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シルバーソーン(第2回/全2回)

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第1章 守るべきもの 3

 ユトの街は南カナン外周部にある平凡な街の一つだ。
 幾度かの戦いの舞台に晒されたことはあるものの、それでも街の住民たちは一致団結してそれを退け、平和な時を過ごしていた。
 しかしこの街もまた、いまはシャドーの猛威に攻め入られている。
 それを守るのは、南カナン兵や契約者の勇士たちだった。
「おおおおおぉぉ!」
 滾るような気合いを呼吸に変えて、ケーニッヒ・ファウスト(けーにっひ・ふぁうすと)の叩き込む拳がシャドーを吹き飛ばす。
 シャドーには通常の物理攻撃は効かないが、いまのケーニッヒの拳には龍の波動が込められている。文字通り龍を彷彿とさせるほどのすさまじい闘気が、烈風のような波動となって敵に叩き込まれた。
 周りでも仲間の南カナン兵や中央から駆けつけた神官戦士がシャドーを討ち倒していく。神官戦士の放つ魔法が戦士たちの刃に魔力を付与し、シャドーを斬り裂く有効な武器とさせていた。
 ケーニッヒはいったん距離を取って体勢を立て直す。カナン兵たちの助力はありがたいが、いかんせんシャドーの数は多かった。二十体、三十体――いや、それ以上はあるだろうか。それを自分たちだけで叩き伏せるのは難しい。
「アンゲロ! 民を避難させるためにいまは――」
 ケーニッヒは共に戦っているはずのパートナーに向けて呼びかける。
 そのとき、横合いからシャドーの手がケーニッヒへ伸びた。マズイと思って体勢を取り直そうとしたそのとき――不慣れな斧の一撃がシャドーを斬り倒した。
「契約者さんたち! 俺たちも加勢するぜ!」
 斧を振るった布製の服だけを身に纏う民が、シャドーたちへ向かって飛び込んでいった。
 いや、そこにいたのは彼だけではない。斧やピッケルやシャベルに鍬と、思い思いの武器を手にユトの街の住人たちが身構えていた。
「お前たち……」
「いつまでも守られてるだけじゃないんだ!」
「ああ! それに街の地形なら俺たちのほうが分かってる!」
「自分たちの街は……自分たちで守ってみせるぜ!」
 民は一斉に敵軍へと立ち向かっていく。
 それを呆然と見つめていたケーニッヒの横にアンゲロ・ザルーガ(あんげろ・ざるーが)が駆けつけた。
「自分たちの街を守るために、みんな立ち上がったんだ。ケーニッヒ……あんたの熱意があいつらに通じたんだぜ」
「…………」
 ケーニッヒは戦いに赴く前に、街の人々に頭を下げていた。
 ――どうか、自分たちと一緒に戦ってくれないかと。
 もちろん、危険はある。しかし、シャドーたちに対して南カナン兵と契約者だけでは兵力が足りないのも事実だった。それでは、自分たちの身が危険に晒されるだけではなく敗北は必至だ。だから、ケーニッヒは彼らに頼み込んだのだ。危険を承知で、それでも戦ってはくれないかと。
 その時は、ユトの街の人々は顔をうつむけたり目を逸らしたりすぐばかりだった。
 しかし――今は違う。彼らの目には、自分たちをの街を守ろうとする決意と情熱が宿っていた。
「街の人たちの武器には私が聖なる力を付加しておいたから。思う存分、戦えるわよ」
「麻衣……」
 戦いの志願者たちを導いてきたのだろう。
 パートナーの天津 麻衣(あまつ・まい)が彼らを守るように立って、〈武器の聖化〉の力を唱えている。志願兵たちの武器は単なる農具や掘削具に過ぎないが、聖なる魔法の力を与えられてシャドーを倒す有効な武器となっていた。
 さらに、麻衣は〈護国の聖域〉をはじめとする防護呪文を唱える。魔を退く聖域が広がり、シャドーたちを弱体化させることに成功していた。
「行こうぜ、ケーニッヒ。これからが正念場だ!」
「――ああ」
 ケーニッヒは拳を構え直し、アンゲロと共に前線へ舞い戻る。
 叩き込む拳は、これまでにないほどの力でシャドーたちを吹き飛ばしていった。



