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あの頃の君の物語

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〜森の館の小さな魔女見習い〜ソア・ウェンボリス〜

 そこはイギリスの小さな村。
 小麦の生産を主とするその村の奥には小さな森があり、その森には魔法使いが住んでいた。
 魔法使いの名はディーグ・ウェンボリス
 村の人々のため薬草を調合したり、困ったことが起きると魔法の力で解決してあげたりして、村の人々にも慕われていた。
 ディーグは優秀な魔法使いで、海外などあちこちに行くことも多かったが、館にいる時は村の人たちの求めに応じて親切に手を貸していた。
 そのディーグが帰ってくる。
 お手伝いさんからそう聞いたソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)は目を輝かせた。
「お父さんが帰ってくるんですか?」
 緑の瞳を輝かせて、ソアは父の帰りを待った。
 父はそれからほどなくして、館に帰ってきた。
「おかえりなさい、お父さん」
 笑顔で迎えてくれたソアに、ディーグはお土産を渡した。
「わあ、これ、日本のお土産ですか?」
「ああ、日本の雪国で買った物だ」
「雪国?」
「そうだな……緯度だけで表すと、ここより南なのだが、ロンドンよりもずっとたくさん雪が降って、寒い地域が日本にあるんだ」
「そうなんですね。開けていいですか?」
「もちろんだ」
 父の許可が出たので、ソアはいそいそと包みを開けた。
 箱から出てきたお土産は、白クマのぬいぐるみとキーホルダーだった。
「わあ、可愛いです」
 ふわふわの白クマを見て、ソアは笑顔を浮かべた。
「日本の雪国には、白クマが住んでいるのですか?」
「住んでいるというか……マスコットキャラだな」
「マスコット?」
「テーマパークとかにいるキャラクターみたいなものだ。そして、そいつは生きていて動く」
「動くのですか!」
 ソアは驚きながら目をキラキラさせた。
「こんなふわふわの可愛い白くまさんが動くなんて……」
 夢見るようなソアを見て、ディーグは少し渋い顔になったが、しかし、娘の夢を壊すまいと思ったのか訂正しなかった。
「今度、会わせてやろう」
 雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)の事を思い出しながら、ディーグはそう言い、コートや荷物を片付けた。
 そして、片付けが終わると、娘の方を向いて、柔らかな表情を見せた。
「食事にするか?」
「はい!」
 ソアは上機嫌で父と一緒に食卓に着いた。


