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はっぴーめりーくりすます。3

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はっぴーめりーくりすます。3

リアクション



9


 テスラ・マグメル(てすら・まぐめる)の仕事が終わったのは、夜も更けた頃だった。
 人形工房が見えてきても、聞こえる音はなにもない。クリスマスパーティがあったらしいけれど、もう終わってしまったようだ。別にそれでも構わない。電気が点いている。リンスが、待っていてくれている。
「こんばんは」
 ドアを開けて声をかけた。リンスがテスラの方を見て、「おかえり」と返した。遅くに訪ねると、彼はそう言うことがある。そのたびテスラは少しの気恥ずかしさと嬉しさを感じた。
 ただいまです。微笑んで言って、テスラはリンスの傍にある椅子に腰掛けた。
 あの日から、半年経った。
 その間、何度ここへ来ただろう。
 こうして傍に座っただろう。
 だけど一度も、あの時のことには触れなかった。リンスから言ってくることもなく、何事もなかったかのような日々が過ぎた。
 そろそろ、聞いてもいいだろうか。
 考える時間としては、十分あったと思う。
「リンス君」
「うん?」
「リィナさんのこと、聞いてもいいですか」
「いいけど」
 何を話せばいいの? とリンスが疑問符を浮かべて問い返す。
 なんでもよかった。
 なんでも。
「聞きたいんです」
「前にもこんなやり取りしたね」
「そうでしたっけ」
 とぼけてみせた。だってテスラはその時の会話を覚えている。
「一昨年くらいに。……ああ、あの日もクリスマスイブだった」
 リンスも覚えていたようだ。一瞬、懐かしそうな表情を浮かべた。あの時とは違う、どこか吹っ切れたような色の、顔を。
 静かな工房に、リンスの言葉だけが響く。
 ふたりで暮らしている時の話。
 『戻って』きてからの話。
 そして、『還って』からの、話。
「俺はね。いいと思ってるんだ」
 リィナが、リィナ自身の決断で決めたことだから。
 自分で決めて、自分で動いたことだから。
 それに何より最後は笑っていたから。
「良かったのかな、って」
「聞いてみましょうか」
「聞くって?」
「リィナさんが『帰って』きたら」
「帰ってくるかな」
「きますよ」
 テスラははっきりと言い切った。あれこれ細かな理由なんてなかった。ただ、信じていた。
 リンスが、「そうだね」と頷いてドアに目をやった。今にも開くのではないか、と。
(なんてそんなの、できすぎかしら)
 しばらくドアを見つめていたら、
 ――がちゃり。
「!」
 ドアノブが回される音がした。一瞬リンスと顔を見合わせる。ぎ、というドアが開かれる音に、再び視線をそちらへと戻した。
 そこに立っていたのは、
「あ」
「アヴァローン」
「よう」
 ウルスだった。肩の雪を払って、工房に入ってくる。
 ほんの少しだけ窺える疲れが、まだリィナは来ていないのだと物語っていた。
 自然と、沈黙が落ちる。
 どれくらい時間が経っただろうか。
 ぽつりぽつりと会話を再開した頃に、
 コンコン、
 というノックが、聞こえた。全員が、ドアへと目を向ける。
 マナ・マクリルナーン(まな・まくりるなーん)だろうか。それとも、今度こそ本当に?
「はい」
 リンスが、椅子から立ち上がってドアに向かった。鍵のかかっていないドアを開け、
「……おかえり」
 そう告げたので。
「……っ!」
 ウルスは椅子を蹴倒して立ち上がり。
 テスラも、ウルスに続いてドアへと向かった。
 ドアの向こうには、リィナが立っていた。
 生きた、身体で。
「ただい、」
 彼女がはにかんで全て言う前に、ウルスがリィナを抱きしめた。「わ」とい驚きの声がリィナの口から漏れる。
「ウルスくん。ウルスくん?」
 ウルスは何も言わなかった。テスラにはその気持ちが、わかる。
「……お待たせ。ただいま」
 ぽんぽん、とウルスの背中を撫でながら、リィナは優しく微笑んで言った。声に、ウルスがリィナを離す。肩を掴んで真っ直ぐ目を見て、
「待ったよ! おかえり!」
 はっきりと、告げた。するとすぐさま振り返り、
「オレちょっとデートしてくる。リィナと」
 唐突な、提案を。
 先にリンスが、動じもせずに「いってらっしゃい」と手を振った。テスラも倣って、二人に手を振る。
 手を取り合って出て行く姿を見送ってから、ドアを閉めた。
 驚くほどあっさりと、結末はついた。物語の端役ってこんな気持ちなのかしら、と思う。気付けば全て、終わっているのだ。
(これはあの二人のお話だもの)
 仕方がない。
 だからここからは、私たちの物語を始めよう。


