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精霊と人間の歩む道~凍結せし氷雪の洞穴~ 後編

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精霊と人間の歩む道~凍結せし氷雪の洞穴~ 後編

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●冷気に凍り付かない彼らの熱く滾る心

 イナテミスに迫り来る冷気。
 草花を凍り付かせ、木々も小動物をも凍り付かせ、精霊と人間が紡ごうとしていた絆さえも凍り付かせんと迫る。
 
 未曾有の危機に、しかし皆は立ち向かおうとしていた。
 ある者は勇敢に冷気に戦いを挑み、ある者は不安に怯える街の住人に手を差し伸べる。
 そんな彼らの取る行動はそれぞれ違えど、その内に秘める想いは一つ。
 
『精霊と人間の絆を守りたい』

 今ここに、彼らの戦いが始まろうとしていた――。

(まさか、自然現象そのものを相手にする事になるとは、予想もつかなかったぞ……。これもイルミンスールだからこそなのだろうか?)
 視界の先に映る輝く氷の集まりを見つめながら、エリオット・グライアス(えりおっと・ぐらいあす)が心に呟く。かつてイナテミスを襲った氷の魔物ならともかく、冷気そのものが迫ってきたことには驚きも戸惑いもあるが、だからといって部屋の中で座して何もしないのは彼の性に合わなかった。
 今彼はミサカ・ウェインレイド(みさか・うぇいんれいど)ヴァレリア・ミスティアーノ(う゛ぁれりあ・みすてぃあーの)と共に、報告を受けていた部屋の上、冷気を見据えることが出来かつイナテミスの住人へ『冷気に立ち向かう』ことをアピールすることが可能な位置に陣取っていた。アピールなどという真似は彼の狙いではなかったが、誰かが『自分たちで街を守る』ために動かねば、イナテミスは冷気に凍り付かされてしまうだろう。そのことによって生ずる面倒事の方がよほど大きいとなれば、行動を起こす意味も生まれる。
「エリオットさん、ヴァレリアさん。冷気の挙動が分かりました、伝えますね」
 両腕を広げ、忍び寄る冷たい空気に身を委ねていたミサカが、閉じていた瞳を開いて振り返り、エリオットとヴァレリアに精霊として感じたことを伝えていく。エリオットの計算により実際の地理及び周囲の生徒たちの展開状況に基づいた攻撃ポイントが算定され、そのポイントを確認するように一筋の光が夜の闇を貫いて消える。
「何だ、あの光は?」「おい、あそこに誰かいるぞ」「一体何を考えているんだ?」「戦うつもりか? 無茶な!」
 その光を目にした住人たちは、口々に言葉を漏らす。一部がエリオットにも届くが、無視して準備を進める。最初の一撃は、その後のためにも最大限効果的でなければならない。そうでなければ、瞬く間に無力感が人間を支配してしまう。
「冷気への攻撃は、炎熱属性が最も効果を発揮するようです。予想は出来ていましたけど……」
 ミサカの表情が沈む。氷結の精霊であるミサカが炎を苦手とするのは、仕方のないことである。
「……あら? 不思議ね」
「どうした、ヴァレリア」
 声を上げたヴァレリアが、振り向いたエリオットに告げる。
「何故かは私にも分からないけど、雷の魔法が発現しやすくなっているわ。周りの現象と関係しているのかしらね……?」
 試すように掌に魔法を顕現させたヴァレリアの言葉を受けて、エリオットが呟く。
「……もう何が起きたとしても驚きはしない。精霊の加護とでもしておこう。ヴァレリア、炎熱魔法でいくぞ。ミサカ、いけるか?」
「ええ。……人の髪に氷を付けてくれたお礼は、たっぷりしなくちゃね……」
「少し待ってください……はい、大丈夫です、エリオットさん」
 ふぁさ、と髪をなびかせたヴァレリアが、エリオットの背後に浮き上がり、両手を重ね合わせてかざす。口から紡がれる禁忌の言葉が、通常使用する魔力を超えた魔力を生み出していく。二人の背後でミサカも、自らを流れる力を供給するように、掌をかざしていた。
「チャージ完了……。エリオット、後は貴方次第よ」
 ヴァレリアの言葉には答えず、エリオットがゆっくりと口を開く。
 
「炎 万物を焼き尽くし塵と化す炎よ その力を以て彼物を灰燼に帰せ!
 ファイエル!!


