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第10章 動揺

「もうそんなに経つのか……」
 リン・リーファ(りん・りーふぁ)とチェスをしながら、ゼスタ・レイラン(ぜすた・れいらん)が感慨深げに言った。
「初めてチェス勝負をしてから、もう3年だね」
 ポーンを動かしながら、リンがしみじみと言った。
 初めてリンがゼスタにチェスでの対戦を申し込んだのは、3年前の今頃の時期。
 ヒラニプラの東、ヴァイシャリーの南に存在する岬。そこで行った温泉合宿でのことだ。
「いちばん最初はぶっちゃけ、なに考えてるのかよくわかんない子だなーって思ってた」
 ゼスタが指揮をしたその温泉合宿には、参加希望者が多く、希望をしても参加出来ない者もいた。
 リンは運よく全日参加できたのだ。
「あたしが興味をもったのもたまたまで。
 それから少しづつくりかえしいろんな場所で会ったり話したりして。
 ときどきチェス勝負とかもして、今もこんな風に一緒に居れるのってすごい不思議だなーって思う」
 悩んでいるゼスタを、リンはじっと見つめる。
 寿命のない吸血鬼のゼスタは、長年生きているように見せかけているが、そう年を取っていない。外見は少女でも、数百年生きてきた魔女のリンからすると……彼はまだまだ子供だった。
「俺からすると、今だってなに考えてるのかよくわかんない子だ、リンチャンは」
 駒を動かした後、ゼスタがくすりと笑みを浮かべた。
「生きてきた世界も、時間も、全然違うからね。
 ぜすたんとの出会いも、出会ってからも、どこかで何かが違ってたら、お互いか、どちらかはここに居なかったかもしれない?
 何だろうね、こういう感じ」
 ふふふっと、リンは笑みを浮かべる。
「……今というこの時間は違っていたかもしれないが。
 長い時を生きている間に、きっと出会って。こうしてチェスをするんじゃないか? 俺達は」
「そうだね」
 でも、あたしはぽっくり死んじゃった事があるし。
 あなたは、家に縛られ、常に刃を突き付けられているから。
 お互いの時間が交わって、親しくなれる機会は、そう多くなかったかもしれないよ?
 そんなことを思いながら、リンはポーンを動かした。
 今日のチェス勝負では、既にリンは3本中2本勝利していた。その間はほとんど話をせずに、勝負に集中していた。
 だから、これはおまけのゲームだ。
「ステールメイト、だな」
「おー、引き分けだね」
 最後の1本は引き分けだった。
「……で、今回の願い事はなんだ? 魅惑的なお願いがいいんだけど」
 笑いながら言い、ゼスタはリンが持ってきたお土産に手を伸ばす。
 高級チョコレートを食べて、トマトジュースを飲んで……。
 最強の妹ドリンクは、今は飲まず、パッケージの写真を苦笑しながら見る。
「リンチャンの血はいつになったら、もらえるんだ?」
「ぜすたんが勝っても、あげられないよ」
「でも、自分の願いは押し通そうって思ってるだろ?」
 ゼスタの言葉にへへっと笑い顔を見せた後。
 リンは真面目な表情になって、彼に言う。
「あたし旅に出るから、家とか仕事とか、今の立場とか名前とかも全部捨てて
 ――一緒に来て」
 ゼスタの手が止まり、驚きの目がリンに向けられた。
「旅って、おまえ……生活どうする気だ? 定職なきゃ食っていけねぇだろ。芸が出来るわけでもないだろうし」
「現地で自給自足でどうにかなるよ。色んな場所に少しずつ住んでみてもいいと思うしね。あたしはともかく、ぜすたんは色んなことできるから、生活には困らないでしょ」
「俺は……行けるわけ、ないだろ」
 暗い声、だった。
「うん」
 リンは笑顔で言う。
 答えは解っていた。
「じゃあ百年後。
 心変わりしてないか確かめに来るよ」
「……それは旅先からか? 1人でも旅に出るつもりなのか? ――俺を連れ出す事が目的、じゃなく」
 ゼスタは、リンがいなくなるかもしれないということに、動揺しているようだった。
「すぐには行かないよー。
 一緒に来れないのなら、やっぱりスイーツ食べ放題で」
「……分かった」
 一旦言葉を切り、ゼスタは戸惑いながらもこう続ける。
「世界中のスイーツ食べ放題、で。どれだけ時間がかかるかわかんねーけど、死ぬ前までに手配する」
 ゼスタのその答えに、少し沈黙した後。
 リンは「うん」と返事をして、立ち上がり。
 座っている彼のことを、上から覆いかぶさるようにハグをする。
「遅くなったけど、誕生日おめでとう」
 そして彼の髪にくちづけした。
「ん……」
 小さく返事をして。
 ゼスタはリンの腕の下に自分の腕を通して、胸に頬を寄せて抱き着いた。
 リンは母が子にするように、愛しみを込めて、そっと、優しく彼の頭を撫でた。

担当マスターより

▼担当マスター

川岸満里亜

▼マスターコメント

シナリオにご参加いただきましてありがとうございました。

今回は主に、クリスマスから年末の間の、恋人や友人と過ごした時間、過ごす前の時間を描かせていただきました。
わくわくする話も、少し切ない話もとても楽しく想像させていただきました。

今年も、皆様の楽しい日常を描かせていただけましたら幸いです!