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シルバーソーン(第2回/全2回)

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第5章 解放の時 1

「くそっ、これじゃあ、いつまでもは持たないぞ!」
「こっちがやられるのも時間の問題だ!」
「……うるせぇ! だからってみすみす諦められるか!」
 南カナンの各地の街や村では、そんな声が次々とあがっていた。
 彼らは町や村の人々を守るために奔走している兵士や契約者に志願兵だったが、相手にしているシャドーの数が多く、徐々にこちらが劣勢になってきていたのだ。
 せめてシャドーを生み出す〈黒い柱〉を破壊できれば戦況は変わるだろうが、そこにたどり着くまでに多くの戦死者が出てしまう。
 状況は極めて不利になりつつあった。
「く、このぉっ! この先にはいかせないです!」
 そして必死にシャドーと戦う兵たちの中に、ルーシェリア・クレセント(るーしぇりあ・くれせんと)の姿もあった。
 彼女は百合園に所属する契約者で、カナンの民を守るために戦いに駆けつけたのだ。普段は優しくのんびりしている印象を受ける彼女も、ひとたび剣を握ればその姿は騎士のごとく。次々とシャドーを倒していって、街の防衛に一役買っていた。
 だが、彼女たちとて疲労はある。なかなか減らないシャドーを前にして、ルーシェリアはなんとか必死で食らいついている状態だった。
「ルーシェリアちゃん、こりゃ覚悟決めたほうがいいんかもしれんねぇ……」
 そんな彼女に、シャドーを倒して彼女の背中へと飛び退いてきた若者が言った。
 名はクド・ストレイフ(くど・すとれいふ)である。二丁拳銃で構える曙光銃エルドリッジでシャドーをぶち抜きながら、彼は嫌な汗を額ににじませていた。
「諦めないでください、クドさん! 絶対に……絶対にみんなを守るんです!」
「そりゃまあ、お兄さんも同じ気持ちですけど……」
 ただ、なまじ完全に分が悪い。
 せめてもっと戦力がいたら良いのだがと願うが、南カナン兵は各地へ点在して守りに務めているし、これが兵力の限界だった。
 気づけば、クドやルーシェリアも敵に囲まれていた。じりじりとにじり寄るシャドーたち。
 すると――
「な、なんだあれはっ!?」
「イノシシでも出てきたのか!」
 どどどどどどどどどど、と土煙をあげて猛スピードで走ってくる影がある。
 それは戦場へと突撃すると、そのままクドたちに迫っていた影へとぶつかって奴らをドガシャンっと吹き飛ばした。
「なんだなんだなんだっ!?」
「はぁ……はぁ……お、遅れてまして、ミルチェ・ストレイフ(みるちぇ・すとれいふ)……た、ただいま参上!」
 シャドーを吹き飛ばしたのは、なにやらその背中にバテたアルパカを背負った少女だった。
 なにゆえアルパカを背負っているのかは知らないが、よほど苦労したのであろう、ぜーぜーと肩で息をしている。
「ど、どうしてあなたがここにいらっしゃるんで……?」
 クドが呆然とした様子で訊くと、少女はニヤリとした。未来からやって来たというクドの初恋の人と瓜二つな姿の少女――ミルチェは、どさっとアルパカを放り捨てると(ひどい)、そのまま低い身長ゆえにクドを憎たらしく見上げた。
「へへっ、困ったときはお互いさまさ。あたしたち、ともだちだろ……?」
「…………」
 思わず黙り込むクド。
 それを隙ありと見て、こっそり近づいていたシャドーが牙を剥いた。
「クドさん、危ない!」
「――ッ!」
 だがその瞬間――輝く氷結の力に包まれた刃が、シャドーを斬り倒していた。
 チンッ……と刃を鞘に収めたのは、一人の娘。頭に氷枕を巻き付けられたままの少女は、軽く頭を振ってそれを払い落とすと、何事もなかったかのようにそこに佇んだ。
「って、ア、アルトリアちゃん!?」
「遅れて申し訳ありません、ルーシェリア殿」
「ま、まだ寝てないとですのに……」
「その必要はありません。十分に体力も回復いたしましたし……それに――」
