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【裂空の弾丸】Dawn of Departure

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【裂空の弾丸】Dawn of Departure

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第三章 科学者と蒼き空を喰らうモノ 2

「世界の危機かぁ……あいかわらずせわしないよなぁ、パラミタは」
 飛空艇の外。六熾翼の力の無駄遣いもいいところで、寝転がりながら空中にフワフワ漂う相田 なぶら(あいだ・なぶら)はそんなことをつぶやいていた。
 なにもさぼっているわけじゃない。ちょうどタイミングよく、自分の担当空域に敵がいなくなっただけだ。他の援護に行って防衛がおろそかになってもいけないし。なぶらはただいま、精力を回復しているところだった。
「なにをたわけたことを言っているのですか、なぶら。悠長な事を言ってたらやられてしまいますよ。こちらから攻めていくぐらいの気概でなければ」
 フィアナ・コルト(ふぃあな・こると)が呆れたように言う。
 なぶらはポリポリと頬をかいた。
「つってもなぁ……敵が来ないと動きようがないというか……」
「何を言ってるのだ、なぶら殿! そんなことを言ってるから、敵が来たのだ!」
「なに?」
 自前の翼で隣に浮いている木之本 瑠璃(きのもと・るり)の一言に、なぶらはがばっと顔をあげた。
 本当だった。向こう側から、複数の飛行生物たちがこちらに向かってきている。もちろん、目標は飛空艇だ。
 瑠璃とフィアナの二人は興奮してわなわなと震えだした。
「ふふふ、来ましたね。さて、瑠璃。ここはひとつ撃墜数勝負といきましょうか」
「おお、それはなかなか燃えてくるのだ。神速を尊ぶ我が拳についてこれるか! なのだ!」
「まだまだあなたに負けはしませんよ! 年の功……じゃなかった。経験の差というものを見せてあげましょう! なぶら、先に行ってますからね! あなたも後から来るように!」
「へぇーい」
 全速力で飛び立った二人の背中を見ながら、なぶらはため息をついた。
「ったく、あの猪武者ども……。声揃えて同じ事言いやがって。どっちも脳筋だからかな。妙なところで気が合うんだ、あの二人」
 きっと二人に聞かれていたら、ぼこぼこに殴られていたことだろう。先に行ってくれて良かったと思った。
「さてと……ま、ここでぶつくさ言ってても仕方ないし」
 なぶらは起き上がり、身体を伸ばした。
 光明剣クラウソナスが淡い光を帯びて輝く。まるで、その通りだ、となぶらに答えているようだった。
「――いっちょ、やりますか」

「あーもう……あっちが崩壊ーこっちが崩壊ーっ……って、ただでさえ嫁のことで神経すり減らしてるのに、そんなこと言われたらどうしよーもねーですよー! でもねーオオカミさんがんばりますよー、愛する家族のためにもー! ナハハハハハ!」
 たぶん、色々なことがあったんだろう。セレクトパーツを組み合わせた空中ボードであぐらをかくハイコド・ジーバルス(はいこど・じーばるす)は、なんだかいっちゃった顔でそう笑っていた。
「落ち着け、ハイコド。パラミタじゃこんなの日常茶飯事だろ」
 甲板の上から、藍華 信(あいか・しん)がハイコドにそう言う。
 ハイコドは確かに、と思って、バシバシッと頬を叩いた。気持ちを切り替えないと。
「ふぅっ……落ち着いた。よし、じゃあ信。僕は近づいてくるやつをぶっ倒してくるよ。信はあいつらの捕獲とか確保をよろしく。なにかわかるかもしれないし」
「そいつはかまわんが、本当に大丈夫か? 精神的にまいってるなら、もうすこし休んでも……」
「大丈夫大丈夫! ピンピンしてるさ! それじゃあ、いってくる!」
 ハイコドはそう言って、ボードを動かして飛行生物たちのもとに向かった。
 遠くで、爪モードになったガントレッド型の武器――クルドリッパーを使って飛行生物を掴み、それを他の飛行生物にぶん投げている様子が見える。どうやらむしゃくしゃして八つ当たりしているようだ。やっぱりもう少し休ませるべきだったかな、と信は思った。
「……まあ、いいか。エース、とにかくこっちは連中の捕獲に当たろう」
 信は後ろにいた仲間にそう呼びかけた。
「ああ」
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が神妙な顔でうなずいた。
「連中は未知の飛行生物だ。それだけでも、生物研究者の俺としてはわくわくしてくるね」
「リリアさんの援護を頼ろう。いくぞ!」
 信はそう言うと、ハンティングボウの矢の先にロープをとりつけたものを放った。エレスと名付けたワイルドペガサス・グランツに乗って、空中戦に乗り出していたリリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)が、なるだけ飛行生物を傷つけないように剣で矢の軌道に追いやる。小型のドラゴンのような飛行生物に矢が突き立つと、信はそれを一本釣りの要領で甲板に引き上げた。
「エース! その子を傷つけないでよ!」
「わかってるよ! 安心してくれ!」
 飛行生物はうなりごえをあげてエースを威嚇していたが、エースはそれをなんとかなだめた。生物研究者のなせる技か。信はそれを見てひそかに感心した。突き立ったハンティングボウの矢を、驚かさないように静かに抜き、傷を癒す。飛行生物は警戒していたが、それでかすかにエースを信頼したようだった。
「運が良かった。この飛行生物はまだおとなしいタイプみたいだね」
 エースは言うことを聞くようになった飛行生物に乗って、空中に飛び立った。
 その機動力を活かしながら、他の飛行生物たちを威嚇して、飛空艇に近づけさせないようにする。敵の飛行生物たちは、味方に威嚇されたことで戸惑っているようだった。
 それを見ていたグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は、スティリアと名付けられた水雷龍ハイドロルクスブレードドラゴンに乗りながらつぶやいた。
「なるほど、ああいう方法もあるのか。面白いな」
「主よ。感心している場合ではない。敵は近づいてきてますぞ!」
 ガディと名付けられた聖邪龍ケイオスブレードドラゴンに乗りながらアウレウス・アルゲンテウス(あうれうす・あるげんてうす)が言う。
 すかさずグラキエスはスティリアの軌道を変えた。氷の剣を思わせる、透き通って輝く頭と尾の二つの角がきらめいた。同時に、ガディも動き出す。燃えさかる炎のような真っ赤な瞳。それとまったく同じ色の赤い角が、陽炎のように空に揺らめいた。二匹とも、グラキエスに遊んでもらえると思ってはしゃいでいる。グラキエスがいかづちの魔法で弱らせた敵を、スティリアがブレスで倒し、ガディがブレスでひるませた敵に、アウレウスが槍でとどめを刺した。
「エンドロア……ほどほどにな」
 飛空艇の上から、機晶スナイパーライフルで狙撃を試みるウルディカ・ウォークライ(うるでぃか・うぉーくらい)が、二人の様子を見てそっとつぶやいた。
 グラキエスはあれでいて身体が弱いのだ。狂った魔力に心身共に蝕まれ、衰弱してきている。いつまた、体調を崩してしまうかわからなかった。
 そのときは、無理にでもアルゲンテウスに引っぱってきてもらおう。ウルディカは心の中で、ひそかにそう思った。