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チョコレートの日

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チョコレートの日

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 ブラヌが雪の階に戻る頃、典韋曹操も加わったかまくら作りは終盤を迎えていた。
 巨大なそれを、間抜けな顔で見上げるブラヌ。
「かまくらっつーよりドームだな。ガイアのサイズだとこうなるのか……っと、それより!」
 番長ー、とブラヌはかまくらの中へ駆け込んだ。
 幸せの歌のようなものを歌いながら分校生達と雪壁を固めていた竜司の前に、ブラヌはチョコの詰まった箱を勢いよく差し出す。
「なんと、天使ちゃん達からだ!」
 竜司の片方の眉がぴくりと反応した。
 彼の想像では、今日は何事もなく終わり明日か明後日頃に大量のチョコが送られてくるはずだった。
 何故なら、普段はどんなに威勢の良い女でも、女という生き物は実は繊細で手渡しなど恥ずかしくてできないからだ。
「モテモテだな」
 頭上からガイアの笑い声が降ってくる。
「今年はオレも持ってきたぞ」
 実はもうバレンタインは終わっているのではないかと、竜司は頭の中で日付の確認を始めた。
「ほら、これだ」
「あ、ああ……ああっ!?
 顔を上げて反射的に手を出した瞬間、視界いっぱいのこげ茶色。
 受け止めようとしたが、その重さを認識する前に竜司はこげ茶色の物体に押し潰された。
「ぴぎゃっ」
 と、運悪く巻き込まれたのはブラヌ。
 二人を潰したのは、バットの形をしたチョコレートだった。ただし、ガイアサイズの。
 そして、何故か爆発が起こる。
「……いや、オレじゃない」
 周りの分校生からの視線に、ガイアは戸惑いながら答えた。
 爆発したのは、ブラヌが持ってきたハツネ特製のチョコだ。
 そうとは知らず、バットチョコの下でもがく竜司は、フッとクールに笑った。
「やっぱ、女はシャイだな」
「オレのチョコは、爆発しない……」
 ちなみに、この爆発でもガイアのチョコは傷一つ付かなかったという。

 かまくら作りには参加したが、その後の野球はぼんやり見物していた蓮田 レンは、突然の攻撃的な気配にハッと身構えた。
 武器に手をかけたところで、気配の主を確認して不機嫌そうに眉間にしわを寄せた。
 その顔を満足そうに見るのは白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)
「今日はやんねぇぞ」
「俺だって今日はナシだ」
「だったら普通に来ればいいだろう。紛らわしい真似しやがって」
「もし気づかなかったら一刀両断してたな」
 舌打ちするレンに竜造は笑う。
 竜造はレンの横に腰を下ろすと、今度は呆れたようにこぼした。
「だいたいよ、このくだらねぇ騒ぎは何だ? もっと楽しい祭りかと思えば……てめえも参加してんじゃねぇよ」
「八つ当たりはよせ。そういうお前は何なんだ」
「俺は騙されたんだよ。何かやってるっつーから来てみたらこの有り様だ」
 ため息をつく竜造、今度はレンが笑った。
「今まで何してたんだ? どうせじっとなんかしてねぇんだろ?」
 レンの問いに、竜造はニヤリとして答えた。
「ロマンチックに戦ってたぜ」
「はぁ? 気持ち悪ぃやつだな……」
 思った通りの反応に竜造は気をよくして続けた。
「ザナドゥに行ったな。自分の前世とやらも見た。他にもいろいろと首突っ込んだり、突っ込まざるを得なかったりしながら暴れてたぜ。その過程で気になってた女に二度死なれたな。それだけだ」
「何で二度なんだよ。何者だ?」
「説明すんのめんどくせぇから聞き流しとけ」
「どのへんがロマンチックなのかもよくわかんねぇし」
「それも聞き流しとけ。ま、その女の居場所はわかってる」
「ナラカか?」
「ああ。生きてる間に行けなくって、どうせ死ねば同じ場所に落ちるだろうし、その時見つければ問題ねぇ。要は会うまでの時間が短縮されるかされないかの違いだ」
「なるほどな。お前はしぶとそうだ。その女に忘れられねぇようにな」
「余計なお世話だ。忘れてたら思い出させるまでだ。……で、てめえは何してたんだよ。噂も聞かなかったが」
 レンはつまらなさそうに鼻を鳴らし、ぶっきら棒に話し始めた。
