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KICK THE CAN3! ~Final Edition~

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KICK THE CAN3! ~Final Edition~

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第二章 


「なぁサツキ、『カンケリ』って何?」
 新風 燕馬(にいかぜ・えんま)は、自分を今日の缶蹴り大会へと引っ張り出したサツキ・シャルフリヒター(さつき・しゃるふりひたー)に問うた。
「おや、知らないんですか、燕馬? カンケリというのは……」
 干鳧。それは、鳧というチドリ目チドリ科に分類されている鳥の干物。
「と、いうのは嘘です」
「嘘かよ。じゃあ本当は?」
 サツキが説明する。
 管蹴り。某配管工の出演するゲーム内のミニゲームの一つ。専用の土管セットが玩具として発売されているが高額なため、空き缶で代用されるケースがほとんどである、と。
「というのも、嘘です」
「嘘かよ!?」
 だが、燕馬は間もなくその身をもって、「カンケリ」とは何かを体感することとなる――。

・Well begun is half done.(始めが肝心)


「トラップの設置は完了しました。では、宜しくお願いしますね、ロイさん」
 守備の準備を終えた水無月 睡蓮(みなづき・すいれん)は、ロイ・グラード(ろい・ぐらーど)
と顔を合わせた。
 なお、二人とも変装してこの場に来ている。もちろんエントリーも偽名だ。睡蓮はPASDから警戒されていたのだが、その責任者や関係者と縁のある天学で普通に学校生活を送れていることを考えれば、今はそれほど危険視はされていないのかもしれない。
 現在のPASDはイコン技術の研究にも携わっているため、こういった機会に少し様子を見ておこうと彼女は参加を決めたのだった。
 が、ロイの場合はシャンバラ王国から指名手配されている。そのため、ヴィクター・ウェストが試しに作ったという変装グッズを使用していた。
「しかし、未だに状況が飲み込めない。缶蹴りとは何だ? 準備を見る限り、まるで戦争でもするかのようだが……」
「まるで、ではなく缶蹴りとは戦争です。戦わなければ生き残れない、ただの遊びだと油断していたら――死にますよ」
 たかだか缶一つのために命を賭けるなんて、そんな馬鹿なこと……そう思っていた時期が睡蓮にもあった。だが過去の話を聞いた限りでは、死人が出なかったのが不思議なくらいなほど、壮絶なものであることが分かった。
「そう! 多少姑息な手段を持ってしてでも……生き残るしかないですよね」
「なるほど、分からん。だが、これも仕事だ。全力で缶を死守するとしよう。腕も馴染んできたところだ」
 再生された左腕の感触を確かめるように、ロイが掌を握ったり開いたりした。
「だが、あのヴィクター・ウェストにも治せぬモノがあるとはな……」
 さすがに「死んだ」ものはどうにもならない、とヴィクターは言っていた。
「死ななければ、ヴィクター様が何とかして下さいますよ」
 裏を返せば、生きてさえいればどんな形であれ再生可能だということらしい。
「上空、地上。まだ始まってはいませんが、攻撃側は缶の一キロ圏内までは近付けますからね。始まった瞬間奇襲を仕掛けてくるかもしれませんから、用心して下さい」
 彼女達は、それぞれ守りに就いた。

* * *


(一キロ圏内までは近付けるということは、それ以上進めなかったら缶の近くにいる、ということです。おかげで、ある程度の見当はつきました)
 緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)は岩場の陰からフィールドを窺っていた。
 これまでと違い身を隠す場所が少ないため、缶に近付くのは容易ではない。攻め方を間違えれば守備側に一網打尽、なんてことも十分あり得る。
 加えて今回はエリア指定もないために、いきなり味方と協力して一つの缶を攻める、というのも難しい。
 そこで守備の陣形を崩すことを念頭に、作戦を立てることにした。
「最初に場を乱す必要がありますからね。瑠璃には、それをやってもらいます」
 紫桜 瑠璃(しざくら・るり)にその内容を伝えた。
「人に直接当てないように気をつけつつ、爆風で相手を飛ばす感じで」
「でも、それって結構難しいの」
 守備の人数を減らすという点では戦闘不能にした方がいいのだが、事故に見せ掛けるのは容易ではない。
「まぁ……それだったら適当に撃ってくれればそれでいいですよ」
「分かったの。瑠璃頑張るの〜♪」
 適当に撃ったところで、着弾地点に人がいない場所に撃ってればそれほど問題ではない。
(あそこのトラック……コンテナに何か書いてありますね)
 ホークアイでそれを読むと、『この缶蹴るべからず(はぁと)』という文字だった。その上には、守備の者――鉄 九頭切丸(くろがね・くずきりまる)が武器を構えた状態で仁王立ちしている。
 あのトラックの後ろに缶がある可能性は極めて高い。
(結界内に全参加者の反応を確認。試合開始とする!)
 女性の声が、遙遠ら参加者の頭に直接響いてくる。
(さあ、瑠璃。派手にお願いしますよ)
 開始の合図が発せられた直後、爆発による砂埃が上がった。機晶ロケットランチャーによる砲撃である。
 それも一発ではない。
「『どーん』なのー!」
 一キロ圏内から、トラックへ向かって瑠璃が駆け出していく。ロケットランチャーを担いだ状態で。
 なお、機晶ロケットランチャーは対イコン武装である。輸送用トラックの下を狙い、車両を引っくり返すことだって可能だ。
 遙遠が「適当でいい」と言ったこともあり、スプレーショットで無差別にフィールドの地面をえぐっていく。

