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精霊と人間の歩む道~イナテミスの精霊祭~

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精霊と人間の歩む道~イナテミスの精霊祭~
精霊と人間の歩む道~イナテミスの精霊祭~ 精霊と人間の歩む道~イナテミスの精霊祭~

リアクション

 
「雷電の精霊さん達の都市はここなのですね。僕ちょっとびっくりしちゃったですよ」
「ええ、今は力を封印されたとはいえ、大きな力を持つ可能性のあるヴァズデルを守る必要があるとの結論からなの。氷雪の洞穴も同じ理由で、氷結の精霊の都市になっているわ」
 セリシアに都市を案内されながら、土方 伊織(ひじかた・いおり)が周囲に目線を配らせる。伸びる蔦の先に設けられた住処は、鳥の巣を大きくしたような感じで、やはり樹木に関わりの深い暮らしが合っているようであった。
「……姉様とはどうですか? その、姉様に振り回されたりとかしてませんか?」
 そこへ飛んできたセリシアの問いかけに、伊織がびくーん、と身体を震わせる。
「はわわ、そ、そんなことないようであるような……はわわ、違うですごめんなさいです、サティナさんのことを悪く言っているわけじゃなくて――」
「ふふふ。大丈夫です、分かってますから。……海で見かけた時に、伊織さんの様子からそうじゃないかなと思いましたので」
「み、見られてたのですか……って今もサティナさんどこか行っちゃいましたー。僕とーっても嫌な予感がするですよー」
 直後、伊織の予感は見事的中する。
 
「この方を何方と心得る!
 現精霊長セリシア・ウインドリィ様の姉、サティナ・ウインドリィ様であらせられるぞ!
 頭が高い、控え居ろう!」

 
 二人の前に、サー ベディヴィエール(さー・べでぃう゛ぃえーる)を従え、サティナ・ウインドリィ(さてぃな・ういんどりぃ)がまるで世直しのために諸国漫遊を行った人物の如く現れる。
「おお、格さん。ここにいましたか。さ、参りますぞ」
「サティナさんベディさん、何やってるですか……それに格さんって僕のことですかー?」
 どうやら某番組の影響を受けてしまったらしいサティナと、面白そうだからと便乗したベディヴィエールに伊織が頭を抱える。
「……しかし、どうやら我の出番は無いようじゃの。一通り見て回ったが、諍いや揉め事などは起きとらんかった。これも精霊長の人格かの?」
「……いいえ、姉様の威厳が知れ渡っているからではないでしょうか」
 サティナの言葉に、セリシアが軽い冗談を織り交ぜて答える。直後、サティナがセリシアの身体を抱き、言葉をかける。
「セリシア。住む所は違えど、我はこれからも、お主の姉だの。助けが必要な時は我を呼べ。どこにいても駆けつけてきてやろう。……のう、伊織?」
「あ、は、はい。僕にお手伝いできる事があればお手伝いしますので、遠慮せずに言ってくださいなのですよ」
 サティナが身を離し、そして励ましと慈しみの言葉をもらったセリシアは、目尻に涙を浮かばせつつ微笑んだ。
「伊織、お主も抱いてやったらどうだ?」
「はわ!? ど、どうして僕がですかー?」
「だってお主、一度セリシアに『だきゅ』とされとるじゃろ。……お主、あの時我がどこにいたか、忘れたわけではあるまい?」
 サティナの悪戯な笑みに見つめられて、伊織が固まること数秒。
「……はわー!?!?」
 ようやく内容を理解した伊織が、顔を真っ赤にして喚く。
「現精霊長と熱い抱擁……ふふふ、このことが知れたらどうなるかのー」
「さ、サティナさんっ、他人事みたいに言わないでくださいー」
 からかうような素振りのサティナと、あたふたとその後を追う伊織。
 そんな二人を、セリシアとベディヴィエールが微笑ましく見守っていた。

