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思い出のサマー

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思い出のサマー
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●決戦に備える

「これがラグナロク。部隊【鋼鉄の獅子】の旗艦で、イコン部隊の母艦となります」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は直立不動の姿勢で、金 鋭峰(じん・るいふぉん)団長を迎えた。
 迫る戦いの日に供え、本日は閲艦式として、鋭峰にラグナロクを案内するのだ。
 横たわる黒き戦艦は、まるで剥き身の剣のような攻撃的なフォルムである。弱兵ならば触っただけで、首が飛んでしまいそうなほど禍々しい姿をしていた。
 待ち構える戦いは、パラミタ史上最終最大の決戦になると言われている。
 鋭峰は創造主の元に至る戦いを担当し、ルカたちは「世界産み」の儀式を完遂させるべくイーダフェルトを守りラグナロクを駆って巨大人型に立ち塞がる計画であった。必ずしも計画通りにいくとは限らないものの、おそらくは決戦の場において、鋭峰とルカルカが行動を共にすることはないだろう。
 それでも、いや、それだからこそ、ルカは己の生死を委ねる巨大戦艦を団長に見てもらいたいと内心願っていた。期せずして、鋭峰みずから「見たい」と言ってくれたのは願ってもない幸運だったと今でも思っている。
 その反面、当日が迫るにつれてすさまじいまでの緊張があったのも事実であった。単に客人を招待するというだけのことではない。相手は尊敬する団長であり、しかも戦いの趨勢を決定づけかねない重戦艦を見てもらうのだ。下手をすれば作戦の見直しにすら及びかねない。
 なのでルカはこの日、胃の腑を鉄の腕に握られたような感覚を覚えながら、鋭峰をこの戦艦ドックに招き入れたのだった。ルカだけではない。彼女の背後には、『獅子の牙』『獅子の盾』隊兵員がずらりと揃っている。
 鋭峰は、無言だ。
 口を真一文字に閉ざし、挑むような目で巨大戦艦を見上げていた。
「それでは艦周囲を巡ってみましょう」
 絞り出すようにして声を出すと、ルカルカは四人乗り飛空艇ホークに団長を案内した。
 ホークが上昇するのに合わせて、ドックの周囲が大きく開く。
 浮き上がる飛空艇を追うようにして、ゆっくりとラグナロクも浮遊を開始した。
 山が動くような光景だ。重量感、存在感、そのいずれも常識を遙かに卓越した黒い船が空を飛んだのだ。
 空気が震える。
 地鳴りが、伝わってくる。
「あの戦艦は現在、ダリルが操作しています」
 飛空艇のコクピットからルカルカが呼びかける。
ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)か……あれだけの艦を、よくこれほど繊細な飛ばし方ができるものだ」
 鋭峰の言葉に、ルカは自分が褒められたように嬉しくなって、
「はい。ダリルはラグナロクに惚れ込み、自身を艦に接続してこのところ毎日のように『会話』し、今ではほとんど自分の手足のように動かせるようになっています」
「なるほど、機械神だな」
「その御言葉、ダリルが聞けば感激するでしょう」
 ホークを巧みに操って、ルカルカは艦の装備を説明していった。
 現在、ラグナロクは第二第三甲板も展開した形で空中に浮遊し静止中である。
「高速飛行する際は左右の第二甲板は折り畳み、下部の第三甲板は閉じることになります。それをお見せしますね」
 ダリルにもこの声は伝わっているのだろう。ルカが告げると同時に、折り紙が開くようにしてラグナロクの甲板が稼働した。その動作は滑るようにスムーズで、ぎこちないところがまるでない。ルカの言う『ほとんど自分の手足のように動かせる』というダリル評は、決して大袈裟ではないのだ。
「飛行速度は並みのイコンより速く、ゆえに『高速戦闘空母』と名乗っています」
 ホークは旋回し、ラグナロクの砲塔に近づいた。
「攻撃兵装の説明をさせて下さい。副砲が機砲、主砲が粒子砲となります。なお粒子砲は限界まで威力強化したので、かなりの能力を期待できるでしょう」
 すると各砲塔が一斉に起動し、角度を変えながら動きはじめた。ダリルによるパフォーマンスというわけだ。
「続いて特殊防御兵装の説明に移りましょう。本艦の大出力アクティブバリアーは、遠距離攻撃を約40%までダメージ減衰可能な強力なものです。集約させ部分的に強化することも可能で、多彩な局面に対応できます」
 このとき、飛空艇ホークは後退しラグナロクから離れていた。ルカの説明から間もなくして、まばゆい光を発しバリアが展開する。さらに、光膜は艦首に集中し輝きを増した。
「さて、最後は最大火力の説明です」
 話しているうちに緊張が解けてきたものらしく、ルカルカは饒舌になっていく。
「ラグナロク砲をご覧下さい」
 ホークがゆっくりと下降し、巨大な砲口の中に着地した。
「こちらがラグナロク砲、砲塔の『中』です。おっと、現在、ラグナロク砲のエネルギーは充填前ですのでご安心を」
 大破壊兵器の内側は、不気味なほど静まり返っていた。
「エネルギーは艦内で加速します……というか、この艦自体が巨大な加速器で大砲なのです。まあ、このために生活スペースが少ないと不満を言っている乗員もいるのですがね……カルキとか」
 オホン、と空咳してルカはホークを壁面まで動かし、エンジンを落とした。
