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リアクション
「クッキーどうぞ。ケーキも、好きなの選んでくださいね!」
百合園生の女の子が、来場者にクッキーを配っていた。
お皿とケーキもテーブルの上に並べられており、好きなお菓子やケーキを選んで持っていくことができるようだった。
「届けにも行けるよ! お茶、何がいいかな?」
ワゴン台車に茶葉やミルク、砂糖を追加しながらネージュが尋ねてきた。
「ありがとう。それじゃハーブティもらえるかな?」
「わたくしも同じものを」
恋人同士の綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)とアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)は、ネージュにハーブティをお願いすると、お菓子を選び、近くの2人掛けのテーブルに腰かけて一息ついた。
「生徒達の手作りみたいだけれど、随分本格的ね。このデニッシュなんて、高級喫茶店レベルよ」
「普段から、そういったものを食べ慣れている為、百合園では普通なのでしょうね」
お菓子や飾られている花についてのんびりと話をする2人に、トレイを手にしたネージュが近づいてきた。
「ハーブティお待たせしました。どうぞ」
淹れたてのハーブティを2人の前に置くと、ごゆっくりどうぞ! と、可愛らしい笑み見せて、ネージュは戻っていった。
「うーん……なんだか、とっても落ち着くわね……」
「ええ……」
ハーブティを飲んで、息を着いた途端。
「はあ……」
体の力が抜けて、背もたれに背を預けて、さゆみはぐでーっと両腕を下ろした。
「ふふふ……」
そんなさゆみを、アデリーヌは微笑ましげに見守る。
2人はアイドルとしての活動と、大学生としての勉学や活動が重なり、とても忙しなく、文字通り気が狂いそうな日常を送っていた。
ライブやレコーディングの為に、あちこちに飛び回っており、今日、ヴァイシャリーにいたのだって、PV撮影の為だ。休む暇なんて全くなかった。
それに加えて、大学の試験も近いし、課題も山積み……。
「あははは……」
さゆみはアデリーヌと微笑み合う。
背もたれに背を預けたまま、ハーブティを飲み、貰ってきたお菓子を食べながら、2人は他愛のない話を楽しむ。
自分達も、一緒にお菓子作りしてみたいね、とか。
春になったら、花見をしたいね、とか。
一緒に行った場所のこととか、2人で楽しく過ごした余暇の事とか、これからのこととか――。
(もし、あのときアディに出逢わずにいたら、今頃はこうしてシャンバラにいることもなく、多分地元か東京の大学に入って、ごく普通の学生生活を送っていたのかもしれないわね)
とはいえ、さゆみは既にレイヤーとしてそれなりに名前が知られていたので、一般的な『ごく』普通ではなかったのだろうけれど……。
(それはそれでアリだと思うけど、きっと心のどこかで、満たされないものを感じていたのかもしれない)
さゆみは充実感と幸福感を改めて感じて、アデリーヌと一緒に過ごせる時間を、今というこの時間をとても大切に思う。
「春にはお花見、行けるといいですわね」
それはアデリーヌも同じだった。
のんびりと会話を楽しみながら、こうして2人でいられる時間を大切にしていきたいと思っていた。
2人とも、解っている。
千年以上生きていて、あと数百年は生きると思われる、アデリーヌ。
どんなに長生きをしても、百年未満のさゆみ。
いつか必ず『別れのとき』がくるということを。
2人とも、真摯に互いのことを想えば想うほど……それ故に、永遠を誓えない。
「撮影の合間になってしまうかも。それでも行きたいわね」
「ええ」
互いを暖かい目でみながら、微笑み合う。
永遠を誓えない、それを望むべくもない、儚い愛、儚い想いだからこそ……せめて、今こうしている一瞬一瞬を文字通り自分自身に刻みつけるようにして、最愛の人との一瞬を過ごす。
