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太陽の天使たち、海辺の女神たち

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太陽の天使たち、海辺の女神たち
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●interlude2 - Blue Moon

 青白い月だった。
 波打ち際に人の姿はなく、ただ、静かな波が寄せて返す音だけが聞こえるのみである。
 海を見つめながら、一本の木に手をかけ、仁科耀助が立っている。
 口は一文字に閉じられていた。
 細い目は閉じているようでもあり、青白い月光にのみ照らし出されるものを見つめているようでもあった。
「……お待たせしました」
「いや、さっき来たところだから」
 耀助は破顔した。そこに現れたのは、一雫 悲哀(ひとしずく・ひあい)だ。
 青い月明かりを浴びた彼女は、現実の存在なのか、その逆なのか、定かではないように見える。
「耀助さん」
 小走りに、悲哀は彼に近づいた。眼前で足を止めて、
「あの……ご無沙汰しておりました」
 さっと頭を下げた。
「オレのほうこそ。いやあ、悲哀ちゃんのことを忘れたことなんて片時もなかったんだけどさあ……。
 ……ごめん、これ、いつもの軽口」
「軽口でも……嬉しいです。それに、そのほうが耀助さんらしいと思います」
「そうなの? それならいいんだけど」
 それでどうしたの? と耀助は問うた。
「こんな時間に」
 実はこの日、悲哀は島に来ていたのだが、どうしても耀助に話しかける勇気ときっかけが見つからず、かといって泳いだりバーベキューではじける気も起きず、ただ番傘を持って外をうろうろしていたのだ。だが偶然、耀助に姿を見られて、その場ではなぜか「夜更け過ぎにこの場所で……」と告げて逃げてしまったのである。
 他に人がいる時間では、恥ずかしくて話せない……あえていえばこれが理由だ。
 けれど、なにを話せばいいのだろう。
 本当は謝りたかった。
 八岐大蛇の事件で、最後まで耀助の隣にいられなかったことを。
 ――あのときあの場で耀助さんの言葉を聞けて、本当に良かったと……心から思ってます。ですがあの後から……一緒にいることがとても辛くなってしまいました。
 彼が那由他のことを本当に心配しているとわかったから。
 多分、それは嫉妬。
 わかっていた。
 けれどそれを認めたくなくて、距離を置いて、結局彼が一番大変なときにいられなかった。そんな自分を情けなく悲哀は思う。弱い自分、それが本当に、嫌だ。
 ――でもそれは、打ち明けられない。
 だからこれは胸にしまったままにして、悲哀はあえて別の……やはり気になっていることを訊いた。
「ひとつ、教えて下さい……耀助さん」
「なんだい?」
 耀助の言葉が優しい。いつもの半笑いはない。かわりに穏やかな笑みがある。
 青い月の光が幻影を見せているのでなければ、きっと今、耀助は素の状態なのではないか。
「……耀助さんは今、幸せですか?」
「定義によるね」
「定義?」
「全女子生徒とお友達になる! というオレの目標がいまだ達成されていないことを判断基準にすると幸せじゃないかな……なんてね」
 と笑って、続けた。
「でも、大蛇の件でずっと感じていた焦燥が消えたという意味じゃ、幸せかも」
 良くも悪くも、一つの結論を出すということを彼は好まないのかもしれない。
「あと……、あの事件の顛末も教えてもらって良いですか?」
「いいよ。ただ、外で立ち話というのもなんだし、オレのコテージに来ない?」
「はい」
「……ちょ、ちょっとタイム、ストーップ!」
 素直についてこようとした彼女を、耀助は両手で押しとどめた。
「駄目だよそんな簡単にイエスって言っちゃ。並の男だったら絶対に押し倒されてエッチなことされちゃう展開だよ、今の」
「……そう、なんですか?」
「オレ、本性はケーハクだし別に紳士ぶるつもりでもないけど、こういう安直な方法で女の子を好きにするのはダメだと思う。悲哀ちゃん無防備すぎるよ。そもそも、男とこんな時間に二人きりで会う時点で危ない」
 なんて言えばいいかなー、と言葉を探すようにしながら彼は続けた。
「つまり、今のやりとりだったら『その手には乗らないわよ!』とかなんとか言ったり、単純に『このエロス人(びと)!』とか叫んでパーンとオレの頬をはたくとか、そういう反応じゃないと」
「パーン、って……」
 それは難しそうだ。悲哀には。
「信用してくれるのは嬉しいけどね、悲哀ちゃん、オレだって男だから最低限の警戒はしたほうがいい。今のやりとり、悲哀ちゃんじゃなくて那由他が相手だったらオレ、たぶん顎割られてるよ、顎」
 耀助の顔は明るかった。那由他のことを話すたび、自然に笑みが浮かぶものらしい。
 ――また、那由他さんが……。
 悲哀は、唇を噛んだ。けれど心の波を読まれたくなくて、感情を押し殺して「はい」と言った。
「事件のことなら、また明るいときに話すよ、長くなりそうだからね」
 だからもうお帰り、と彼は言った。
「悲哀ちゃんのコテージまで送っていくよ。下心なしで」
 どうして、と悲哀は訊きたかった。
 涙が流れるだろうが、泣きながらでも訊きたかった。彼に。
 ――どうしてそんなに優しくしてくれるんですか、私に!?
 と。
 けれどそれが自分にはできないことを悲哀は知っていた。
 少なくとも、今の自分には。