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空の夏休み

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空の夏休み

リアクション


【1】


 太陽は2023年の夏を祝福している。
 青空とどこまでも広がる雲の海原。宝石のように輝く真っ白な砂浜。憧れの南の島は雲の上にあった。
 雲海では、天空のサーファー達が風に波打つ雲を相手に、自慢のテクニックを見せ付け合っている。
「あれが噂の雲サーフィンってやつねー」
 パラソルの下、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)はデッキチェアに横になって海を見ていた。
 セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)もその横に。すらりと伸びた脚を組んで、流れる雲の行方を見つめている。
 セレンはパステルカラーのフリルビキニを着て、セレアナはオレンジのグラデーションビキニの上にパーカーを着ている。
 2人とも軍人には見えないスタイルと色気で、通りがかる浜辺の男子達をドキドキさせていた。
「さーて、せっかくだからあたしもサーフィンしてこよっかなー」
 セレンは立ち上がって、大きく伸びをした。
「あら。あなたも雲サーフィンに?」
「だって面白そうでしょ。ようやくとれた休みなんだから目いっぱい楽しまないとね!」
「少尉に昇進してから忙しくなったものね」
「そーなのよ……」
 肩を落としてため息。
「……だから、奇跡的にとれたこの数日間の休暇は1秒たりとも無駄には出来ないわ」

「しっかりと風を感じろ! 雲の動きをしっかりと見定め、怖がらずに風と一体となるんだ!」
 サーフィンのインストラクターをする機晶戦闘機 アイトーン(きしょうせんとうき・あいとーん)はお客さんの先頭に立って雲海を飛んでいる。
 時折吹き付ける風に形を変える雲。その形に添って、アイトーンとサーファー達は雲をすべるのだ。
「どうだ。気持ちいいだろ。雲サーフィンの後は空の家オリュンポスで休んでいくといいぞ。オススメだぞ」
 アイトーンはさりげなく仲間の店を宣伝している。
「確かにスゴいテクだけど、あれサーフィンか……?」
 指導を受ける湯浅 忍(ゆあさ・しのぶ)は、完全なる戦闘機のアイトーンを怪訝な顔で見つめた。
「……ま、もうボードの扱いには慣れたからどうでもいいけどっ」
 忍は迎え風を斬り裂いて、心の赴くまま雲の波を飛び越える。
「ふぅーーっ! 風が気持ちいいぜっ!!」
 サーフボードには浮遊の魔術が施してある。
 ボードに描かれた一見するとシャレオツな幾何学模様はその魔術の陣。これによって浮遊する仕組みになっているのだ。
 忍に続き、髪をなびかせがらセレンも颯爽とボードを走らせる。
「あははっ! これ楽しーーっ!!」
 凄まじい速さで後ろに去って行く雲とどこまでも続く真っ白な平原、青い空。最高の景色だ。

「……楽しそうだなぁ」
 柚木 桂輔(ゆずき・けいすけ)ははぁとため息。
 桂輔は天学の公式水着に白いパーカー。今日はここで監視員のアルバイトなのだ。
 監視員用の魔法のサーフボードに腰をおろし、雲の波間を漂いながら双眼鏡で客の安全を確認している。
「くそー、生活費の為とはいえ皆が遊び回ってる時にバイトだなんてついてないぜ……時給がクソ高いのが唯一の救いかな、はぁ……」
 我が身の不幸を呪う桂輔だが、とは言え、この仕事はそう悪いものでもない。
 双眼鏡の倍率を動かし、健康的な身体を晒すセレンを拡大。
「ゴクリ……!」
 調子に乗ったサーファーが落ちたら助けなきゃなんないけど、それまでは水着……いや空着の女の子を眺めてられるんだよな。
 それに……もし落ちたのが女の子だったら、救出する際に不可抗力的に半裸の女子を抱きかかえることに!
「その時はちょっとぐらい触ってもまぁしょうがないよな!」
「何がしょうがないんですか?」
 中学生のように妄想をたくましくする桂輔を、アルマ・ライラック(あるま・らいらっく)は冷たく見つめた。
 アルマも天学の公式水着に薄紫色のパーカー。彼女も一緒に監視員をしているのだ。
「べ、別に……落ちた人を助けないとなって思ってただけだ」
「だといいんですけど」
 彼女の目は心の中を覗き込むようだ。
「どうせ桂輔の事ですから、落ちた女性を助けて心臓マッサージとかそんな事を考えてるんでしょう」
「ぎくぅ! ば、バカだなー何をそんなバカなことを……!」
 アルマはニルヴァーナライフルの銃口を桂輔の喉元に突き付けた。
「せっかくの高額バイトなんですからしっかり働いてくださいね」
「も、もちろんだとも」