 南カナンの地域にはいくつもの村や町々が存在する。
 そこには平凡で平和な日常を送りながら日々を生きている住民たちがいて、彼らは自ら望んで勇士になった志願兵以外には戦う術を持たない者がほとんどを占めていた。
「はあっ!」
 そんな彼らを守るために赴いた志願兵と一般兵士の中に混じり、五十嵐 理沙(いがらし・りさ)は氷の力を宿した富士の剣を振るう。
「さっ、早くこっちに逃げて!」
「あ、あわわ……」
 慌てて逃げ惑う住民を背にして、理沙は果敢に敵へ立ち向かう。
 燃えるような赤いセミロングの髪が一閃するたびに炎のように揺れ、さながらその姿は戦場を走る烈火のようだった。
「な、なんだ……なんなんだこいつら……!」
 シャドーの姿に恐れおののく住民たちの中には腰を抜かす者もいる。
「大丈夫。私たちもいるから心配しないで! でも……それでもみんなが協力し合わないと、このままじゃやられるのも時間の問題だわ! 協力して、自分たちの身を護る事を最優先に考えて!」
「理沙、街の人たちの避難はわたくしに任せてください」
 必至に呼びかける理沙の背後で、セレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)が自ら身を乗り出す。
 まるで水のように青みがかった髪の下にあるのは、聖母を彷彿とさせる優しげな顔だ。しかし、その表情は険しく結ばれ、彼女の気丈さを物語っていた。
「だからあなたは、シャドーの殲滅を最優先に」
「……わかったわ」
「皆さん、兵たちは迅速に対処へ動いてますから、安心してください。慌てず、こちらに避難を!」
 セレスティアの優しげな雰囲気が少なからず住民たちの安心感を誘ったのか。彼らは彼女の先導に従ってゆっくりとであるが避難へ動き出す。
(任せたわよ、セレスティア)
 それを横目で確認してから、理沙は次なる標的は動き出した。
 一体、二体、三体と――。理沙の剣が振るわれるたびに、次々とシャドーは斬り倒されてゆく。
 徐々に彼女の気も高ぶってきて、頬が上気してきたのが自分でも分かった。
「!?」
 それが仇となったのか、視界が狭くなっていた時を狙ってシャドーが死角から襲いかかってきた。
 マズイ、と思ったときにはすでに遅く、シャドーの攻撃が眼前に迫る。
 ガァイン――ッ!
「大丈夫ですか……っ!」
 巨大な盾でその攻撃を一歩手前で食い止めていたのは、ボブカットの黒髪に険しい表情を浮かべた一人の少女だった。
「レ、レジーヌさんっ」
「ま、街の人だけじゃなくて……自分の身も……守らないといけないですよ。……誰一人として、傷つけさせません!」
 ぐぐっとせめぎ合っていた剣を、少女は押し返す。
 普段は大人しく消極的な教導団の契約者――レジーヌ・ベルナディス(れじーぬ・べるなでぃす)の瞳にはいまや守護騎士を思わせる気迫があった。彼女はシャドーと対峙したそのとき、装備していた盾をかなぐり捨てる。どこかで拾ってきたらしい薄汚れた盾はガシャンと音を立てた。
 その瞬間――レジーヌは幻槍モノケロスを手にシャドーへ飛び込んでいく。
 光の力で輝く槍の穂先は、シャドーの突き出した刃のような腕をかいくぐって、その懐に深く沈んだ。
「……はぁっ……はぁっ……」
「レジーヌさん、どうしてここに……?」
 消滅したシャドーの跡を見下ろして肩で息をつくレジーヌに、理沙は眉根を寄せる。
「セ、セレスティアさんに……頼まれたんです。『理沙は、頭に血が上るともう敵を倒す事しか考えない娘なので……守ってください』って」
「あの娘は……もう」
 理沙は複雑そうな表情で息をついた。
「それに――」
「?」
「シャムスさんは……その……兵士や契約者であっても……誰かが傷つくことは、嫌なはず……ですから」
 レジーヌは遠く黒夢城へと赴いた領主のことを思いながら、静かに微笑を浮かべる。
「……そっか」
 理沙は遠くからしか見たことのない領主のことが少しだけわかったような気がする。
 それだけ誰かに思われる存在であると知れただけでも、その距離が縮んだと思われた。
「それじゃあ、絶対に生きて帰らないとね。みんな――で!」
「――はいっ!」
 二人は最後の一言に力を込めて、ぐわんと身を回す。
 振り返りざまに振り抜いた槍と剣は、いつの間にか背後に回っていたシャドーを斬り裂いた。
「行きましょう!」
 理沙のかけ声にレジーヌがこくっと頷き、彼女たちは次なる敵へと向かっていった。