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嘆きの邂逅~闇組織編~(第5回/全6回)

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嘆きの邂逅~闇組織編~(第5回/全6回)

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第3章 取引

「なによこれーー!」
 葛葉 明(くずのは・めい)の声が酒場に響き渡った。
 天井にはぽっかり大きな穴が開いていて、すがすがしい青空が覗いている。
「どうやら、戦闘があったようですね」
 明に連れてこられたニース・ミョルニル(にーす・みょるにる)はきょろきょろと辺りを見回す。
 そこは、キマクにある出来たばかりの職業斡旋所だ。
 かろうじて営業はされているらしいが、先日訪れた時とは違い、客の数も掲示されている仕事の量も少なかった。
 室内のところどころには戦闘の跡が残っている。
 客たちに聞いて回り、明はそれが神楽崎分校の襲撃を受けてのことだと知る。
 神楽崎分校といえば、親百合園派が多く集まる分校だ。
「神楽崎分校……そして百合園め……」
 明はふつふつと怒りを燃やす。
「お前たちは、このままで良いのか!」
 ダンと、突如明はテーブルの上に立つ。
「不意打ちであったとはいえ喧嘩を売られたんだぞ、このまま負けっぱなしでいいと思っているの!?」
「まあ、ここ同じ奴等の溜まり場ってわけじゃねぇしな。……そん時ここに来てた奴いる?」
 客の1人が聞くと、手を上げる者もいた。
「それなら、これは百合園の連中の、あたしたちパラ実生への宣戦布告だ!」
 明が大声を上げる。
「は? 何で百合園」
「いいから黙って、話を聞け」
 口を挟もうとした男性を、ニースが制する。
「あたしは悔しい、そしてそれ以上に腹が立つ!」
「ちょっと待ってください、お客さん。あなたが立っているそれは、飲食物を乗せるテーブルです。店内では最低限のマナーは守って下さい」
 明を止めに入ったのは、現在の店のマスターヴィト・ブシェッタ(う゛ぃと・ぶしぇった)だ。
「その件に関しては、神楽崎分校側とナシつけてるところですので。襲われたのはうちの店で、お客様は巻き添えを食ったということですな。被害に遭った方への補償もいたしますので」
「……というわけだ。その結果次第だな」
 と、被害にあったらしい男も言って、酒をあおった。
 その後も明は演説を続けようとするが、営業妨害とヴィトに追い出されそうになる始末だった。

 外でも、同じように百合園への敵対意思を示す者がいた。
「神楽崎分校は百合園の傀儡です。百合園はパラ実を嘗めているのです。ケジメを取りましょう」
 D級四天王として舎弟を集めて、ガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)はそう話していく。
「神楽崎分校は親百合園のパラ実生育成所だ。で、あの職業斡旋所襲撃は普通のパラ実生の溜り場だろ。洗脳中のパラ実生を奪われるのが嫌で襲撃したんじゃねぇの?」
 ネヴィル・ブレイロック(ねう゛ぃる・ぶれいろっく)の言葉に、耳を傾ける者もいた。
「百合園C級四天王はあくまで百合園生。百合園は傀儡組織、神楽崎分校を使ってパラ実に勢力範囲を広げるつもりじゃけえの。このまま百合園の横暴を見過ごしてはパラ実の危機じゃけん!」
 シルヴェスター・ウィッカー(しるう゛ぇすたー・うぃっかー)も、2人と共に、パラ実生達にそう語っていくのだった。
 ただ、襲撃を行った神楽崎分校に対しては敵意を持つ者もいたが、3人の主張、神楽崎分校ではなく百合園が敵という認識についてはパラ実生で賛同する者は殆どいなかった。
 そのような考えに至らないのだ。
 神楽崎分校はパラ実生徒会が任命した四天王が建てた分校であり、百合園がパラ実生育成の為に建てた分校ではない。神楽崎優子は個人で建てた分校ということを貫いているし、パラ実生達もそう理解している。
 波羅蜜多実業高等学校に正式に登録された学生は一握りであり、100万人を超えるパラ実生の大半は勝手に名乗っている者達だ。それは旧パラ実生徒会が行った、ドージェ信仰を核に据えた拡大政策や、シャンバラ大荒野や周辺地域の民が、地球との接触によって自らをパラ実生と名乗るようになった一種の文化運動の結果である。
 故に四天王についても所属は関係ない。
 百合園は勿論、学校どころか国家が違っても、パラ実生も四天王も存在するのだ。
 その中には生徒会に正式に任命された者はもちろん、自称や周辺のパラ実生がその実力を認めて、勝手に呼んでいるケースも珍しくない。なので、生徒会の体制が変更された今も、殆どの四天王はそのまま四天王を名乗っている。
 そうした現状があるから、正式に登録していないものや、他の学校や他の職業に就いている者はパラ実生として認めない、名乗ってはいけないという意見は多くのパラ実生の考えからも反することになる。寧ろパラ実生を名乗れないものばかりとなってしまい、現在のパラ実生の多くを否定することになる。
 波羅蜜多実業高等学校は既に学校という枠組みに収まる狭い存在ではないのだ。

