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ンカポカ計画 第2話

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ンカポカ計画 第2話

リアクション


第11章 穴

 ロドペンサ島は、もう目の前だ。
 もし今沈没しても、水温が低くて波が高くて岩があちこちに切り立っていて人食いパラミタシャークがうようよいる海の中を、沖に向かっている強い潮の流れに逆らって1時間ほど泳ぐことができれば、助かる……かもしれない。カナヅチにはどうしようもないが、泳げるみんなはほんの少しホッとした。
 マストのてっぺんで元気のなくなっていたエルも、またキンピカッ! と輝きはじめた。
 ただ、蒼はマストから下りてきてしまった。
「ワインみっけぇ〜!」
 甲板にワインを見つけたのだ。すっかりワイン党だ。
 ショウと鹿次郎は蒼のパンツが拝めず、がっくりと肩を落として甲板を後にする。
 その直後、蒼に替わってミレイユがエルを応援しようとマストに上るが、残念、のぞき部はチャンスを逃していた。
「がんばって〜、みんなの希望の光だよ〜! エル兄〜!」
 エルは応援をもらって、ますます輝いてミレイユを見る。
「ありがとうー!」
「わっ。眩しっ」
 ミレイユは、思わず目を覆う。
「なんで目を……?」
「だって、眩しくて……」
「そんなにっ!?」
 エルはすっかり上機嫌になって、へらへらしている。
 ここから島に近づくにあたって、岩の切り立った海域になるので注意が必要だというのに、全然頼りにならなかった。
 でも、ちゃんと岩をチェックしている者もいるので大丈夫だろう。
 医務室でジャーマンスープレックスをかけまくっていた鬼崎朔だ。
 彼女はローザマリアにウォーキートーキーを持たされていた。
「こちら異常なし。ていうか、操舵室からの方が見やすいんじゃないですか? ……え。めんどくさい? ……そ、そうですか。わかりました……」
 なんだか妙に不安になってきた。
「落ち着け。うん。落ち着こう。落ち着きましょう。そうだ。これでも見よう」
 ケータイの待ち受けにしてあるパートナーの入浴姿を何度も見ていた。
 この後、いったい誰が岩を見て、それを避けるのだろうか……。
 しかし、心配するなかれ。岩に激突したら確実に穴があくだろうと言われている船底だが、激突前に修理してしまおうという男がいた。
 芋けんぴが大好きなセオボルトだ。
「さあて、どこがおかしいのかな」
 様子を見て回っていると、おかしな音が聞こえてくる。
 ガコガコンドギャ……。
「うわああ! 沈没か!」
 ひゅーーー。ドタッ。
 ダクトから翡翠が落ちてきた。
「ふう。迷ったわけではありませんよ? ひどく時間はかかりましたけど」
「そういうのを迷ったと言います。世界一男の見取図、もらわなかったんですか?」
 セオボルトは、見取図を見せる。
「もらいましたが、ダクトまでは載ってませんでした」
「いや、だから、ここまでダクトを通らなくても来られるって話なんですけど――」
 翡翠はトツゼン、マグカップ片手に足を組んで座る。
「夜明けの珈琲、どんな味?」
「……芋けんぴ、食べますか?」
「昼下がりの芋けんぴ、どんな味?」
「あ、だから、どうぞ。食べてください」
 ぽりぽりぽり……。
「さて、セオボルト様。歪んだ船底を補強しましょう。叩けばなんとかなるでしょう」
「珈琲屋さん、ちょっと待ってください。叩くのは危険なのではないでしょうか……?」
「石橋を叩いて渡ると申しますよね」
「なるほど」
「セオボルト様の方が力がありそうですので、お願いします」
「では、慎重に少しずつやってみます」
 セオボルトは、歪んだ部分を……とんとん、と叩く。
「足で踏んでみたらどうですか?」
「足でですか……」
 そのとき、セオボルトはトツゼン、足をガンガン踏みつけながらの妄言!
「黙れ下種!! 貴様ごときが司令長官の目前で珈琲などという邪悪な物を飲むとはどういう見識か!! それともそれは自らの見識ではなく団長陛下の御名を以っての飲食か!? 虎の威をかる狐めが!! そもそも貴様は船内の一珈琲長にすぎぬ身でありながら何の所以あって上級大将以上の者しか出席を許されぬ船底会議に顔を並べているのか!? あまつさえ元帥同士の討論に割り込むとは増長も極まる!! 今直ぐ出て行け!! ……はっ。自分、何か言いましたか?」
 翡翠は、静かにするようにと手でジェスチャー。
 超感覚で耳を澄ます。翡翠の超感覚は、聴力のある猫だ。
 ギイイイ……
「まずい」
 今いるところからもっと下の、人間が入れない部分、つまり本当の船底の鉄板が軋む音が聞こえてくる。
 激しく踏みつけたことによって、歪んだ船底をさらに歪めたのだろう。
 コポコポコポ……

