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2022年ジューンブライド

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リアクション

 海の見渡せる高台のチャペルで、サー・ベディヴィア(さー・べでぃびあ)は一つ息をついた。
 今日ここで、彼のマスターと婚約者が結婚式を挙げるのだ。
 本来ならばちゃんとした聖職者である牧師を使うところだが、ベディヴィアは二人を祝福するために今日だけ牧師役を買って出ていた。
 純白のタキシードに身を包んだ氷室カイ(ひむろ・かい)が準備を終えると、ついに式が始まった。
 真っ白なウエディングドレスを着た雨宮渚(あまみや・なぎさ)が、ゆっくりとバージンロードを歩いてくる。
 美しい茶色の髪の毛が吹き込んできた潮風に揺れる。
 先で待つカイの隣へ並び、二人はともにベディヴィアの前へ進んだ。

 式の開催を宣言する言葉を、厳かに口にするベディヴィア。
 カイと渚は、待ち望んでいたこの日を無事に迎えられたことに、安堵と幸福を感じていた。
 二人を祝福する参列者は、ごく親しい友人たちだけだった。急に日取りが決まったこともあってか、式はひっそりとしたものになっている。
「新郎、氷室カイ。あなたは新婦雨宮渚と結婚し、健やかなる時も、病める時も、愛を持って、生涯支え合ていくことを誓いますか?」
「はい。私、氷室カイは雨宮渚と結婚し、健やかなる時も、病める時も、愛を持って、生涯支え合っていくことを誓います」
 はっきりと告げるカイは、まっすぐに渚のことを想っていた。
「新婦、雨宮渚。あなたは新郎氷室カイと結婚し、健やかなる時も、病める時も、愛を持って、生涯支え合っていくことを誓いますか?」
「はい。私、雨宮渚は氷室カイと結婚し、健やかなる時も、病める時も、愛を持って、生涯支え合っていくことを誓います」
 と、渚も誓いの言葉を告げる。
 次は指輪交換だ。
 カイはベディヴィアから指輪を受け取った。
 渚は手袋をそっと外して、カイと向かい合う。
 そっと渚の手を取ったカイは、薬指に優しく結婚指輪をはめた。同じようにして、渚もベディヴィアから指輪を受け取って、カイの指へはめる。
 ふと顔を上げると、渚はカイと目が合ってドキッとした。しかし二人はにこやかに微笑み合って、式の続きへ集中する。

 外へ出ると潮の匂いがした。
 ひらひらと舞うフラワーシャワーを受け、渚は笑顔を浮かべる。
「キレイね、カイ……」
「ああ、そうだな」
 祝福の花びらを受けながら、二人は同じ歩調で階段を下りていく。これから共にするのは時間だけではなく、「氷室」という一つの姓を共有していく。
「なぁ、渚……俺はいつまでも、どんなものからでも渚を護るよ」
「ええ。カイがずっと護ってくれるなら、私はずっと隣でカイを支えるわ」
 改めて顔を見合わせた二人は、妙に恥ずかしくなってきて笑い出す。
「ずっと一緒だ、渚」
「もちろんよ。ずっと……ずーっと、ね」

   *  *  *

 まだ梅雨は続いていたが、今日は晴れると予報されていた。
 空京の郊外にある小さな教会にちらほらと人が集まってくる。教会の前に咲いた白薔薇は太陽光を受けてキレイに咲いている。
 水神樹(みなかみ・いつき)はゆっくりとバージンロードを歩く。愛しい人の待つ場所まで、一歩ずつ踏みしめながら。
 彼女の身体にぴったり合ったウエディングドレスは美しく、彼女の横顔はこの世界で誰よりもキレイだと、双子の弟である水神誠(みなかみ・まこと)は思う。できるなら、このまま姉を連れ去って誰の目にも触れないような場所へ……と、思わないでもないが、さすがにそれは出来なかった。
 樹を幸せにしてくれる人がいるからである。佐々木弥十郎(ささき・やじゅうろう)だ。
 バージンロードの先で白いタキシードに白い薔薇を刺した彼は、いつものように穏やかな表情で彼女を待っていた。

