員が一人。
 それからドアに目をやって、営業時間を見た。10時開店、18時閉店。いい時間で閉店してくれる。
「お待たせセラちゃん」
「……ねえフィルさん。相談なのですが」
「うん?」
「お店が終わってからでいいので、冒険屋のお花見に出張営業は出来ませんでしょうか?
 このお店のケーキやお茶が楽しめるとなればみんな喜ぶでしょうし、フィルさんの顔見知りも数人参加していることですし。
 それから、珍しいリンス君が見れるかも知れませんね」
「それはそれは。いろいろと興味深いねー。じゃあパティシエに交渉して、出張販売用のケーキ焼いてもらわなくちゃ」
「来てくれるんですか?」
「営業終了後ならね。行くよー? 私だってお花見したいもん」
 箱に詰められたケーキを手渡しするフィルに微笑んだ。
「ありがとうございます」
「いーえー。じゃあ後で向かうね」
 またね、と手を振るフィルに手を振り返して、セラフィーナは冒険屋の面々が待つ場所へ向かった。


*...***...*


 場所は取った。面子も揃いつつある。
 そして花見では宴会。いやむしろ酒宴。
 と、いうことで。
「よし、揃ったな皆の衆!」
 南部 ヒラニィ(なんぶ・ひらにぃ)は紙コップを掲げて声を張った。
「最年長者であるわしが乾杯の音頭を取ろう」
 言いながら、懐からごそごそとメモを取り出す。四つ折りにされたそれを広げ、
「あー……。
 『冬を越し、暖かな春がやってまいりました。同時に年度もかわり新入生、新学期、新社会人と生活環境も変わった方もいらっしゃることと思いみゃし』、……」
 噛んだ。
「…………」
「…………」
 気まずい沈黙が流れる。
「……か、かんぱーい!!」
 ヒラニィは、誤魔化した!
「「「かんぱーい!」」」
 みんなも、それに乗った!
 そういうわけで、花見と言う名の宴会はなし崩し的に始まった。


「ええっ!? 姉さんも麻羅さんも朱里さんもお酒を飲まれるんですか!?」
 驚いて、音井 博季(おとい・ひろき)は思わず声を大きくしてしまった。
「音井さん、飲めないの?」
 茅野瀬 朱里(ちのせ・あかり)が悪戯っぽく笑い、麻羅が「仕方ないのぉ」と呆れたように言う。
 年齢的には飲めるのだけども、博季は白ワイン専門である。唯一のめるそれでさえ、グラスにちろっとしか飲めない。
 ――どうしようこの状況。
 ――それより皆さんをお止めするべきなのかな?
 ――でもこう見えて、皆さん僕より遥かに年上なんですよね……。
 どうするべきか、ぐるぐる考えていると。
「飲んでるか、おっとぅーい!!」
 がばり、とヒラニィが飛びかかってきた。
「わあ、姉さん? 酔っているんですかっ」
「ふははっ、舐めるなよっ? この程度で酔うはずがなかろうっ」
「ヒラニィはザルだもんねー」
「朱里もな」
 互いに注ぎ合って、ヒラニィと朱里がコップの中身を飲み干す。あっという間に無くなった。そしてまた注ぐ。ザルだ。本当にザルだ。しかも飲め飲めとコップに注いでくるからどうしたものか。
「……姉さん覚えていますか? 初めてお会いしたときのこと」
 博季は話を切り出した。
 小学生の時、義父と義兄に連れられて地質調査に来た際にサバイバル生活のいろはを教えてくれた相手。それがヒラニィで。
「覚えておる」
 不敵にヒラニィが笑った。その笑みには昔の面影があり、少しどきりとした。
「……何で縮んでいるんですか、姉さん」
 初めて会った時は、大人の女性といった風情で妖艶だと思ったのだけど。
「僕が小さかったから大きく見えただけなのかな……?」
 首を傾げると、ヒラニィが笑った。
「この姿になる前は妖艶な美女だったぞ?」
「え、」
「それよりなんだおっとぅーい? ろくに飲んでないではないか! 飲め飲めっ」
 ぐいぐいとコップを押し付けてくるヒラニィ。笑って誤魔化すことも出来ず、勧められるままにお酒を飲んだ。あまり飲みなれない味に、くらくらする。
 ちびちび、舐めるようにお酒を飲んでいると風が吹いて花びらが舞った。
 ――ああ、綺麗だなぁ。
 博季は桜が好きだ。桜が咲くと、必ず見に出掛ける。
 ――今年の桜は、いつにも増して綺麗。
 薄紅色の花びらが、いくつもいくつも集まって。ひとつの樹を形作る。
 ――また来年も、こんなに満開になってくれたらいいな。
 そうしたら、今年一緒に来れなかったあの人と一緒に見に来よう。
 綺麗ですね、ってありきたりな感想を述べて、だけどその感情を共有して、一緒に笑うんだ。
 ――ていうか、今日お誘い出来ればよかったんだけど……。
 す、と生徒手帳に挟んだ彼女の写真に手を伸ばしかけて、はっと気付いた。
 ――ってうわ! 僕の馬鹿! しんみりするなよ皆さんの前だぞ!?
 でも、だって、今隣に彼女が居ないから。
 ぽろ、と不意に涙が零れて、さらに慌てる羽目になった。ごしごしと、目元を袖で拭う。
「おーい、そこの飲み面子!」
 そこにルーフェリア・ティンダロス(るーふぇりあ・てぃんだろす)が乱入してきた。
「俺も混ぜてくれよ……って、どした音井。酔ったか?」
「……そう、ですね」
 急に哀しくなったりするのも、全部お酒のせいだ。
「酔っただと? あの量で酔ったとは生意気な!」
「生意気な!」
「ひぃん!?」
 ヒラニィと朱里が博季を両脇から囲み、ローブをぐいぐいと引っ張った。
「お、何だ。面白そうじゃねえか」
「面白くないですよルーフェリアさんっ。助けてください〜!」
「混ざれ混ざれ。面白いぞ」
 ヒラニィの悪い囁きに、ルーフェリアが乗っかった。三人がかりとならば、する抵抗も無駄なものとなり。
「わーん! ローブ返してー!?」
 ついぞ脱がされ、赤面する羽目になった。
「楽しいだろう?」
「ドヤ顔で言われても……っ!」
「わしはこういう馬鹿騒ぎが好きだからな。音井はそうでもなかったか?」
「姉さん……」
 もしかしたら、あのしんみりを感付かれていたのかもしれない。
「や。大騒ぎも、嫌いじゃないよっ」
 応えようとして笑ったら、
「よし脱がせー!」
「なんで!? どうしてそうなるのーっ!?」
 火に油だった。
「愉快愉快」
「だね。あ、ルーフェリア。このスルメ美味しい。お酒にすごく合う」
「だろ? ヒラニィも脱がし終わったら一杯やろうぜ!」
「うむ、待っておれ! ほら音井、脱げー!」
「脱がないよ!? ていうかローブ返してぇ!」


