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四季の彩り・雪消月~せいんとばれんたいん~

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リアクション

 第17章 4人組のバレンタインパーティー2 〜むきプリ君暴走開始〜

 広いフロアに、整然と、それでいて彩りやバランスも考えられて大量のケーキや料理が並んでいる。バイキング形式のパーティーでは、まあお馴染みの光景だ。
「こんなにいっぱい食べ物が並んでるのね! ここから何を選んでもいいなんて、ちょっと信じられないわ」
「ファーシー様は、バイキングは初めてでありますか?」
「うん、こういう形のレストランは初めて見るわ」
「それは、少し乱暴な考えのような気もしますが……」
「そう? お金を払うんだからレストランじゃないの?」
「いえ、それは……」
 ファーシーとスカサハの会話につい口を挟んだアクアは、言葉の違和をどう説明しようかと少し困った。注文を入れずに好きな物を好きなだけ食べられる。それは、彼女達の故郷には無かった習慣だ。物珍しいのも分からなくはないし、アクア自身も知識はあっても訪れるのは初めてだ。が、やはりここはレストランではないだろう。
「とにかく、これだけたくさんありますし、今日はチョコをいっぱい食べましょう!」
「う、うん……」
 そこで、スカサハが話を軌道修正した。ファーシーは、勝手が分からないらしく料理の前できょろきょろとしていた。他の人の行動を参考にしようとしているようだ。それを見た朔は、手近にあった皿を取って明るく言う。
「私が取ろうか。ファーシーは身重なんだから、栄養つけないとな! 何が欲しい?」
「え? えーと……」
 助かった、というように力を抜いて、ファーシーは食べたい物を選び始めた。そう、今、彼女は体内に命を抱えている。1人が2人になってから、そろそろ5ヶ月。
「じゃあその、フルーツの乗ったチョコレートムースと、あとね……」

