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リアクション
花火が始まる直前に、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は教導団のスペースで待つセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)のもとに到着した。
「ごめーん、遅くなっちゃった」
「何してたの、もう花火始まるわよ」
花火観賞に訪れたとはいえ、花火が始まる前の余興だって2人で楽しめたはずなのに。
セレンフィリティはヴァイシャリーにつくなり、セレアナに場所取りを任せてどこかに行ってしまっていたのだ。
セレンフィリティの突拍子もない行動には慣れているセレアナだが、今回はさすがに……寂しくて、不安な気持ちに陥ってしまった。
「あれもこれも美味しそうだったがら、全部貰ってきたわ〜」
何をしていたかについては答えず、セレンフィリティは屋台で購入したものや、配られていた数々の食べ物と飲み物を、自分達のスペースに広げた。
「買い出しでこれだけ時間がかかったわけじゃないでしょ。ヴァイシャリーに到着してから何時間経ってると思うの」
1人でぽつんと長い時間待ったセレアナは少しだけ責めるような口調でセレンフィリティに聞いてしまった。
「ごめんね。招待状どこかにいっちゃってさー」
「招待状なくても、入れるでしょう?」
「どこで観るのかわかんなくなっちゃったのよ。喉乾いたー」
適当ともいえる言い訳に、セレアナはそっとため息を漏らした。
多分何か理由があるのだろうけれど……その間放置されていたことに、やっぱり少し不満を持ってしまっていた。
パンパン、パン、パーン
花火が始まり、2人はセレンフィリティが持ってきた食べ物や飲み物を飲みながら、言葉少なく空を眺めていた――。
やがて、花火は後半へと向かい、仕掛け花火が空に文字や模様を描き始めた。
「……始まるわよ、あっちの空を見て」
突如、セレンフィリティがすっと手を伸ばした。
その先に、セレアナが目を向けた、途端。
パパパパパパパパ……
音が響いて、仕掛け花火が空へと広がった。
それは――一筋の線だった。
その両端がくるくると巻かれるように光って。
次の瞬間、線の色が真紅へと変わっていく。
「あ……っ」
セレアナが小さな声をあげて、セレンフィリティを見た。
「空いっぱい、描きたくなっちゃったんだ。ごめんね」
セレンフィリティはセレアナに微笑み、セレアナもふっと笑みを浮かべて、真っ赤な花火を――。
2人を結ぶ『誓いの糸』の再現である、光の糸を眺めつづける。
セレンフィリティは、セレアナに場所取りを頼み、仕掛け花火を手伝っていたのだ。
経験があるため、数時間ではあったが結構役に立てて、好きな模様の花火を作ってもらうこともできた。
セレアナへの気持ちを表す花火にしたいと思いながらも、ストレートなものはありきたりで、マンネリぎみでもあるなーと思って。
そんな時、思い浮かんだのが、この『誓いの糸』だった。
緊張で少し震えながら、セレアナがセレンフィリティの指に巻いてくれた糸。
2人の想いに反応し、真っ赤に染まったあの糸を――再現したいと思った。
「ありがとう、セレン」
セレンフィリティの方から結んでもらったような気がして。
感動で、セレアナは目に涙をためていた。
「綺麗な、鮮やかな赤い色だね、セレアナ」
互いに型を寄せて、互いに寄り掛かって。
指を絡めて、手を繋いだ。
百合園のスペースには女の子同士のカップルの姿が沢山あった。
座布団に座って、制服姿で寄り添うように花火を観ているのは、泉 小夜子(いずみ・さよこ)と泉 美緒(いずみ・みお)。2人は短大生の夫婦だ。
「お菓子、いかがかしら?」
2人に、教師の祥子が近づいて屈んで、お菓子や飲み物を入れた箱を差し出した。
「ありがとうございます。あ……でもすみません。手伝わなくて。お菓子配りくらいでしたら、わたくしも」
「いいのよ、学校行事というわけじゃないし、一般生徒の皆にも楽しんでもらうことが校長の目的なのだから。お菓子はセットにしたもの置いていくわね。飲み物は何にする?」