 そんな風に騒ぐ面々を、霧島 悠美香(きりしま・ゆみか)は少し離れた場所で見ていた。
「ルーさん、お酒あまり飲み過ぎないようにしてくださいね?」
 はっちゃけるのは構わないが、ルーフェリアはあれでそこまで酒に強いわけではない。気を抜いていると、酒に呑まれることになる。
 お花見に行こうと言い出したのは、ルーフェリアだった。桜を見に行こうと急に言い出すから何かと思ったら、面子が面子。
 月谷 要(つきたに・かなめ)と二人してなるほどと頷いて今日を迎えたというわけだ。
 要はというと、
「春はいいよねぇ。春と言えば、初鰹とかさわらとか。菜の花やたけのこも美味しいよねぇ。
 デザートならイチゴとかサクランボとかかな? 新茶と桜餅の組み合わせは鉄板だし……」
 延々、食べ物について語っている。
「聞いてる? 悠美香ちゃん」
「聞いてるわよ。春は美味しいものがいっぱいある季節、でしょ?」
「わ、言いたいことわかってる」
「だって要、季節が変わっても言うことは結局同じだもの」
「気のせいだねっ」
「はいはい。ほら、持ってきたお弁当出して。皆も食べられるように広げて置いておきましょう」
「はーい」
 要を促して、持ち運んでもらったお弁当……というより、お重を広げさせた。中身は定番のおにぎりやいなりずしに始まり、鶏のから揚げ、卵焼き、アスパラベーコン巻きと色鮮やかだ。三色団子や桜餅といったデザートの用意もばっちりである。これらを前日から作ったルーフェリアは一番の功労者と言える。
「要! どっちが多く食べられるか、勝負よ!」
 宣言したのはアカシア・クルウィーエル(あかしあ・くるうぃーえる)だ。
「勝負だなんて。お花見しようよアカシアさん」
 ゆるく笑って要は言うが、手に持った取り皿には大量の食糧。明らかに花より団子状態である。
「いや! 勝負するっ!」
 負けじとアカシアが取り皿に料理を取った。要より少し、多めに。
 二人の目が合う。ばちん、火花が散った。
「「負けるかー!!」」
 大食い戦争の勃発である。
「……よく食べるわね……」
 これなら残り物は出ずに済みそうだ。そう思いながら、悠美香もおにぎりに手を伸ばした。


 アカシアと大食い戦争を始めた要だったが、しっかりと楽しんでいた。
 周囲に咲いた桜の花も綺麗だし、皆と一緒に食べるご飯は美味しいし。
「皆で食べるご飯は幸せになれるから良いよねぇ……」
「くっ、要の食べる量が一向に減ってこない……! 満腹度というものがないの!? 負けない!!」
 アカシアはそう言うが、要にだって満腹度はある。さすがに食べるペースが落ちてきていた。むしろアカシアの方が変わりなく食べ続けている。
「あ。じゃあ食後の運動すればいいよね」
「?」
 思い立って、行動に移すことにした。立ち上がり、人除けの像と化したルイに近付く。そして鬼神力を発動させた。
「よぃしょっ……!」
「う、動かした……ですって!?」
「えっ!? 石化したルイが!?」
 シートの中央から、ルイの石像が動かされていく。ちょこちょこと、数センチずつだけれど。


 そしてそれは、この場所から少し離れたところに居る人達からすれば。
「……!?」
「石像が、勝手に動いてる……!!」
 巨漢であるルイの陰に隠れてしまった要は見えず、まるで石像がひとりでにじわじわ動いているように見えていた。
 この後、ヴァイシャリーの桜並木広場ではひとつの都市伝説が語られることになる。
 『桜の季節になるとどこからともなく石像があらわれ、花見をするためにひとりでに動く』。
 その渦中に居た人物は、この伝説を知らないけれど。


「ルイさんで運動したらまたお腹すいてきた!」
「なっ!? 要、私を勝たせる気ないわね!? それでも負けないんだから!」
「ふっふっふ。俺だってアカシアさんに負けたくないからね……!」