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ンカポカ計画 第1話

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ンカポカ計画 第1話

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第9章 狂宴


 会場は混乱していた。
「どうして。どうしてなのじゃ〜」
 ンカポカと疑われたセシリアを囲み、「魔女裁判」が行われていた。
「ンカポカじゃないなら、ンカポカじゃない証拠を見せてもらおう!」
「そ、そんな〜。だって、わしはわしじゃ〜」
 こうなると、セシリアが疑いを晴らすのは容易ではない。
 その上、エースは変装を疑ってセシリアの顔を剥がそうと必死だ。
「やめえええい……なにをする〜」
 みんな酒と船酔いとで、まともな思考回路を失いつつあるようだ。
 誰もエースを止めようとしなかった。
 そして、セシリアを疑ったもう1人、ルカルカは人混みにまぎれていた。
 実は、本当にセシリアだと思っていたわけではなかったのだ。ンカポカ発見の報に対して、スタッフがどのように動くか、それを観察して見極めようとしていたのだ。
 そんなルカルカの肩を、ちょんちょん……
 振り向くと、閃崎 静麻(せんざき・しずま)が立っていた。
「セシリアがンカポカだあ? まったく、あんたどうかしてるぜ。それとも、奇行症か? まあ、どっちにしてもやり過ぎだ」
「ちょっ。ちょっと待って……きゃあああああああ」
 静麻はルカルカを担ぐと、甲板に出て、
「ちょっと頭冷やしてこいよっ。おりゃっ!!」
 どっっっっっっっっぼーーーーーーーーーーーーーーーーん!
 プールに落とした。
 ふう。と一息ついて顔を上げると、ぎょっっっっ! とした。
 りをとウィルネストのあべこべカップルが凄い形相で逃げてくるのだ。
「いやあん。助けてえ。くちびる奪われたあん! へんたいよー!」
「オ、オレの女に手を出しやがって。ちくしょううう……(涙)」
 2人を追ってふらふらとやってきたのは、キス魔と化したナガンだ。
 動揺して足がすくんでいた静麻も……
「おっ。や、やめええええ……んぐん」
 キスされた。
 いよいよナガンが会場に入っていく。

 会場には、越乃が戻っていた。
 窓際の席に何気なく座っている。テーブルには、ホワイトルームから持ってきたと思われるグラスが置いてある。謎の液体が入っていたグラスだ。
 その様子を怪しいと思って見ていたのは、リアクライス・フェリシティ(りあくらいす・ふぇりしてぃ)だった。
 リアクライスが注目して離れて見ていると、目の前にスマイル軍団がやってきた。
 ルイ、ヴァーナー、ガートルード、唯乃、ひなの5人だ。
 懲りずに「ルイ・スマイル!」とか「唯乃スマイル!」とか叫んで、にかにかやっている。まったく場違いで、緊張感のない連中だ。
 その唯乃が、新たなスマイル“ジャンピング唯乃スマイル”に挑戦しようと飛び跳ねたとき――
「わっ。わわわわーっ」
 とバランスを崩して、ドドドッタン。
 窓にぶつかって、越乃のグラスを落とした。
「なにやってんだい! このバカ女!」
 ガターン!
 越乃はイスを蹴り上げて怒り、唯乃の胸倉を掴む。
 と、近くで静かに酒を呑んでいた林田樹が声をかけた。
「おばさん。落ちたのはさっきまでそこにいた客のチェイサーだよ。おばさんの酒は、これだろう? ウエイターもウエイトレスもどこかに消えて、困ってたんでね。いただくよ」
 とグイッと呑む。
「ううっ! こ、これは……!」
「バカだねえ。そんなもん呑んで」
 越乃は笑っている。もしや、ウイルスの素なのか……!
 そこに、ナガンがふらふらとやってきた。
 そして、ひなが紙と墨を持って……
 リアクライスは、少し離れて見ていたおかげで、その一部始終をしっかりと目に焼き付けることができた。その恐ろしい光景を……。
 ナガンは、すさまじいスピードでキスをしていった。樹に、ルイに、ガートルードに、唯乃に。
「大丈夫ですか! ボクが治してあげますからねー!」
 ヴァーナーは、ナガンにヒール!
 が、ナガンは全然治らず……
「わわわ。やめてくださいーーーんぐっ」
 ヴァーナーもやられてしまった。
 ひなは、次々と魚拓ならぬ顔拓を取った。カガチの、トライブの、如月佑也の、有沢祐也の、聖の顔拓を取った。
 そして、最後の1人だけは顔拓ではなく、ほんとに魚拓になった。
 荒巻 さけ(あらまき・さけ)だ。
 顔が真っ黒になって、ただ静かに笑っている。
「ようやく、真面目にやなくてはいけないということがわかりましたわ」
 リアクライスは、仲間の刀真に急いでメールした。
 しかし、刀真はろくな情報が集まってこないので、会場で食事していた。
 トイレでずっと待ってたいたために、メールにも気づかないほど腹が減って、ガツガツ食べていた。
 リアクライスは、ならばとセシリアの魔女裁判所に駆けていって報告した。
「見てなかったの? あ、あ、あ、あの様子のおかしな人、奇行症が発症してるわっ!」
 セシリアに夢中だった連中は、誰のことだかわからない。
「あの人よ。ナガン・ウェルロッドよっ! 」
 セシリアは冷静に諭す。
「いやいや。それは違うじゃろ。ナガンはいつだって、おかしいんじゃ。奇行じゃない」
 しかし、今セシリアの言うことを信じる者はいなかった。
「奇行だーーーーーーーっ!」
「ウイルスをばらまかれたぞ!」
「もうオシマイだあああああああああああああああ!」
 そして一番近くにいたスタッフ、越乃が公にンカポカ候補となった。
「あのおばはんがンカポカだ! 樹がウイルスの素を呑んだぞー!」
「ンカポカをどうにかしろ!」
「倒せええええ!」
 だが、樹が呑んだのはウイルスの素ではなかった。
「違う違う。これはメチルアルコールだ。日本でその昔、戦時中に呑んだと聞いていたが、いやあこれはキツい。喉が焼ける」
 なんて話は、混乱の中で誰も聞いてなかった。
 しかし、越乃に襲いかかる群衆を、薫とシロが止めた。
「もう大丈夫でござる!」
「はい。大丈夫ですっ」
 2人が説明しようとすると、
「んぐー」
「んぐぐっ」
 ナガンが通り過ぎていった。
「越乃殿は、お休みの時間でござるよ」
 睡眠薬の注入に成功していたようだ。
 たしかに越乃はもう眠そうだ。
「はぁあ。なんだかねむいねぇ〜」
 みんながちょっと安心したそのときだった!
 