 浸水がはじまった!!!

 翡翠とセオボルトは、無駄だとは思いつつその辺の雑巾を鉄板のつなぎ目にあてて……逃げた。
 2人の悪行を、メイベルはしっかりカメラにおさめていた。
「大変ですぅ〜。でも、私が被写体に介入したらそれはドキュメントではなくなってしまいます。ここは……がまんがまんですぅ〜」
 パーティー会場に戻ったが、誰にも何も言わずに、撮影を続けた。
 カメラは、ぐっすり眠るランツェレットを捉えていた。
「ぐーぐー。むにゃむにゃ……」
 そして、幸と陣が構える目の前で……
 ぷう〜。
 ねっぺした。
「やったーーーっ!!!」
 幸はすかさず治療薬の素であるネッペガスを採取して、特製の電子レンジ風装置の中でパラミトリウムと混合する。決して電子レンジではないが……
 チーン!
「できたー!」
 幸は氷術で小さな球体を作って、その中に1人分のワクチンを入れる。
「幸さん。これで完成?」
「そうです。その名も……ナオラーナ!」
 「治る」と「オナラ」を合わせた完璧なネーミングだ。
 幸は、ナオラーナボールを誇らしげに掲げると、陣をチラリと見る。
 陣は黙って頷いた。もう心に決めていたのだ。
 テーブルの上にダンッと上がって、宣言する。
「幸さん。オレ、やるよ! ぶっちゃけ、これ以上酷いことになるわけないと思う!」
「よくぞ言ってくれました。この球を割って、中のナオラーナを吸えばきっと治ります! きっとですッ!!」
 陣がナオラーナボールを顔の前に掲げると、会場のみんなは、じりじりと後退りしていく。
 さりげなく、幸も後退りしていく。
「では……行くでっ! ダムッ!」
 パリーン!
「ううっ。目にしみますよ、これは!」
 陣はしばらく目をつむった後、そっとあけてみる。
 周囲には誰もいなかったが、会場の隅から1人の男が岩巨人の腕を持ってやってきた。
「すね毛ええええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」
 すね毛の宅急便が、陣の前に立って腕を差し出す。
「あ、どうも。陣さん、これいります? あれ。どうしたんですか? みんな見てますよ」
「ええ、ナオラーナで奇行を治してるところなんです。もうオレ、ダムダム言わないはずです」
 と、そのとき陣がトツゼン、岩巨人の腕を持って走り出す!
「みみ毛ええええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」
 ワクチン接種後、最初に目にした人の奇行症が伝染してしまうようだ。
 すぐ後ろを、大地もテーブルを担いで走る。
「すね毛ええええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」
 毛の宅急便コラボだ。
 ナオラーナは奇行症を治すことはできなかった。が、うまく利用すれば使い道はあるだろう。幸は科学者として確かな手応えを感じていた。
「みみ毛の宅急便か……」
 遠い目で陣の背中を見つめる。
「ごめんっ!」
 助手を見捨てて、巨大ナオラーナボールの制作計画を練り始める。
「そうだ! ボイラー室がありましたね……」
 そのとき、パーティー会場に固い表情の機関長がやってきた。
 ただならぬ雰囲気に、みんなが注目する。
「よお、機関長。どうしたんだよ、しけた面しちゃってよお!」
 和希が気軽に声をかけるが、機関長の表情は変わらない。
「みなさん。ンカポカ船長がいないから、かわりに私から重大なお知らせがあります……冷静に、落ち着いて聞いてください。……船底に穴があいたことを確認しました。浸水が始まっています。しかし、この船はすぐには沈みません。あと1時間くらいは、十分保ちます。慌てる必要はありません。幸い救助船も近くを航行しています。操舵室と連絡を取り、この海域での接舷は危険を伴うため、このまま航行することになりました。沈む前に島に到着します。ご安心ください」
 話が終わると、幸は機関長に直談判し、ボイラー室の一部を借りることになった。
「科学の発展のために協力いただき、ありがとうございます!」
 