「親父の葬式に出て、ジェルジンスクの監獄に入れられそうになったな。それだけだ」
「何だそりゃ。親父が死んで腑抜けになったか?」
 竜造にからかうように言われ、レンは目つきを鋭くさせる。
「バカ言え。もともとくたばりかけてたんだ。あいつの死なんかどうでもいいんだよ。きっかけと時期だ。それさえ得れば、またひと暴れしてやる」
 吐き捨てるようにレンは言った。
 それは嘘ではないだろう。
 しかし、竜造はどこか不安定なものを感じたのだった。
 その時、広いかまくらの中に女の子の怒声が響き渡った。
「外に雪がないじゃない!」
 ものすごい剣幕に、竜造とレンは女の子を見る。
 彼女の怒りをまるで気にせず、分校生達が湧いた。
「女の子が来た! なあ、一緒に遊ぼうぜ! 野球知ってるか? 知らねぇなら俺が手取り足取り……ふぎゃっ」
「触んないでよ!」
「すげぇ、ハイヒールでハイキック! ああっ、スカートの丈が……惜しいっ」
「この、へんたーい!」
 調子に乗った分校生達は、次々に女の子のハイヒールの餌食になっていった。
「何だあれは? えらい元気がいいな」
「スキーをやろうと思ったら、このかまくらにほとんどの雪を使われてて怒り心頭か?」
 レンと竜造が疑問を呟く。
 女の子──桜月 舞香(さくらづき・まいか)はイベントの場所が場所なだけに、巡回警備を買って出た百合園生だ。
 パラ実生がいてトラブルがないなんてありえない、と見回りをしていたら、スキーができるはずの階に雪がほとんどないという光景に出くわした。
 そして、代わりのようにある野球ドームのようなかまくら。
 あっという間に舞香に蹴り倒された分校生達だが、ふと気づいたことがある。
「甘い……! なんて甘い蹴りなんだ!」
 舞香の蹴りが軟弱だと言っているわけではない。
 何となく蹴られた箇所から甘い香りがするのだ。
 舞香は転がる彼らを見下ろして言った。
「今日はバレンタインだから、このハイヒールもバレンタイン仕様なのよ。防水レインヒールをチョコレートでコーティングしたの。──さあ、今度はお口の中にねじ込んであげるわよ!」
「チョコレートでコーティング!? 聞いたこともねぇチョコだ! いやハイヒール?」
「ふふっ。とびっきりビターな味をプレゼントするわ。ひざまずいて、脚をお舐め……なんて──ちょっと、本当に舐めないでよ! 変態!」
 足にへばりついてきた分校生に罵声を浴びせる舞香だったが、彼はニヤッとして言った。
「へっへっへ。男はみんな変態なんだぜ子猫ちゃ……ぶへぁっ!」
「気持ち悪いっての!」
 舞香に思い切り蹴り上げられた分校生は、綺麗な放物線を描いて雪の中に突き刺さった。
 まったく懲りない分校生と舞香が繰り広げる乱闘を、奏 美凜(そう・めいりん)はにこにこしながら見ていた。
「今日も元気いっぱいアルな。さてあんた達、美凜もチョコを用意したアルよ」
「お、お前まさかスケパン番長か!?」
 一人の分校生がわななきながら美凜を指さした。
「ワタシのこと知ってるアルか?」
「噂だが、P級四天王スケパン番長がいるって……。ピンクのツインテールが特徴だって聞いた」
「ワタシも有名になったアルな」
 何となく凄そうなものに弱いパラ実生達は、美凜の称号に何となく感動していた。
「P級か……きっとチョコもP級の味に違いねぇ!」
 言ってることの意味もわからず叫んだ分校生が、美凜のチョコをばくりと食べる。
 とたん。
「すっぺぇ! 何だこりゃ? 梅干しだと!? 梅干しがチョコでコーティングされてやがる!」
「酸いも甘いも噛み分ける、日本のことわざネ」
「さ、さすがP級……奥が深いぜ」
 分校生達はすっかり翻弄されていた。
 その頃、舞香にコテンパンにやられた分校生の手当てをしていた桜月 綾乃(さくらづき・あやの)も、期待の眼差しを受けていた。
「なあ、あんたはないのか? 甘くておいしーいの」
「あっ、てめえ、抜け駆けか!?」
 一人が催促すれば、他の誰かが出し抜かれまいと割り込んでくる。
 そしてさらに声を聞きつけた分校生が加わってきて……。
 綾乃は大勢の分校生達に迫られていた。
「え、ちょ、ちょっと落ち着いて……!」
「チョコレート、プリィィィィズ!」
「きゃあ!」
 身の危険を感じた綾乃は、反射的にエアーガンを構えて撃った。
 イテテテテッと散っていく分校生。
 だが、一人が気がついた。
「この弾、甘い! これが綾乃ちゃんのチョコか! もっと撃ってくれ〜!」
 両腕を広げてしまらない顔で待ち構える彼に、綾乃は一歩も二歩も引いてしまった。