「バイキングって、いい響きですよね」
 その頃、橘 舞(たちばな・まい)ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)は会場の一角でゆっくりとお茶をしていた。囲むのは、バイキングコーナーから取ってきた数々のスイーツ。そのためか、舞はいつもより少し弾んだ声で話していた。
「美味しいスイーツがたくさんあると、自然と笑顔になりますよね。1000Gで採算が取れるのか心配ですけど」
「採算ねえ……。考えてないんじゃないの? あれは、何かそんな感じよ」
 ブリジットは、チョコレートが欲しい、というオーラを放散させて入口近くを陣取っているむきプリ君をちらりと見遣る。
「でも、これだけあると食べきれないですね」
 舞の前にあるスイーツは、どう考えても2人では食べきれなさそうな量だった。広めのテーブルに、所狭しと置かれている。つい多めに持ってきてしまったというよりは、運べるだけ運んだ、という印象を受ける量だ。
 そこで、舞は「あ」と声を上げた。会場にいるファーシー達を見つけたのだ。
「ちょうど、ファーシーさん達もいらしているようですし、せっかくだからご一緒しちゃいましょうよ。人数が増えれば完食もできるかもしれません」
 ブリジットはケーキを食べながら、改めて目の前のスイーツ群に目を落とす。それから、舞にツッコミを入れた。
「……確かにここは食べ放題だけど、食べきるのは無理だと思うわ」
「え、人数が増えてもですか?」
「無理。あんた、ここにあるケーキ以外も“食べきろう”とかしてない? 無理だから」
「あ! 2人とも来てたのね!」
 舞が見つけたように、ファーシーも2人を見つけて歩み寄ってくる。ケーキの他にサラダやオードブルを載せた皿を持った彼女は、2人の前にあるケーキの量にびっくりした。
「うわあ、すごい量……。これ、全部2人で食べるの?」
「と、思ったんですけど……こうして集まったわけですし、皆さん、一緒に食べませんか?」
「まあ、要するに手伝ってっていうことね」
 舞が皆に微笑みかけ、ブリジットが直截的に言い直す。
「うん、いいわよ。皆は……」
「私達はかまわないよ」
「一緒に食べましょうであります!」
「うん、大勢でわいわいするのは楽しいしね。ね、ブラッドちゃん」
「当然のようにボクに振るなよ! まあ、別にいいけどよ……」
 頷いてファーシーが振り向くと、朔達はそれぞれに同意を示す。
「良かったです。好きなスイーツを取ってくださいね」
 嬉しそうに舞が言い、ファーシー達は近いテーブルに席を取る。ケーキに加え、持ってきた料理を含めた色々を彼女達はシェアすることになった。
「あ、ファーシーさんはあまり食べ過ぎたりすると身体によくないかもしれませんし、お腹一杯になりすぎないようにしておいた方がいいかもしれませんね」
「うーん、そうね。ケーキってカロリー? が高いのよねー」
 ファーシーはたくさんのケーキをじーっ、と眺める。栄養はあくまでもバランス良く。機晶姫はカロリーの摂りすぎで太ったりはしないだろうけど。
 それでも、よく分からないからこそ、そこは一般論に従うべきだ、とも思う。
「でも本当、バイキングって不思議ね。こんなに取っても、料金は同じだなんて」
「食べ放題っていうのはこういうものよ。でも、いくら好きなだけ食べられるといっても、大事なのはやっぱり味よね。量は、質の次に来るものよ。美味しくなかったら意味無いじゃない」
 しきりに感心するファーシーに、ブリジットはそう話す。味について意見しているように聞こえるわりに、特に、彼女が手を止める気配はなかった。
「? 美味しそうに見えるわよ?」
「う、まぁ、味は悪くないみたいだけど……そうね、できれば、舞の淹れた紅茶があればベストなんだけどね」
 外で飲む紅茶も美味しくはあったが、舞の紅茶はそれに比べても格別だと思う。
 そして、彼女達は皆でおしゃべりをしながらケーキを楽しんだ。
「ん? あれは……」
 そこで、朔が会場を歩くスタッフの持つケーキに注目する。用意されている、既に切り分けられたものとは違い、1ホールのままのケーキだ。その上にはカラフルなロウソクと、『HAPPY BIRTHDAY 2/14』の文字。
「そうか。今日が誕生日なんだな」
 スタッフが向かう先、彼女の視線の先では、茅野 菫(ちの・すみれ)パビェーダ・フィヴラーリ(ぱびぇーだ・ふぃぶらーり)がそのケーキを待っていた。

