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【四州島記 外伝 ニ】 ~四州島の未来~

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【四州島記 外伝 ニ】 ~四州島の未来~
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【西暦2024年 8月1日 夜】  〜三次会〜


「すみません、遅くなって〜」
「みんな、久し振り♪」
「こんばんは〜」
「陽太さん!それに皆さんも!さあ、こちらへ!」

 美羽達8人の二次会が始まって、小一時間も経った頃、御神楽 陽太(みかぐら・ようた)が家族やパートナー達を連れて現れた。
 やって来たのは、陽太と、その妻御神楽 環菜(みかぐら・かんな)に、まだ1歳にもならぬ長女陽菜(ひな)。それに
陽太夫妻の子孫である所の御神楽 舞花(みかぐら・まいか)に、エリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)である。

「もう、遅いよ陽太〜」

 早くもイイカンジに酔いが回っている美羽が、苦情を言う。

「すみません。融資の件で南臣君と話が長引いちゃって――」

 陽太の言う『融資の件』というのは、陽太の経営するカゲノ鉄道株式会社の進めている四州縦断鉄道建設計画に対し、四州開発銀行が融資を行うという話である。
 陽太自身はシャンバラでの事業と子育てで忙しい事もあり、四州縦断鉄道は、舞花が責任者となって進めていた。融資の件についても実質的な交渉を行ったのは舞花であり、陽太はその詰めの交渉を行っていたのだ。


「あと、ちょうど出掛けに陽菜が目を覚ましたものだから、オムツを変えたり、おっぱいを上げたり――」

「環菜さ〜ん、赤ちゃん見せて下さ〜い♪わ〜、ちっちゃくってカワイイ〜♪」
「ちょっとなずな、私にも見せてよ――あ!笑ってる笑ってる、カワイイね〜」
「ホントだ〜。うわ〜、手ニギニギしてる〜♪どれどれ……、うわ!アタシの手握った!?」

 女性陣は、環菜の手に抱かれた陽菜に、すっかり夢中だ。

「まぁ、まるまる太って。それに血色も良さそうで……。環菜さん、子育てお上手ですね」
「ありがとう――でも円華さん、子供もいないのによく分かるわね?」
「ハイ。昔、いとこのお守りをした事があって。その時に、教えてもらいました」

 陽菜は、周りを知らない人に囲まれているにもかかわらず、機嫌よく笑っている。
 この辺りの人懐っこさは、陽太似であろうか。

「はい、皆さん、グラスをどうぞ――舞花さんと環菜さんは、アルコールはダメですよね……」

 再び乾杯の音が響き、より賑やかな談笑が始まった。


「それで、まとまりましたか?」

 御上が、やれやれというカンジで一息ついた陽太に、声を掛ける。

「はい、なんとか――。明日、正式に調印式を行います」
「もう、陽太様ったら、結局光一郎に押し切られちゃうんだから!私があんなにガンバったのに!!」

 舞花が、ぷうと頬を膨らませる。
 今回の融資交渉において、舞花は融資の利率と返還期限について、あくまで光一郎側の譲歩を求めていたのだが、陽太は結局、開発銀行総裁の南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)の提示する案を、丸呑みしてしまった。その事を、舞花は怒っているのだ。

「まあ、光一郎君は手強いからね〜」

 苦笑しながら、陽太のフォローに回る御上。

「いいかい、舞花。確かに利率が高い事はウチの会社にとっては不利益だが、銀行にとって、ひいては四州島にとっては、利率が高い方が有難い。だから、今回の事はコレでいいんだよ」
「でもそれじゃ、工事の経費がかさんで、その分運賃を上げなきゃならなくなるじゃないですか」
「運賃に転嫁せずに済むように、経費削減に努力するのが、あなたの仕事よ、舞花。鉄道建設は、公共事業なんですからね」
「はぁい……」

 環菜にピシャリと言われ、シュンとする舞花。

「大丈夫。舞花なら出来るよ」

 すかさず、舞花を励ます陽太。
 その様子を見ながら、御上がにまにまと笑っている。

「何を一人で笑っているの、御上さん?」

 一人で笑っている御上に、ノーンが怪訝そうに訊ねる。

「いえね、陽太君と環菜さんは、陽菜ちゃんもきっとこうやって育てるんだろうな〜って」
「環菜さんが怒る役で、陽太さんがフォローする役ですね」
「そうそう」

 エリシアの言葉に、御上が頷く。

「子供を叱る時は、役割分担が重要だからね」
「私は、陽太様と環菜様の子供じゃありません!」 
「似たようなものですわ」
「そーだよねー!」

 舞花の言葉は、あっさりエリシアとノーンに否定される。


「でも、あれからもう5年も経つんですね……」
「5年?」

 陽太のふとした呟きを、環菜が聞き返す。

「御上先生が行方不明になって、環菜の依頼で、僕や椿君が先生を探しに行ってからですよ」
「あ〜、あれね!」

 椿が大声を出す。
 椿は、陽太と共に御上を探しに行ったメンバーの一人だ。あの事件に関わった人物の中で、今でも御上と親交があるのは、この二人と環菜を除けば、あとはエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)しかいない。