「お弁当持っていきたいわ」
「一緒に、作ること出来ますでしょうか?」
「春休み中なら、少しは時間出来るかなぁ」
目を閉じれば、脳裏に満開の花と、互いの笑顔が浮かんで。
目を開けていれば、大切な人の微笑みに癒される。
こうして、一緒に大切に過ごすことが。永遠ではなく、近い未来の夢を語り合って、幸せな時を過ごすことが――それが自分たちの愛の形で、自分たちの存在証明でもあるのだから。
(私、今とても幸せよ。あなたが目の前にいて、他愛もない話が出来て……ただ、それだけのことだけれど、それがどんな財宝よりも大切、なの)
このアデリーヌと過ごせる時間を、さゆみは最大の幸せだと思っていた。
「このクッキーも、とても美味しいですわ」
「あ、ホント……。あとで、レシピ教えてもらおうか」
「ええ」
微笑み合いながら。2人は幸せに浸っていた。
「うわぁ……色んな種類のハーブティがあるよ、羽純くん」
ドリンクコーナーで、茶葉の種類の多さに、遠野 歌菜(とおの・かな)は驚きの声をあげた。
「ハーブティか」
百合園生から受け取ったお菓子を手に、月崎 羽純(つきざき・はすみ)もドリンクコーナーを見回す。
「私、ハーブティって大好き♪ 香りで癒されて、味が美味しくて得した気分になるの」
「確かに。良い香りを嗅ぐと、大脳の五感が刺激されて、心地よさをもたらす。俺も嫌いじゃない」
嬉しそうな表情の歌菜に羽純はそう答えて、どれを飲もうか選び始める。
「数が多すぎて、迷うな」
「うん悩んじゃうけど……私は『オレンジピール茶』にしようかな。フルーティな甘酸っぱい香りがいいよね♪」
「そうか、俺は……んー」
「羽純くんには、これがお勧め」
迷っている羽純に、歌菜は『レモンピール茶』を勧める。
「すっきりとした風味で、レモンの香りが爽やかなんだよ。酸味があるから、食欲が湧いて、食前にはぴったりだと思うの♪」
「うん、それにしよう」
「お淹れします」
ハーブを決めると、百合園生がティーポットに入れてくれた。
お湯を注いだ後、数分待った方が美味しくなるということで、2人はその場で出来上がりをまっていた。
「今回は本当に種類が多いですわね……」
「全部試せないし、迷うね〜」
百合園生のイングリット・ネルソン(いんぐりっと・ねるそん)や、ミルミ・ルリマーレン(みるみ・るりまーれん)もカップを手に何を飲もうか迷っていた。
「効果で選ぶのも良いですよー」
出来上がりを待ちながら、歌菜は迷っている女生徒達に説明を始めた。
「例えば、こちらの『バニラビーンズ茶』は、甘く魅惑的な風味で、気分が高まります。
こっちの『ローズヒップス茶』は、フルーティーなお味で、ビタミンCがレモンの20倍もあり、美肌効果抜群なんですよ」
「おー! 頬、すべすべになるかな? ミルミこれ以上魅惑的になったらどうしよう!」
ミルミが無邪気に言う。
「ふふ。こちらの『アーティーチョーク茶』は、ちょっぴりほろ苦いけど、肝臓を活発にするので、お酒を飲む人にお勧めです。あと、『ハイビスカス茶』は、肌荒れやからだの疲れに効果があります。」
「白百合団の役員のお姉さまや、ラズィーヤさまにお淹れしたいですわ。お疲れのことと思いますから」
イングリットが、白百合団の役員や、招かれて訪れている百合園の重役たちに目を向けた。
「そうですね。ただ、ハイビスカス茶は刺激のある酸味なので、ハチミツを足して飲むと飲みやすいかも」
「なるほど……参考になりますわ。ありがとうございます」
「いえいえ、良いお茶会を」
歌菜はぺこっと頭を下げると、話しているうちに出来上がったハーブティーを貰って、羽純と一緒にテーブルへと向かう……。
「うん、美味しい……落ち着くね、羽純くん」
席について、ハーブティを飲んだ歌菜が笑みを向けてきた。
羽純は「ああ」と答えながら、先ほどの歌菜の姿を思いだす。
(そう言えば、家でも時々ハーブティを淹れてくれる)
その時々の自分が好む茶を淹れてくれていたと羽純は気付く。
(見えない所で、色々と研究をして、気遣ってくれてるのか)