              ◇◇◇◇◇◇

 パーティーも中盤。初めに訪れた人々はそろそろ返ろうかと会場を後にし、仕事の帰りだったり、休日の朝を謳歌していたりした人々が顔を除かせる時間。
 中々の盛況っぷりを見せる会場だったが、そこにやってきて(悪い意味で)浮いている男がいた。割と体格の良い彼が着ているのは、蒼空学園の新制服。
 ――女子の。
 むきプリ君ではない。別に、むきプリ君のお色直し第2弾というわけではない。いや、確かに、ボコられてもいないのにむきプリ君は無意味にお色直しを決行していたが。ちなみに、イルミンスールの制服である。
「おおっ! 女の子がいっぱいだぜ!」
 だが、それとは別口な女装鈴木 周(すずき・しゅう)は、沢山の女子達を目にして1人テンションを上げていた。バレンタインのパーティーといえば女の子。女の子のいる所には鈴木周あり、とは本人の言である。
「お? 女の子……ん?」
 そこで、周の目がある1点で止まる。会場の端の方で、しきりに女性客に話しかけている女装筋肉だ。自分では柔和に見えると思っているのだろう、笑顔を浮かべてパーティーの感想を聞いている。口調は、完全なるオネエ言葉。
「あの女装のマッチョ……まさか」
 自身も女装をしている周にはピーンと来るものがあった。
「そうか。わかった、わかったぜ。……って、馬鹿野郎おおおおおっっ!!」
 ひらめいた途端、雄叫びを上げてむきプリ君へダッシュする。そして、猛烈な勢いでその四角い顔をぶん殴った。全力だ。
「ぶるぉおお!!!」
 首から上がひねり揚げのようになったむきプリ君が吹っ飛び、頭から無駄にサラサラなヅラが飛ぶ。
 吹っ飛んだ体勢のままぴくぴくしているむきプリ君に、魂を込め周は叫んだ。
「てめぇの魂胆はわかってるぜ! 女の子と思われれば、友チョコだのお裾分けだのもらえると思ってんだろ!!」
「……!!!」
『ぶるぉおお!!!』とかとんでもない声を発しておきながら少女漫画的な瞳で起き上がりかけていたむきプリ君は、顔の半分をハデにへこませたまま驚愕で目を見開いた。
(ど、どうして男だとバレた!?)
 多分、もとい確実に、驚く所はそこではない。
「何故わかったっていう顔だな。それはな……」
 だが周は、むきプリ君の驚きが魂胆を見抜かれてのものと考えた。堂々と彼の前に立ちはだかり、宣言する。
「俺もな、同じことを考えてたんだ!」
「……な、なんだと……!? そういえばその格好……!!」
 遅まきながら、むきプリ君は周の奇異な格好に気がついた。ガタイの悪くない、男臭たっぷりの男が女子制服。これは、思わぬ同志の登場である。
「……でもよ、お前を見て気づいたんだ。俺たちはそんな受身じゃいけねぇよ」
 自分の世界に浸っているように、周は拳を固めて力強く言った。
「いつだって、女の子は追いかけた先にしかいねぇんだ!」
「!!!!!!!!!!」
 むきプリ君の動きが止まる。目から鱗――否、違う。
 それは、忘れていた事。
 いつの間にか、欠け落ちていた事。
 俺は……数々のボコられ記録のせいで、漢として最も大切なものを忘れていた。
 安全策を練って女装など、そんな小細工をしたところで女性が受け容れてくれるわけもなかったのだ。
 ――ああ。何を俺は臆病になっていたのだ。俺らしくもない。
「そうだ……お前の言う通りだ。攻めずして、何が漢か。俺達の魅力を、女に存分に魅せつけてやるのだ!」
 腫れ上がったタラコ唇で、感動すら伺わせる晴れ上がった表情でむきプリ君は顔を上げる。そこには、涙さえ浮かんでいた。キラキラとした背景が見える。
 思いが通じたのを悟り、周はむきプリ君に手を差し伸べた。
「わかったら、お前も来いよ」
「ああ……!」
 がしっ、とその手を掴むむきプリ君。が、そこで浮かぶ1つの疑問。ノリでがしっとしてしまったが。
「どこへ行くんだ?」
「どこ? 会場にいっぱい女の子いるんじゃねぇか。……そう、チョコ狩りだぜ!!」

「もう戦いは始まってんだ! このまま行くぞ!」
 ということで、周とむきプリ君は早速チョコハントに繰り出すことにした。
 着替えている暇などない。ここはパーティー会場。女の子達の視線は、既に彼等に注がれているのだ。見蕩れて注いでいるわけでは決してないが。
「このままだと!? しかし俺は改心した! このイルミンスールの女子制服から、本来の姿に……!」
「なぁに、女子の制服だって悪くねぇ。俺たちの鍛え上げた生脚で悩殺だぜ!!」
 無理無理無理無理。
 そ知らぬ顔で2人のアホな会話を聞いていた女子達は、一斉に内心で全力否定する。
「むぅ……」
 むきプリ君は、自分の格好を見下ろし、何かを納得したのか満足そうな笑顔になった。『やはり俺の女装はイケている! 非の打ち所がない!』とか思ったらしい。
「お前はナンパに長けているようだな! この俺の魅力を女達に見せつけてやろう!」
「ああ、こんな感じでどうだ?」
 周は率先して前に出ると、近くにいた大人の女性に声を掛ける。
「まずはそこのお姉さん!! チョコくれたらこの脚を好きに……お?」
「きゃああ!!」
 何気に話を聞いていた女性は、ターゲットにされたと悟った瞬間に逃げ出した。
「! 俺の脚を見ないで逃げるなんてもったいねぇ!」
 我ながら完璧だと思えるアピールだ。逃げられた理由がさっぱりわからない。
「ま、ダメでもそれくらいでくじける俺じゃねぇ。何度でもトライだ! むきプリもよ、一緒にやるんだぜ。お前せっかくいいガタイしてんだから、ちゃんとそれ見せまくろうぜ!」
「おお! 俺の筋肉は最強だ!」
「おし、ターゲットは手当たり次第!! 行くぜーー!!」

