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そんな、一日。~某月某日~

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そんな、一日。~某月某日~
そんな、一日。~某月某日~ そんな、一日。~某月某日~

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2025年11月7日


 一体どれくらいの間、これほどまでに落ち着かない気持ちでいただろうか。
 生きてきてこれまでに、今日ほど時間の流れがゆっくりだと感じた日はあっただろうか。
 こんな、取り留めのないことを考えていないと静かに座っていることもできないほど、柊 真司(ひいらぎ・しんじ)は緊張していた。
「真司、少しは落ち着きなさい。貴方が焦ったところで事態は好転しないのよ」
 そうフレリア・アルカトル(ふれりあ・あるかとる)から注意されても、不安は増す一方だ。ただただ必死に、ヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)の手を握りしめた。


 事の始まりは、今朝、急にヴェルリアが腹を抑えてうずくまったことだった。
「どうした? 大丈夫か?」
 と真司が声をかけても、ヴェルリアは返事をしない。眉間に皺を寄せ、苦しそうな顔でか細い呼吸を繰り返していた。
「ヴェルリア。おい」
「っ……陣痛、ですかね」
 蚊の鳴くような声で呟かれた言葉に、頭のなかが真っ白になった。陣痛? 産まれる? 子供が? 今日って予定日だっけ? 俺は何をすればいいんだ? ヴェルリアが辛そうだ。どうすればいい? 救急車?
 一瞬でパニックになった真司を「落ち着きなさい」と諌めたのはやはりフレリアで、彼女はおろおろとする真司の代わりに手際よくタクシーを手配し、乗り込ませ病院までの案内を頼んだ。
「私は保険証と当面の着替え類や日用品を持ってから行くわ」
「あ、ああ。頼んだ」
「しっかりなさい、貴方、父親になるのよ」
 軽く肩を叩かれた後、タクシーは発進した。
 そして病院へ着き、すぐさま分娩室に入れられ、今に至る。
 慌ただしい看護師の声。苦しそうなヴェルリアの呻き。無事に産まれてきてくれ、と願うことしかできない無力な自分。
「ヴェルリア」
 声をかけるが、情けないことにその声は震えていた。ヴェルリアは痛みが激しいのか、答えず、ぎゅっと手を握り返すばかりだった。
 そんな時間が、またしばらく続いた。
 いつまで続くのだろう。ヴェルリアは、子供は大丈夫なのだろうか。そう思い始めた時だった。
 真司の耳に、赤子の鳴き声が聞こえた。
 あ、と思っていると、看護師が取り上げた我が子をヴェルリアに見せている。
「元気なお子さんですね。女の子ですよ」
 元気、という言葉にほっとした。緊張が、ようやく溶けていく気がする。それを自覚した途端、どっと疲れを実感した。
「お父さんも、ほら」
 と看護師に呼びかけられてようやく、真司は子供の方へと一歩足を動かした。
「……可愛い」
 くしゃくしゃの顔で泣く我が子に、思わず言葉が口をついて出た。
「ええ。可愛いですね……」
 ヴェルリアも、汗を浮かべながら幸せそうに微笑む。その笑みは、今までに見たことのない笑顔だった。その笑みも、子供も、全てが愛おしく思えた。
 この気持ちをどう伝えればいいのだろうか。少し悩み、まずはこの一言だろう、と真司は口を開く。
「ヴェルリア、……ありがとう」
 真司の言葉を聞いて、ヴェルリアは嬉しそうに笑った。