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あの頃の君の物語

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あの時の父に感謝を〜七瀬 歩〜

 中学生の頃、七瀬 歩(ななせ・あゆむ)の家はそこそこ裕福だった。
 歩の父は地元の名士で、歩の家にはメイドがいた。
 そのメイドのお姉さんはなんでもできるスーパーウーマンで、メイドとしての家事だけでなく、歩のピンチにも現れてくれたりして、歩はそんな彼女に憧れを抱いていた。
 メイドのお姉さんは百合園女学院で学んだのよと歩に話し、百合園女学園に行けばメイドとして必要な技術や知識が学べると聞き、憧れていた。
 歩の住んでいるところは、百合園女学園の日本校の近くにあり、良家の子女であるそこの先輩たちとも交流があった。
「来年ここでお会いしましょうね」
 憧れの先輩たちの言葉に歩はうれしくなった。
 来年は自分もここにいるのだと信じて疑わなかった。
 ところが、歩の家庭状況が一変する。
 父の事業が失敗したのだ。
 パラミタ景気で大きくなった会社に負けて、そこから一気に滑り落ちるように父の会社は傾き、ついには倒産の憂き目にあった。
 その結果、名士であった七瀬家も手持ちの財産を売り払うことになり、一気に没落した。
「百合園女学院に行けない……?」
 両親からそれを告げられたとき、歩の目から涙がポロポロこぼれた。
 一度、涙が出てしまうと止まらず、歩は声を上げて泣いた。
 両親はそんな歩を見て、困ってしまい、母が控えめに歩に一言言えただけだった。
「ごめんね、歩」
 

 しかし、少し経って落ち着いてくると、歩は自分のしたことが恥ずかしくなった。
 今、会社が倒産し、父も母も大変な状況なのだ。
 それなのに私立のお嬢様学校に行けないからと泣くなんて。
「中学を卒業したら働こう……」
 歩がそう決めていることを両親はうすうす気付いていたが、仕方ないと思っていた。
 申し訳なくはあるけれど、そうしてもらったほうがありがたいと思うほどに、七瀬家は厳しい状況になっていたのだ。
 ところが、歩が卒業を控えた2ヶ月前。
 急に父の古い知り合いという人がやってきた。
「七瀬、会社がダメになったんだって? 言ってくれれば良かったのに」
 突然やってきた見知らぬおじさん……と思ったが、歩はほんの少しだけその人に覚えがあった。
 確か、歩が幼稚園くらいの時に、うちに来たことがあった気がする。
 歩がお茶を出しに行くと、父とその人は少し難しそうな顔をして、話をしていた。
「でもなあ……」
「何を言う、お前はあの学校が厳しいときに、ずいぶん助力をしていたじゃないか。その時の教師が今はパラミタにいる。これはいい機会だと思うぞ」
(パラミタ……?)
 何の話か気になったが、大人の話に加わるのも気が引けて、歩はお茶だけ置いて、一つ礼をして、下がった。
 その様子を見て、父の旧友はこう言った。
「うん、さすがにしつけもちゃんとできている。あれなら百合園に行かせても問題なく過ごせると思うぞ」
「しかし、百合園に行くだけの学費が……」
「それは心配ない。奨学金の話が出ている」
 父の旧友は歩の入れた茶を飲み、やはり問題ないなと呟いた後、こう付け加えた。
「ただし、行き先は先ほども言ったように、パラミタの百合園女学院だ」


 両親は相当に悩んだらしい。
 一人娘を未開の地であるパラミタに送っていいものか悩んだのだろう。
 だが、パラミタであろうと百合園女学院は百合園女学院であり、娘の願いが叶う。
『学校に行きたかったのに行けなかった』
 その思いを歩に引きずらせたくないと考えた両親は歩をパラミタの百合園女学院に行かせることにした。
「本当に、本当に百合園女学院に行けるの?」
 驚く歩だったが、その歩をガッカリさせるのではと心配させながら、父はこう付け加えた。
「百合園女学院だが……場所はパラミタのだぞ」
「パラミタの?」
「日本の百合園女学院の姉妹校がパラミタのヴァイシャリーという場所に出来たそうだ」
 父はヴァイシャリーにある百合園女学院のパンフレットを見せた。
 どんなところかと歩はドキドキしたが、それは水の豊かな美しい土地で。
 歩は迷わずに言った。
「行きたいです」
 これで歩のパラミタ行きは決まった。
 ただ、後になって歩は、どうしてお金のない両親が百合園女学院に自分を行かせられるのかと心配になった。
 送り出してくれる両親に感謝しつつ、自分のワガママで親にすごい負担をかけてるのかも……と負い目を感じながら、歩はパラミタに旅立つのだった。