〇     〇     〇


 一方、百合園にある喫茶店カフェ・ホワイトリリィでは、神楽崎分校側とあの店を任されているサルヴァトーレ・リッジョ(さるう゛ぁとーれ・りっじょ)が密談を行っていた。
 サルヴァトーレは、ちぎのたくらみで子供の姿に扮している。服装は子供用の黒いスーツ、腕には金色の腕時計。髪型は整髪剤でオールバックにしている。
 神楽崎分校からは、分校顧問のキャラ・宋(皇甫 伽羅(こうほ・きゃら))が訪れている。
 ホワイトリリィは教導団員も多く訪れる場所だ。闇の組織も迂闊には手を出せないだろうと考え、この場を交渉の場に選んだのではあるが、それでも用心の為、宋子分(うんちょう タン(うんちょう・たん))達、キャラのパートナーは警戒を怠りはしなかった。
(異変はないでござるな……)
 盗聴器の類がないことも確認し、光学迷彩で姿を見えにくくしながら、子分は周辺を見回っている。
(怪しい人物は見かけませぬが……)
 宋清(皇甫 嵩(こうほ・すう))は、外を見回っていた。
 察知した闇組織の襲撃がないとは言い切れない。
(売られている可能性も皆無ではござりませぬが)
 そうは思うものも、口に出したら破談になってしまうため口外はしない。
 今は交渉の成立が最優先だ。

 宋襄公(劉 協(りゅう・きょう))は、キャラに従ってボディーガードを務めていた。
 武器も持っていたが、サルヴァトーレ側は意に介していないようだった。
(表向きは詫びですが、密約を含めれば五分の取引ですからね)
 念には念をいれて、情報攪乱の技能で盗聴を警戒し、注意深く交渉を見守っていく。
「さて……」
 パートナーを分校に捕らえられているサルヴァトーレだが、襲撃された後、店側が不利になるような形で手打ちを行っては面子に関わる。低姿勢にはならず、職業斡旋所のメリットにもなるような形での手打ちを提案していく。
・「神楽崎分校」のコネでパラ実生をヴァイシャリーの用心棒、港湾労働者などとして就職させる。
・破損した職業斡旋所を「神楽崎分校」が修復する。
・キメラと研究員は捕縛後に人道的な対応をすることと職業斡旋所 改造科特進コース(別名:威獲弐血江利(いえにちぇり))を研究員の再就職先とすることを分校側が白百合団に提案すること。
 以上を、神楽崎分校側が実施するのなら、分校側が希望する通りの内容で手打ちにする。
 そう打ち出したサルヴァトーレに、キャラはあらかじめ分校長に承認を貰っている案に加筆をして明示していく。

・分校側は即日、リッジョ一家の「職業斡旋所」による分校生への犯罪に関わらない職業斡旋(荷役労働等)を認める。
・分校側は即日、前回破壊した酒場の再建に着手する。
・店側は上記を闇組織に対して「分校に詫びを入れさせ、浸透活動に成功した」として説明してよい。

それから、襄公に目を向け、盗聴などがないことを確認し、密約についても提示する。

・リッジョ一家は他日を期して闇組織と手切れ、独立を行う。それまでの間、三井は担保(表向きは連絡係)として分校に半軟禁とする。職業斡旋は行ってよい。
・リッジョ一家は以後、シマ内で大規模/仁義に悖る悪事を察知した場合は有償/無償で分校/白百合団/ヴァイシャリー軍等適切な組織に情報を提供する。
・分校側は捕縛されたキメラ研究員の身柄につき「職業斡旋所」の指定する「筋目の正しい」研究機関で更生を図れるよう尽力する。
・分校側はキメラを捕獲した場合、上記研究機関へ引き渡す。

・リッジョ/宋はそれぞれの神聖なものに対し上記の履行を宣誓する。

「私はさる人への秘めたる恋情にかけて」
「家族と息子に誓って」この盟約を守ろう」

 2人はそう宣言をして、書面にサインを記す。
 条件の中には実現が難しいものもある。
 双方、実行を試みながら連絡を取り合い、細部を調整していくこととなるだろう。
 交渉が終わった後、両者は軽く息をつき、サルヴァトーレは懐から葉巻を取り出した。
 1本キャラに勧めるも、宋家一門には葉巻を吸うものはいないと、キャラは好意のみ受け取ると礼を言った。
 苦笑して葉巻を懐にしまった後、サルヴァトーレとキャラは世界情勢など、一連の事件とは関係のない雑談を始めるのだった。

〇     〇     〇


「交渉がまとまったようです」
 サルヴァトーレから連絡を受けたヴィトが、店内にいる被害にあったパラ実生に簡単に説明をしていく。
 そして、彼らにサルヴァトーレからの伝言を伝える。
「俺たちに利がある形での手打ちだ。パラ実生同士では出来る限り争いたくはない。暴れたければ、少し待て。いい仕事が次は手に入るだろう」
 怒りが治まらない者もいたが、今後次第だろう。
 続いて、ヴィトは事務室へと向かい、サルヴァトーレの代理として組織の者へ連絡を入れる。
「港湾作業者や用心棒として、ヴァイシャリーに堂々と入り込むことができるようになります。これでヴァイシャリーに大量の物資を隠れて輸送することもできるようになるかと」
 それから、賞金首リストに新たに入った人物の中に、知り合いの名前があったため、外してほしいと話してみたが、それは受け入れられなかった。
 その人物に組織の情報が流れていたのは、サルヴァトーレが流していたからではないかと逆に疑いをもたれてしまった。