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秋のシャンバラ文化祭

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秋のシャンバラ文化祭

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    ★    ★    ★
 
「じゃ、後はよろしくお願いします」
えーっ、行っちゃうんですか? 見捨てないでください……」
 さっさと秘密結社オリュンポスのブースを後にしようとする天樹 十六凪(あまぎ・いざなぎ)に、アルテミス・カリスト(あるてみす・かりすと)が必死にすがりつきました。
「こういうのは性に合いません。お任せしますのでよろしく」
ああっ……
 あっさりと見捨てられて、アルテミス・カリストが、ステージ裏で呆然と立ちすくみました。
「よい子のみんな、元気かなー?」
「おー♪」
 ステージ上でマイクを持った大谷文美の言葉に、お菓子をかかえたノーン・クリスタリアが元気よく拳を突きあげました。
「盛りあがってるわね」
 最前列の組み立て式の椅子に座った小鳥遊美羽が、たこ焼きをぱくつきながらステージを見渡します。
「ああっ、どこからか安っぽいソースの匂いが……」
 くんくんと、ノーン・クリスタリアが鼻を鳴らします。
 そのとき、ステージ上にドライアイスの煙が勢いよく噴射されました。
「ふっはははははは、我こそは秘密結社オリュンポスの悪の首領、魔王クロノス。ただいま絶賛コミュニティ会員を募集中だ。悪の怪人になりたい者は、受付で入会用紙にサインをしろ。嫌でもしろ。さあ、そこの女、ここにサインをするのだ」
 ごてごてとした意味のない装飾過多の鎧を着たドクター・ハデス(どくたー・はです)が、観客席にいた小鳥遊美羽に言いました。
「さあ、大変だあ。悪の首領が、よいこのみんなに悪いことを始めたよー」
 なんだか、大谷文美の司会はちょっと棒読みです。
「えーっとぉ、どーしよーかなー」
 一応、小鳥遊美羽が迷って見せます。
「迷うことはない。ゆけ、災厄の守護者(ダークネス・ガーディアン)よ、あの娘にサインさせるのだ」
「命令ヲ確認シマシタ。さいんヲモライニ行キマス」
 ステージの上に現れたハデスの 発明品(はですの・はつめいひん)が、うにょんと複数のアームを広げて小鳥遊美羽の方をむきました。
「けほけほけほ……。そこまでよ、ハデス様……じゃなかった、悪の魔王クロノス! オリュンポスの騎士……じゃなかった、ヒーロー騎士アルテミス、月に誓ってぺしぺしします!」
 ボンという色つきスモークの爆発と共に現れたアルテミス・カリストが、ドクター・ハデスとハデスの発明品を指さして言いました。
「正義の味方キタ━!」
 大谷文美が、客席に拍手を強要しました。
わーい、すごーい、すごーい
 それを見たノーン・クリスタリアが、手を叩いて喜びます。
「フハハハ! 現れたな、正義のヒーロー・アルテミスよ! 今日こそ、我ら悪の秘密結社オリュンポスの真の力を見せてやろう! さあ行け、災厄の守護者(ダークネス・ガーディアン)よ!」
「命令ヲ確認シマシタ。ひーろートノ対戦ヲ開始シマス」
 ヒュンヒュンと、多数のアームと機械の触手を振り回しながら、ハデスの発明品がアルテミス・カリストに迫ります。
これをやっつけるんですか!?
 ちょっと引きつりつつも、アルテミス・カリストが剣を構えました。
騎士アルテミス、参ります! アルテミスブレード!
 アルテミス・カリストがハデスの発明品に斬りかかりましたが、あっけなく触手に捕まってしまいました。一応、ドクター・ハデスのシナリオ通りです。
「ハハハハハ、弱イ、弱イゾォ!」
