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帝国の新帝 蝕む者と救う者

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帝国の新帝 蝕む者と救う者

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征く者 2


 外のアールキングへの攻撃と、囮となって残った面々の活躍によって、比較的スムーズに選帝の間の入り口へと辿り着いたセルウス達は、ダリルの「待った」と言う言葉に足を止めた。
「ここから先は、荒野の王が待ち構えている。無策で飛び込むのは危険すぎる」
 幸いと言うべきか、侵食の中心地であると同時に、ユグドラシルの中枢近くでもあるためだろう。正面からのアールキングからの干渉は少ない。それでも念の為、各方位を光一郎やセルマ達が警戒する中、ダリルはピーピング・ビーを選帝の間の中へと飛ばし、その映像データを見て眉を寄せた。
 中心には、アールキングを守る守護神とでも言うような、ブリアレオスの巨体が佇み、その傍らには、魔法陣の中央から床を抉って生えた根と、それに続く太い幹。そしてその中に、殆ど埋もれかかった荒野の王の姿がある。
「やはり、魔法陣は稼動状態にあるようだな」
 機械に弱いディミトリアスに代わって、そのデータを受け取ったクローディスが眉を寄せた。理王がアールキング出現時に回していた映像などからの分析では、アールキングの出現と安定の核は荒野の王だが、その力を維持する本体からのエネルギー供給は、その魔法陣に因っている可能性が高い、ということだ。荒野の王がいかに強力な力を持つ核であるとしても、ユグドラシル相手にこうも侵食状態を維持し続けられるとは思えない、と言う意見に「そうだろうな」とディミトリアスも同意した。
「恐らく……魔法陣の系譜は昔も今も変わっていないだろう。ならば、俺にも崩せる」
 そう言って映像を見やるディミトリアスに、桐ヶ谷 煉(きりがや・れん)は複雑な視線を向けた。
 一万年前、一族をアールキングに滅ぼされたディミトリアスにとって、その魔法陣との因縁は深い。対応するには適任には違いないだろうが、同時に、この場において、誰よりアールキングを憎んでいる筈なのだ。戦わずにいることを、本当に納得できるのか。そんな煉からの視線の意味を悟り、ディミトリアスは苦く息を吐き出した。
「正直を言えば、纏めて串刺しにしてやりたいぐらい、煮えくり返っている自分を自覚している」
 抑えていても滲む怒りや憎悪に煉が思わず眉を寄せたが、だが、と続いた声は静かだった。
「あれは、本体ではないし、個人的な恨みに固執していい状況ではないのも、判っているつもりだ」
 言いながら、出立前裾を掴んだ、プリムの小さな手を思い出して、ディミトリアスは目を細めた。
「いずれ、果たす時が来る。今は、その時ではない」
 今はただ、その時の為に出来ることをする、と錫杖を握ったディミトリアスに、煉は強く頷いた。


「しかし、奴がここまで派手にやる理由はなんだ?」
 内部の状況を確認しながら、ダリルは難しい顔で首を捻る。
「どうせならもっと早く、それこそセルウスが捉えられている内にやればよかったのに」
「されてたら困るんですけど」
 ルカルカがツッコミを入れたが、ダリルは我関せずといった調子で考え込んでいるのに「無理だよ」と首を振ったのはセルウスだ。
「ここは、すっごく特別な場所なんだ。オレたちだって入れないんだから」
 世界樹のメンテナンスを行う樹隷が入れないのだ。皇帝の決まっていない段階では、誰一人入れはしなかっただろう。そんなやりとりに「理由ねぇ」とアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)が口を開いた。
「派手になっちゃったのは、多分必要だったからじゃなくて、結果なんじゃないかねぇ」
「きっと……絶望が、そうさせたんだ、と……思う」
 そう、同意するようにぼそりと口を開いたのはタマーラ・グレコフ(たまーら・ぐれこふ)だ。本来は皇帝となって、ユグドラシルを手中に収めようと考えていたはずだ。それが、皇帝の座はセルウスのものになり、思い通りに事が運ばず、追い詰められて取った手段の結果だろう、と続ける。
「それに……悲鳴が、聞こえた……から」
「あたしには、そんな声聞こえないんだけどねえ……」
 ニキータは首を傾げたが、恐らくはタマーラの巫女としての力だろう、と納得して、ばすん、と自身の鍛えられた胸(板)を叩いた。
「そんな子どもがいるって聞いて放っておけるほど、あたしの母性本能弱くないのよね。むしろ漲ってきたわ!!」
「……色々、間違ってる、と思う……」
 じとりとした目が突っ込みを入れる二人のやり取りに、気がかりがある様子のセルウスに「ところで」とアキラが声をかけた。
「”みんなの力でここまで来れた”って言ってたけど、もしその”みんな”がいなかったら……セルウスはどうなってたと思う?」
「……よく、わからないけど……」
 常に“誰か”がいたためか、感覚は良く判らないのだろう、セルウスは難しそうな顔で首を捻って、何とか言葉を探すようにしながら口を開いた。
「たぶん……どうしていいか、わからなくなってた、かも?」
「それが今の荒野の王なのさね〜」
 強大な力がある。けれど自身を認めてもらう手段を知らない。誰かの手を借りることも知らず、自分の本当の目的も、そのためにどうしたらいいのかも、判らないのだ。アキラは頷いて、じっとセルウスを見つめた。
「それでさ……セルウスの言う”みんな”には荒野の王は含まれない?」
 その言葉に、セルウスは一瞬目を開き、少し考えてから首を振った。
「ううん。多分……あいつがいなくても、オレは皇帝になんか、なれなかったと思うんだ」
 必要でな出会いだった、と告げるその答えに満足げにしながら、にっと笑って、アキラは自分を指差して笑う。
「それと、荒野の王は独りぼっちなんかじゃないから。少なくとも俺とアリスがいますんで。そこんとこ夜・露・死・苦ぅ」
 こくこくとアリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)が頷くのに、セルウスが表情をほころばせていると、源 鉄心(みなもと・てっしん)
が付け加えるように口を開いた。
「アールキングは、他人の絶望や黒い感情を巧く利用する……」
 その呟くような声音に、どういうことかと首を傾げるドミトリエに、鉄心は、このまま荒野の王を屠ってしまった場合の懸念……彼の持つ絶望や憎悪が、最悪ユグドラシルにも何がしかの影響を与えてしまう可能性を示唆した上で、可能であれば、ヴァジラ自身の意思を変え、この状況を収束させるのが望ましいのではないか、と訴えた。
「……少なくとも、試してみるだけの時間を頂けないでしょうか」
「そうだな」
 皆へと向けられた言葉に、最初に頷いたのは、樹月 刀真(きづき・とうま)だ。
「あいつの目を……覚まさせてやらないとな」
「うん……!」
 強く頷いたセルウスはルカルカたちが止める間もなく、何かの決意を宿した目で、まっすぐに踏み込んだ。

 堂々と、正面から。