 さらに、もう一人が気がついた。
「あっ、何か特別っぽいチョコ発見!」
 指摘された綾乃は、アッと声をあげる。
 ポケットからはみ出したプレゼント用にラッピングされたチョコレート。
「えっと、これは……」
「本命用か? 誰? 何なら俺が届けてやるぜ」
「騙されんな! こいつに渡したらすぐ食われるぜ!」
「いえ、特に誰にというわけではなくて……」
「じゃあ俺にくれ!」
 何人もの重なった声と差し出された手に、綾乃は目を真ん丸にした。
「わ、私なんかのチョコがほしいの?」
「ほしい!」
 全力でほしがる彼らに、綾乃はそっとチョコを差し出した。
 そして、人差し指を口元に立てて声をひそめて言う。
「まいちゃんには内緒。ばれたらひどい目にあうから。ね?」
 分校生達は嬉しそうに笑うと綾乃のチョコをもらい、奪い合うように食べつくしたのだった。


「やっぱりコタツはいいわねー。一度入ったら二度と出たくなくなるくせ者ではあるけど」
 58階の休憩室のコタツ部屋で、ミツエはぬくぬくと温まっていた。
 コタツの上には、桐生 ひな(きりゅう・ひな)が持ってきたポテチやクッキーの袋がいくつか開けられている。
 かまくらが完成した後、ミツエは野球に参加するつもりでいたが、久しぶりに会ったひなに誘いに応えてここに来たのだ。
 野球は曹操達が参加しているはずだ。
「マシュマロもありますよ! あ、ココアに浮かべましょうか」
「いいわね。作れるの?」
「簡単ですよー。ちょっと待っててください」
 ひなはコタツを出て、部屋にある小さなキッチンへ向かった。
 しばらくして戻ってきたひなは二人分のココアを置くと、にっこりして再びキッチンへ行ってしまった。
 どうしたのかと見やるミツエの前にひなが持ってきたのはチョコレートファウンテン。
「何のケースを持ってるのかと思ってたけど、これだったのね!」
「せっかくのバレンタインですから、楽しまないと損です」
「そうね。こっちに来てからはこういうのはなかったもの」
「あ、待ってください!」
 さっそく串を手にしたミツエをひなが止めた。
 ひなは自分の串にマシュマロを刺し、流れるチョコに絡めるとミツエに言った。
「私が食べさせてあげますー」
「え? い、いいわよ別に。自分で食べれるわ」
「まあまあ、これもバレンタインならではですよー。さ、口をあけて。あ〜ん」
 ミツエは少しの間戸惑っていたが、やがて観念したのかおずおずと口をあけた。
 ひなはマシュマロをそっとミツエの口に運ぶ。
「……あ、口の端にチョコがついちゃいましたね」
 そう言って、ひなは指先でチョコをすくい取り、自分で舐めてしまった。
「ちょ、ちょっとあんた何してんのよっ」
「ふふっ、甘いですー」
 頬を赤くするミツエと笑顔が絶えないひな。
 ミツエは小さく咳払いすると、今度は自分でマシュマロをチョコの中に入れながら尋ねた。
「いつもいるパートナーはどうしたの?」
「ナリュキのことですか? ……連れてくると面倒なのでお留守番ですー」
「……そう」
 ひなの手前、顔には出さなかったが、ミツエはちょっぴり安堵していた。
 そして、胸育という騒ぎを思い出し、遠い目をする。
「ミツエはこれからどうするつもりです? 何か新しい計画はあるのですか?」
「ん……今のところ特にないわ。でも、チャンスがあればすぐに動くつもりよ」
「軍を動かすには機が大切ですからね。何もないなら無理に動かさず、国力を溜めるのがいいと思いますー。それがきっと来る日の大きな力になるですよ」
「ええ、そうするわ」
「ところでミツエは……」
 急に言いよどんだひなを、ミツエは首を傾げて続きを促す。
「……もう誰かにチョコをあげちゃったんですかね〜?」
「ううん、まだよ」
「そうなんですか!」
 たとえば曹操達にすでにあげてしまっただろうと思っていたひなは、ミツエの返事に目を輝かせた。
「それなら、ぜひぜひ私にくださいなのです!」
「い、いいけど……ちょっと、近いわよ!」
「私はもっとミツエに近づきたいです!」
 ひなはミツエを押し倒す勢いで迫り──押し倒した。
「ミツエ、チョコ味のキスをしましょ……んぐっ?」
「もうっ、あんたって全然変わってないのね!」
 ひなの口には、ミツエのチョコが押し込まれていた。
 ミツエの性格らしい、ややビターな味のチョコをもぐもぐするひなに、ミツエは苦笑した。
 同時に変わらない彼女に安堵も覚えたのだった。