 街中ならしょっぴかれてもおかしくないレベルで積極的にミニスカートを翻し、鍛え上げられたぶっとい脚とそれ以上を曝すむきプリ君。襲わ……誘われた女子達は、それぞれに悲鳴を上げて逃げたり断ったり拒否したりしている。
「おぅおぅラルク! ムッキーが楽しそうだぜぃ!」
 会場に来た秘伝 『闘神の書』(ひでん・とうじんのしょ)は、縦横無尽にナンパしまくるむきプリ君を見て嬉しそうにラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)に言った。バイキングの超高級料理を味わっていたラルクも、それに同意する。彼は、手に骨付きリブを持っていた。
「ああ、むきプリが生き生きしてるな!」
 闘神の目に、むきプリ君は輝いて映っていた。彼は今、自らの全てを開放している。
「それにあの、締まった太もも……堪らないぜぃ!」
 惜しげもなく披露される立派すぎる太もも。闘神は、そこに確実に魅了されていた。彼の視界から、むきプリ君の姿が消えることはない。

              ◇◇◇◇◇◇

(あ、あいつまた何かやってるんだ)
 会場中央からは外れた場所で、は暴れまわるむきプリ君に対してそう思った。むきプリ君を見ていると、呆れるとか困るとかいう類の感情ではなくわくわくとした何かが湧いてくる。悪戯したい、みたいな。
 そんな彼女とパビェーダの前には、ホテルに頼んで用意してもらったケーキがあった。バースデーバージョンにアレンジされた、チョコレートケーキだ。
 パーティーのテーマはバレンタインだけれど、それをちょっとだけ、生まれた日を祝う為の仕様に変えて。ケーキの周囲には、見繕ってきた沢山の料理。レストランのコース料理とかは気取っちゃうし、バイキングくらいが気楽でちょうどいい、と菫はチラシを見てここを選んだ。
「誕生日がバレンタインか。おめでとう、2人とも」
「ありがとう!」
 テーブルを囲むのは、朔を始めとしたお茶会を開いていたメンバーが集まっていた。彼女達が使っていたテーブルもそれぞれ近付け、少しずつ輪は広がっている。朔が菫達を見つけたのもあるが、パビェーダがほぼ同時に朔達を見つけ、声を掛けたからというのもある。パビェーダには、1年に1度の誕生日だし、こうして一緒になった友人知人に祝ってもらいたいという気持ちがあった。
 菫とは違い、彼女はむきプリ君には見向きもしなかった。せっかくの誕生日に女装筋肉など視界には入れたくない。
「うん、これで全部ね。じゃあ、菫さん、パビェーダさん!」
 ろうそくに火をつけていたファーシーが2人に笑顔を向ける。
「本当は暗く? するのよね。でもまあ、明るくてもいいんじゃないかな」
「そうね、誕生日といえば、やっぱりこれはやらないとね」
 パビェーダは菫に言って、ケーキを挟んで向かい合う。そして、ゆらゆらと揺れる小さな炎を、2人は一気に吹き消した。
「じゃあ……改めて、菫さん、パビェーダさん、お誕生日おめでとう!」
 一斉に乾杯して。
 集まった皆のグラスが、軽やかで涼やかな音を立てた。