「イイイイイイイイイイイ! ハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 中央ステージの前で、クライス・クリンプト(くらいす・くりんぷと)が雄叫びをあげた。
 両手を強く握りしめ、天に向かって大口を開けている。
 そして、その側にはいつの間にか戻っていたユウが静かに座っていた!

「み、見ろ! あの上品なクライスがおかしい!」
「側にユウがいる! ユウだ! ユウがンカポカだあ!!!」
「やれえ! 誰かやれえ!! お前がやれえ!!!」

 混乱の中、今まで静観していた志位 大地(しい・だいち)が立ち上がった。
「俺がやります!」
 狂うのは怖い。しかし、彼には狙いがあった。
 ――ンカポカをいきなり倒すのは難しい。ならば、倒すフリをして、実際は助ける! そして懐に入る。倒すのはそれからでも遅くはない。
 表通路から戻ってきたケイは、それを見て涙をポロリ。
「ああ、ユウ様……!」
 しかし、大地がツカツカ歩いていくと、次第に足がもつれていく。
 酔ったのだろうか。それとも、間違えて越乃の睡眠薬入りの酒を呑んだのだろうか。いや、どちらでもない。
 大地の目の前に、子守歌を聴かせる少女が立っていた。
 七瀬 歩(ななせ・あゆむ)だ。
「大地さん、ごめんなさい。少しの間、眠っててね」
 歩はてくてくと歩き、ユウに近づく。
「ンカポカさん。仲良くしませんか」
「……えっ。……あ……」
「うーん。日本語わかる? 実は苦手? あのねえ――」
 歩は指を7本見せる。
「ナナ。わかる?」
 今度は背中見せて、
「セ。わかる?」
 厨房から戻ってきていた七瀬瑠菜が、感心して見ていた。
「なるほどねー」
 歩は、てくてく歩いて見せて、
「アユム。わかる?」
 最後に自分を指差して、
「あたしっ。ナナセアユム!」
 自己紹介だった。
 すると、ユウの口元がほんの少し揺るんだ。効果があったのだ。
 が、しかし、全てをクライスが台無しにしてしまう。
 ステージに立つと、どこから持ってきたのかエレキ・バイオリンをユウに放り投げる。
「そこのお前、何してる! 貴公も演奏家ならこんな時こそ音楽しかないだろう!」
 のぞき部副部長のクライス。彼はパーティーが始まってからというもの、ずーーーーーーーーっとうずうずしていたのだ。
 そしてもう我慢できない! と雄叫びをあげたのだった。
 しかし、なんという偶然か。打ち合わせもなしに、ステージの反対側からは、同じくずーーーーーーーーっとうずうずしていた、のぞき部部長の総司がエレキギターを担いで ダンッ!
 駆け上がった。そして、
 ギュウイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!!!!!
 総司のギブソンが火を噴いた。
 クライスはマイクを手に、声を荒げる。
「いいか、お前らクソども。よーく聞け。ウイルスなら今俺が、今俺がばらまいてやるぜーーー!!! イイイイイ! ハアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
 と、今度はいつの間にかドラムが、ダンッダンッダダダンッ!
 クライスを見て黙っていられなかったのか、さっきまでキス魔だったナガンがメンバーに加わった。
 キスしまくっていたのは、ただの遊びだったのだろうか。
