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41


 白地に落ちついた花火柄の浴衣を身にまとい、早川 呼雪(はやかわ・こゆき)はぐるりとあたりを見回した。
 祭りで賑わう会場。この中には、いったい何人の死者が居るのだろう?
「日本のお盆も亡くなった人が戻ってくるという風習だが……実際に起こるとこうなる、ということだろうか」
 誰にともなく、ぽつりと呟く。
 ふと視線を感じたので、そちらへ目を向けた。花火柄、というお揃いの浴衣――ただし、色合いなどがひどく派手な――を着たヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)が、じっと呼雪を見つめていた。
「どうした?」
「ううん、別に」
 彼らしくない、静かな笑いで話を流され。
 突っ込まれたくないことだったのだろうか、と思っているうちに知った顔を発見。
「紡界、瀬島」
 ひらりと手を振る。と、瀬島 壮太(せじま・そうた)が「おー、早川!」とはしゃいだ声を上げて寄ってきた。紺侍も壮太を追いかけるように早足で来る
「二人も来ていたのか」
 紺侍は浴衣で、壮太は紺の甚平で。
 互いに夏を楽しむ格好をして、夏祭りの場へと。
「へー、壮太とコンちゃんでデート? なんかちょっと意外な組み合わせ」
 にまにまとヘルが笑う。紺侍は「そっスよーイイでしょ」なんていつも通り飄々と笑っていた。
「あら。紺侍くん、今日は可愛い子とデートなのね」
 屋台でりんご飴を買っていたタリア・シュゼット(たりあ・しゅぜっと)が戻るや否やからかうようにそう言ったので、
「あはは。オレらやっぱデートに見えるんですって」
「嬉しそうに言ってんな、アホ」
 ノって笑った紺侍を、壮太が肘でどつく。
「ところでおまえ、この素敵なお姉さんとどういう関係? 紹介して?」
 軟派に伸ばされた壮太の手を、呼雪が手を繋ぐようにきゅっと握って止めた。
「悪いな、瀬島。タリアは俺のパートナーだ」
「あ。そりゃこっちこそ悪いことしたな」
 ぱ、っと手を離し、呼雪とタリアに壮太が謝る。
「いいのよ。今度はお姉さんとも遊んでね?」
 謝られたタリアが嫣然と笑んだ。
「……瀬島。口元緩んでるぞ」
「だっ、しょうがねえだろ、こんな美人にんなこと言われたらよ!」
 さて、そんなやり取りの傍らでは。
「壮太が元々呼雪の友達でねー」
「あァ、なるほど」
 ヘルと紺侍がひそひそ話をするような距離で喋っていた。
 ともあれ、互いの関係や状況も把握できたし。
「コンちゃんたちのデートの邪魔をしちゃいけないし、僕たちも行こうか」
 ヘルが立ち上がり、言った。
「そうだな」
 呼雪が頷くと、
「ヘルさんも呼雪さんとのデート、楽しんでくださいねー」
 紺侍がにこやかに手を振る。
「タリアさんは行かねェんスか?」
「私はちょっと川辺で涼もうかなぁって」
 あっちに行くね、とひと気の少ない川辺を指差し、タリアが微笑んだ。
「あ、紺侍くん。良かったら精霊船が流れるときの風景を撮って、後で見せてくれない?」
「了解っス」
「ふふ、楽しみ。……じゃあ、みんなも楽しんできてね」
 ひらひらと手を振り、タリアが川辺に向かって歩き出す。
 タリアが今何を思っているのか。
 契約者である呼雪には少しだけわかる。
 だから、止めはしない。
「暗いから、足元に気をつけてな」
 そう一言だけ声をかけて、手を振った。


「まずはどの店に行きたい?」
「美味しいところがいいなー。焼きそばとかイカ焼きとか。半分こして食べるの!」
「はんぶ……、……そういうのは、恥ずかしくないか?」
「大丈夫だよ、たぶん」
 たぶん、というところに不安を覚えつつも、ヘルの望みどおりに屋台を回って半分こ。
「ラブい!」
 と喜んでいるから、まあいいのだろう。……恥ずかしくは思うけれど。
 ヘルの嬉しそうな顔を見ていたら、そんな気持ちも少しは飛んだ。
「よーし、美味しいものは一通り回ったし、次は遊戯系ね!」
 はしゃぐヘルを一歩後ろから見守ると、くるりとヘルが振り返り。
「でも射的はやらない。だって絶対勝てないもん」
 ふふふ、と悪戯っ子のように笑った。
「勝ち負けなんて考えなくていいだろう?」
「やーだ。勝って、それで何かご褒美もらうんだー」
 何なら勝てるかなー、と屋台を吟味するヘルに、これは負けられないぞと小さく笑った。


