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精霊と人間の歩む道~風吹くウィール遺跡~ 後編

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精霊と人間の歩む道~風吹くウィール遺跡~ 後編
精霊と人間の歩む道~風吹くウィール遺跡~ 後編 精霊と人間の歩む道~風吹くウィール遺跡~ 後編

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●献身は無駄にしない! 必ず助け出す!

 空は暗雲に覆われ、駆け抜けた稲光が真下、ウィール遺跡に落下し、閃光と爆音をもたらす。
 蹂躙される森の木々に、自然現象の偉大さを見る。
 
 そして遺跡の中では、完全復活を遂げようとしている『雷龍ヴァズデル』が、サティナ・ウインドリィの自らを犠牲にした封印に押さえつけられてなお強大な力を生徒たちに振るっていた。
 
 彼らは森の木々のように、あえなく散らされてしまうのだろうか。
 それとも力を合わせ、再び封じる、もしくは第三の選択肢を講じることが出来るのだろうか――。

 しなる漆黒の蔦が、二本、三本と神代 明日香(かみしろ・あすか)を襲う。それらに対し明日香は感覚を研ぎ澄ませ、殺意が襲ってくる方角を的確に見極め、手にした剣を振るうことで蔦を切り飛ばす。切り飛ばされた蔦は塵となって消え、そして新たな蔦が再生して再び攻撃の機会をうかがっている。
(この状況では援護も期待できない……まずは防御に徹して、敵の行動パターンを読み切る、です)
 雷龍の巻き付いている四本の柱、それから伸びる四つの首は、中心部に集まった生徒たちをそれぞれの場所に寸断し、相互に援護を受けにくくさせていた。戦闘の余波により、明日香たちの背後にはリンネ・アシュリング(りんね・あしゅりんぐ)モップス・ベアー(もっぷす・べあー)のコンビ以外に、生徒の姿は見当たらない。迂闊な行動を取ればそれは、致命的な結果に繋がる。
 轟音が響き、明日香の視界の左隅で、雷龍の首が放った電撃に数人の生徒が吹き飛ばされるのが映る。生徒の中には雷電属性の攻撃に耐性を得るフィールドを張っていた者もいたが、首の放つ電撃はそれを以てしても絶大な威力を持っているようであった。
(……重ねがけは有効なのですかねぇ?)
 そんなことを明日香が思っていると、蔦が幾本も絡み合う動作が確認される。感じ取った殺気からそれがこちらに振り下ろされることを悟った明日香が、神代 夕菜(かみしろ・ゆうな)たちに回避の指示を飛ばすと同時にノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)を抱きかかえる。直後、振り下ろされた蔦の塊が地面を打ち、固い蔦に覆われていたはずの地面が抉れていた。
「直撃すればひとたまりもありませんわね。ノルンちゃん、大丈夫ですか?」
「はい、問題ありません。明日香さん、これからどうしますか? このままではいずれ、潰されるか黒焦げかだと思います」
「少し、こちらから打って出ますぅ。夕菜ちゃんとノルンちゃんで注意を引いて、私とリンネちゃんとで炎と氷、どちらがより効果が高いか見てみますぅ」
「リンネちゃんの出番だね! 張り切って撃っちゃうよ!」
 明日香に呼ばれたリンネが、元気いっぱい頷く。
「ボクは何をすればいいんだな?」
「……モップスさんには、バットがありますぅ」
「……今ボク、遠回しに戦力外通告を突きつけられた気がするんだな。ボクだっていつまでもバットはおかしいと思ってるんだな」
 モップスが愚痴をこぼしつつ、リンネの護衛につく。
「ノルンちゃん、行きますわ!」
「はい、夕菜さん」
 ノルンがレイスを召喚し、ヴァズデルの攻撃を妨げるべく向かわせる。とりつくように飛び回るレイスにヴァズデルの操る蔦はすり抜けるが、首の放った電撃を受けて霧散してしまう。霊体は物理攻撃こそほぼ無効化できるものの、属性攻撃の中でも雷電属性の攻撃は比較的効果を受けやすい。もちろん、光輝属性の攻撃にはひとたまりもない。
 レイスを失いはしたが、夕菜の射撃とにより注意はそちらへと向けられる。そこへ、明日香の放つ氷の礫とリンネの放つ火弾が別々の蔦に炸裂する。さほど違いはないものの、炎熱属性の方が効果が高いように思われた。
「ノルンちゃん、炎で行きますよぉ」
「分かりました、明日香さん」
 ノルンが炎術に切り替えようとしたところで、明日香たちを向いていた首が電撃を放つ動作を見せる。
「集中攻撃で撃たれるのを阻止するしかありませんわ!」
 夕菜の銃が光を放ち、動きの止まった首を狙い撃つ。
「やるしかないよねっ! 天界の聖なる炎よ、魔界の邪悪なる炎よ――
 リンネが得意魔法『ファイア・イクスプロージョン』の詠唱に入る。その傍らでノルンの瞳がすっ、と紅く染まり、頭上に漆黒の炎が形成されていく。
 だが、詠唱が完了するより一瞬早く、ヴァズデルの電撃が二人へと浴びせかけられる――。
「数秒でいい、耐えてくださいですぅ!」
 両手にフィールドを構築した明日香が、モップスの投擲で二人とヴァズデルの間に飛び込まれ、放たれた電撃の盾となる。何かを削るような音が響き、構築したフィールドがみるみる削られていく。
 