「ダリルが艦と接続しほぼ独力で操縦できるため、これほどの大規模艦ながらクルーが少ないのがラグナロクの特徴です。……それでは、内部にご案内しましょう」 
 ルカはさっと外に出て、壁面ハッチを開けると鋭峰を迎えた。 
 間もなくして動力室にたどり着く。
 ここにはカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)が待っていた。
「団長、こんなむさ苦しいところへようこそ! 心臓部だから無人にはできないので、迎えに上がれず失礼つかまつった!」
 重厚な、その一方でアールデコ調風の独自の形状を持つジェネレーターを示しながらカルキノスは語る。
「こいつは高速移動を可能にしたブーストジェネレーターだが、無茶苦茶エネルギー喰うので大変なんですわ」
 がははと笑ってカルキは、それでもなんだか頼もしげにジェネレーターに手を触れた。
 ルカの案内で、鋭峰は順に索敵室、食堂、解析室、作戦室を閲見した。
「艦も各種兵装も全てダリルの設計開発です」
 と各機銃の銃座を軽く見せたのち、ルカは窓から眼下に顔を向けた。
「さて、それではここから、我ら獅子隊の演習をご覧下さい」
 ルカが手を振ると、夏侯 淵(かこう・えん)はうなずいた。
 普通の人間であれば、空に浮く戦艦を眺め、その窓の一つにルカと団長の姿を見出すのは難しい。だが弓の名手夏侯淵ならば話は別だ。淵の超人的な視力は、すぐに彼らの姿を捕らえていた。
「よし合図だ! 獅子隊! 訓練の成果、団長に見せるは今ぞ!」
 淵の指揮に従って兵たちは、一糸乱れずデモンストレーションを開始した。魚鱗、鶴翼といった古典的な陣形を組んだかと思えば、さっと散開しまた集まり、地上絵すら作ってみせる。空から見ているからこそ、その見事さはよく判る。
「これは淵の言ですが、もともと獅子隊は陸軍の性格を強く持っていたので、空に慣れるまでが大変だったとのことです」
「よく訓練したものだ」
 これには鋭峰も満足げにうなずいた。
「やめ!」
 一通りの指揮を終えると、淵は鋭くこの一声で行動を終わらせた。
 ――ここまで鍛えるには、苦労したな。
 淵はふっと微苦笑した。
 ――ま、俺も再生した当初は色々不慣れで相当苦労したゆえ人のことは言えぬが……。
 初めて飛空艇に乗ったとき淵は、空を飛んだことに驚愕し腰を抜かしそうになったものだ。
 筆記用具に筆と硯を要求したり、自動改札が通れなかったり……淵の苦労話は枚挙に暇がない。とはいえ彼も今では、征西将軍夏侯妙才たる頃の煌めきを取り戻していた。
「ほう……」
 やがて艦橋に到達すると、溜息をもらすように鋭峰はそう呟いたのである。
 ラグナロクが武器そのものといった、攻撃的な外装であることはすでに述べた。これに比してこの場所は、飾り気こそ少ないものの牝鹿のような、気品としなやかさを感じさせるものであった。
 胸がすくほどの見晴らしだ。
 磨き上げられた計器類、操作盤、いずれも頼もしいほどの光沢を放っている。
 しかしここは無人であった。鋭峰は怪訝な顔をする。
「ダリル・ガイザックの姿が見えないが」
 すると鋭峰の言葉に応じるようにして、彼の前にダリルが忽然と姿をあらわした。
 肉体があるわけではない、青白い光の粒子の集合体のような電子体だ。
「ダリル・ガイザック、参上仕りました」
 ダリルは拱手の姿勢で述べる。
「手動では独力での操艦は不可能、ケーブルで繋がるなら可能だが、我が身がラグナロクそのものになればより効率的という考えで、艦に同化しております。同化することで、我が五感はレーダーやカメラとなり、体は艦となるのです」
 さすがは鋭峰である。ダリルのこのような姿を見てもいささかも驚かず、
「なるほど、内容は理解した。楽にせよ」
 と片手を上げた。
「はっ」
 ぱっとダリルを構成していた光分子は四散し、たちまち消えてしまった。
「失礼をお詫びします。同化を続けることが最も『楽』な状態なのです」
 どこかから声がする。ダリルが艦そのものとなり、語っているのだ。鋭峰はうなずくと、ルカの導きに応じて艦長室へと向かった。
 戦艦の一部屋だけあって無骨だが、どこか瀟灑な雰囲気もある船長室だった。
 ここで鋭峰は、ルカが淹れた茶を喫した。茶菓子は薄焼きの米菓、甘くないものを選んだのはルカが鋭峰の好みを知っているからである。
「以上で一通り見ていただきました。いかがでしたか?」
 いくらか緊張した面持ちで、ルカはそう問わずにはいられなかった。
 静かに茶を含み、やがて鋭峰は口を開く。
「貴官らしい艦だな」
「と、いいますと……?」
 鋭峰は貫くような視線で、しかしながらうっすらとした笑みと、誇らしげな口調をもって言ったのである。
「気に入った、ということだ」
「恐れ入ります!」
 なんだか満点の成績表を受け取ったような、そんな気持ちでルカルカの魂は震えた。
「決戦の日、我らの進む道は別れる。いずれも重い使命を果たさねばならぬ。だが貴官とクルー、この船があればイーダフェルト方面は頼もしいな」
「お任せください。そのための【鋼鉄の獅子】です」
「目指すは『世界産み』の成功……私も、貴官に負けぬよう全力を尽くそう」
 鋭峰は片手をさしのべた。
 これは西洋人の行う風習、鋭峰にはあまり似つかわしくない。
 されどルカは直感的に悟った、鋭峰が自分たちへの期待と、今日の日の感謝を示すためにあえて、手を差しだしたのだと。
 立ったままではない。片膝をついて、ルカは鋭峰の右手をつかんだ。
「この身、砕けようと使命を果たします!」