薔薇の学舎へ

波羅蜜多実業高等学校

校長室

葦原明倫館へ

地球に帰らせていただきますっ! ~3~

リアクション公開中!

地球に帰らせていただきますっ! ~3~
地球に帰らせていただきますっ! ~3~ 地球に帰らせていただきますっ! ~3~ 地球に帰らせていただきますっ! ~3~

リアクション

 
 
 
 ■ 息子さんを私にください ■
 
 
 
 実家に帰るのも久々だ、と椎堂 紗月(しどう・さつき)は家に向かう道すがら、周囲の風景を眺めた。
 この道を歩くのも2年ぶりくらいだろうか。大きな変化はないけれど、小さな変化はそこかしこにあり、それが流れた月日の長さを思わせる。
 今回紗月が帰省を決めたのは里心がついたから、という訳ではない。
 恋人だった鬼崎 朔(きざき・さく)が婚約者になったのだから、さすがに実家に一度も挨拶なしと言うのも良くないだろう。
 紗月も朔との結婚については真面目に考えているつもりだし、婚約指輪も、まぁ特殊な形ではあるけれど渡してお互いの手の中にある。
 そんなことを考えながら紗月は隣を歩く朔を眺めた。
「朔、顔がこわばってるぜ。大丈夫か?」
「正直……緊張してる……」
 今まで朔は殺伐とした世界に生きてきたから、こういう普通の両親への挨拶なんて場面に置かれるとどうしたら良いのか分からない。普段は鏖殺寺院の復讐鬼であっても、紗月の前では恥ずかしがり屋な乙女の朔なのだ。
「紗月のご両親ってどんな人?」
「うちの親はフレンドリーな性格だから問題ねえと思う。電話しといた時も、婚約者連れてくっつったら喜んでたし。けど、問題は婆ちゃんなんだよなー」
 普段は田舎にある椎堂の本家に居るのだけれど、紗月が婚約者を連れて来ると聞いて、家で待ちかまえているらしい。
「朔にヘンに突っかかったりしなきゃいいけど……いや、ていうかそれ以前に、また俺が日本の伝統文化ってのを仕込まれそうだな」
 祖母は厳しいし、仕込まれる時には紗月は女として振る舞わねばならない。できればそれは朔には見られたくない。
 やだなー、とぼやく紗月に朔の顔が曇った。
「私だと認めてもらえなかったりするのかな……」
「ああ違う違う。婆ちゃんも、性格は優しいんだ。けど、礼儀作法にとにかく厳しくて、気も強い。田舎にある本家で頭首務めてるくらいだからな……威厳とか気迫もすげえんだ」
 これはあらかじめ朔に教えておかなければと、紗月は言う。
「だけど、婆ちゃんには物怖じせずにはっきりと堂々と向かい合うこと。多分、婆ちゃんのことだから朔を試そうとするからな。凛とした姿勢で臨めばなんとかなんだろ」
「物怖じせずにはっきりと……」
 紗月の言葉を繰り返し、朔は心にしっかりと留め置いた。
 
 
 そして到着した紗月の実家。
 玄関前で朔は紗月の服の裾を引く。
「身だしなみは……大丈夫だよね?」
「ああ、問題無しだ」
「ねぇ、紗月。……ご挨拶する前に私に……勇気ちょうだい」
 朔の差し出した震える手を、紗月はぎゅっと握りしめた。朔はゆっくりと深呼吸すると、こくりと頷く。
「よし、行くぞ。――ただいま!」
 紗月は元気良く玄関の扉を開けた。
「まあ紗月、お帰りなさい」
 最初に顔を覗かせたのは、紗月の母の椎堂 朝夏だった。紗月に良く似た整った容姿の朝夏は、にこにこと明るい笑顔を朔にも向けた。
「そちらが朔さん? 綺麗な子じゃない。紗月にしては良い子を見つけたわね」
 綺麗と言われて朔は赤面する。
「俺にしては、って何だよ。ああ悪い。詳しい紹介は婆ちゃんの後にさせてくれ」
 それが礼儀だからと紗月は言った。そうしているうちに今度は父の椎堂 冬夜がやってくる。
「お帰り、紗月。朔さんも、よく来てくれましたね」
 穏やかな物腰で冬夜は、さあどうぞと快く紗月と朔を中へと促した。
 想像以上にフレンドリーで温かい紗月の父母の様子に朔は、この人たちとなら自分も心おきなく『家族』になれるのではないかと期待を持った。
「紗月、和室でお母さんが待っています。2人共和服に着替えてから来るようにとのことです」
「ん、分かった」
 祖母に和服を着るように言われては仕方がない。紗月は素直にそれに従った。
 
 
「失礼します」
 和服に着替え、髪もしっかり結った紗月は和室のふすまを開けた。
 中には凛と背筋を伸ばした祖母、椎堂 千代がいた。
「只今帰りました」
 頭を下げる紗月に続いて、朔も挨拶をする。
「鬼崎朔と申します。ふつつか者ですがどうぞよろしくお願いします」
「良く来たね。お入り」
 2人を和室に招じ入れると、千代はあれこれと話しかけてきた。
 まずは紗月に。それが終わると今度は朔に。
 朔の礼儀作法を試しているのだと紗月には分かったが、今は朔を信じて見守るしかない。
 緊張は隠せずにいたが、それでも朔は紗月に言われていたように、堂々と千代と向かい合った。はきはきと、それでいて対等でありつつも、敬意を持って悠然と話すようにと心がける。
 うっかり不作法をすれば、たちまち千代の厳しい視線が飛んでくる。それでも朔は挫けなかった。紗月と家族になりたいと望むなら、これは乗り越えなければならない試練だ。
 ある程度朔と話すと、千代は結果を口にした。
「まだまだ修行が必要なようだね」
 それを聞いた朔はさっと畳に手をついて頭を下げる。
「お婆様、私はまだまだ未熟者で至らないところばかりですが、紗月のお嫁さんになる覚悟は出来ています。どうかご指導ご鞭撻の程、よろしくお願いいたします」
 完璧な作法なんてこなせない。けれど受け入れ改める姿勢があれば学んでいけるはず。
 その様子に目をやると、千代はふと微笑んだ。そうすると頭首としての顔から、紗月の祖母の顔に変わる。
「楽な道ではないよ。それでも紗月を支えて生きる覚悟があるというのなら……こちらこそ、紗月をよろしく頼みますよ」
 千代からの許しに紗月と朔は顔を見合わせると、同時にありがとうございますと頭を下げた。
 
 
「お義母さんとのご挨拶は終わったの? じゃあ今度は私たちにも紹介してちょうだい」
 和室から戻ってきた紗月と朔に、朝夏が笑顔を向けてくる。
「鬼崎朔と申します。ふつつか者ですがどうぞよろしくお願いします」
 朔は改めて挨拶をすると、持参した手みやげ……有名どころの日本酒を差し出した。
「まあご丁寧に。早速夕食の時にあけさせてもらおうかしら。お夕飯、腕をふるったのよ。一緒に食べていくでしょう?」
「もちろん。家のメシも久しぶりだなー」
「あ、私もお手伝いします」
 朔は朝夏について台所へと向かった。
 出してくれたエプロンをつけていると、朝夏が興味津々に聞いてくる。
「それで? 朔さんとうちの紗月との馴れ初めはどんなだったの?」
「えっ、それは……」
 照れる朔に、朝夏はふふっと楽しそうに笑った。
「何だか和やかでいいですね」
 2人の様子を眺めて冬夜が言うと、和室から出てきた千代も台所をのぞき込み、肩を並べて家事をする紗月と朝夏の姿に目を細めるのだった。