 ひなも顔拓集めをやめて、一番前でノリノリで聴いている。
 クライス、総司、ナガンの3人は目を見合わせ、頷く。
 狂夜のはじまりだ。
「ウイルスに跪けぇぇぇぇええええええええええ!!!!」
 演奏が始まると、ユウがゆらり……
 立ち上がった。
 エレキ・バイオリンをアンプに繋ぎ……目つきが変わるッ!
 ギワワワアアンアンアンアンアンッ! ギワワワアアンアンアンアンアンアンッ!
 幻想と狂騒の世界に引きずり込むエレキ・バイオリンの音色が会場内に響き渡る。
 ユウの新たな一面、髪を振り乱しての魂の即興ライヴが始まった。
 ロック、メタル、そしてフリージャズの融合。
 わんこしいなを連れたカガチが、目をつむって味わう。じわりじわりと脳内でセロトニンが放出されていくのを感じ、思わずにやけてしまう。
 船内を見回っていたレン・オズワルド(れん・おずわるど)も見にきた。
 甲板や表通路にいた人もみんなやってきた。
 ピンクルームの4人も、そのただならぬ迫力に、ケーキの箱のウイルスのことなぞぶっ飛んでいた。
 マレーネに股間を蹴り上げられたヴィナもやってきて、ぴょんぴょんしている。
 んぱんぱコンビの夏樹と勇も、「んぱんぱ」言いながらやってきて、トコロテンは感受性が強いのだろう、涙をボロボロ流している。
「んぱーーーー」
 刀真も、これには驚いた。隣のにゃん丸にボソッと呟く。
「のぞき部もバカにしたもんじゃないね」
 そして、クライスは魂のメタルソングを――

「ンアアアアアアアアアアア!!!!
 触れる! 触れることさえ過ぎたる望み!
 ただ! ただその姿をぉおおおおおおおおおお! 
 ただ! 血眼に閉じ込めろオオオオオオオオオオ!!!!」

 イーオンは吹抜け2階エリアで観察していた。
「恐ろしい。あれがウイルス症状か」
「いや、違うな。あいつら、たまにあんなんなるぜ」
 和希は楊枝をシーシーしながら、見ていた。
「でも……どっちでもいいわな、んなこたぁよ!」
 駆け下りていった。
「確かに、それは間違いない」
 イーオンも、後に付いていく。
 そして……
 カタッ。
 リュースが、あのリュースが高級料理を前にフォークを置いてステージに向かった。

 と、そのとき!

 激しすぎる爆音に、天井が破れた。
 通風口の中で迷子になっていた翡翠が、ぴゅーーーー。ドゴンッ!
 クライスの真上に落ちた。
「あれ? なんかすみません……」
 翡翠は無傷で、ペコペコしながら袖に引っ込んだ。
 が、クライスは脳みそを痛打していた。
「うおおおお! メ、メタルよ永遠にィィィィィィィイイインパアアアア!!!」
 倒れた。
 クライスの手からマイクがポロッとこぼれる、そのとき!
 ガッ。
 星野 翔(ほしの・かける)がマイクを掴んだ。
 せっかくの演奏を台無しにするのは勿体ないと、歌を引き継ぐ。クライスに敬意を表し、メタル精神を引き継ぐ。

「ンアアアアアアアアアアア!!!!
 今夜! 今夜、貴様の脳に落ちる悲雷!
 ただ! ただその光をぉおおおおおおおおおお! 
 ただ! 血潮に流し込めえええエエエエエエエエエエエエ!!!!」

 それを見て、焔が呟く。
「か、彼は……幻のバンド、Infinity Blackのヴォーカルだ……!!」
 しかし、演奏はこの直後に終わる。
 群衆の中を、越乃が「むにゃむにゃ」言いながら夢遊病患者のように彷徨い始めたのだ。そして、プップカプップカ屁をこきまくっていた……!