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砂上楼閣 第一部(第1回/全4回)

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第三章 大臣来訪



「これは盛大な出迎えですねぇ」
 新幹線を降りたイスラエル外務大臣ハイサム・ウスマーン・ガーリブは、ホームにずらりと並んだ少年少女の姿を見るなり静かに微笑んだ。
 薔薇学生を中心に、警備のためにやってきたシャンバラ教導団員、外務大臣の接待に携わる他校の女生徒達。パラミタで自由に行動するには現地人との契約が必要であり、契約者の多くが少年少女だとは聞いていたが。まさかここまで成人年齢に達している者達が少ないとは思ってもいなかった。
 薔薇学の正装に身を包んだルドルフが外務大臣の元へと歩み寄る。
「お待ちしておりました。ハイサム外務大臣」
「手数をかけましたね、ルドルフくん。滞在中はよろしくお願いいたしますよ」
 ハイサムは親しげな笑みを浮かべると、両手を胸の高さにまで挙げ掌を見せた。人差し指と中指、薬指と小指をくっつけたこれは、相手の長寿と繁栄を願うユダヤ人伝統の挨拶だ。中東に位置するイスラエルだが、国境内に住むアラブ人の人口は全体の15%程度である。その国民の多くが1950年以降イスラエルに移り住んでいたユダヤ人で構成されている。ハイサム外務大臣はルドルフ同様ヨーロッパ系ユダヤ人の子孫であったから、日に焼けた浅黒い肌をしていても目鼻立ちは深く、欧州貴族を彷彿とさせる華やかさを身にまとっていた。
「そちらは中村雪之丞殿ですかな?」
 ハイサムはルドルフの後ろに控えた雪之丞に声をかけた。
「ようこそいらっしゃいました。校長ジェイダスに代わって歓迎いたします」
「お気遣いありがとうございます」
 一歩前に出て歓迎の意を示す雪之丞に向かって、ハイサム外務大臣は丁寧に一礼をして見せた。要人の立場にいる人物とは思えない腰の低さである。
 外務大臣というよりも学者と言った方が良さそうな風貌のハイサム外務大臣に、接待役を仰せつかった百合園生の一人、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)はホッと胸を撫で下ろしていた。
 資産家の家に生まれたメイベルは、議員や実業家等、それなりの立場にいる人物と接触する機会が多かった。しかし、さすがに大臣クラスの人物と会話を交わすのははじめてだ。接待を担当する生徒達を代表して歓迎の花束を抱えたメイベルは、緊張の面持ちで外務大臣に近づいていく。
「ようこそいらっしゃいました、ハイサム外務大臣。百合園女学院のメイベル・ポーターと申します」
 メイベルに続いて、彼女のパートナーであるセシリア・ライト(せしりあ・らいと)フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)も笑顔を添えて花束を差し出した。パラミタ人である二人も名家の出身である。こちらも堂々としたものだ。
 丁寧に礼を言うと、少女達から受け取った花束をハイサム外務大臣は興味深げに眺めた。
「ありがとうございます。初めて見る花ですが、これはパラミタ特産のものですか?」
「そうです。パラミタチューリップと呼ばれています。青や紫のチューリップなんて珍しいですよね?」
「ええ、この花を見ることができただけでも、パラミタに足を運んだ甲斐がありましたよ」



 ルドルフとともに空京入りした薔薇学生達は、外務大臣の荷物を飛空艇内に運び込むと同時に艇内の最終チェックを行っていた。
 貨物室に向かった藍澤 黎(あいざわ・れい)はリストを片手に次々と運び込まれてくる木箱をチェックしていた。このリストは黎のパートナーであるフィルラント・アッシュワース(ふぃるらんと・あっしゅ)が作成したものだ。
 しかし、どうやら黎はリストの称号と言った細かい作業が苦手のようだった。
「…我には分からぬ…」と、しきりに首を傾げている。
「あ…、これ、あった」
 その隣では、ヴァルフレード・イズルノシア(う゛ぁるふれーど・いずるのしあ)が小さな身体を利用して、狭いところにまで潜り込み黙々とリストと貨物の照合をしていた。
「れいちゃん、荷物のチェックは終わった?」
 貨物室にやってきたのは、エディラント・アッシュワース(えでぃらんと・あっしゅわーす)。彼はフィルラントとともに艇内を見回っていたのだが、黎が心配になってこちらに足を運んだようだ。
「あ〜あ、ほとんど終わってないやないか」
 フィルラントは黎が持っていたリストに視線を落とすと、大きなため息を付く。続いてヴァルフレードの方のリストを見れば、こちらはほとんど終わっていた。人には適材適所というものがあるが、黎に貨物のチェックを任したのは間違いだったようだ。
「こっちは艇内中を回って禁猟区を張り巡らしてきたってのに。後、ここで終わりやで」
 出発まで間がないが、自分たちも手伝えばそれまでに何とか終わるだろう。そう段取りを付けたフィルラントが、黎からリストを奪おうとしたそのときだった。
 先ほど張り巡らせてきた禁猟区に反応があったのだ。
「積み込み口と、動力室に侵入者や!」