「ファイア・イクスプロージョン!!」

 数秒遅れて、ノルンが生み出した漆黒の炎塊を、リンネの炎球が突き飛ばすように押し出す。それらがヴァズデルの首に直撃し、悲鳴を上げた首は電撃の放射を止めた。
「あ、明日香さん! 無茶しないでくださいっ!」
「はわわわわ、し、痺れますぅ〜。わ、私、うまく笑えてますかぁ?」
「何を言っているんですか、今回復しますからじっとしててくださいっ」
 駆け寄った夕菜に治療を施される明日香、その間にも生徒たちの攻撃は続く。
「……ふっ!!」
 クルード・フォルスマイヤー(くるーど・ふぉるすまいやー)の振るった二本の刀が、振るわれた漆黒の蔦を切り飛ばしていく。蔦は四方八方から三次元的に襲いかかってくるが、今のクルードにはその全てが見えていた。研ぎ澄まされた感覚により強化された五感を駆使して、蔦の挙動を見切り適切な行動を繰り出していく。
「こいつが異変の元凶……ならば、ここで断つ……!」
 一方、アシャンテ・グルームエッジ(あしゃんて・ぐるーむえっじ)もクルードに負けず劣らず、左手の刀で向かってきた蔦を切り飛ばし、右手のハンドガンで蔦の進行を塞ぎ、近寄らせないようにする。絡み合った蔦が振り下ろされるのを研ぎ澄まされた感覚で見切り、その蔦を足場に駆け上がり、より根元に近い箇所に刀と銃の攻撃を浴びせていく。
「それにしても、まさかユニさんがここまで来ちゃうなんて思わなかったなあ。姿を見た時は驚いちゃったよ」
 二人に加護の力を施しながら、御陰 繭螺(みかげ・まゆら)が傍らで魔法による援護を行っているユニ・ウェスペルタティア(ゆに・うぇすぺるたてぃあ)に微笑む。
「繭螺さんから連絡をもらって、私、考えたんです。クルードさんが私を気遣って連れて行かないのは分かりますけど、でも、何もしてあげられないのは辛いです。だから、勝手に来ちゃおうって思ったんです」
「ふふふ、ユニさん、まるで恋する乙女だねっ」
「そ、そんなつもりで来たわけじゃありませんっ」
 繭螺の言葉に、ユニがぷいっ、とそっぽを向く。実際のところは、自分の与り知らぬところでクルードが他の女性と仲良くなることが嫌で付いて来たようである。そうしてユニが嫉妬するのも分かるように、事実クルードとアシャンテの息はピッタリであった。クルードが敵の攻撃を一手に引き受け、アシャンテはその後方から的確な一撃を繰り出す。互いの腕を信頼し合っていないと、こうも連携した動きは取れないものであるが、二人は易々とそれをやってのけていた。
(……恋愛とかそういうんじゃないってことは分かってますけど……でも、納得はできませんっ!)
 心にわだかまる何かを振り払うように、ユニが腕を振って掌に蒼く煌めく炎を生み出す。繭螺の言った恋する乙女は、ものの見事に当てはまっているようである。
「ボクだって、ユニさんに負けないよっ!!」
 何に負けないのかはあえて言わずに、繭螺も掲げた薙刀の先に炎弾を浮かび上がらせる。発射のタイミングは言い合わない、お互いに分かっているから。発射することは言わない、前で戦う二人なら気付いてくれるはずだから。
「蒼天の煌き……行って!」
 ユニが蒼く燃え盛る炎を、繭螺が紅く燃え盛る炎を同時に放つ。二つの炎は競い合うように、寄り添うように飛びながら、ようやく動きを再開しようとしていた首を撃ち、再び行動不能に陥らせる。
「……ここで……討つ……!」
「決める……!」
 クルードの持つ二刀が、アシャンテの持つ一刀が、それぞれ激しく吹き上がる炎と静かに輝く氷に包まれる。それ以上の言葉は二人にはいらない、思うところは一致しているから。
 二色の炎を受けてのた打ち回る首は、次に再び電撃を放つことなく氷に貫かれ、炎に焼き尽くされて塵も残さず消えていった。