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終点、さばいぶ

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chapter.12 三駅目(7) 


 電車の速度が落ちていく。つまりそれは、間もなく四駅目へ電車が到着するということだ。
 電車が止まればそこで300ポイントが引かれ、手持ちのポイントが足りない者は強制下車となってしまう。
 該当する乗客は、以下の面々だ。

 東條 葵 残り100ポイント
 茅野瀬 衿栖 残り100ポイント
 茅野瀬 朱里 残り100ポイント
 コア・ハーティオン 残り100ポイント
 ラブ・リトル 残り100ポイント
 ブルーズ・アッシュワース 残り100ポイント
 ロドペンサ島洞窟の精 まりー 残り100ポイント
 アキュート・クリッパー 残り200ポイント
 ウーマ・ンボー 残り100ポイント

 彼らは今まさに、「駅で降ろされてしまう」という最後の時を迎えていた。諦観し下車を待つ者、ギリギリの状況でも電車がホームに停止する瀬戸際まで悪あがきしようとする者、その迎え方は様々である。
 そんな彼らの生死の行方を、少し見届けることにしよう。

「……できればもっと先の駅で降りられたら良かったんだけど、まあ仕方ないな」
 諦めムードで下車準備を始めているのは、葵だった。葵は最後を惜しむかのように、カメラで車内からの景色をおさめていた。
 そこに、総司とまりーが通りかかった。これは救いの手か、それともとどめを刺しに来た死神か。
「兄貴ィ! ココニ乗客ガイルッ!」
「まりーよォ、いい加減オレにばっかり頼らないで自分でやるんだ。いいかまりー」
 口ではそう言いつつも、総司はフラワシを発動させ葵に接近していく。その後ろには、おどおどしながら釣り竿を構えるまりー。
 葵は溜め息を吐きつつ小さく言葉を漏らした。
「最後の最後まで、撮影の邪魔をされるんだね」
 それは、おそらく怒りににた感情だろう。葵はフラワシを突っ込ませてくる総司との距離を、自ら一歩詰めた。そして、渾身のカタクリズムで総司の体を吹き飛ばす。
「がっ!?」
 総司が後方に吹き飛んだのと、葵がフラワシの突きを叩き込まれたのは、ほぼ同時だった。
 がくりと崩れ落ちた葵の手元に触れたのは、座席の手すり。それは、今まで触れたどの手すりよりも、素晴らしい汚れ具合と色味をしていた。
「……僕が探していた被写体は、こんな近くに……」
 そして葵は倒れた。同時に、総司も。
「ア、兄貴ィ!! 置イテイカナイデクレヨォ兄貴ィ!!」
 まりーは、動かない総司の体を揺する。総司は微かに目を開けると、まりーを見た。そして震える手でイクカを取り出し、それを、まりーに渡す。
「兄貴……?」
 総司は自分のイクカを渡して、まりーに後を託したのだ。
「まりー、お前なら……」
「兄貴ィ! ウワアアア、兄貴ィィィ!!!」
 まりー、残り残高400ポイント。
 葵、総司相打ちにより脱落。