(そう考えてみると、5年という歳月も、短いようで長いんだな……。キルティスも、いなくなってしまった……)

 御上はしみじみと思う。

「あの時の椿さんの顔、よく覚えてますよ。すっかり御上先生に見惚れちゃって。帰りなんか、誰がメガネの無い御上先生のお世話をするかで大騒ぎで」
「まぁ、そうだったんですか?」

 円華が、興味深そうに言った。この時の話は、円華は知らないのだ。

「だ、だって!あの時の真之介さん、メガネ掛けてなかったし、だからスッゴイ綺麗な顔してて、しかも、イキナリ樹の中から出てきて、まるで妖精とか精霊みたいだったし、それで――」

 顔を紅くして、わたわたと弁明する椿。しかし――

「それで、先生に一目惚れしたんですねぇ〜?」
「え?あ、あの、その……ウン」

 なずなに核心を突かれ、椿は頷く事しか出来ない。

「で、でも、先生を好きなったのは、別に顔がキレーだったからだけじゃなくて!あの、その――」
「も〜、椿ちゃんてば、カワイイ!!」

 照れるあまり、言わずもがなの事を口走る椿を、ギュッと抱きしめるなずな。

「円華さんと初めて会ったのは、あの後でしたよね。円華さんが金鷲党(きんじゅとう)にさらわれて、二子島(ふたごじま)に助けに行って……」
「結局、景継とは3年も戦い続ける事になったんですわね」

 陽太とエリシアが、感慨深げに言う。

「そうそう、大変だったんだよ、二子島〜!」

 あの時の事を思い出したのか、ノーンが、げんなりした顔をする。

「皆さんには、あれからお世話になりっぱなしで……。本当に、有難うございます」

 円華が改めて皆に向き直り、深々と頭を下げる。 

「あの……。もし良かったら、その辺りのお話、もっと詳しく教えて下さいませんか?」

 これまで皆の話を黙って聞いていた、雪秀が口を開いた。

「あれ?円華さんから聞いてないの、雪秀さん?」

 初めのウチこそ雪秀に敬語を使っていた美羽だったが、今ではすっかりタメ口になっている。

「あ、いえ。だいたいの話は聞いているんですが、詳しい事は聞いていないんです」
「すみません。何せ長い話になりますし、私一人の話では伝えきれない事もあって……」
「いいよ〜。それじゃ、教えてあげるよ。ねぇ、コハク?」
「そうですね。これだけのメンバーが揃うのもめったに無い事ですし」
「僕達で分かる事で良ければ……」
「お話致しますわ」
「ウンウン!」

 こうして、一人ひとりが代わる代わる語り部になって、これまでの体験の一つ一つを雪秀に話して聞かせた。
 二子島で起こった、二度の戦い。
 娘のために敢えて汚名を着、死してなお娘を守り通した円華の実の父、由比 景信(ゆい・かげのぶ)
 一度目は環菜の、そして二度目は御上の命を救うために、厳冬の山を登ったミヤマヒメユキソウ探索行。
 そして広城 豊雄(こうじょう・とよたけ)暗殺未遂事件に端を発する、景継の災い――。

「円華さん、それに皆さん。本当に、大変な思いをされたんですね……」
 
 ひと通り話を聞き終えた雪秀は、大きなため息を一つ吐いた。

「ええ。大変な思いをして手に入れた平和ですから。僕も円華さんも、この平和が少しでも長く続くよう、出来る限りの事をしたいんです」
「それが、私と御上先生が、この島に移り住む事に決めた理由です」

 御上の言葉を受けて、円華が言った。

「そうですね……。僕も環菜も、世の中が少しでも平和になるよう祈ってますし、そのためには、なんでもやるつもりです――この子のためにも」
「そうね。陽菜には、今よりももっといい未来を、手渡さないとね」

 陽太と環菜はそう言って、すやすやと寝息を立てている陽菜の顔を見つめる。

『少しでも、世の中を良くしたい。一人でも多くの人を、幸せにしたい――』

 それが、今この場に集う者達の、いつまでも変わらぬ『想い』である。
 今までも、そして、これからも――。