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春待月・早緑月

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■1月2日

 2023年から2024年にかけての年末年始、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)はあらゆる面においてパートナーのセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)とともに、雪深い山の見晴らしのいい中腹にある瀟洒な山荘で過ごしていた。
 リゾート地のペンションではない。ミアキス家が所有する山荘である。そこへ、2人は両手に抱えた紙袋いっぱいの食糧とともにやって来た。
「さあ着いた! これが尽きるまで、ぜーったいここから離れないわ!」
 宣言をしてテーブルに乗せたセレンフィリティに、セレアナは笑った。
「まあ、そういうわけにはいかないでしょうけど、5日くらいはね」
 紙袋から取り出したあれやこれやを食糧庫の棚へ整理する。
 でもきっと、セレンフィリティの言葉どおりになるだろう、と思った。もともと5日分の食糧として下の町から買い込んできた食糧だから。もしそれ以上経っても下山しなかったら、町にいる管理人が様子を見に上がってくることになっている。
 それから2日間、2人は自由を満喫した。
 昼間は足跡1つついていない真っ白な斜面をスキーやスノーボードで下りて楽しみ、夜は露天風呂で雪見酒をたしなんだりもした。
「ねえ! もう朝よ! 早く起きて! 早く早くセレアナ!!」
 セレンフィリティは朝が来るのを待ちかねたように飛び起きて、ベッドを飛び出すと仕度をして外へ駆け出す。
 自分たち以外だれもいない、あるのは自然だけの空間で、寒さをものともしないセレンフィリティの楽しげな笑い声が響くのを聞くのがセレアナは好きだった。
 31日の夜。2人は体を温めるコーヒーの入ったボトルを持って、山頂を目指して山を登った。
 何枚も着込んだ上からダウンコートを着て、内側が毛張りのブーツを履いていたが、すぐにじんわりと染み入ってくるような冷気がくる。当然ながら除雪された、上りやすい道などはない。真っ白い息を吐き出し、膝の半分ほどまで雪に埋もれながらもセレンフィリティたちは上がっていく。
 けれど、状況はまだいい方だった。ここ数日雪は降っていない。もしひざを越えて積もっていたら、さすがに断念せざるを得なかっただろう。それに月や星が思っていた以上に明るくて、懐中電灯なしでも進んでいけそうだった。
「あとは天候だけど……」
 昼の天気予報では、明日の天気はくもりだった。
 そのことを思い出し、眉を寄せるセレアナを振り返り、セレンフィリティはぐっとミトンに包まれた親指を立てて突き出した。
「大丈夫! 絶対見えるって!」
 いつも強気で楽観主義なセレンフィリティらしい、根拠のない自信だったが、彼女に言われるとそう思えてくるから不思議だった。
「……どうかしらね? あなたの運って、信用がおけないみたいだから」
 内心はさておき、セレアナは軽く憎まれ口をたたく。
「んもう! それは夏までの話! 最近は上向きの傾向が出てるから、大丈夫だって!
 さあ頂上らしいのが見えてきたから、もうひと踏ん張りよ!」
 はたしてセレンフィリティの言葉どおり、2人は山頂で美しい初日の出とともに新年を迎えることができた。
 新しい年を、一番そばにいてほしい人とともに。
「あけましておめでとう、セレン」
「あけましておめでとう、セレアナ! これからもよろしくね!」
 朝日に白く輝く面で見つめあい、2人はどちらともなく近づき合ってキスをかわす。
 そして興奮冷めやらぬまま山荘まで下りて玄関のドアをくぐると、すぐさまブーツを蹴るように脱いだ。
 互いに互いの服を脱がせ合う。
「ん、もう……どうしてこんなに着てるの」
「セレアナこそ…っ」
 想いに体がついていかない。かじかんだ手でもどかしげにボタンをはずし、セーターをまくり上げようとする互いの手がぶつかりあって、思わずいらだちの舌打ちが口をつき、プッと吹き出した。
 廊下に、階段の手すりに、ドアノブに。脱いだ服を散らして、2人はもつれ合いながらベッドへ飛び込む。2人は時も忘れるほど夢中になって愛をかわしあった。