 同時刻。
 序盤で「炎を吐く」という妙な目的をつくっていた衿栖と朱里は。
 ふたりとも、残り100ポイントずつとなっても以前攻略の糸口すら見つけられず、脱落寸前であった。
「炎って、どうやって吐くの!?」
「わ、わかんないよ……」
 そもそもその行為に意味があるのかも定かではないまま、ふたりは車内を徘徊し続けた。
 なんだか、このふたりだけちょっと違うゲームをしているんじゃないかとすら思える。
 と、そんなタイミングで彼女らが遭遇したのが、1300ポイントと大量にポイントを持っているミルディアだった。
「あっ……!」
 パッと見で、ミルディアは直感した。ふたりの目のギラつき具合から、ふたりともポイントに余裕がないのだろうということを。
 そして同時に、自分が多くポイントを持っていることが危険だということも。
 その慌てっぷりで衿栖たちも、目の前の女性が、倒すべき相手だと知る。
「相変わらず炎を吐く方法は分からないけれど……とりあえずポイントを手に入れなきゃ、先に進めないもんね!」
「衿栖ー! この子倒せばいいんだね?」
 互いに顔を見合わせ、直後ふたりはミルディアに飛びかかった。
「うわ、これって逃げ切れるかな……?」
 急ぎ、踵を返して逃走を図るミルディア。しかし狭い車内と二対一という状況が、彼女を追い詰めていく。
「はぁ……はぁ……」
 徐々に息を切らしていくミルディア。と、その時彼女は閃いた。
「そ、そうだ! さっき他の人から手に入れたアイテムがあったんだった!」
 ごそごそと懐を漁ると、目当てのそれが出てきた。カップ麺だ。
「……」
 はたして、これで足止めができるのだろうか。ミルディアは不安になったが、何もしないよりはマシ、とそれをまきびしのように地面に置いた。
「え?」
「カップ麺?」
 一瞬ぴたっと止まった衿栖と朱里だったが、別に今何が何でもカップ麺が食べたいわけではない。ふたりは、あっさりスルーしてミルディアのイクカに手を伸ばした。
「こうなったら……とっておき!」
 やられそうになる寸前、ミルディアは先程他の参加者を倒した必殺道具、唐辛子を出した。が、衿栖の鋭い一撃で唐辛子の瓶は弾かれ、宙を舞った。
「あっ……」
「ごめんね! アイドルは負けられないの!」
 衿栖がミルディアのイクカを掴み、奪い取る。まさかの逆転劇で、ミルディアは下車コースとなった。
 そして、くるくると空中で回転していた唐辛子の瓶は。
「痛っ!?」
 あろうことか、朱里の脳天に運悪く直撃してしまった。
「え、朱里……? え!?」
 名前を呼ぶ衿栖だが、返事はない。気を失ってしまったらしい。
 せっかくポイントをゲットしたのに、ここまで来て、戦闘不能でリタイアなんて。
 悲しむ衿栖。と、その時頭にぶつかった衝撃で、瓶のフタがパカっと開いた。中身が辺りに散らばり、奇しくもそのほとんどは、置いてあったカップ麺の中に入ってしまった。せっかくの食料が、台なしである。
 がしかし、これは衿栖にとって偶然の幸運でもあった。
 真っ赤に染まったカップ麺を見て、彼女が思うことは当然ひとつ。
「……これ食べたら、炎口から出ないかな?」
 ミルディア、朱里、脱落。



 先頭車両。
 ここで後方の車両からの敵を待っていたコアとラブだったが、意外と思ってたほど先頭車両に人は寄り付かなかった。まったりしていたらいつの間にかピンチになっちゃってた組である。
 だがここに来て、先頭車両へ参加者が入ってきたのだ。時間的にも、彼らにとってこれがラストチャンスとなるだろう。そのお相手は、序盤名演技でイクカを蓄えた明日香であった。
「あら……やっぱり先頭車両には人がいるんですね〜」
 それも、明らかにパートナー関係にあるふたりっぽい。ということは、目薬からの泣き、からの騙し討ちが使いづらいということだ。
 アレは、第三者同士が争い合っている時にこそ真価を発揮するものだからだ。
「久しぶりの侵入者か! もう時間もない、ここは素早く倒させてもらうぞっ!!」
「もう生卵割れちゃったけど……こうなったらもう普通にゲンコツでスネ打ってやるんだから!」
 なりふり構っていられなくなったコアとラブが、同時に明日香に向かった。
 もちろん、明日香とてそれは想定の範囲だ。
「多勢に無勢は、卑怯ですね?」
 言って、明日香は一斉に召喚獣を召喚した。不滅兵団を筆頭に、フェニックスやサンダーバード、ウェンディゴなど多種多様な召喚獣がずらりとふたりの前に並ぶ。
「!!?」
 一気に劣勢に立たされたコアとラブ。ふたりはブーブーと不満を漏らした。
「さっきの言葉をそのまま返そう! 多勢に無勢は、卑怯だ!!」
「あんたそれでも人の子!?」
 わめき立てる両名だが、明日香は涼しい顔でスルーしていた。そうこうしている間に、召喚獣たちがふたりを取り囲んでいく。このままではボコボコにされるのが目に見えていた。どのみちあと少しで、ポイント不足により下車となるのだ。ならば今リタイアするのが、最も賢明と言えるだろう。
「……うー、今度は、何があっても負けないからね!」
 とても悔しそうな顔でリタイアを宣言するラブ。が、コアはなまじ真面目なばかりに、諦めが悪いようだった。
「くっ、これしきのことで……ぐおっ!」
 となると、当然待っているのは召喚獣たちによる集団リンチである。あっという間に袋叩きにされたコアは、車内の窓まで担がれると、開けられたその窓から外に放られそうになる。
「ま、待て! これは悪質なイジメではないのか!? よってたかってひとりの者を……」
 最後まで抗議を続けるコアだったが、どうも明日香の召喚獣は完全にイジメっ子なようだ。聞く耳持たずといった感じで、コアはぽいと外へ投げ捨てられた。
「ちょっとやりすぎたかもしれませんね〜」
 さすがに倫理上まずいと思ったのか、窓から無事かどうかを確かめようとする明日香。が、彼女がそこで見たのは、驚くべき光景だった。
 それは、窓の縁に手を引っ掛け、際どいところで落下を防いでいるコアの姿だった。明日香と目が合うと、コアは圧倒的不利な状況にも関わらず、笑みを浮かべた。
「ふふふ、どうだ! これぞ鉄道合体、トレイン・ハーティオン!! 電車が私に力を貸してくれるのだ!!」
「……」
「この鉄道合体により、本来のパワーの十数倍の」
 明日香は、ぷるぷる震えているコアの指先をじっと見つめ、そこをちょんとつっついた。瞬間、コアの指が車体から離れ、落下した。
 コア、ラブ、残虐なるメイドにやられ脱落。