「え、ちょっと、最初からそんなのは……」
 これには、守備側の睡蓮も驚かざるを得ない。
 確かに告知用のビラには『ロケットランチャーの爆風に巻き込まれても仕方ないよね』
と書かれていたが、まさかの開幕直後にロケットランチャーをぶっ放してくるとは。
 「缶蹴りが戦争である」という言葉の意味を、自分が真っ先に体現することとなった。
 スズカ上の九頭切丸にトラップ解除、罠の破壊を狙った攻撃を警戒させているが、当の砲撃を行っている攻撃側の者は特に罠破壊を意識しているわけではないらしいから始末が悪い。
(おそらく、あれは陽動。どこかから缶へ回り込もうとしているはず……)
 トラック自体は超電導バリアーやビームシールドを備えているため、機晶ロケットランチャーの攻撃をある程度防ぐことが出来る。直接狙われると不味いが、爆風程度で動じるほどではない。
(むしろ、その方がこちらとしてもありがたいですね)
 九頭切丸が遠当てでロケットランチャーの砲撃を逸らしている。罠の近くに着弾しないようにするためだ。
 しかし、それだけではない。実際には罠の近く出なかったとしても、「着弾地点周辺に罠がある」と思い込ませるためにそうしている側面もある。
(ロイさん。もし、罠を突破する者がいたらその時は……お願いしますね)
 睡蓮はロイにテレパシーを送り、周囲の警戒に専念した。

* * *


「……あぁ、今日は死ぬにはいい日だ」
 明らかに殺る気に満ち溢れたフィールドの空気にあてられ、燕馬はそんなことを思った。
 迷彩防護服とブラックコートを纏い、さらに迷彩塗装をサツキに施してもらい、フィールドの結界ギリギリのラインを周回していた。
 爆撃の様子が見えたため、その時点から十秒カウントを行う。
(あの辺りか)
 トレジャーセンスで缶の位置をアバウトにではあるが感じ取り、フレアライダーに乗った。
「燕馬、ミラージュを展開します」
 サツキの幻影が投影された。実際の彼女は燕馬にしがみつき、ロケットシューズで自分も浮遊することによって、燕馬の飛行速度を落とさないようにしている。
「守りの人達は、地上よりも上空からの攻撃を警戒しているようです。地上は、確実に至る所に罠が仕掛けられてますね」
 行動予測と歴戦の生存術によって、サツキが缶へ到達するまでの安全なルートを導き出していた。
 あとはそれに従ってレッツゴー、である。
 しかし、むしろ気をつけるべきは守備側の動きではなく、同じ攻撃側の動きだった。
(砲撃、前方約三十メートル地点に着弾します。進路の変更を)
 指示を受け、ルートを変更する。
 飛んでいる以上、油断すると爆風でバランスを崩してしまうため、早め早めで対応するしかない。しかも、自分の姿が察知されにくいため、余計に気を配らなくてはならないのだ。
(見えた!)
 なお、視界に缶の姿が入ったとしても、それが本物かどうかを考える必要がある。缶そのものに細工は出来ないが、ダミー缶を用意してはいけないというルールはない。
 なお、本物の缶と同じデザインの缶は使用出来ないらしく、攻撃側の参加者には事前に示されている。『ドクターヒャッハー空京万博記念ver.』が、今回使用されているものだ。
 トレジャーセンスの示す方角に見えているのだから、おそらく本物だろう。派手に動いている人がいるおかげで、まだ二人は気付かれていない。
 そう思っていたが……。
「――――ッ!!」
 地面が爆ぜた。
 そこに仕掛けられていたコロージョン・グレネードが起爆させられたのである。
 咄嗟に乗っていたフレアライダーを盾にすることでダメージを最小限に抑えることが出来たものの、地に足を着ける結果となってしまった。
 幻影で誤魔化すことが出来ていても、その近くにいる限り範囲攻撃に巻き込まれるリスクはついて回る。
(気付かれましたね……)
 罠の爆発に巻き込まれて幻影がかき消され、二人の隠れ身の効果も切れてしまった。
「冷たっ……水?」
 燕馬は足元に冷たいものを感じたが、直後、その水が凍りついた。
「氷術で『水の温度を下げて凍らせた』だけじゃ。これは『直接攻撃』にはならんじゃろう?」
 守備側の、「捕獲者」――ファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)が二人の前まで接近していた。
 足を固定されたばかりか、彼女の持つ蒼き水晶の杖の力で、能力が使えなくされている。
「んふ、まずは二人、じゃな」
 ファタがいやらしく微笑む。
(燕馬、今です!)
 燕馬は、機晶爆弾を自分の前に放り投げ、銃で撃ち抜いた。
「爆風で氷を吹き飛ばすじゃと!? まったく無茶をしおる」
 もちろん、多少のダメージは覚悟の上だ。
 爆煙の中を、燕馬とサツキは駆け抜けていく。
 だが、
「煙が!」
 荒れ狂う念力――カタクリズムによって煙が払われ、さらに二人の周囲に炎が展開されていた。
「さて、これでチェックメイトでございますね」
 ローザ・オ・ンブラ(ろーざ・おんぶら)であった。
「こりゃ参ったな」
 身につけた技能も封じられた以上、なす術はない。
 こうして二人は捕まった。