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一会→十会 —雌雄分かつ時—

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【魔法世界の城 南の塔・2】


 飛び回る氷の粒の回避に専念するさゆみ、だがこのままではジリ貧だ。
(アレを使えば――いえ、ここでアレを使ってしまったら――)
 そんなさゆみの逡巡を突くように、一際大きな塊が二つ同時に迫る。直撃は免れない――そう思ったさゆみの頭上を炎の奔流が通り抜け、氷は弾けるように消し飛んだ。
(! 今のは……)
 さゆみが炎が飛んできた方角へ目を向ければ、炎を放った当人であるアッシュと、彼の横で歪んだワンドを握り締め、荒く息を吐くフィッツ・ビンゲン(ふぃっつ・びんげん)の姿が見えた。

 ――数日より前の事。フィッツは、選択を迫られていた。
 エリシア、舞花、ノーンをと話していた際、彼は三人から予言を聞いたのだ。内容は彼女達が“魔法世界へ誘拐され、マデリエネと話す”というものだ。
「詳しくはわかりませんし、予言は予言。確かではありませんわ、でも…………」
 エリシアの言いたい事は、フィッツに伝わった。彼はマデリエネの妹インニェイェルド・ビョルケンヘイムと、仮面舞踏会の日につかの間心を交わし、彼女の最期を見取った。ヴァルデマールに無惨に首を落された時に落ちた彼女の仮面は、フィッツが形見として大事に持っていたのだ。
 今後フィッツがエリシア達と共に行動すれば、彼も魔法世界に誘拐され、マデリエネに会う事が出来るかも知れない。
「けど…………」
 彼の懐には仮面と一緒に歪んだワンドがある。このワンドは普段フィッツが使っているもので、葦原で平太に加工され、アッシュに二つ名を付与してもらった【炎を送る】武器だ。
 魔法世界に誘拐されて無事に帰れる保証は無い。アッシュが友人の助けを必要とした時に手を貸せる可能性も殆ど消える事になるだろう
(マデリエネと会う。アッシュを助ける。
 ……僕の力では、どちらか一つしか出来ない)
 そのことを歯がゆく思うフィッツだが選び取れる未来は一つだ。
 仮面はエリシア達へ託すことにしたのであった――。

(アッシュを助ける、この選択は間違いじゃない。今だって仲間を助けることが出来た。
 ……でも、正しい選択かどうかは分からない……そんな自分が嫌なのに!)
 【炎を送る者】の影響による疲労を、身体のふらつきをフィッツは自分に気合を入れることで無視する。ここで倒れてしまったら皆に、アッシュに迷惑がかかる。一旦アッシュを助けると決めたなら、最後までやり通すべきだ、そうフィッツは決め付けた。

(アッシュが、私を助けた!?)
 一方、助けられた側であるさゆみは暫くの間、事態を受け入れることが出来なかった。自分を散々詰り、憎悪をぶつけた存在を助けるべく力を使ったアッシュが、一体何を考えているのか分からなかった。
「さゆみ!」
「!!」
 そこへ、アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)の悲鳴でさゆみはさらに氷の塊が自分へ向かってくるのを認めた。今度は迷う素振りもなく魔法のマスケット銃を構えると、【氷刃の雨】を発動させる。魔弾へ無数の氷の刃が降り注ぎ、氷の塊を破裂させた。
(ここを抜けられなければ、切り札を温存する意味は無い!)
 覚悟を固めたさゆみは、目につく塊の中で大きなものを同様に破壊すると、急激な魔力消耗で遠のく意識を無理矢理留め、魔法を増幅させ続ける闇のアレクへ【氷刃の雨】を見舞う。
(ここで私が力尽きたとしても、せめてアッシュだけでもヴァルデマールの元へ――)
 そんなさゆみの意思は、しかし闇のアレクの魔法に儚く吹き飛ばされた。さゆみの力が消耗により威力の低下しているのに対し、闇のアレクの魔法は数倍に威力を増したものだ。さゆみの力は撃ち負ける要因となった。
「さゆみーーー!!」
 アデリーヌが駆け寄り、命の灯が少しずつ消えようとしているさゆみを抱き起こす。パートナーの絆を感じさせる光景に、しかし闇のアレクは無慈悲に杖を向け、ヴァルデマールに与えられた闇の魔法でさゆみへトドメを刺そうとする。
「お前ごときに、さゆみをやらせはしない!!」
 突き出された剣から光の奔流が、闇のアレクを襲う。光輝属性であること、不意を突いた一撃は闇の魔法をキャンセルさせた。それだけならアデリーヌとさゆみの命が寸刻延びたに過ぎない。
「このままじゃ駄目だ!」
 アッシュが叫ぶ声に、豊美ちゃんは思う。
(……この魔法に、託してみましょう)
 そう決め、豊美ちゃんは闇のアレクに呼びかけた。
「アレクさん……と、今は呼びますね。
 私と、本気の撃ち合いをしませんか」
 豊美ちゃんには珍しい、相手を挑発する言葉。その意味する所が分からず、アッシュや他の契約者はただ事の成り行きを見守る。
「ここで私を倒せば、あなたの目的はほぼ達成されます。後はアッシュさんを倒せば済みますから」
 アッシュが口を挟もうとして、フィッツに遮られる。心配するネージュも豊美ちゃんがいつになく本気なのを感じ取って、行方を見届けるべくしっかりと前を見る。
「…………」
 果たして、闇のアレクは豊美ちゃんの挑発に乗る形で、杖を前方へかざすと、攻撃力を増大させた氷術を豊美ちゃんへ向ける。絶対零度の冷気、触れたものを瞬時に凍りつかせる波動が目の前に迫っても、豊美ちゃんに防ぐという動きは無い。

「全力、全開の、陽之光一貫!」

 それどころか、気合の入った声と同時、豊美ちゃんは『ヒノ』を真っ直ぐ前方に突き出した格好のまま、強力な氷術が纏う冷気に突っ込んでいった。魔法で加速された身体を氷術が完全に凍りつかせる前に、『ヒノ』は闇のアレクの懐を捉えた。
 近接戦闘術を得意とするアレク本人なら、敵を間合いに飛び込ませ自由にさせるような真似はしなかっただろう。それに撃ち合いなどという挑発にも乗らなかった筈だ。

「……アレクさんならきっと、簡単に弾いたでしょうね。
 …………おやすみなさい」

 青白い顔で笑った豊美ちゃんは、その状態で全力の『陽之光一貫』を撃ち込んだ。生じた閃光が契約者の視界を奪い、やがて晴れた先。

「…………」

 ヴァルデマールが作り出した闇のアレクの姿は消え、魔法の衝撃等々でボロボロになった豊美ちゃんがゆっくりと地面に倒れていった――。