立ち上がろうとした美緒を座らせて、祥子は美緒と小夜子にお菓子を渡して、飲み物を勧める。
「ありがとうございます。私は、ストレートのアイスティーをいただきます」
「わたくしもアイスティーで、砂糖入りの方でお願いしますわ」
「はい、どうぞ」
祥子は小夜子と美緒にドリンクを渡して、立ち上がる。
「それじゃ、楽しんでいってね」
「はい」
「ありがとうございます。祥子先生も、お菓子を配り終えたら、ご友人と楽しんでください」
「うん、私も合間に楽しませてもらうわ」
笑みを残して、祥子は他の客のところにお菓子を配りに向かっていった。
「美緒が入学してから4年も経つのね」
アイスティーを飲んで息をつき、小夜子が美緒に話しかけた。
「ええ、高校を卒業してもう1年以上経ちましたわ」
「色んな事がありましたわね……」
花火を観ながら、2人は出会った頃の事、共に過ごした日々を思い出していく。
「美緒にあげたピローソード……。
確か……訓練に使っているんでしたっけ」
「はい」
「最初は護身用に、と思っていたけど、美緒の役に立てて良かったわ。
でも今は私が美緒を守るしね」
そう言って、小夜子は美緒の頭を撫でた。
「ありがとうございます、小夜子。今でも、1人で眠るときは枕元に置いてあるんです。小夜子と一緒ではない時も、わたくしは小夜子に護られているのですわ」
美緒の言葉に少し間をおいて。
「……ええ」
小夜子は美緒に頬を寄せて、彼女の長い髪を、毛先まで撫でた。
(私は百合園のために腕を振るってきたけれど、あの事件では美緒にとても心配をかけてしまった。
美緒のことも巻き込んでしまいそうになった)
もし彼女があの事件――ダークレッドホールの中に、小夜子が飛び込んだ後、美緒が追ってきていたら。小夜子の偽物に接近していたのなら。
ここに彼女はいなかったかもしれない。
そう思うと、恐怖感に襲われてしまう。
(これからは、自分の身を危険にさらす事は、出来るだけ避けるべきね。でも)
“美緒が危険にさらされるのなら、守る”
それが自分の道なのだろうと、小夜子は思う。
(今まで腕を振るって百合園に貢献してきたけど、もうそれは終わりなのかもしれない。それ以外の貢献の仕方を探そうかしらね……)
美緒の肩を抱き、その存在の大切さを感じながら、小夜子はこれからのことを考えていく。
大切な人を守るために、自分のことも守るということ。
百合園を守るために自分がすべきことは、盾になる事でも、特攻することでもなくて――。
「小夜子、どうかしましたか? ……花火、観ていませんよね」
美緒が心配そうな目を向けてきた。
「……ふふっ、なんでもありませんわ。
今晩のことや、これからのことを考えていただけです」
小夜子は美緒の肩から手を離して、彼女に甘えるように体を預けていく。
「小夜子、この世界がどうなりましても、何がありましても、わたくしたちは、一緒ですわよね」
今度は小夜子の肩に、美緒が腕を回した。
「ええ。美緒、これからもずっと、傍にいるわ」
ドーン、パン、パパン、パーン
空に咲いた花を、頬を寄せ合って2人は見上げた。
2人で過ごした日々と、2人で歩くこれからを思い浮かべながら。
出店で飲み物を確保して、大谷地 康之(おおやち・やすゆき)はアレナ・ミセファヌス(あれな・みせふぁぬす)と待ち合わせてる所属関係なしのスペースへと向かった。
「康之さん、こんばんは」
アレナは沢山のお菓子を手に、康之を待っていた。
「こんばんは、アレナ!」
2人は椅子に座って、お菓子を食べながら花火を観賞することにした。
パパン、パーン
「おっ、すげぇな!」
「はい、凄い迫力です」
「噂に聞いたけど、ラズィーヤさんがあんな事になっちゃったから今年はやらないかもって話もあったんだって?」
合間に康之がアレナに尋ねると、アレナの表情が少し曇った。
「はい……でも、百合園の皆も、ヴァイシャリーの人達も、ヴァイシャリー家の人もみんな、頑張ってくれました」
「うん、開催されて本当によかった。この行事はヴァイシャリーや百合園の皆が楽しみにしてたもんなんだろ?