「今日、村の人が種火が無くなったから点けて欲しいといらっしゃったんです」
 父と娘は向かい合わせで食事をしながら、今日あったことを報告し合った。
「そうか、早速、覚えた火術が役に立ったな」
「はい! 村の方が喜んでくれて……すごくうれしかったです」
 照れながら話すソアに、ディーグは一瞬微笑んだ後、表情を引き締めて言った。
「火術は一番やりやすく、かつ使える術だ。大事にしておくといい」
「一番やりやすい……ですか?」
「そうだ。一番難しいのが水に関する術だな。何もないところから幻覚でもない水を発生させるのは高位の魔法使いでも無理な話だ。氷の術は空中にある水蒸気を使うから比較的楽なのだが……」
 ディーグは食事をしながら魔術講義を始めた。
 ソアはそれをとても興味深そうに聞いた。
 家にはたくさんの魔法の本があり、ソアは父がいない時もそれを見て勉強していた。
 でも、父親から直接、話を聞くのは、生きた魔術の話であり、父親との交流であり、ソアにとって格別に楽しい物だった。
「人の役に立ってうれしいと思うソアには、大きな魔術を操る者に大事な資質がある。しばらく館にいるので、次はもう少し難しい魔法を教えよう」
「本当ですか。がんばります」
 ディーグの言葉にソアはうれしそうな表情を浮かべ、小さく気合いを入れた。
 そして、次に父のほうの話を聞きたがった。
「日本はどうでしたか?」
「そうだな、日本も最初に行った時に比べると、ずいぶん変わった」
「変わった?」
 遠いところを見るような父の目つきに、ソアは不思議そうに小首を傾げる。
 娘の可愛らしい仕草を見ながら、ディーグは日本の光景を思い出しつつ、語っていく。
「日本とパラミタに新幹線が開通してから、ずいぶんとパラミタの者が訪れるようになった。ヴァルキリーや機晶姫、吸血鬼や魔女も普通に歩く……不思議な街になった。……あの頃はパラミタの者は隠れて来ているような状況だったのだが……」
「あの頃?」
 父の言葉の後半が聞こえず、ソアは聞き返したが、ディーグは「なんでもない」と首を振り、話を続けた。
「日本はパラミタの一部になったかのような錯覚を覚えるほどすごかったな。ゆる族も多かった」
「ゆる族?」
「さっき言ったマスコットキャラみたいな生物だ。今度、会わせてやると言っただろう? その白クマはゆる族なんだよ」
「そうなんです……か」
 ソアは興味深そうに白クマのマスコットキャラを見た。
 そして、じっとそれを見つめた後、ディーグに言った。
「お父さん、私、パラミタに行ってみたいです」
「パラミタに?」
「はい」
「…………」
 ディーグが真剣な表情でソアを見つめる。
 怒っているわけではないようだが、真剣すぎるほど、真剣な父の表情に、ソアはちょっと小さくなった。
 小柄なソアがさらに小さくなったのを見て、父は真剣な表情のまま呟いた。
「…………やはり呼ばれるのか」
 今度はちゃんとソアの耳にも届いた。
 しかし、呼ばれる、の意味がソアには分からなかった。
 でも、父親が真剣なので、きっと意味があることなんだろうと感覚的には分かった。
 余談だが、ソアは数年後にこの時の意味を知ることになる。
「パラミタに行きたいんだな、ソア」
「は、はい」
 父の問いに、ソアは背筋を伸ばして答える。
 ディーグは娘の瞳をじっと覗き込み、さらに問いかけた。
「ふむ……しかし、パラミタは地球とはまったく違う。地球では非常識としか思えないことが、パラミタではさも当たり前のように存在する。パラミタにソアが行くなら学校に進学することになるが……この小さな村の学校とはまったく違う」
「違うの……ですか?」
「ああ、違う。世界各国から色々な学生来るし、お前より大きな子もたくさんいるだろう。そして、才能のある者も……」
 父の言葉を、ソアはどう受け取っていいか分からなかった。
 この小さな村にいて、純粋なまま育ってきたソアは、才能のある者同士が争う世界がどんなものか想像もつかなかった。
 そして、それがいいことなのか悪いことなのかも良く分からなかった。
「え、ええと……」
 それでもソアはがんばって考えて、答えを出した。
「こことは違ってたくさんの人がいてビックリかもだけど、でも、そのたくさんの人と、仲良くできたらきっと楽しいでしょうねって思います」
 ディーグは軽く目を見開いた後、優しく微笑んだ。
「そうか……うん、お前のその気持ちを忘れなければ、パラミタでもがんばっていけるかもしれない」
 最後の料理を食べ終えて、ディーグはソアに提案した。
「これからソアがパラミタに行けるように手配する。お前に合った学校も探しておこう。ソアはパラミタに行く日まで、今よりさらに魔法の修行に励むこと。父はその日まで出来るだけこの家にいて魔法を教えよう。覚悟はいいかな?」
「はい!」
 父の最後の確認に、ソアは珍しく大きな声で返事をした。
 パラミタに本当に行けることになったのはうれしくもありドキドキでもあり。
 父はその日まで修行に励むことを覚悟するようにと言ったけれど、ソアはパラミタに行くまで父がずっと家に一緒にいて自分に魔法を教えてくれることもうれしかった。
 ソアがパラミタに出発する前の日々が、これまでで一番父と長く暮らす時間となる。