 ――その頃、操舵室。

 ローザマリアとウィルフレッドは……地球の日本で昔流行ったという軍人将棋をしていた。
「こんな危ない海域、めんどくさいよね」
「まあ、なんとかなるだろう。おい、そこの君。無線なんかどうでもいいから、ほら、審判審判!」
 軍人将棋は、審判がいないとできないゲームである。
「えーっと、こちらの勝ちです。それで、あの、舵は――」
「いいよもう。めんどくさいって言ってんだろっ?」
「あ、はいっ。そうですね……」
 陽太は、無線の修理をしながら、軍人将棋の審判を続けた……。
 そして、甲板で岩をチェックしているはずの朔は……
「くらえ! 天誅!」
 コトノハにジャーマンスープレックスをしていた。
「うぎゃああ!」
 一命を取り留めたコトノハは、這い蹲りながらある場所を目指した。物陰に隠しておいた何かを取りに……。
 そして朔は、落ちていた本物のカエルにジャーマンスープレックスをかける。
 が、小さいカエルとともに、自分自身も激しく地面に打ち付け……テンカウント。泡を吹いて脳みそがトコロテンになっていた。
「あわわわわわ……んぱーんぱー」
 船はどんどんまっすぐ前に突き進み……
「あぶなーーーーいっ!」
 エルが叫んだときは、もう遅かった。

 ガガガゴオオオン!

 激しく揺れ、船底の穴はさらに大きくなった。
「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
「救助船を呼べえええ!」
「ダメだあああ! 死ぬんだあああ!」
「操舵室は何やってんだあああ!」
 操舵室は、軍人将棋をしている。
 今の揺れで隠していた駒が倒れて見えてしまい、無効試合になってしまった。
「そこにスパイを置いてたのか! やるね!」
「やはり中将で攻めてきてたか。地雷の位置は想定と違ったな……」
 この非常事態に、陽太は勇気を振り絞る。
「お願いします! あなたたちの知識と行動力が必要です。軍人将棋をやめてください!」
 2人が、陽太をギロリと睨む。
「わかった。軍人将棋はやめよう。……実は、頭を使うのが面倒だと思っていたところだ。ははは」
「あんたもか! 私も面倒なゲームだと思ってたのよ。甲板で昼寝でもしよう」
 操舵室は、全く船舶技術の知識を持たない陽太1人に託された。
「どうすれば……?」
 そのとき!
 ひゅーーー。すちゃ!
 ダクトからラヴピースが現われた!
「私が来たからにはもう大丈夫ッ!!!」
 そして、今やパートナーのあかりも、ひゅーーー。どたっ。
「あてててて。だからこんなところからの登場はカンベンだって、言ったんだよぉ」
 あかりは、妙に芝居臭い感じで話している。冒険映画の主人公気取りだ。
「自分はトレジャーハンターのあかり。“デイ・ダラー・ブッチ”の秘宝ゴールデンボールを盗みに来たんだぁ。正義ってガラじゃあないし、ラヴピースとは目指すものが違うけどぉ、そうだなぁ波長が合っちまったってぇことかな! なあ、相棒!」
「そうッス。そういうことッス!」
「お、見ろよぉ。これが“デイ・ダラー・ブッチ”の制御システムだぁ。自爆装置は……えっと、コレだねぇ!」
 ビシッと指差したのは、陽太が修理している無線機器だ。
「ち、違いますっ!」
 無線を守ろうと立ちはだかる陽太。
 ラヴピースとあかりは、陽太の顔をまじまじとみつめる。
「ははーん。いい人ぶって、なかなかの悪ッスね〜」
「そういえば、自爆は男のロマン! とか言ってる人がいたよぉ。きっとこいつだよぉ」
「そ、それは青野武さんのこと――」
「そこをどいて! なんとしても自爆は阻止するッスよ。その機械は、ラヴピースが破壊するッス!!」
 必殺のアクセルパンチのポーズを取っている。
 陽太はもう泣きそうだ。
「ええーっ。そんな〜」
 あかりはやいのやいのとヒロインの活躍に大喜び。
「やっちゃってくださぁーい!」
「でも……なんだか、めんどくさくなってきたッス」
 アクセルパンチを繰り出すべきか、ラヴピースは迷っていた。
 撮影していたメイベルは思わず呟いた。
「なんのこっちゃ……」
 
