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四季の彩り・雪消月~せいんとばれんたいん~

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リアクション

 第30章 チェラ・プレソンにて3 〜恋の悩み相談〜

「セルシウス、来てくれてありがとな! さすが設計士! いい仕事するよな」
 キャンペーンガールとしての仕事も一段落し、未散と衿栖はセルシウスとテーブルを囲んでいた。比較的、若冲の展示スペースに近い場所だ。セルシウスの前には手作りのチョコレートケーキがある。かなり、大きめだ。
「一応バレンタインだからさ……衿栖と一緒にケーキを作ってみたんだ。アイドル自ら作ってやったんだ! 味わって食べろよな!」
「……!!?」
 その言葉が聞こえ、若冲の手伝いをしていたハルは衝撃を受けた。
 まさか、あそこにあるのが未散(と衿栖)の手作りだったとは。てっきり、店の品かと思っていた。
(なんでセルシウスさんに手作りチョコを……!? 羨ましすぎて、わたくし謝ってセルシウスさんをこの手にかけてしまいそうですよ)
 セルシウスから目を離さず、ぐぎぎぎ、と悔しさ全開の形相を浮かべる。
「ハルさん、笑顔笑顔!!」
 彼の内心を知ってか知らずか、後ろから、若冲が明るく言った。
 一方、ケーキを贈られた当人は驚きと嬉しさをこれでもかと表情に現していた。まるで、伝説の食べ物を見たかのような驚きようだ。エリュシオンに住む彼にとって、バレンタインは風聞を聞いただけで初めての体験だ。故に、全てが新鮮で、また、全てを受け入れてしまいやすい。
「バレンタインに私にチョコレート……! ほ、本命にしか手作りはしないと話に聞いたが、これは……!」
「勿論、義理ですぞ!」
 悔しさのあまり未散の背後まで来たハルが大声で断言する。若冲の言葉もあってか今は綺麗な微笑みを浮かべていた。ある意味、分かりやすい。
「は、ハル……! なに言ってんだよ、これは義理なんかじゃないぞ! だって本命は……、い、いや……」
(……な、なんですと!?)
 慌てたように未散が立ち上がり、でもまたすぐに目を逸らす。その様子に、ハルは本日2度目の衝撃を受けた。よろよろと、自分の持ち場に戻っていく。そんなハルを困ったような苦笑で見送ってから、衿栖は言った。
「今はチョコを贈る理由も様々ですから……そうですね、確かに義理ではありませんけど本命とも違うかな。友チョコ、というやつです」
「友チョコ……! そういう意味もあるのか……!」
 セルシウスもまた、別の意味で衝撃を受け感心した。それから、改めてフォークを持つ。
「ふむ……これがツンデレーション特性ケーキか……。分かった、味わって食べるとしよう」
 大きめに一口分を切り、口に入れる。
(これは……!!!)
 食べた瞬間、セルシウスはあまりのマズさに喋れなく(飲み込めなく)なり……そして、濁々と涙を流した。
 マズい。この世の中にこんなマズい食べ物が存在していたのか……!!!
 探究心やら探「救」心やら胃袋ひいては命の危機を感じるやらで涙は溢れる。生理的反応である。だがそれを見て、未散は不思議そうに、盛大な勘違いをした。
「……なんで泣いてるんだ? そんなに美味しかったのか?」
「セルシウスさん……泣くほど嬉しいんですか?」
 衿栖も、マズい故の反応とは思わずに笑顔を浮かべる。ポイズンな味に仕上がったのはほぼ未散側に問題があった、ということもあり彼女に真実は見抜けなかった。
「作った私まで嬉しくなっちゃいますよ〜。どんどん食べてくださいね!」
「……! う、うむ……!!!」
 女性にそう言われては、男として残すわけにはいかない。セルシウスは何とか一口目を飲み込み――
 決死の思いで、チョコレートケーキを完食した。

              ◇◇◇◇◇◇

 分かってはいた。分かってはいたが。
 空京の街を歩きながら、緋王 輝夜(ひおう・かぐや)は知らず溜息を吐いていた。街中は、すべからくバレンタイン。でも、今年のバレンタインは彼女にとって縁遠いもので。
 華やかな音楽も、装飾も、それは普段と少し違うだけの、通り過ぎていく風景の一部。
 ――気晴らししてこい……か。アイツのことが、頭から離れないけど。
 アイツとはアイツであり、片思いで行方不明で、もう、随分会っていない。
『まだ探し人には会えないようですね……まあ、たまには気晴らしでもしてきなさい』
 アンニュイな気分でいたら表情に出ていたのか、エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)にそんな事を言われて送り出された。
 だが、どうすれば気晴らしになるのか、分からない。
 去年のバレンタインが思い出される。アイツと見に行った、クラシックのコンサート。帰りに食べた、屋台のラーメン。こんな事になるとは思っていなかった、あの頃。
 モヤモヤした気持ちのまま、街を歩く。
「あれ? ここ……」
 そこで目に入ったのは、ガラス越しに知った顔がいくつも見える、甘い香りの漂う店。
 立ち止まった為だろう、自動ドアが開いていく。
「…………」
 何かに引かれるように、輝夜は店の中に入っていった。ファーシーが振り向き、彼女に気付いて話しかける。
「あ、輝夜さん! お買い物?」
「うん……まあ」
「何か、元気ないですね」
 目を伏せがちに答えると、気になったのか衿栖や朱里もやってくる。ちなみに、セルシウスは今、トイレの中だ。
「甘い物でも食べたら元気出るかもしれないよ!」
「うん……」
 朱里のアドバイスもあり、輝夜はフルーツケーキを注文する。そして、落ち込み気味になっている理由を話し出した。