 そうして、皆は平和にゆっくり、ほのぼのと過ごしていたのだが――
 集まっているのは、女子、女子、女子。広い会場がまるで狭いかのようにナンパを続ける周が、彼女達を狙わないわけがなかった。
「おっ、君たち、かわいいね、チョコくれよ! 代わりに俺のスカートの中……見てもいいぜ?」
『『…………!!』』
 変態である。夜道で会ったら完全に通報される文句である。遂に来た変態の波に、舞や菫や朔達は固まったり無視したり悪巧みしたり、仮面を確認したりした。
「ん……? ! そ、その集団は危険だぞ!」
 後から来たむきプリ君は、彼女達を前にして目を剥いた。知った顔も幾つかあるが、それ以上に――過去、何度も対面してきた“あの”オーラが感じられる。
(何故だ……!? どこかにいるのか!?)
 ミニスカートでがにまたで、むきプリ君は警戒も露わにきょろきょろする。が、彼女達の中に彼の天敵がいると知らない周は、間近にいたアクアに声を掛けた。
「なぁなぁ、名前教えてくれよ!」
「嫌です」
 これまで幾つものナンパを受けてきたアクアは、即座にNOを突きつけた。だが、ファーシーが「アクアさんっていうのよ!」とあっさりと教えた為に名がバレる。
「……!」
 ファーシーは周を“むきプリさんのお友達”と捉えていた。それ故での発言だったが、誰にでもフレンドリーというのも、考えものである。
「へー、アクア、いい名前じゃん。んじゃ、アクア、おっぱいに生チョコ塗って食べさせてくんねーか?」
「は!?」
「……あ、アクアさん!?」
 この台詞には、流石のファーシーもどん引きした。混乱して後ろに隠れる彼女をかばい、アクアは悪ノリ中の周に殺意の篭った攻撃を――
「のああっ!!」
 放つ前に、何者かが歴戦の武術の一撃で周を倒した。ノックアウトされた周の背後にいたのは、仮面を着けた朔――月光蝶仮面だ。
「真、月光蝶仮面参上!」
「お……お前は! そうか、この嫌な感覚は……!」
「待て、女装筋肉ダルマ!」
 月光蝶仮面を前に、むきプリ君は慌てて逃げ出した。万に一つも勝てそうにない相手だ。
「わ、わたしも……!」
 ファーシーもなぜかそれに続く。むきプリ君が言ったわけではないが、おっぱい云々という台詞に少々ご立腹気味だった。女の子を誘うのにあんな言葉を使っていたなんて! ここは、ファーシーライトとして成敗しなければいけない。
「ふぁ、ファーシー様、ダメであります!」
 その彼女を急いで止めたのは、スカサハだった。パーティーを楽しむのは勿論だが、スカサハは彼女の術後の経過の様子を見たいと思っていた。今のところ問題は無さそうだが、これから問題が起きないとも限らない。
「あまり激しい運動をして何かあったら大変であります。ここは月光蝶仮面に任せるであります! 大丈夫、ぼこぼこにしてくれるでありますよ!」
「そ、そう? じゃあ……」
「ファーシー、久しぶりね」
 そこで、彼女は蓮見 朱里(はすみ・しゅり)に声を掛けられた。生後数ヶ月程の女の子を抱いている。どことなく朱里に似た雰囲気を持つ、金髪と蒼の瞳の機晶姫だ。
「やあ、去年の春以来かな」
 朱里の夫のアイン・ブラウ(あいん・ぶらう)も、妻に続いてファーシーに挨拶する。
「赤ちゃん……! 朱里さん、お母さんになったの!?」
 子供を見て、ファーシーは目を輝かせる。そして、彼女達はお互いの近況についてお喋りを始めた。

「む、むうぅ……」
「筋肉ダルマ!! R指定な格好しやがって……ずっとツッコミたくてうずうずしてたんだぞ!」
 その頃、月光蝶仮面はむきプリ君を追い詰めることに成功していた。やっとツッコめてすっきりすると、未だ逃げようとする彼の進路を歴戦の立ち回りで先回りして塞ぎ、ドラゴンアーツで強化した力であっという間に押さえ込む。
「まあ、いい……そんなにチョコ欲しいんだったらくれてやる!」
 それから、持って来ていたチョコレートをむきプリ君に食べさせる。ファーシーとアクアに渡す予定がカリンに止められた例のチョコだ。チョコを見て、むきプリ君は一瞬嬉しそうな顔になった。どんな状況下でもチョコが貰えるというのは嬉しいものらしい。
「む、むうぅーーーーーっ!!!」
 一口食べて飲み込んだ途端、むきプリ君は口を閉ざした。チョコは、完全にテロルチョコと化していた。素晴らしい破壊力だ。こんなものを完食したら天国へ旅立ってしまう。
 拘束されてイヤイヤをするむきプリ君に、月光蝶仮面は無理矢理チョコを食べさせる。
「お前が! 泣くまで! 食べさせる!」
「む、むがむぐもごおむううううーーーーー! …………」