……参ったな。と、羽純は苦笑のような笑みを浮かべた。
「感心だ」
そして、手を伸ばして歌菜の頭を撫でた。
「えへへ♪ イルミンの生徒たるもの、ハーブとか薬草には詳しくないとね」
撫でられながら、歌菜は嬉しそうなくすぐったそうな笑みを見せた。
(今度は俺が、歌菜を癒やす茶をいれよう)
羽純は心の中で密かにそう誓っていた。
その時々の、歌菜に必要な茶を。彼女が輝いていられるように。
それから2人は、同じテーブルの百合園生達や一般の人々とも、お菓子を食べながらのんびりと会話を楽しんでいく。
「ええ、そうですわ。わたくしは、バレンタインデーは大荒野で……!?」
席につき、同級生と喋っていたイングリット・ネルソン(いんぐりっと・ねるそん)は、突如背後に気配を感じて、椅子から飛び下りた。
「あ、気づかれちゃんったーっ、あ〜っ」
背後からイングリットに飛びつこうとしていたのは、天苗 結奈(あまなえ・ゆいな)だった。
「っと」
テーブルに突っ込みそうになる結奈を、慌ててイングリットが抱き留める。
「ありがと、えへへへっ」
「すみません、つい反射的に……。お怪我はありませんか?」
心配そうに言うイングリットに、結奈はぎゅっと抱き着いた。
「大丈夫だよ、いんぐりっとちゃん。前からなら躱さないでくれる?」
「ええ、突然じゃなければ嬉しいですわ」
幸せそうに抱き着いている結奈のことを、イングリットは労わるように撫でた。
「お菓子いっぱい、おいしそう〜」
それから、結奈はイングリットの隣に座って、テーブルの上のお菓子の中から、マカロンとチョコレートを引き寄せた。
「ふふ、飲み物は何にします?」
「いんぐりっとちゃんは何飲んでるの?」
「わたくしは、ローズヒップス茶ですわ、お肌のために」
「不思議な名前のお茶だね? 私はミルクとお砂糖入ってるのがいいな」
「こちらのハーブティーにはミルクとお砂糖は合わないかもしれません。次は一緒にミルクティーをいただきましょうか」
イングリットは手を上げて、給仕を担当している百合園生に、ロイヤルミルクティーと砂糖を頼んだ。
「チョコレート美味しい〜。本命用のチョコレートはもっと美味しいのかなあ……。いんぐりっとちゃんは誰かにあげるの?」
「そうですわね……。特定の人にとは考えていませんが、バレンタインに勝負してくださった方には差し上げようとおもいますわ」
「勝負? いんぐりっとちゃん、バレンタインもバリツるんだね」
「ええ。自分の無力さを痛感する事件がありましたので……。ただ、力だけではなく、より心も鍛えていくつもりですわ」
「そっか〜。私は勝負はしないけど、勝負のお話しや勝負用チョコレートのお話し聞かせてくれる?」
「ええ、是非聞いてほしいですわ!」
イングリットは目を輝かせながら、好敵手と行う勝負の話や、チャンピオンベルト型のチョコレートの構想を結奈に話していく。
「まさに勝負チョコだね〜。味はビターかな?」
結奈はビターチョコレートを選んで、イングリットの口へと持っていく。
「いんぐりっとちゃん、あーん」
「あーん」
ふふっと笑いながらイングリットが口を開けた。
「……美味しい?」
「ええ、美味しいですわ。勝負チョコにはビターを使うことにしますわ。友チョコはこちらでしょうか」
イングリットはミルクチョコレートを選ぶと、結奈の口の方へと持っていく。
「あ〜ん」
結奈はイングリットが入れてくれたチョコを食べて大きく頷いた。
「うん、こっちの方が私は好き〜」
「では、勝負用以外は甘いチョコレートや素材を使いますわ」
「うんうん」
結奈は届いたロイヤルミルクティーに砂糖を沢山入れて、甘いお菓子を沢山食べて幸せいっぱいだった。
「結奈さん、こちらも食べてみますか?」
イングリットがザッハトルテを一切れ、結奈の口へと運んだ。
「食べるー」
ちょっと苦いケーキも、とっても甘く感じられた。
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