それができなくなるなんて寂しい事あっちゃいけねえ……っと」
ドーン、パン、パン、パパーン
大きな音と共に、盛大な花火があがった。
その美しさに、2人はしばらく見入っていた。
「今年は自分で打ち上げたとはいえ一回見たけど、やっぱりいつ見ても夜空に咲く花火ってのはいいもんだよなぁ。どーんと夜空が花畑になるみたいでな!」
「はい、ヴァイシャリーの花火は、本当にすごいです。今年はちゃんと観れて、よかった……」
アレナはしみじみとそう言った。
2020年の大規模な観賞会の時、アレナも康之もこの場にはいなかった。
2人は暗い地下で一緒に眠っていたのだ。
康之のパートナーの匿名 某(とくな・なにがし)や、友人達が迎えに来てくれるまで……。
それは、アレナにとって、辛い思い出だけれど。
「……」
「ん? どうかしたか?」
「えっと……」
横を向けば康之の笑みがあることに、変わりはなくて。
「ジュース、冷たくて美味しいです!」
康之が貰ってきてくれたジュースを飲んで、アレナは安堵の笑みを浮かべた。
「よかった、アレナの好みを選べたようで……そうそう、ジュースと花火で思い出したけど、去年花火を見た時はすごかったなぁ」
「去年……?」
「ほら、サルヴィン川の川原で」
「あ、はい。後の方のこと、あまり覚えてないんですけれど……」
去年の初夏に若葉分校の近くで行われたパーティのことだ。
「うん、百合園の皆がお酒飲んでたからえらい酔っ払っててなぁ〜。アレナも酔っ払っちゃって、校長に何で宦官にならないんですか〜とか色々言ったり」
「え、ええ? そういえば、聞いた気も……それで、どんなお返事でした?」
「それは覚えてない!」
アレナは今でも普通に疑問に思っているようだった。
「それから、いろんな人に抱きついたりしてたんだ。覚えてるかな?」
「なんとなく……。は、恥ずかしいです……」
アレナはちょっと赤くなって、目を泳がせた。
「いやぁ、あれでアレナの新しい一面を見た気がしたんだ……よし、これを飲み終わったら次はお酒にしようかな!」
「えっ!? お酒は嫌いじゃないですけれど、人が沢山いるところだと……」
「なんて、冗談冗談!」
焦るアレナに、康之は微笑みかける。
「けどあの時のぽわぽわしたアレナが可愛かったのは、確かだ!」
「は、はい……」
パン、パパン、パパーン
空に咲いた花を見つめて……消えると同時に、康之は視線をアレナへと戻す。
「あれから一年。まさかアレナと婚約者の間柄で花火を見ることになるとは想像もできなかったなぁ……人生ってのはわからんもんだ」
「私は何も変わってないのですが、世界も私の周りもどんどん変わっていっています」
「……これから先、来年も、再来年も、子供が出来ても、孫やひ孫ができても、こうしてアレナと一緒に花火を見られるような人生を送ろうな?」
康之の言葉に、アレナは少し驚いたような顔をした。
パパン、パン、パパーン
彼女は何かを呟いたが、花火の音でかき消されて、康之の耳には届かなかった。
「……ずっと、こうして康之さんと一緒に花火を見らたらいいなって、思います」
アレナは切なげな笑みを浮かべて、俯きながら康之の服を握った。
「アレナ」
康之は腕を回して、アレナを抱き寄せる。
(寿命の違いのことを、考えてるんだろうか)
そっと、彼女の頭を撫でた。やさしく、やさしく……。
「ずっとずっと……康之さんと、こうして見れたらいいなって思います」
恥ずかしげに赤く染まった顔を、アレナは康之に向けた。
「……ああ」
康之も少し照れながら、光の華の様に消えたりはしない存在。
自分の隣に咲く、小さく綺麗な華の姿を目に焼き付けた。
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