*...***...*


 デート、と言っても街に向かうにはもう遅く、結局いつもの場所についた。
 手を繋いだまま、樹の下でいくつか言葉を交わす。半年前までしていたような、他愛のない話だ。他愛のない話で、笑い合える。そんな毎日が、戻ってきたのだと実感した。
 そして、もう離してはいけないと。
「リィナ」
 呼びかけに、リィナがウルスを見上げた。なあに、と首を傾げる彼女に、言葉を続ける。
「契約しよう」
 突然の切り出しに、リィナがきょとんとしていた。
「ウルスくんは地球人じゃないもの。契約はできないよ」
「できるよ」
「あれ? そうなの?」
「一生一緒にいたいっていう、そういう類の契約」
 つまり、それは。
「……なんだかプロポーズみたいだねぇ」
「オレはそのつもりで言ってるけど?」
 肯定すると、リィナの頬が赤くなったのがわかった。
「あー、えっと。えっと。
 ……よろしくお願いします?」
 おずおずと。
 手探りのように伝えられた同意の言葉に、ぎゅっと彼女を抱きしめて。
「寓話の結末、変えなきゃな」
「うん。幸せなものにしなくちゃね」
 囁き合って、くすくす笑った。


*...***...*


「考えなきゃいけませんね」
 意地悪く微笑んで、テスラはリンスに告げた。
「自分自身のこと」
 今まで引っかかっていたことが、すとんとハッピーエンドに落ちた。
 だから、今度は。
「今日は、マナもいません。ウルスは出て行っちゃいました」
 クロエは部屋に入っているから、この部屋に二人きりである。
 ここでもし、例えば。
「私が二年前と同じことをしたら……リンス君、どうします?」
 サングラスに手をかけた。躊躇うことなく外し、瞬いてからリンスを見た。それからすっと、目を閉じる。
 ――『私の初めてを、差し上げます』。
 二年前、そう言った。
 返答はなくて、有耶無耶に終わって。
(ねえ、リンス君)
 今も返事を、待っているんですよ。
 とはいえ。
「冗談です」
 別室といえど同じ屋根の下にクロエがいるし。
 そもそも。
(どうにかなりそう)
 目を閉じていると。
 待っていると。
 どきどきして、頬だけでなく身体が熱くなって、頭がぼうっとしてしまって。
(どうこうなったりしたら、どうなってしまうの)
 想像もつかない。
 だから、誤魔化して目を開けた。勿論、こんな風に心中乱されていることは察されないよう平静を装って。
 クリアな視界の中で、リンスがじっとテスラを見ていた。
「リンス君」
 テスラも真っ直ぐ見返して、想いをはっきりと声に乗せた。
「大好きです」
 いつだって、何度だって。
 声に出して、あなたに伝えよう。
 リンスが、「マグメル」とテスラの名を呼んだ。咄嗟に身構える。数秒の間のあと、リンスが何か発しようとして――。
「ただいま!」
 ドアの開く音と、明るい声に遮られた。ウルスとリィナが戻ってきたのだ。
「……おお? すげえお邪魔虫……?」
「だったねぇ……」
「……今日はまだ、『その日』じゃなかったみたいです」
 結論が出る、『その日』では。
 一方で、ウルスとリィナの間にはそれがあった。
「取り込んでいたところ邪魔した上に申し訳ないんだけど、テスラ」
 ウルスが言いたいことはわかっていた。テスラはリィナに向き直る。テスラと目が合って、リィナが丁寧に腰を折った。
「よろしくお願いします」
「はい。こちらこそ」


*...***...*


「旅立ってしまわれましたね」
 マナの言葉に、ディリアーは扉を見た。何もない場所に浮かんだ、両開きの扉を。
 ほんの数時間前に、リィナがあれを通って帰っていった。たぶんきっと、もう会うことはない。
「寂しくなるわねェ」
 半分本当で、半分嘘だった。
 ハッピーエンドは嫌いじゃないし、『次』の子だっているわけだし。
「『魔女』はそろそろお役御免ね」
「では、役を必要としている場所へ向かいましょう」
「アナタって本当、酔狂ねェ」
「貴女ほどでは」
 よく言うわ。くつくつ笑って、立ち上がる。
 扉をくぐれば簡単には戻ってこれない。
 いいのか、なんて無粋なことは聞かないままに、扉に手をかけた
「行くわよ」
「ええ、どこまでも」