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リアクション
第10章 入院中の、君のために
「バレンタインかぁ……」
2022年2月13日。カレンダーを見ながら、七枷 陣(ななかせ・じん)は翌日に迫ったイベント事を思い出す。とはいえ、リーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)、小尾田 真奈(おびた・まな)に指輪を渡そう……として見つかり、婚約を申し込んで成立したのはほんの少し前の事だ。
「オレらはクリスマスに婚約して少し区切り付いてるし、バレンタインも今更かもしれんしなぁ。……そだ」
そうして、陣は思いついた事をリーズ達に提案する。
「んに? 南ちゃんのお見舞いに行くの?」
「ああ、正月は行けんかったしな」
小山内南。3人にとって大事な友人。彼女はかつて催眠術によって洗脳を受け、それが解けた今でも後遺症が残り、イルミンスールの精神病院に入院している。
その彼女に、会いに行こう、と。
「だから、3人で1ホールのチョコレートケーキでも作って持って行ったろと思ってな」
「へ〜、チョコケーキも作って行くんだ? 良いね!」
そういったことを説明すると、リーズはすぐに賛成した。だが、真奈は何だか様子が違う。いつもの笑顔から、何か妙な迫力を感じる。
「南様へのお見舞いやバレンタイン、誕生祝いを兼ねてのケーキ作りですか……」
にこにこと一歩前に出て、笑みはそのままに迫ってくる。背景にゴゴゴゴゴ、という文字を背負っているのが見えるような見えないような。
「バレンタインは友人としてで、他意は無いのですよね?」
「も、もちろんや」
気圧されつつもそう答えると、真奈から妙な迫力が消えた。すっきりした背景と友に浮かべるのは、透明な笑顔。
「はい、ならば問題ありません」
そしてバレンタイン当日。
3人でスーパーに行って帰ってきて。エプロンをつけた彼女達の前にあるのは、買い揃えてきたケーキの材料。薄力粉に卵、グラニュー糖にバター、ベーキングパウダー等々、それに、チョコレートとココアパウダー、真っ赤な苺。
「ケーキ製作だぁ〜!」
リーズと陣は、真奈の指示のもとで材料の下準備をしていく。リーズが卵とグラニュー糖を泡だて器で混ぜる隣で、陣は粉類をふるいにかける。
お互いの作業が終わったところでそれをさっくりと混ぜ合わせ。
生地をオーブンに入れたら、焼けるまでにデコレーション作りだ。
「えっと……あの、ケーキに乗ってるお人形ってどうやって作るんだろう?」
「あれは、卵白とグラニュー糖で作れるんですよ。まず、こうして湯煎にかけながら……」
「ん? ん、こうだね!」
真奈の説明を聞きながら、リーズは人形作りに取り掛かった。
「ねえねえ真奈さん、余りの材料で陣くんへのお菓子も作ろうよ!」
混ぜ混ぜしながらも、陣に聞こえないようにこそこそっ、と内緒話。真奈はそれを聞くと、陣の方をちらりと見て嬉しそうにした。
「ええ、是非作りましょう」
「南ちゃんへのプレゼントのついでだから簡素なものになっちゃうだろうけど……」
「はい、ご主人様ならきっと喜んでくださいます」
そして、そんな話には全く気付くことなく。
「チョコプレートも自作の方がえぇかな」
陣はもう片方のコンロで分厚い割チョコを溶かしていく。買ってきた大きめの型にチョコレートを流し込み、冷蔵庫で……ではなく、
「時間無いし、氷術で一気に冷え固めたろ」
と、スキルを使って一瞬でチョコを固めた。
「なんつーか、こう……日常的な生活っぽいトコでも超人的な能力って意外と役に立つよな! ……使い所、色々間違ってるかもしれんけども」
焼きあがったココア入のスポンジケーキを冷ましている間に、人形の型に絞ったメレンゲを焼く。ちなみに、このメレンゲは焼いたり冷ましたりを何度か繰り返すのだが、この時にも陣の加減した氷術が大活躍した。
スポンジケーキに、陣達3人の姿を模したメレンゲの人形、白い生クリームにチョコクリームにチョコプレート。それに、へたを取った苺。
と……秘密のお菓子。
それぞれが出来上がって、盛り付けるだけのところまできた。
「あと一息です。南様が喜んでくれると良いですね」
真奈の言葉に、リーズも嬉しそう……いや、美味しそうだ。涎をたらす5秒前である。
「もうすぐ完成だね♪ ……それにしてもホント美味しそうだなぁ〜」
「リーズ、自重せぇよ。それ南ちゃんへ贈るケーキなんやから……って、止めんか!」
「え〜、ひょっと(ちょっと)味見だよー!」
陣にもみあげを引っ張られたリーズは、口をもぐもぐさせていた。
「……なんか食ったな」
「お砂糖のお菓子を食べただけだよ〜! 余ったやつ」
ジト目を向けられて答えるリーズ。そんな2人に微笑ましい視線を送りつつ、真奈はケーキの仕上げをしていく。スポンジケーキにチョコクリームを塗って縁取って。内側に生クリームを絞っていく。更にその内側に、苺を飾り。
「では、プレートに文字を書きますね」
ホワイトチョコのペンを持って、チョコプレートに文字を綴っていく。
『Happy Birthday&Valentine! Minami! From Jin&Ries&Mana』
そう書かれたプレートを中央に飾って。一月遅れの誕生日も兼ねてるから、と最後にカラフルなろうそくを立てていく。
「よし、完成やな!」
陣は、ケーキをぽいぽいカプセルにしまった。掌より少し大きめの丸いボールに、1ホールのケーキがおさまる。
「これで、思いっきり飛ばしてもケーキ崩れたりしねぇしな。……それにしてもこれ、どういう原理で収納してんだろうか……」
それは恐らく、モンスター育成バトルゲームが発売された時から幾度となく語られてきた命題だ。
「ご主人様」「陣くん!」
首を傾げているところに、真奈とリーズから同時に声が掛かる。振り返ると、彼女達が差し出しているのは小さなチョコレート菓子。
「にゃはは! こっそりと作ったんだ!」
「私達からのプレゼントです」
予想していなかった贈り物に陣は何度かまばたきをして。
「……ありがとうな、2人共」
それから、3人は一緒に外に出た。小山内南の喜ぶ顔を想像して。
「南ちゃんの居る、イルミンの精神病院へGOや!」
――向かう先は、イルミンスール。
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