 二人が出会ったのは、ここパラミタへ来てからだった。
 それぞれの所属校が違うため、頻繁に会うことは出来なかったが、二人は今日、ついに夫婦となる。
 お互いにかけがえのない存在で、誰よりも愛おしいと思う。そうして二人で育んできた結果が、この結婚式だった。

 樹は式の始まった時からドキドキと緊張していた。神父の言葉を聞いているだけでも、幸福な気持ちが胸いっぱいに広がって鼓動は収まることを知らない。
「健やかなる時も、病める時も、彼女を愛し、支え続けていくことを誓います」
 隣に立つ弥十郎が誓いの言葉を口にした。
 同じことを神父に問われた樹は、緊張した声のまま、彼と同じ気持ちで誓う。
「健やかなる時も、病める時も、彼を愛し、支え続けていくことを誓います」
 そして誓いのキスをする番になり、弥十郎はそっと樹のかぶったベールを上げた。
 すると、彼はふと、何かに気づいたような様子を見せた。
 樹がどうしたのだろうかと思った直後、弥十郎は彼女にしか聞こえないような声量で呟いた。
「誓います」
 その言葉を刻みつけるように、弥十郎は樹へキスをした。
 どんな意味の込められた誓いかは分からなかったが、樹は幸せだった。

 式が終わった後の披露宴はバイキング形式になっていた。堅苦しい感じではなく、パーティのように気楽に楽しめるよう考えてのことだった。
 真名美・西園寺(まなみ・さいおんじ)はてきぱきと料理を中央のテーブルへ置いていく。
 点心をメインとし、エビチリや麻婆豆腐などの中華の定番メニューがずらりと並んでいた。デザートはフルーツの盛り合わせと、弥十郎のこだわりを反映してのパンナコッタだ。
 式に出ていた人たちがこちらの会場へ移動を始めた頃、佐々木八雲(ささき・やくも)は何とも微妙な表情をしていた。
 それというのも、弟の弥十郎の幸せそうな呟きが【精神感応】によって、始終聞こえてきていたからだ。
 弥十郎が幸せなのはいいことだが、どうも八雲はむずがゆくてやっていられなかった。
 樹と弥十郎から目を離さずにいた誠は、ふと八雲の存在が気になった。
 八雲は弥十郎へ何事か声をかけると、さっさと歩き出してしまったのだ。これから親類となる八雲とちゃんと話したことのない誠は、慌てて彼を追いかけた。
「あ、あの……っ」
「ん? ああ、君は弟の……」
 と、立ち止まって八雲は言う。
「これから家族になるんだから、挨拶だけでもと思って」
「別にかまわないさ。それとも、君も一緒に飲みに行くか?」
「え、飲みって」
「ふっ、冗談だ。それじゃあ、また」
 と、八雲は言うだけ言って再び歩き出す。
「な、何だったんだ……? まさか、俺を馬鹿にしたのかっ」
 誠は先ほどのやり取りを思い出すなり、分かりやすく機嫌を損ねるのだった。

「まぁまぁ、そんな愚痴ばっかり言ってないで、楽しくやりましょ」
 と、真名美は誠のグラスに酒を注ぐ。
 誠は姉を取られた悲しみと切なさ、寂しさに加えて、八雲とちゃんと話せなかったことによるもどかしさで胸がもやもやしていた。
「ふん、愚痴らないで何を話せって言うんだ」
「ほら、またそんなこと言って。今日は祝いの席なんだから、笑わないとダメだよ?」
 と、真名美は苦笑いをしつつ、誠をなだめる。

 一方の八雲は空京市内にあるバーに繰り出していた。
 弟の結婚に対する喜びをずっと抑えていた彼は、カウンター席に座るなりカードの束をどんと置いた。
「今日は僕の弟の結婚式だ。ということで、これで皆に一杯おごらせてくれ」
 と、八雲は嬉しそうに笑うのだった。