「……そうでしたか。では、今の所は問題なく都市の建設が進んでいるということでしょうか」
 簡易的に設けられたお茶会の席で、ナナ・ノルデン(なな・のるでん)がセリシアにウィール遺跡のその後の様子を尋ねていた。
「ええ。ヴァズデルのこともありますし、雷電の精霊は今後もここを住処としていくことでしょう。もし何か起きた時にすぐに対処出来ますから。……もちろん、何も起きないのが一番いいのですけれど」
「そうだよねぇ。まあ、色々とあった場所だから、また何か起きちゃうんじゃないかって思っちゃうけど、それをどうにかして乗り越えていくのがボク達の仕事なのかもね。力仕事とかじゃなかったら手貸すよ。そっちはナナにお任せ」
 お茶を飲み干したズィーベン・ズューデン(ずぃーべん・ずゅーでん)が言うと、ナナが眉を吊り上げてズィーベンを軽く睨む。
「ズィーベン、それではまるで私が力バカのように聞こえますよ?」
「えっ、違うの? ……分かった分かったよ、ボクが悪かったからその箒しまって、こんな所で掃かれたら土まみれだよぅ」
 そんな二人のやり取りを微笑ましく見守りながら、セリシアも用意されたお茶に口をつけた。

「後片付けは私がやっておきますね。セリシアさんはどうぞご自由にしていてください」
 ナナの申し出を有り難く受け取り、セリシアは同じ席の場にいたルーナ・フィリクス(るーな・ふぃりくす)セリア・リンクス(せりあ・りんくす)と、散策に出る。
「フルーツタルト、ご馳走さまでした。とても美味しかったですよ」
「お粗末さまです。今日は私が作りました。この前の精霊祭の時はすみませんでした」
 ルーナが謝るのに続いて、セリアが申し訳なさそうにごめんね、と口にする。
「ふふ、そうでしたね。今ではそれも、楽しい思い出の一つです」
 しばらく歩いて、そしてルーナがおもむろに口を開く。
「私、セリシアさんに出会えて、本当によかったって思ってるんです。
 ……今までの私は、戦うことから背を向け続けていました。セリアを傷つけたくない……大切なモノを失くすのがもう嫌で、戦いは他の人に任せて、自分は戦えない人を勇気付けていればいい、そう思っていました。
 ……でも、セリシアさん達と一緒に戦って、そして、大切なモノを守るために戦うことの大切さ、戦地に赴いて誰かを助けることの尊さを知れた気がするんです。
 今こうして、無事に精霊と人とが共に歩めるようになったこと、それはきっと多くの方の力によって成されたものですけど、そこにほんの少しでも私達が力になれたことが、今はとても誇りに思えるんです。
 ……ありがとうございます、セリシアさん」
 ルーナの言葉を静かに聞いていたセリシアが、微笑んで答える。
「ルーナさんが自ら、戦うことの意味について気付いた。それだけでも私は、ルーナさんがお強い方だと思います。私も、ルーナさんやセリアさんに力を分けていただいたことに、感謝しなくてはいけませんね。ありがとうございます」
「あはは、セリシアちゃんに改まって感謝されると、こそばゆい感じがするね! うん、セリアもセリシアちゃんとサティナちゃんには感謝してるよ! セリシアちゃん、本当にありがとうね」
 セリアの言葉に続いて、ルーナが少し言い辛そうに、しかし意を決して口を開く。
「それで、その……これからも、セリシアさんと友人でいたいな、って思って……。
 セリシアさんが雷電の精霊長として多忙な身であることは分かっていますが……これからも、私とセリアの友人でいてくれませんか?」
 ルーナの願いを聞き入れたセリシアは、にっこりと微笑んですっ、と手を差し出す。
「そう言ってくださって、とても嬉しいです。こちらこそ不慣れな所が多くて、お二人には迷惑をかけてしまうかもしれませんが、よろしければこれからもお付き合いくださいね」
 セリシアの手をルーナが、そしてセリアが取り、3つの手が重なる。
「何かあった時は、力になりたいです。精霊と人がそうであるように、私もセリシアさんと、共に歩んでいきたいです」
 誓い合う三人の脇を、優しい風が吹き抜けていった。