              ◇◇◇◇◇◇

「大丈夫?」
 昇天しかけているむきプリ君に、そっと近付く影1人。菫は彼の傍にしゃがみこむと、口の中に入っていくように命のうねりをかけた。殺人チョコで機能不全になりかけていたむきプリ君の胃袋が回復する。
「……め、女神よ……」
「はい、これ、麦チョコ」
 今のむきプリ君にとって、菫は正に女神だった。神に縋るように伸ばされたむきプリ君の手に、彼女は麦チョコを袋からざらざらと移していく。
 本日のチョコカウント、2個+云百個。
「バレンタインパーティーのおかげで良い誕生日になったし、主催のあんたには一応感謝してるのよ。だから、ほら、大量の麦チョコ。豪華でしょ?」
 そう言いつつ、菫は自らも麦チョコをさくさくと食べる。
「これで1000円くらいかな。まあ、友チョコね」
「友チョコ……友になってくれるのか!?」
 むきプリ君はびっくりして跳ね起きた。なんと、子供からお年寄りまで、異性からはゴキブリのように嫌われてきたむきプリ君に、友という言葉を使う女子が現れるとは。
「別にいいわよ? あ、それでね、今日あたしとパビェーダ、誕生日なんだけど、お返しも兼ねてプレゼントくれない? ああ、プレゼントっていえば300倍返しが基本よね」
「……!! なんだと……!!?」
 麦チョコをむさぼり食っていたむきプリ君の動きが止まる。先程毒を盛られたばかりでもうチョコを食べられるとは――回復スキルを受けたとはいえ元気な胃袋である。
「1000円の300倍だから……30万円相当ね。あ、日本円換算って出来る?」
「30万だと……!?」
 むきプリ君は驚いた。ぱっくり、と間抜けに口が開く。
「菫、このサイトから好きなものを選んだら? 合計で30万でもいいんじゃない?」
 そこで、これまでむきプリ君を空気扱いしていたパビェーダが来て携帯電話の画面を見せた。知らぬ間にポケットから飛び出ていたのか、携帯はむきプリ君のだ。そのサイトとは、噂のダンボール通販サイト『amason』である。地球産からパラミタ産までありとあらゆる商品が揃っていて、今や通販サイトの代名詞のような存在だ。
「そうね、この中から選べば後で家まで届くし荷物にならないわ」
「ちょ、ちょっと待て……」
 慌てて制止しようとするが、携帯を受け取った菫の手は止まらない。ぽちぽち、と何か選んでいる。画面を一緒に見ながら、パビェーダが言う。
「菫から聞いたでしょ? 私も今日、誕生日なの。パートナーだから一蓮托生ってことで麦チョコのお返し、300倍とは言わないから30倍でお願いね」
「い、いや、それは変だろう……!!」
 むきプリ君は、パビェーダからはチョコ1粒も貰っていない。一蓮托生で納得すべきなのか、そうなのか?
「じゃあはい、最後にこれ、押してね。ほら、回復させてあげたでしょ? チョコもあげたし。あれだけあれば、貰った数は誰にも負けないわよ」
「恩を売るのか……!!?」
 それのどこが友だ、と思ったが、菫はとてもいい笑顔をむきプリ君に向け、携帯を差し出している。断ったら何されるか分からないと彼は悟った。金で解決するなら安いものだ。
 ――ぽちっ。→レジへ進む。
 33万円相当の注文確認メールが来たのは、手続きを終えた数秒後の事だった。