 愛しあい、疲れ切って眠りに落ちる。短い眠りのインターバル。どちらかが目覚めれば、すぐ相手の肌に唇を這わせ、やさしく目覚めを誘う。求められるまま体を開き、互いを抱き締めて、一緒に絶頂に達すると体を重ね合ったまま眠りにつく。
 そうして幾度目だろうか。
 遮光カーテンが閉じられたままの室内はいつも暗い。それでも、カーテンの縁に沿って光の筋が見えるということは昼間なのだろう。
 たしか前に目を向けたときは、真っ暗だった気がする。ということは、今は2日なのか。
 西の方角から赤い遮光が入ってるようだから、もしかすると2日の夕方かも……。
 うつ伏せになってぼんやりとそんなことを考えていたセレアナは、ベッドの脇から垂らしていた左腕を引き上げるとシーツに手をつき、力を込めて重い体を起こした。まるで鉛でできているかのように重く、手足はふにゃふにゃだ。それでもどうにか身を返し、床に両足をつける。
 立ち上がる力を蓄えていたとき、セレンフィリティの指先が、まるでベッドへ戻るよう誘うように背骨に沿って体の中心を伝った。
 ぞくりとしたものを反射的に感じるが、もうすっかり体は満たされ切っていて、欲望は沸いてこない。セレアナは普段の彼女に戻って告げた。
「セレン、もう2日よ。私たち、この部屋に丸2日近くこもっているわ。そろそろ部屋を出て、何かおなかに入れないと」
「……うん。分かってる……」
 ぱたん。腕がシーツに落ちて、セレンフィリティがもぞもぞ動く気配がする。
 仰向けになったセレンフィリティは、じっと天井のシャンデリアを見つめた。
 そんなセレンフィリティにセレアナはどこかいつもと違うシリアスなムードを感じて、身をねじってそちらを向く。
「セレン?」
「ねえ……あたしたち、去年も何とか2人で生き延びたけど、新しい年が来るたびに来年の今ごろはこうして2人で過ごせるかどうか、分からないじゃない? あたしたちは軍人だし。
 去年は生き残れたから今年も大丈夫、なんて保障はないでしょ」
「ええ、まあ、それは……」
「あたしだってさんざん敵を殺してきたから、今さらこんなこと言えた義理じゃないし、虫がいいのは分かってるけど……それでも生きていたい。セレアナと一緒に生きていたい……そんな風に思うのはダメかな……?」
 なぜ突然そんなことを言い出したのか分からず、セレアナはとまどった。
 首をこちらへ傾け、じっと見つめてくるセレンフィリティにいつもの陽気さはなく、強気はどこかへ消えてしまっているようだった。そして、まるで審判を待つかのようにセレアナからの言葉を待っている。
 だからだろうか。
 緑の瞳を覗き込んでいるうち、ふと思う。
 愛する人と愛しあう権利を、自分は他人から奪ってきた。なのに自分はこうして愛する人とともにいて、愛を享受している――そのつらさが、あの飢えたようながむしゃらさとなって、セレアナを求めたのだろうか。
 どんな壁にぶち当たろうとも決して希望を失わない、後ろを振り返ったりしないと思っていたセレンフィリティにも、そんな弱さがあったのか。
 まるで別人のようだった。こんな、今にも泣き出してしまいそうな、不安げでか弱いセレンフィリティをセレアナは知らない。
 けれど。
 今目の前にいる彼女もまた、セレアナの愛してやまないセレンフィリティなのだった。
「そうね」
 とセレアナはできるだけ軽く聞こえるような声を出して、セレンフィリティのほおに手を伸ばす。
「それを言うなら、私も罪深い女よね。私もあなたと同じように血まみれの手をしてるけど……それでも、私はあなたをこうして抱くことができるわ。
 だって、関係ないもの。私はあなたが好きで、あなたは私が好き。それがすべてよ。ほかのことなんか知ったことじゃないわ」
 包んだほおが、手の温かさでぬくもりを取り戻す。同じように、セレアナの言葉が染み込んでいくにしたがって、セレンフィリティの目じりに涙がにじんだ。
「そう思うのは私だけじゃない。あなただけでもない。みんなそうなの。だから、あなただけがそんなことを感じなくていいのよ。
 愛しているわ、セレン。私はそのことをだれにも後ろめたく思う気なんかないわ。だからあなたも、生きること、愛することに罪悪感なんて持たないで」
 震える唇に、静かにキスをして。
 ぱっと身を離すと、セレアナはきびきびした声で告げた。
「そうは言ってもこのままあと1回でも愛しあったら飢え死にしそうよ! さあ起きて。ごはんにしましょ!」
「……うん!」
 手をつなぎ、引っぱり起こす。
 肩に腕を回して互いに寄りかかり、おぼつかない足どりなのを2人で笑いあいながら、2人は階下のダイニングへと下りて行ったのだった。