 解放された魔力は、炎熱属性を付加しながら雷電のように波状に広がり、イナテミスを覆おうとしていた冷気を貫いて逆に押し返す。
「……冷気が森の奥に押し返されました。効いています!」
 ミサカが、声に嬉しさを滲ませながら報告する。冷気は再び周囲の木々を凍り付かせるが、手応えは感じられた。
 後は、魔力の続く限り、撃ち続けるだけ。
「ヴァレリア、次だ」
「分かっているわ。……相手が何であっても、障害として立ち塞がるなら、私はそれらを打ち破る……。魔道書の力、とくと見せ付けてあげるわ……!」
 次発の準備を進める一行の視界に、動きが生じた。今の一撃を合図として、他の生徒たちも攻撃を開始したのであった。

「冷気がどうしてもこらえきれなくなったら、街を捨てて逃げ出すように皆に伝えておけ。街は建て直せるが、人命はどうにも取り返せん」
 門の修理に従事していた街の住人へ、イーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)が告げる。素直に従う……かと思われた住人だが、その表情には不敵な笑みが浮かんでいた。
「そうか。なら、俺たちがこらえきれている間は、街にいていいってことだな?」
「寒さなんて気合と根性でどうにかなる! 俺たちだって街の一部なんだ、やれることはやるさ!」
 口々に言う住人に、イーオンが背を向け呟く。
「……勇気と蛮勇を履き違えるな」

「さて、今の私達は果たして、勇気と蛮勇のどちらを履いているのだろうな?」
 地上を見下ろせる位置に立ったフィーネ・クラヴィス(ふぃーね・くらびす)が、ふと住人と交わした会話を思い返しながらイーオンに尋ねる。
「俺にはそのどちらも似合わん」
「……フッ。そうか、では私が両方頂くとしよう」
 面白がるような笑みを浮かべて、フィーネが炎の嵐を生み出し、迫る冷気へ見舞う。肉薄しての戦闘を行っているアルゲオ・メルム(あるげお・めるむ)を始めとした者たちに当たることのないよう、狙いを定めて撃ち出す。
「俺の機嫌を損ねるとは、いい度胸だ。かき消してくれる……!」
 イーオンもフィーネに劣らず、空気が煮え立つほどの熱量を有する炎を生み出し、荒々しく撃ち出す。そうでありながら味方への被害を抑えるべく、絶妙なコントロールで爆風を制御する。
「イーオン! これは終わったらご褒美をもらわなければならんな」
「たまに働いたくらいで調子に乗るな。強請るくらいならいっそ勝ち取ってみせろ」
「……よかろう、では心置きなくそうさせてもらおう!」
 フィーネの炎が熱量を増す。

 音も立てずに侵攻する冷気が、森の木々を凍らせていく。展開の遅れた生徒たちを横目に街へ向かうかと思われた冷気は、アルゲオの放った爆炎に留められ、四方に拡散する。
(……これより先には、行かせません)
 炎を放った武器を下ろし、アルゲオは再び形を整えつつある冷気を見据える。
(イオが私に成果を望むなら……その想いに応えるまでです)
 構えた武器に、再び炎が宿る。この力尽きるまで、ただ目の前の冷気を消し飛ばすのみ。
「……ハッ!」
 満ちた炎を、アルゲオが冷気へぶつける。侵攻を始めた冷気はその炎に包まれ、弾けて空間に消えていく。さらに二度の爆炎が巻き起こり、冷気は侵攻を諦め、森の奥へと退いていった。