「「「好きな人に……会えない?」」」
「そうなんだ。もういろんな所を探してるのに……。まだ、想いを伝えてないから……」
「…………」
 ファーシーは、何かきょとんとした顔をしている。輝夜の悩みについて真剣に考えているというより“良く分からない”という類の表情だ。輝夜の想い人、というのは警察署での一件で察しはついたが。
「でも……私、去年会ったわよ? 10月頃」
「え!?」
「タイミングが悪いとか、そういった事ではありませんか? 以前はどうか知りませんが……特に、行方不明という言葉が該当する人物ではないでしょう」
 注文のケーキを彼女の前に置きながらアクアも言う。普通に考えれば『携帯電話で連絡してみたら?』というのが一番適切な助言であろう。だが何となく、それは言ってはいけない気がした。更に付け加えると、最初に行方不明になった原因にはアクアが多分に関わっていたりするのだが――こちらは本人にその認識が無い。春には再会していたし。
「うーん……」
 一方、ファーシーは以前に恋の相談――のようなものを受けた事を思い出していた。その話の相手は、彼のパートナー。どう励ましていいか少し悩むが、言える事はそう多くもない。
「元気にしてるから大丈夫よ! ……たぶん」
「……たぶん!?」
「うん、ほら、新しくもらったお守りは欠けてないし。……だから、たぶん。」
「案外近くにいるかもしれませんよ。この空京市内とか」
 お守りを出したファーシーに続き、衿栖も言う。
「そうなのかな……」
「そうだよ! だから、元気出して!」
 朱里も輝夜の背を叩いて励ましてみる。それからしばらく、彼女達は他愛無い話に華を咲かせた。

              ◇◇◇◇◇◇

(うう……ひどい目にあった……)
 セルシウスは長い戦いを終えた。何となく腹を押さえ、心なしかげっそりした表情でトイレから出る。そこでふと、ハルと目が合った。
「どうしたのだ。どうも先程から恨めしげに見られている気がするのだが……」
「どうしたもこうしたもありませんぞ! 未散くんのケーキを食べられるとは、セルシウスさんは何という幸せ者なのでしょうか……!」
「何! アレを食べた私が幸せ者……!?」
 驚愕するセルシウス。
「ハル、なぜもっと早くに言わなかった……!!」
 食べたければ遠慮しなくて良かったのに。喜んで譲ったというのに。そうしたら2人共幸せだったのに。
「しかし、アレを欲するとは、ハルは特別な味覚でも持っているのか? いや、私がまだ知らないだけでシャンバラに住まう者の味覚というのは……」
「味の問題ではございません! 今日がバレンタインであるということが重要なのです!」
 ――何か、力説された。
「毎年、わたくしもチョコレートをいただいておりますが……あれは認めたくないですが義理といいますか」
 そして、今年はまだ貰っていない。
 さめざめと血涙を流すような勢いで、ハルは今の心境を話し始める。
「いや、お傍にいられるだけでわたくしは幸せです。それ以上を望むなんて、いけませんよね……」
「!!!!」
 そこで、そこまで話を聞いて、セルシウスはやっと正しい理解に至った。彼は、女性からチョコレートを貰った私にジェラシーを感じていたのだ! そして、未散の事を……
「それでも……」
 これまで胸に秘め、誰にも言わなかったこと。それを、ハルはいつの間にかセルシウスに告白していた。
「それでも、いつまでも変わらないこの関係を変えたいと思ってしまうんです。……本当はわたくしだけのものにしたいんです、未散くんのこと」
「なんと……」
 全てを聞き、セルシウスは言葉を失った。この悩める若者に何を言えるというのか。お世辞にも、自分はその道において彼より秀でているとは言い難い。というより、さっぽり解らない。悪気はないのだが何故か女性を怒らせてしまう傾向にあり、こちらがアドバイスをもらいたい程である。
「そう思うのは悪しき心ではない。ぎ、義理でも貰えるだけよいと考えるのだ。傍にいれば、知らぬ間に恋仲になっているという例もある」
「そうでしょうか……」
「そうだ。建築家も発想の停滞に悩むことはある。だが、気がつくと先に進めているものだ」
 必死になって言葉をひねり出す。ピントが合っているかどうか、セルシウス自身も少し自信が無かった。