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あの頃の君の物語

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あの頃の君の物語
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真っ白なお城のおうじさま〜エメ・シェンノート〜


 むかしむかし。
 ある所に真っ白なお城がありました。
 お城には一番上にしか窓がない、高い高い塔があり、
 その窓にはいつも分厚いカーテンがかけられていました。

 ある夜、街の若者が星を眺めていると、どうでしょう。
 塔のてっぺんの部屋のカーテンがそっと開き、
 白い影が窓際に歩み寄るのが見えたのです。

 噂はあっという間に街に広まりました。

 日の光に触れた事がない真っ白な肌、
 風に触れた事がない煌めく長い髪。

 あの塔には麗しのラプンツェルが囚われているのだ、と。


 その真っ白なお城は侯爵一家のお屋敷。
 侯爵家の御曹司・エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)がその塔の住人だった。
「昨日は星がきれいに見えました」
 お茶をいれてくれる執事にエメはうれしそうに報告する。
 エメの執事アトレーユ・オージェは大事な坊ちゃんの言葉に、表情を柔らかくした。
「それは良かったです。どんな星が見えましたか?」
 執事の質問にエメは熱心に答える。
 その1つ1つにアトレーユは頷いたり、相づちを打ったりして、真剣に聞いた。
 アトレーユが真剣に聞いてくれるのがうれしくて、エメはさらに話そうとしたが、ふと、アトレーユが外の日差しに気付き、エメにもう少し奥に入るように促した。
「エメ様。今日は夏のように暑い日差しでございます。どうぞ、もう1つ奥のお部屋へ」
「はい、わかりました」
 エメは素直に頷き、アトレーユと共に窓のまったくない部屋に移った。


 こんな塔にエメが住んでいるのは理由がある。
 エメは紫外線とハウスダスト、そして各種の花粉、さらに重度のアレルギーを患っているのだ。
 発症すれば涙とくしゃみ鼻水が止まらず、紫外線により肌に水泡が出来てしまう。
 これらのアレルギーの一番の対応策は、その原因物質に触れないこと。
 そのため、エメの両親はエメのために塔の中に運動場や図書室、映画館まで作り、忠実な執事、アトレーユを住み込ませた。
 エメを愛する両親はエメだけを塔に置くことはなく、毎晩ここに来ていた。
 塔に入る前は入浴をして、衣服を改め、エメに花粉などがつかないよう細心の注意をしてやってくる。
 そうして、両親はエメと夕食を共にし、母は寝るまでそばにいるのだ。
 外に出ることのない生活を送っているエメだが、両親に愛され、何不自由なく暮らしており、愛情と善意に包まれ、幸福に暮らしていた。
 逆に外に出ることがないからこそ、愛情と善意だけに包まれて暮らすことが出来、心優しい、人を疑うことをまったく知らないエメが出来上がっていったのかもしれない。
 一度、親から
「外で遊ぶ子が羨ましい?」
 と心配されたことがあったが、エメの返事は
「なぜですか?」
 だった。
 外は塔より広いかもしれないが、エメは外の子を羨むようなことはなかった。
 それに、そんな羨む暇もないとも言える。
『ノブレス・オブリージュ』
 その責任を果たすためには、それに見合う能力がなければいけない。
 エメはその能力を身につけるため、勉強、運動、各種習い事が毎日のようにあり、暇ではないのだ。


 そんなある日。
 エメはアトレーユにこうお願いした。
「ケーキを作りたいのです」
 その日はエメの母の誕生日だった。
「お母様にお誕生日のケーキを作ってあげたいのです」
 エメは図書室からケーキ作りの本を持ってきていた。
 アトレーユはエメから本を受け取り、パラパラとめくってみた。
「エメ様はどのケーキを奥様にお作りしたいのですか?」
「これです」
 それは定番のケーキだった。
 アトレーユはそのページをじっと見て、エメに正直に言った。
「エメ様、私はケーキ作りをしたことがございません」
 子供だからとあなどることなく、アトレーユは真摯に話した。
「バトラースクールである程度の知識は得ておりますが、作成した経験はありません。しかし、エメ様が作られるならば、全力でお手伝いいたします」
「ありがとう」
 にこ〜っとエメが笑う。
 この笑顔を崩さないように、全力でお手伝いしようとアトレーユは心密かに誓うのだった。
 
 
 アトレーユとエメはシェフに頼んで、まず材料を用意した。
 塔のシェフが持っている材料は、ちゃんと花粉やほこりなどがつかないようにパッキングされて持ち運ばれている。
 エメが持っても大丈夫な物だった。
 材料と、それから調理器具を準備し、髪をまとめて、クッキングキャップとエプロンを着けて。
 執事とお坊ちゃまはケーキ作りを開始した。
「クリームを泡立てるには、下に氷水の入ったボウルを用意して……」
 アトレーユは子供のエメでもうまく泡立てができるようアドバイスする。
 エメは母にケーキを作ってあげたいと言ったのだから、『エメ様が作ったケーキ』にしてあげたいとアトレーユは思っていた。
 代わりのケーキの準備などいらない。
 エメ様ご自身で素晴らしいケーキを。
 そういう気負いを微塵も見せず、アトレーユは優雅にお坊ちゃまの手伝いをする。
「これでいいかな?」
「はい。あ、こちらのミトンを。厚くできておりますので」
 オーブンを開けようとするエメのため、アトレーユは厚くできたミトンを渡す。
 エメはスポンジを取りだし、歓声を上げた。
「わぁ」
「焦げ目もなく、綺麗に出来ましたね」
 スポンジが出来ると、二人はデコレーションに入った。
 力は弱いエメだったが、美的感覚は優れていて、美しいデコレーションが出来た。
 そうやってケーキ作りをしている間に、お日様が落ちていた。
「そろそろ奥様がおいでになりますね」
「良かったです。出来たてを食べて頂けます」
 とてもうれしそうなエメを見て、アトレーユもうれしくなった。
「そうでございますね。紅茶をご用意しておきましょう」
 最後の仕上げに入るエメを見守りながら、アトレーユが紅茶の缶を出す。
 お湯が沸く音がするのと同時に、母の来訪が告げられ、エメは少し緊張しながら母を迎えた。


 エメの母はケーキをとてもとても喜んでくれた。
 エメが作ってくれたことも。
 ケーキがとても綺麗なことも。
 すべてがエメの母にとってうれしいことだった。
「とても綺麗」
「おいしい」
 喜びの声が母から発せられる度に、エメはうれしくてうれしくて溜まらなかった。
 こんなに母が喜んでくれるなんて、笑顔になってくれるなんて、お菓子作りはなんていいものだろう。
 この時の喜びがきっかけで、エメはお菓子作りが好きになることになる。