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 第12章 今、一番大切な場所

「母さんから連絡……? 何でしょう……」
 インターネット回線を使っての着信表示に、ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)は訝しみながらも電話に出る。その結果告げられたのは、父であるロッシ・グーメルが24時間以内にパラミタに来るという寝耳に水の話だった。
「えっ、明日!? そんな突然……宜しくって……!」
 驚いているうちに、母のメグミはマイペースに通話を終えてしまった。
「母さんに続いて父さんですか……全く、夫婦揃って行動が急すぎるんですよ」
 母が来た時は当日連絡だったので、今回は前日なだけましなのかもしれない。
 父の目的は恐らくイルミンスール魔法学校の内部構造の見学だろう。まあそう考えると、母の時ほど苦労の多い1日にはならない筈だ。

「ふーむ、ここまで見事に大樹と住居スペースが一体化しているとは……素晴らしいな!」
 そして翌日、ロッシはザカコに校内を案内してもらいながら、高揚した声を出していた。木と建材の継ぎ目を仔細に見てみたり、地図と実際の構造を比べてみたりと非常に楽しそうで、かつ非常に真剣だ。今日ここで見たことを吸収しつくして帰ろう、と意気込んでいるらしいことが伺える。その彼に、一応、ということでザカコは言った。
「あ、ちなみに、中の形状は良く変わるからあまり設計のヒントにはならないかもね」
「そうなのか? だが、こうして無機物が有機物の中で崩れずにいる、その技術だけでも参考になるぞ」
 ロッシは、地球では建築家として活動している。素材を生かした形の建物を好み、インスピレーションを得るために各地を自由に飛び回っている彼は、メグミの話を聞いて世界樹イルミンスールとその内部の学校に興味を持ったらしい。
 案内する一部屋ごとを丁寧に見て回るロッシを見て、ザカコは思う。
(確かに、地球にはここまでのサイズの大樹はまずありませんし、ましてやそこで暮らすなんてありえませんからね)
 参考になるかどうかは分からないが、良い刺激にはなるだろう。しかし――
「多少の写真撮影とかならいいけど、端から端まで記録してると日が暮れちゃうよ。程ほどにしないと」
「ああ、でも、もうちょっと……あと、ここだけ案内してくれないか?」
「……ここで最後だからね」
 外の風が適度に入る特別教室の1つに行くと、ロッシは夢中になって撮影やらメモやらを始めた。自分の世界に入っているのか独り言も多い。
 ザカコは時計をちらりと見て、小さくあくびを洩らした。昨日考えたことを思い出す。一所で自由に動いてくれるというのは確かに苦労が少ないが、少なすぎて退屈でもある。
「よし、終わったぞ」
「そう? じゃあそろそろ……」
「最後に、ザカコがお世話になっている責任者でもある先生に挨拶させてくれ。アーデルハイトさんといったかな」
「…………。結局、父さんもですか……」

「父親が来ているのか。私は一向に構わんぞ」
 幸いなことに――いや、今日の場合は幸いと言えるのか微妙だが、アーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)は自室に滞在していた。事情を説明して立ち会って貰えたらと頼むと、彼女はあっさりとそれを受けた。そして、実際に対面したロッシはまず真顔でこう言った。
「……随分と変わった格好だが、その大胆さは見習えるな」
「! いや、流石に父さんはその格好を見習わなくていいから!」
 第一声からの、率直過ぎる発言にザカコは反射的にツッコんだ。母はアーデルハイトの頭を撫でるところから始まったし、夫婦揃ってある意味恐ろしい。まあ、片方ずつの訪問で良かったのかもしれない。2人で来ていたらどんなことになっていたか――
(未だに人目を憚らずラブラブなのは恥ずかしいと言うか羨ましいと言うかだし……)
 頭を抱えたくなるのを堪えてアーデルハイトの様子を伺う。ラブラブはまだおあずけな彼女は、失礼な感想にもそう気分を害すことがなかったようで「ふむ……」とロッシと対面していた。父はザカコとよく似た顔立ちをしていて、今日はスーツを着崩している。彼を見て何を思っているのかは分からなかったが、何かを納得しているような表情だ。
(何を納得しているのでしょう……? まさか、自分が将来父さんのような発言をするようになると思っているとか……?)
 冷や汗と共にそんなことを考えていると、改まった声でロッシは言った。
「アーデルハイト先生、こんな息子だが、どうか宜しくお願いします」
「…………」
 不意の真面目な挨拶に、ザカコは少し驚いた。
(まぁ、親が子供を心配するのは分かりますけど……)
 冗談ばかりでもない父の言葉に、内心ツッコミばかり入れていたことを反省する。だが、同時にもしやという思いも浮かんできた。ロッシの今日の目的は見学だけではなかったのではないか。それは――
「私としても責任を持って預からせてもらっているつもりじゃ。とはいえ、最近ザカコには助けられることも多くなってきたがのお」
「そうでしたか……それは良かった。それだけ成長してくれているのなら、親としても嬉しいです」

 進路を決めたのかと問われたのは、アーデルハイトの部屋を辞して扉を閉めた時だった。
(……やっぱり)
 ロッシは、ザカコがまだフラフラしているようなら跡継ぎの勉強をして欲しいと思っているのだろう。その為に、息子が学校でどんな生活をしているのか参考にしようと挨拶に来たのだ。
「父さん、今はまだここに残らせて欲しい。確かに、地球にいた頃は敷かれたレールの上が嫌で、退屈な日々から逃げるようにパラミタに来たけど……」
「何か、目的ができたのか?」
「……守りたいものがあるんだ」
 閉めた扉に一瞬目を遣る。今では、はっきりとした自分の意思でこう言い切れる。
「だから、ここに残るのを許して欲しい」
 目を逸らさずにロッシの答えを待つ。誰も通らない廊下で時は静かに流れていき、やがて、父親は肩の力を抜いて頷いた。
「そうか、分かった。それはそうと……」
 そう言った途端、彼はいつも通りの緩い空気と共にアーデルハイトの部屋を見た。
「……もっと大胆にアプローチをかけた方がいいぞ?」
「……? ! いや、自分は自分のペースでやるから!」
 今度は何を言われるのかと若干身構えていたザカコは斜め上から飛んで来たアドバイスに悲鳴を上げた。
「父さんは逆に大胆すぎるんだよ、もう!」