「ジーナ! あなたにまた会うことが出来て、嬉しいわ」
 遺跡内部でジーナ・ユキノシタ(じーな・ゆきのした)と再会することが出来たユイリが、花咲くような笑顔を浮かべる。
「……ユイリ、今日はあなたにお話をしに来ました。……聞いてくれますか?」
 ジーナの、決意を秘めた瞳を真っ直ぐに見て、ユイリが表情を整えて頷く。
「……ええ。あれから色々とあったのでしょう? 聞かせてもらえるなら、わたしはあなたの言葉を受け止めましょう」
 ユイリの言葉にありがとう、と呟いて、そしてジーナがゆっくりと口を開く。
「……私はあの時、戦うことで女王の復活を助けられ、それによりすべてがよくなるのならという希望にすがり、可能な限りの非戦闘と疑問をもつ、過去や大義の前におざなりにされているものを振り返る姿勢を安易に捨てて、積極的に剣を取ってしまいました。
 確かに、女王復活には繋がりました。だけど現状は、東西に隔てられてしまっている……」
 『闇龍』を巡る一連の事件、その時の自らの対応を告白したジーナを、ガイアス・ミスファーン(がいあす・みすふぁーん)が見守る。
「……私の実家は農業で生計を立てているんです。その内自分も、農業の道に進みたいと思っています。
 そしてきっと私は、本来樹木や自然があるべき姿を、人のためにゆがめることを選択するに違いないんです」
 農業のことに触れたジーナ、これまで人間が選択してきた品種改良は、植物の本来あった姿を歪めて人のためにいいように作りかえられていく行為と言えなくもないだろう。
「ユイリ……私は、どうしようもないくらいにただの人間です。
 ユイリは私に手を差し伸べてくれた。だけど私には、ユイリの手を取る資格はあるのでしょうか?
 ……こんな私で、いいのでしょうか……」
 暗くなるまいと決意をしてはいたものの、それでも降りる暗い影、それを振り払うようにすっ、とユイリの手が伸びる。
 そう、それはかつて手を差し伸べた、あの時と同じ。
「話してくれてありがとう、ジーナ。そのことにわたしはまず感謝します。
 そして……わたしの心は、あの時に既に決まっていました。
 だからジーナ、あなたがその後何をしたからといって、わたしの心が変わることはありません。それともあなたは、私が結果一つで姿勢を変えるような心の持ち主だと思ったのですか?」
 押し黙ってしまうジーナに、「……ごめんなさい、今のは言い過ぎましたね」と謝るユイリ。
「わたしはもう、あなたを受け入れている。だから、というわけではないけれど……ジーナ、あなたにはわたしを受け入れてほしい。あなたと共に歩む道の先を、わたしは見てみたいのです」
 あの時言った言葉をもう一度繰り返して、ユイリがじっと待つ。
「…………契約をさせてください、ユイリ」
 伸ばしたジーナの手と、ユイリの手が重なった――。

(……もう一年経つのか。懐かしくもあり、そしてジーナ、しっかりと成長を遂げていたのだな……)
 手を取り合うジーナとユイリを見つめて、ガイアスが昔を思い返す。
「イルミンスールの七尾蒼也だ。よろしく」
「ウインドリィの樹木の精霊、ユイリです。これから、よろしくお願いいたします」
 その後、ジーナに紹介された七尾 蒼也(ななお・そうや)の挨拶に、ユイリも挨拶をして答える。
「よかったら、みんなで祭を見に行かないか? その、今まで精霊と付き合いがなかった俺が言うのも何だが、ジーナとユイリの友達の輪に、俺も加えてもらえたらいいなと思ってる」
 そして一行はガイアスを加え、イナテミス中心部を目指す。途中、ユイリに蒼也が話しかける。
「ユイリは、『強化人間』のことは知っているか? 俺は彼らに接する機会があったんだが、彼らのナーバスさ、不安定さは危惧を感じさせるものだった。
 もし出来るなら、イルミンスールの森や精霊の持つ自然の癒しの力で、彼らの情緒を安定させることは出来ないだろうか?」
 蒼也の言葉に、ユイリは少し考えて、そして言葉を発する。
「ここ最近の変化は、誰かが物語を頻繁に書き換えたり、元からなかったページを差し込んだかのよう。その強化人間が、わたしたち精霊が癒すべき存在なのかどうかは、わたしにも分かりません。もちろん、わたし個人としては協力する心積もりはあります。ですが、精霊が、イルミンスールが今後どのように他と手を取り合っていくかは、誰にも分からない。それはあなた方次第であり、わたしたち次第でもある」
 ユイリが告げ終えた所で、ウィール遺跡の入口に到達する。外へ出た一行を、葉の陰から差し込む光が出迎えた。