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一会→十会 —指先で紡ぐ、聖夜の贈り物—

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一会→十会 —指先で紡ぐ、聖夜の贈り物—
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【たった一度の季節だから】


「あのー……」
 おずおずとした様子で工房のドアを開けた高峰 結和(たかみね・ゆうわ)を見て、クロエは「あっ」と声を上げた。
「あのときのおねぇちゃん」
「覚えていてくださったんですね」
 クロエの言葉に、結和がふわりと笑う。小さな花が咲くような、控えめだが綺麗な笑い方だ。
「今日は、お手伝いをしに来たんです」
「おてつだい」
「はい。料理はちょっぴり苦手ですけど、飲み物を淹れたりとかならできますし。クロエさんのお手伝いをしても、いいですか?」
「もちろんっ」
 笑顔で頷き、クロエは結和の手を取った。キッチンへ、向かう。


 キッチンで、結和は本当に『お手伝い』に従事した。
 お皿を取ったり材料を量ったり、クッキーの型抜きをしたり、器具を洗ったり。
「ゆうわおねぇちゃんもいっしょにつくらない?」
 とクロエに誘われても、やんわりと断った。
 なぜなら、先ほど言ったように料理が苦手だからだ。いや、苦手と言うと語弊がある。本当は、苦手とは少し違う。料理センスが奇妙なのだ。結和としては普通に作っているはずなのに、毎度毎度変な見た目になってしまう。
 たとえば今日、差し入れにとパウンドケーキを作ってみた。作ってみたけれど、なぜか生地の色が青やら緑やら紫やら、およそ食欲をそそらない色になってしまった。形容しがたい色もある。本当に食べられるのか? と思ってしまうような色だ。たぶんこういう色のことを、ドドメ色というのだろう。出来上がったケーキを見ながら、結和はそんなことを考えた。
「味は普通なんですけどね……」
「?」
「いえ、こちらの話です。お気になさらずー」
 ひらひらと手を振ると、クロエは首を傾げながらもこくりと頷く。それから、手際良くボウルの中身を混ぜた。
「あー、あー! それ、ロラもやりたい。やりたいよー!」
 その動きが楽しそうに見えたらしく、ロラ・ピソン・ルレアル(ろら・ぴそんるれある)がぴょこぴょこと跳ねながら、言った。突然のロラの発言に、クロエは再びきょとんとした顔をする。
「まぜまぜしてみたいのー! お手伝い、できるよ! がんばるよ!」
 一生懸命な呼びかけに、クロエが泡だて器をロラに手渡した。ロラは、小さい身体のすべてを使って泡だて器をぐるぐる回す。傍から見ていると大変そうだが、「ひーほー」とご機嫌に鳴く様子から察するに楽しんでいるようだ。微笑ましくて、結和は笑う。
「そういえば、おねぇちゃん」
「はい?」
「マフラーのおにぃちゃん、よろこんでくれた?」
 クロエの唐突な問いに、結和はびくりと肩を跳ねさせた。一気に頬が熱くなる。絶対赤くなっている、と思って頬を押さえた。
「あっ、あのっ。えっと……はい」
 一昨年、マフラーを渡した際のことを思い出した。
 それまで自分がつけていたマフラーを外して、結和のプレゼントを身に着けてくれて。
 お返しにと、肌身離さずつけていたお守りを贈ってくれた。
 そのお守りを贈る意味を、去年、彼は教えてくれた。
 贈った相手を、『家族同然に近しい者』と思っている。そういう意味が、あるらしい。
 告白の後、返事より先にそう言われ、つまり、ええと? とおろおろする結和に、彼ははにかんだ。こわいかお、はどこにもなかった。やさしいかおを、していた。
 結和さんと同じ気持ちだ。そう彼は言って、それで。
「…………」
「ゆうわおねぇちゃん、おかおまっか」
「わあっ!? あっ、あわわ……」
「しあわせなのね!」
 クロエの言葉に、結和はこくりと首肯する。
「……はい。この幸せは、クロエさんのおかげです」
「わたし?」
「あの時、クロエさんが背中を押してくれなかったら……私はまだこっそり恋心を秘めただけだったかもしれないので」
 そう思うと、あの時ここへ来て良かった。この子に会えて良かったと、結和は思う。
「……私の気持ちを、込められるのは、私だけですものね?」
 そっと呟く。クロエはきらきらとした目で結和を見ていた。小さく笑い、結和は内緒話をするようにこっそりとクロエに囁きかける。
「今度は、ベストを編んでるんです」
「きっとよろこぶわ」
 そうだと嬉しい。あの人が喜ぶと、結和の気持ちも暖かくなる。
 渡すときのことを考えて、何度目かもしれない笑みを零した。



 アンネ・アンネ 三号(あんねあんね・さんごう)の興味は、手元のクッキー生地よりもキッチンの向こうのテーブルへと向かっていた。
 テーブルの上には、未完成の人形。
 その人形を持つ白く細い手が、ごく自然な流れるような動作で人形を作り上げていく。
 人形作りが趣味だったという姉も、あんな風に作ったのだろうか。
 それとももっと、たどたどしかったのだろうか。
 どちらだろう。アンネ・アンネがいくら考えても答えはわからない。なぜなら自分には過去の記憶の一切がないからだ。姉がどんな風に人形を作っていたのかなんて、到底。
「ねえ」
 声をかけられた。はっと気付くと、人形師であるリンスがすぐ目の前にいる。いつの間に近付いたんだとアンネ・アンネは思ったが、どうやら逆のようだった。無意識のうちに、こちらから向かっていっていた。
「じっと見て、どうしたの。作ってみる?」
「いや、……いいよ。ちょっと、……思い出を。探してた」
 どこかにいってしまった、記憶のことをぽつりと話す。リンスは深く突っ込みもしなかったし、安易な言葉も言わなかった。だから、アンネ・アンネは言葉を続けていた。
「姉がね。人形を作るのが趣味、らしくて。……覚えてないんだけど」
「会えるといいね」
「え」
「そうすればまた覚えられるでしょ」
「……そうだね。いつか、会えたらいいな」
 いつか、兄弟みんなで集まりたい。
 集まって、今日のこの場のように、こんな風にお菓子を振舞えたらいい。
 そうなるようにと、アンネ・アンネは小さく祈った。