 アルテミス・カリストを捕まえたまま、ハデスの発明品が触手を振り回しました。
きゃ、服が! 見ないでー
 逆さにされてスカートがお猪口になりかけたアルテミス・カリストが、あわてて裾を掴んでキープしました。
「や、やるではないか災厄の守護者(ダークネス・ガーディアン)よ。迫真の演技だな。さあ、サインを取ってくるのだ」
 ちょっと引きつりながら、ドクター・ハデスが台本を進めました。確か、台本では、軽くペチッと叩いて、アルテミス・カリストが動けなくなるとしか書いてないはずなのですが、ハデスの発明品は勢いよく触手を振り回して大サービス中です。
「さいん。さいんクレナイト、触手……」
 意味不明のことをつぶやきながら、ハデスの発明品がステージを降りて小鳥遊美羽に迫ります。
きゃあぅ!」
 小さな悲鳴をあげたかと思うと、小鳥遊美羽が素早く踵落としをハデスの発明品にお見舞いしました。
「ぐはぁっ!」
 思いっきり地面に叩きつけられたハデスの発明品が、アルテミス・カリストを掴んだまま大きくバウンドしてステージの上に戻りました。
油断しちゃダメだよ
 ニッコリと、小鳥遊美羽が微笑みます。
「弱い、弱いぞ、オリュンポスの怪人」
 ちょっと溜め息をつきながら、大谷文美が司会を続けました。
「大丈夫か? そろそろ、締めに入るぞ……」
 ひっくり返っているハデスの発明品に、ドクター・ハデスが小さく耳打ちしました。
「さいん……、さいん……」
「あーれー」
 ところが、ハデスの発明品の様子が変です。相変わらずアルテミス・カリストを振り回しながら、今度はノーン・クリスタリアに襲いかかろうとしました。完全にいっちゃってます。
「そこまでよ!」
 突然、ラブ・リトル(らぶ・りとる)の声がステージに響き渡りました。
「この世にアイドルいる限り、悪の栄えたためしなし!」
 ステージの隅においた丸椅子の上に立ったラブ・リトルが、両手を腰に当てて必死にハデスの発明品を見下ろそうとしています。
「魔法アイドルマジカルラブちゃん! みんなの声援に応えて、今日も悪党の鼓膜を破っちゃうわよ〜!」
 言うなり、ラブ・リトルが、口許に手を当ててメガホンの形を作りました。
「う〜♪ や〜♪ た〜♪」
 その歌声を聞いたハデスの発明品が、ほにゃややんとして動きが止まります。意外な効果です。
 次の瞬間、ハデスの発明品の触手が一斉に外れて、アルテミス・カリストごとステージの上に落ちました。
「正義は勝つ!」
 ラブ・リトルが、勝利のポーズをとりました。
「まったく、こんな欠陥品を作るなんて……」
 いつの間にか、ステージの上にドライバーを持った高天原 鈿女(たかまがはら・うずめ)が立っていました。一瞬の早業で、ハデスの発明品を分解してしまったようです。
「うっ、姉貴、なぜここに……」
「まったく。まだまだ修行が足りない……、いえ、調整が足りないようね。次はあなたの番よ、ばらして一からメンテナンスしてあげるわ」
 引きつるドクター・ハデスにむかって、高天原鈿女が凄みを利かせた声で言いました。
 ドクター・ハデスは、今でこそドクター・ハデスと名乗っていますが、本名は、実は高天原御雷と言います。高天原鈿女の実弟です。
「ま、幕だ、幕だあ!」
 ドクター・ハデスの叫びに、大谷文美があわててステージの幕を引っぱります。
 シャーッとアコーデオンカーテンが横に走って、ステージを隠しました。
「待て、姉貴、話せば分かる!」
「往生際が悪い!」
 何やら、カーテンのむこうから悲鳴のような物が聞こえてきました。ドクター・ハデスが、高天原鈿女に分解されていなければいいのですが……。
「あの、ハデス様、私、行ってもいいですか?
 まだ触手に絡みつかれたままのアルテミス・カリストが、そう言ってずりずりとステージ袖へと逃げていきました。