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ホワイトバレンタイン

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ホワイトバレンタイン
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「こんにちはー。ハッピーバレンタインです♪」
 やってきたエルシー・フロウ(えるしー・ふろう)を見て、北条 御影(ほうじょう・みかげ)は今年も微妙に不幸な一日がやってきたと思った。
 幼馴染のエルシーと御影は、小さな頃から一緒にバレンタインを過ごしてきた。
 エルシーはバレンタインデーを『チョコの日』と思い込んでいて、毎年毎年、御影に手作りのチョコをくれる。
 最初はコーンフレークにチョコをかけただけのものだったのが、段々と、チョコクッキーだったり、チョコトリュフだったり、手が込んでいき、エルシーにとっては一年の成果を御影に披露する場にもなっていた。
 一方、御影はと言うと、微妙に不幸な一日と書いた通り、バレンタインと言うのはあまりうれしくない日だった。
(エルのやつ、こんな製菓会社が作ったようなイベントなんかをよくもまぁ毎年しっかり覚えてるよな……)
 と内心溜息をついている。
 実は御影は甘いものはあまり好きでは無いので辟易しているのだ。
 だが、エルシーの好意を無碍には出来ず、毎年、もらってはきちんと食べているので、エルシーはその事実に気づいていなかった。
 しかも。
「みかちゃんが本当の姉妹みたいに仲良くしてくれて、いつもうれしいです!」
 というエルシーの言葉も気になっていた。
 エルシーのことを御影は妹のように可愛く思っている。
 しかし、その『姉妹』という言葉から察するに…………性別を未だに勘違いしているんじゃないだろうかと思うのだが、真実を知りたくないので、御影は追求できなかった。
 代わりにずっと思っていたことを、今日一つだけ口にして見た。
「ちゃん付け、はそろそろないんじゃないかな?」
 御影の言葉に、エルシーはきょとんとして言った。
「それじゃ、みかさん?」
「……あまり変わり映えがしない気もしてきた」
 もうその話はやめようと御影は自ら話を引っ込め、小さく溜息をついた。
「ほらほら、そんなふうに溜息が出ちゃうのは、ダイエットばっかりしてるせいですよー。去年も一昨年もダイエットしてましたでしょ」
 心配そうにエルシーが覗き込み、今年の力作を御影に差し出した。
「はい、じゃーーん! 今年は、チョコレートケーキを作ってきました! ルミさんと一緒に挑戦したんですよ!」
 満面の笑みで差し出されたチョコケーキに、御影の端正な顔に憂いの色が浮かぶ。
 御影が甘いものが好きでないと気づいているルミ・クッカ(るみ・くっか)はおずおずと遠慮がちに言った。
「あの……見た目ほどには甘くありませんので、御影様、受け取って頂いても大丈夫でございましょうか……?」
 顔色を窺うように、ルミが尋ねる。
「わたくしは調理が苦手ですが、エルシー様が一生懸命ご教授くださいましたので……その、できるだけビターにしましたから……」
「ビターに?」
「そうですよ〜。みかちゃんが甘いものは控えめにしてるって聞いたから、ビターなガトーショコラにしたんです」
 チョコは甘いほうがおいしいのになぁとエルシーは言いたげだったが、御影は甘くないほうがまだありがたい。
「そうか、ありがとう。今回はルミが一緒に作ってくれて良かった……」
 御影がルミへの密かな感謝を言葉に込める。
(しかし、良かったこれで。いつもより甘くないならまだマシだし……)
 ホッとしかけた御影のそばに、ちょこちょこっとラビ・ラビ(らび・らび)が近づいた。
「なんだ、ウサ子」
「ラビもつくった!」
 そう言うとラビは至れり尽くせりを使い、10号サイズのホールチョコケーキを取り出した。
「えっ!?」
 御影が驚きのあまり、エルシーたちからもらった小さなガトーショコラを落としそうになる。
 10号ということは、ラビの身長とほぼ変わりない。
 人数で言うならば20人くらいで食べられる量だ。
 しかし、絶句した御影とは違い、マルクス・ブルータス(まるくす・ぶるーたす)はニヒルな笑みを浮かべた。
(これは売れるアル!)
 街の中にはモテねー男たちがあふれている。
 彼らはチョコが欲しい。
 しかし、自分でチョコを買ってもらった振りをするにしても、買ったチョコだと怪しい。
 手作りのチョコならば、いかにも女の子からもらったらしく出来るのではないか。
 マルクスはそう思ったのだ。
(名案アル!)
 自分の想像に夢が膨らんだマルクスだったが、その頭に御影の鉄拳が落ちてきた。
「痛いアルっ! 我に何かあったら動物愛護協会が黙ってねーアルよ!?」
 パートナーに抗議しようと、マルクスが振り向くと、じとっとした目で御影が見ていた。
「悪いことを考える顔をしていた」
「わ、悪いことなんて考えてないアル」
 そうマルクスにとっては悪いことではない。
 商売ができるだけでなく、チョコが貰えないのは信仰心が足りない所為アルとか適当なことを言って、烏龍様を拝めさせ、お金も入るかもしれないのだ。
 これ以上に良いことなどない。
 そんなことを考えているマルクスとは違い、豊臣 秀吉(とよとみ・ひでよし)はラビにも一応、お礼を言った。
「お心遣い、かたじけないでござる」
 しかし、秀吉にとって、ルミやラビは『女性』ではない。
 自分も猿なのにそういうのはおかしいかもしれないが、女好きのまま英霊になった秀吉としてはやはり女性からチョコがもらいたいところだった。
「はい、秀ちゃんも」
 秀吉の前にすっとガトーショコラが差し出される。
 エルシーが差し出してくれたことに気づき、秀吉は満面の笑みを浮かべた。
「うおぉ、エルシー殿、これは有り難い!」
 感謝感激という様子で、秀吉が礼を言う。
「今年も……いやいや、今年は貰えず仕舞いかと思っておりましたですじゃ。ご、誤解を招かぬよう申し上げますじゃが、これは決してわしがモテない訳では無く、薔薇の学舎では出会いが無いだけですからのぅ……?」
「そうですね。薔薇の学舎は男性ばかりですから。今度、百合園に遊びに来られると良いと思いますわ。百合園は女性がいっぱいですから」
「おお……なんという有難きお言葉」
 そう答えながら秀吉はチラッと御影を見る。
 自分のために百合園に足を運んで欲しいという視線だったが、御影は気づかぬ振りをした。
 そんな様々な思いが交錯する中、ラビがニコニコと言った。
「バレンタインにチョコをあげるとホワイトデーには3倍にしてかえしてもらえるんだって! 学院のおねーちゃんたちが言ってたの

「え……」
 それって……というように御影が見ると、ラビは上機嫌に耳を振った。
「楽しみ〜」
 10号サイズのホールチョコケーキをもらったって事は、1mくらいの大きさのチョコケーキを期待されてるのかなと思い、御影はちょっと想像した。
 すると、その前に想像を終えたエルシーがニコニコと言った。
「1mのチョコケーキに埋もれてるラビちゃんがホワイトデーには見られそうですね」
 エルシーの想像はファンシーだが、御影は現実的にその大きさとそれにかかるであろう値段を考えて、額を抑えたのだった。