 最後の最後まで残されていたのは、依然しびれ粉で満足に身動きの取れないブルーズであった。もっとも彼は「存じ上げない」という役割を立派に果たしたのだ。ここで下車となっても、悔いはないはずであった。
 しかし、そこにアキュートとウーマが通りがかったことで、少々展開がこじれる。
「……席を譲れ」
 突然、アキュートが言い出した。譲れ、と言われても、ブルーズはもうろくに動けないのだ。しかも彼が言える言葉は、「存じ上げません」のみである。
 仕方なくブルーズが黙っていると、アキュートはもう一度「席を譲れ」と言ってきた。ブルーズは思う。
 この男は、なんなんだと。
 席、周りにいっぱい空いているではないかと。
「席を譲れ」
 しかし、アキュートはバカの一つ覚えのようにその言語を繰り返す。彼は気が狂ってしまったのだろうか? いや、そうではない。
 ――席を譲れ。
 それは、アキュートが編みだした電車プロレスの技のひとつだった。
 席に座った相手の首を締めた状態で持ち上げ、対面の席に放り投げる危険な荒技だ。そして彼がこのタイミングでこの技を使った理由はただひとつ。
 あと少しで下車しなければならない。ならば、出したくても出せなかった技をやりきろうと思ったからだ。他にもいくつか技のストックはあったが、尺の問題で一番手っ取り早く出せるこの技を選んだのだ。
「席を譲れ」
 何度目になるか分からないその言葉を、アキュートが口にする。これにはさすがのブルーズも、苛立ってきた。
「……おまえは、何歳だ」
「え?」
「何歳だと、聞いている」
「……」
 いきなりちょっと強い口調で言われて、アキュートは口ごもった。ちなみにブルーズの実年齢は153歳。アキュートが何歳だろうと、地球人であるのならまず自分より年下だろうと、ブルーズは判断した。
「年配に向かって席を譲れと連呼して、恥ずかしくはないのか?」
「いや、これは技の名前で」
「言い訳するな」
「……」
「そもそも我の若い頃は……」
「……」
 そこから、ブルーズの説教が始まった。アキュートはすっかりテンションが下がり、もうプロレスやろうという気にはならなかった。
「……これ、あとは頼んだ」
 静かにそう言って、ウーマにイクカを渡すアキュート。丁度そこで電車が停車し、アキュートはトボトボと降りていった。ポイント不足のブルーズと一緒に。実に気まずかった。
 アキュート、ブルーズ、脱落。
【残り 12名】