 ――その頃、機関室。

 機関長は、テキパキと機関員を動かしている。
「いいか! 沈む前に岸まで突っ走る。お前らが全員いい働きをすれば、必ず辿り着く。沈む前に、陸地を踏むぞッ!」
「おおおおー!」
 もはや機関長の親友となった和希は、カナヅチだけど安心していた。
 機関長の肩をグッと掴み、声をかける。
「ここの連中はみんな最高だぜっ。それに、おまえがついてれば鬼に金棒。この船は沈みやしねえ!」
 和希は学ランをたなびかせて去っていった。
 ボイラー室からは、幸が巨大ナオラーナボールを持って出てきた。
「島に着いたら、これを危険な症状の人に接種しましょう」
 そのとき、
「すね毛ええええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」
 大地は円を担いで、やってきた。
 円は巨大ナオラーナボールの前にトンッと着地して、
「これが噂のPK戦か……知ってるよ」
 大きく足を振りかぶる。
「え? 円さん、あなた何を言ってるんですか。ダメですよ、蹴ったりしたら」
「なんでだい?」
「なんでって――だあああああ!」
 ぼふんっ!
 もう蹴っていた。
 ぴゅーーーーーーーー、パリーーン!
 機関室の真ん中で割れて、機関長を含む全機関員がナオラーナを食らった。
「ううっ。目がしみる……」
 幸は円を引っ張りながら、説明する。
「や、やばいっ。奇行を持ってる人が見られたら、パニックになってしまいます! 船が沈みますよっ!」
「ええっ?」
 彼らは慌てて逃げたが、機関室には、最も危険な奇行症を持った女がうろちょろしていた。
「みんな一生懸命働いてるし、もう一度パワーブレスで祝福を与えてあげようかな。……機関員のみなさーん!」
 みんなが一斉に彼女を見た。
 そう。死神ばりの大鎌を振り回す女、地獄の縁から還ってきたリカインだ。
 次の瞬間、海の荒くれ男たちは大鎌を構え……
「地獄行きだッ!」
「地獄行きだッ!」
「地獄行きだッ!」
 ぶんぶんぶんぶん振り回す。
 あっちこっちで振り回して、あっちこっちで血が飛び、腕が飛び、首が飛んだ。
「地獄行きだッ!」
「地獄行きだッ!」
「地獄行きだッ!」
「きゃあああああああああああああああああああ!」
 リカインは逃げるのがやっとだった。
 機関長も機関員も全員死んでしまい、もう誰もこの船を動かすことはできなくなった。
 まさに……地獄行きだ。
 そして、幸、円、リカインの前にはラーフィン裁判長が立っていた。
 カンカンカン!
「ギルティーッ!!!」
 和希は惨状を伝え聞いて駆けつけ、機関長を胸に抱いて涙をこぼしていた。
「おめえはよお、男の中の男だったぜ……!」

 こうして、ブルー・エンジェル号は危険な島にすら着くことができなくなり、救助船であるブルー・エンジェル2号を頼るしかなくなった……。