 自らが持つ力を惜しげもなく振るい、冷気と対峙する生徒たち。
 そんな彼らを援護する仕掛けが、一部の者たちによって構築されようとしていた。
 
「……いいわ、回路は問題なく作動している」
 自らが指導して完成させた回路の具合を確かめて、九鳥・メモワール(ことり・めもわぁる)が満足気な表情を浮かべる。九弓・フゥ・リュィソー(くゅみ・ )マネット・エェル( ・ )とで構築した回路は、『増幅回路』――電気電子の分野で言えば、入力信号が大きな電力の出力信号に変換されるもの――であった。
 機械は電圧を供給されることで、電流×電流×抵抗=電力を仕事として行う。同じように人間が『電圧』に相当する力――誰も定義をしていないので確証は持てないが、おそらくこれを魔力と言うのだろう――をかけることで、自然界に『電力』に相当する仕事を行うものを発生させることが魔法であるとするならば、同じ電圧でより大きな電力を発生させることが出来る(実際はそう見えるだけである)増幅回路は、魔法という分野に置き換えれば、同じ魔力でより大きな魔法を発生させることを可能とするいわば『増幅陣』となりうるはずである。
「曰く『二虎競食の計』ですわ☆」
 増幅回路は、他から電力の供給を受けなければ――回路に電圧をかけられなければ――増幅効果を発揮しない。そこで九弓たちは、イナテミスを襲っている自然現象そのものを『電力』として利用したのである。それぞれ自然界に仕事をしているのだからそれを『電力』として取り込むことは、地球上の理論が許さなくてもパラミタの理論が許すはずである。本来イナテミスに向けられていた仕事を、互いを滅するための仕事に振り分ける点では、マネットの言う遥か昔に使用されたとされる計略に通ずるものがあるだろう。
「陣の構築と維持まではしてあげる。扱いの方法は各自で考えること!」
 このように、九弓たちの構築した陣は魔法を行使する者たちに多大な恩恵をもたらすはずである。しかしながら、おそらく他の生徒たちに今のことを話したとして、一体どれだけの生徒が正しく理解出来たであろうか。九弓もあのようなことを言う始末であり――どうやら本人としては、検討した理論が正しいかどうかを検証するのが目的であって、誰かのためにというのは結果論でしかないらしい――、そもそも存在を知らないとあっては誰も利用法を思いつけないはずである。
「お兄様、今の分かりました?」
「……何やら凄い、というのだけは分かった。人間とはかくも興味深いものだ」
 たまたま九弓たちの話を耳にすることになったセイラン・サイフィード(せいらん・さいふぃーど)ケイオース・サイフィード(けいおーす・さいふぃーど)も、完全には理解していないようである。
「敵は強大だ。彼らの力になるというのなら、その利用法を検討しよう」
 ケイオースとセイランがしばしの間、精霊が持つ蓄積された知識を総動員して陣の利用法を検討する。
「……お兄様、これならどうでしょうか」
「……ふむ、いけそうだ。一緒に朝日を見ると約束したからな、それでいこう」
 ここに来る前に言葉を交わしたミーミル・ワルプルギス(みーみる・わるぷるぎす)のことを案じながら、ケイオースとセイランが準備に入る。

「闇よ、彼者と陣とを繋ぎたまえ」

 ケイオースが周囲を取り巻く闇に働きかけ、生徒たちと九弓たちの構築した増幅陣とを繋ぐ。

「光よ、正しき行いをする者に、鍵を与えよ」

 そこにセイランが、障害に立ち向かう正しき心を持った者たちだけが増幅陣の恩恵を受けられるよう、光の祝福を施す。これにより、自然現象そのものが増幅陣を利用して力を増すことなく、生徒たち全てが増幅陣の恩恵を受けられるようになったはずである。その効果は、多少魔法の威力が上がった、多少魔法の発動確率が上がった程度のものかもしれないが、立ち向かう生徒たちの力になったことは確かなはずである。