 忍はちらりと浜辺を一瞥した。
 浜辺のマーメイドちゃん達。見ててくれよ、この俺のクールなボードさばきを。
 ここは砂浜、砂浜においてモテヒエラルキーの頂点に君臨するのはサーファーである。時点で地元のヤンキーである。
 そういうことなら、そのルールに乗るのが忍なのだ。
「……風が出てきたな。来るぞ、ビッグウェーブが!」
 突風が大きく雲をめくり上げた。その高さは波、というか壁の領域だ。まっすぐこっちに壁が押し寄せてくる。
「待ってたぜ、この時を……おりゃあ! 秘技・月面宙返りぃぃぃ!!
 ほとんど垂直に近い壁を上昇気流を捕まえてぐんぐん上昇。そしてたん高く一回転を決め、雲海にランディング。
 その瞬間、浜辺のほうからワーーーッ! と歓声が上がった。
「ありがとう。マーメイド達。もっと俺を祝福してくれ……!」
 と悦にひたる忍だったが、
「……ん?」
 歓声は彼に向けられたものではなかった。
「へぇこれが伝説のビッグウェーブってやつ? これはなかなか遊びがいがあるわねっ♪」
 上昇気流にのってセレンも波の頂点に。そのまま波の更に上まで、プロペラのようにスピンしながら大ジャンプ。
サイコーーーッ!!
 太陽をバックに青空を回転する彼女の姿に拍手が巻き起こった。
 浜辺にいるセレアナはカメラを回しながら、恋人の勇姿をうっとりと見つめた。
「やるじゃない、セレン」
「うぐぐぐぐ……」
 な、何故に女子が女子の黄色い声援を独り占めに。
 忍は拳を握りしめた。
 こんなことはいかん。不健康だ。こんな色男を放置して同性になんておかしい。これじゃ少子化が進む一方じゃないか。
 てか、なんかあの子も女子の声援にまんざらじゃねーような気もするけど、そんなことは俺の目が黒いうちは認めねーぞ。
「なぁお客さん」
「ん?」
「スペシャルコースがあるんだが、どうだ?」
 アイトーンは言った。
「なんと俺様の上に乗って雲サーフィンを楽しむコースだ。1時間、たったの1000Gだぜ!」
「1000Gぃ? たっかくねぇ?」
「たった1000Gで浜辺の視線を独り占め出来るんだぜ? 安いもんだろ? 空の家オリュンポスの10%割引き券も付けるからよ」
「割引券もケチくせぇな……けど独り占めか」
 空着の女の子に囲まれる自分の姿が、頭の中によぎる。
「……悪くない」
「へへっ、毎度アリ」
 忍を乗せ、アイトーンは飛び出した。
 この加速。サーフボードでは味わえない凄まじいスピード感。風に乗ってるんじゃない、まさに今、風になっている。
「お楽しみはこっからだっ!」
 八の字を描いてアクロバット飛行、更には錐揉み直角急上昇、真っ白な尾を引いて青空に突っ込む。
 今度こそ浜辺からきゃーーーっ! と歓声が上がった。
「おおっ。これだよ、俺が聞きたかったのは! これで女の子のハートは俺のものだ!」
 落ちてるー! と悲鳴にも似た歓声が聞こえた。
「そうそう。みんな、俺との恋に落ちて……落ちてる?
 真っ逆さまに忍は落ちていた。
 そりゃ直角急上昇で、アイトーンの背に乗っていられたら、物理法則の新発見だ。
うわああああああああーーーーっ!!
 雲の海に墜落し、そのまんま海を突き破って、虚空に投げ出された。
 双眼鏡を覗いていたアルマは声を上げた。
「桂輔!」
「……なんだ、男か」
 正直者の桂輔はケッと舌打ちした。
「……何か言いました?」
「な、なんでもない!」
 桂輔とアルマはボードをすべらせ、落下する忍の元に急行する。