 祭りを楽しみ、花火がドォンと上がる頃、
「呼雪は、今日これで良かったの?」
 ヘルが割り増し真剣な声で問うてきた。
 呼雪には、死別した両親が居る。
 幼い頃に、自分を残して亡くなってしまった両親。
 会いたい気持ちがないわけではない。
 けれど。
「俺は……良いんだ」
 今会ってどうするかなんて想像つかないし。
 自分が辿ってきた道を話して聞かせるのも、酷な気がして。
 父が、母が、二人が魂の循環の中に居るのなら、いつかパラミタのどこかに生まれ変わるのだろうし。
 そうすれば、その時、お互いに気付かなくともまた逢えるのではないか、と。
 思いの内を話して聞かせると、「そっかぁ……」としんみりした様子でヘルが頷いた。
「それにな」
 頷いたまま顔を上げないヘルの頭に手を乗せて、ぽんぽんと撫でながら。
「こういう時くらいは……一番大切な相手を優先したいし」
「一番、大切な……?」
 ちらり、上目遣いにヘルが呼雪を見る。
「ああ。お前の事は一番大切だけれど、現実を思えばいつでも最優先出来るとは限らないから」
 一緒に居てあげたい時に居られないことだってあるし、それを申し訳なく思うこともある。
 だけどヘルは、いつも笑顔で呼雪の傍にいてくれる。
 呼雪がどうなったって傍にいるよと言ってくれる。
 そんなヘルの気持ちに、少しでも応えたい……というと、また語弊が生じるのだろうけれど。
「だから、今日はヘルと一緒に居たいんだ」
 言ってからはっとする。今は人混み。誰も自分たちを見ていない。
 どさくさにまぎれて何かされそうだな、と身構える。瞬間、横から抱きつかれた。
「ヘル。人前ではと……」
「わかってるよ、僕だってそこまで子供じゃないしー」
 言いながらヘルがしたのは、つむじにキス。
「〜〜っ、ヘル!」
「えっ、これアウト?」
「アウトだ、アウト」
「じゃあせめて、これなら」
 譲歩してきた内容は、指を絡めて手を繋ぐこと。
 俗にいう恋人繋ぎだし、そう見られてもいないだろうけれど人前で手を繋ぐのも、とは思ったけれど。
 ちゃんと譲歩してくれた彼に、これ以上嫌だと言うのも気が引けるので、頬を少し赤くしたまま道を歩いた。


 川辺で、夏らしからぬ涼しい風を頬に受けながら。
 タリアはほうっと息を吐いた。
 先ほどから考えているのは、死別してしまった恋人のこと。
 亜麻色の髪をした、優しい男の人。
 ある事件で、タリアと、一緒に暮らしていた子供たちを庇って死んでしまった人。
 今日なら、彼に、会える。
 ――会いたい。
 強くそう思う。
 ――会いたくない。
 だけど、同じくらい強く否定する。
 会いたい。
 会えない。
 会いたい。
 ……会いたい。
 だけど、会いたいと思うたびに首を振った。
 だって、もうとても昔のことだから。
 それに、付き合いがあったのも、見送ってきたのも、彼だけではない。
 ――強く思い出すのは、心残りのある分かれ方をしたせいかしら。
 きっと、そうだ。
 だから、会わなくても平気。
 そもそも、もう生まれ変わっているかもしれない。
 だってもう、数百年も前の話なのだから。
「……よし」
 タリアは己の頬を軽く両手で叩き、祭りの輪の中に戻った。
 会わない。
 そう決めたから、もう悩まない。
 お祭りを楽しんで、それから家で待つパートナーへお土産を買って帰ろう。
 使わなかった人形も、その時渡そう。
 ――マユあたりは喜びそうね。可愛い人形だもの。
 指先で依り代人形を弄り、タリアは小さく微笑んだ。