 アルトリア・セイバー(あるとりあ・せいばー)は振り向きざまに剣を抜き放った。
 そのスピードは驚異的だ。瞬時に、背後に迫っていたシャドーが斬り伏せられた。
「一人で戦おうなんてさせませんよ。自分は、あなたのパートナーなのですから」
「……ふぅ、わかったです、もう休んでいてなんて言わないですから、後ろはお任せしますね」
「はい。ああ、それと……」
「?」
「共に戦うのは、なにも自分たちだけではありませんよ」
 そう言ってアルトリアは振り返る。
 するとその視界の向こう――街の外から、大量の土煙をあげる集団が接近しているのが見えた。すぐにその声と姿がハッキリしてくるようになる。それは、援軍に駆けつけた多くの契約者たちだった。
 彼らは激励と気合いの声を高々にあげつつ、次々と街へ突入してシャドーと戦闘を始める。
「悪い、待たせたな!」
「は、はい……」
 まずルーシェリアたちのもとにやってきたのは、小型飛空挺に乗った青年だった。
「俺は高柳 陣(たかやなぎ・じん)だ。遅くなってすまない。色々と援軍も纏めてたらちょいとな……」
 彼はぼさぼさの赤髪の下にある丸眼鏡の奥から、周りにいる仲間たちを眺めてそう言う。
「い、いえ、とても助かりますです!」
 あわてて、ルーシェリアは頭をさげた。
「うひゃー、こりゃすごいですね。シャドーをどんどん退けていきますよぉ」
 クドが援軍を見ながら感心したように言う。
「腕利きの契約者や傭兵たちを集めてきた。まあ、みんなちょっと自由が過ぎる奴らだが、しっかり働いてくれるだろう」
 陣の言う通り、集まった援軍は兵士のように統率の取れた部隊ではなかった。
 報酬の金を目的とする者。戦いのスリルの中に身を投じたい者。とにかく面白そうだからと仲間に乗せられてやって来た者など、様々だ。しかしその実力は本物で、数々の魔法や技を用いて、彼らはシャドーを撃破していっていた。
「それに……ティエン!」
「うん、任せといてお兄ちゃん!」
 陣に呼ばれて大型騎狼がやってくると、その上から降りたのは一人の少女だった。
 ティエンと呼ばれた少女――陣のパートナーであるティエン・シア(てぃえん・しあ)は、すっとその場に佇むと、両手をゆっくりとあげてゆるやかに歌を紡ぎ出した。
「ティエンの歌は魔法歌だ。傷も少しは回復してくるはずだし、活力も戻るはずだ。みんなの役に立ってくれるだろう」
 陣の言う通りで、ティエンが紡ぐ繊細な歌声はルーシェリアたちの傷を少しずつ回復してくれた。
「陣! 浩一さんたちの言う通り、〈黒い柱〉を見つけたわ」
 上空を飛んでいた一機の小型飛空挺から、そんな声が降り注ぐ。
 それに乗っているのは、同じく陣のパートナーのユピリア・クォーレ(ゆぴりあ・くぉーれ)だ。彼女は前方を指さして、〈黒い柱〉のある場所を指し示した。
「まずはそいつを破壊するのが先か」
 陣はそうつぶやくと、自らも小型飛空挺を操作して動き出した。
 そっと彼の視線が歌を紡ぎ続けるティエンに動いた。
 思えばここに来たのも、彼女の進言があってのことである。
『――バァルお兄ちゃんにこれ以上辛い想いをさせてくないよ……!』
 泣きながらティエンがそう言ったのを聞き届けて、陣はこうして何とか仲間を集めて援軍にやって来たのだ。
 アガデに残ったほうが良かったのではないかとティエンに訊いたりもした。だが、その答えは横に首を振ることだった。
『バァルお兄ちゃんの傍にいたら、バァルお兄ちゃんきっと無理に気遣っちゃう。それよりもね、僕は僕に出来る事をして、戻った時お兄ちゃんに「おかえり」って喜んで言ってもらえるように頑張りたいの』
 そう言ったティエンの姿が思い返される。
 ティエンのためにも、バァルのためにも、そして人々を守るためにも――陣はティエン同様、自分に出来る精一杯をやるつもりだった。
 それは上空にいるユピリアも同じだ。
(まあ、あいつは『セテカ様に恩を売るチャンス♪』とか言ってたけどな……)
 陣は呆れた様子で苦笑する。
 彼の小型飛空船に続くようにして、集めた契約者や傭兵たちが次々とシャドーを討ち倒しながらその軍勢を押し返していた。