「うう、俺の借金が……借金が……今日の参加費が……」
 ぶっちゃけ、今更借金も何もないむきプリ君だったが、彼は現実的な面というよりは精神的な面でダメージを受けていた。
「ムッキー……元気出してよ。これからまた真面目に返していけばいいんだよ」
 男泣きしているむきプリ君を、プリムはよしよしと慰める。プリム自身、彼が真面目に借金を返すとも返せるとも思ってなかったが、時には気休めも必要なのだ。
「そうだよ! てことで、はい、むきプリさん」
 そこに、花琳がカリンと一緒に来てむきプリ君に義理チョコを渡した。本当に、どこかの量販店で売ってそうな普通の義理チョコだ。姉は姉、ということで月光蝶仮面の所業については気にしない。
「うおおおおお! チョコレートだと!?」
 もう一度言うが、極平凡な義理チョコだ。だが、こうして普通の渡し方で普通にチョコレートを貰ったのはこれが初めてだ。その為、むきプリ君の喜び方は半端じゃない。
「これだ! これが俺が求めていたものなんだ! 感謝するぞ娘!」
 現金なもので、この時点で海で変態縛りをされて撮影された事はどうでもよくなっている。
「パーティーだし楽しまないとね。ね、プリム君♪」
「え? う、うん、そうだね」
 が、プリムは忘れていない。彼女にアーデルハイトのコスプレやら巫女服のコスプレやらをさせられてその証拠を撮られた事を。
「はい、プリム君にもチョコレート♪」
 引き続き差し出され、プリムはそのチョコレートを見て「あれ?」と思った。むきプリ君に渡したものより、明らかに質が良さそうだ。包装から、箱から滲み出ている空気とかが違う。本命チョコっぽいけど、気のせいかな?
「あ、うん、ありがとう」
 そう思いつつ、プリムは素直にチョコレートを受け取る。直後。
「……!?」
 彼は花琳にキスされた。
「……!? !?」
 さすがにこれにはびっくりして、びっくりしすぎて動けなかった。彼だけではなく、それに気づいた朔達も「!?」と2人に注目した。
(この大人っぽさで海の時の屈辱を返すよ! ついでにお姉ちゃんに大人っぽくなったと思わせたら、アリスのあたしも大人っぽい体格にチェンジするんだ! ……多分)
 キスをしながら、花琳はそんな事を思っていて。
 それから、そっと唇を離す。プリムはすっかりパニックだ。
「……か、花琳ちゃん……!? お、オレ……」
 カリンはその様子に、あきれたように溜息を吐く。
「……ったく、花琳。またプリムって野郎にちょっかい掛けて……。……!?」
「ほら、ブラッドちゃんも!」
「……ハッ? 待て、なんでボクも付き合わなきゃいけないんだ! そういう類のもんじゃ……ことわ……やーめーろー!!」
「!? わっ!? うわっ!!」
 カリンは無理矢理背中を押され、プリムは彼女に被さられるようにして尻餅をついた。そして……。「「……ちゅっ」」という擬音の後、2人は慌てて距離を取った。カリンは何か、がっくりしている。
「最悪だ……僕のファーストキスが……」
「! ! 花琳ちゃん、なに考えて……!? て、わっ!」
 近付いてくる朔の、その表情を見てプリムは慌てた。何か、怒っているように見える。
「! ち、違うよ! オレからしたんじゃなくて……見てたよね!?」
「ああ、見てたぞ。カリンはともかく……お前が花琳にキスしてるところをな」
「え、ええーーーーっ、した後から!? そ、そうじゃなくて……」
 朔は、突然キスされた花琳が驚いてカリンを巻き込んだ、と思っているのかもしれない。詰め寄られ、彼は真実を話そうと花琳を振り向く。だが、当の彼女はカメラをちらつかせてにっこりと笑っていた。夏に彼等の恥ずかしい写真を撮っていたカメラだ。
「『写真』ある事忘れないでね〜、プリム君♪」
(ええーーーーっ! 話したら公開するって事!?)
 それは嫌だ。女装した写真なんて公開されたくない。プリムはえぐえぐと半泣きになりながら朔の長い長い説教を受けた。