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仮初めの日常

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仮初めの日常

リアクション

 アユナは緊張で何も言えなくなって、赤くなったまま俯いていた。
 だけれど、視線は彼の足に。彼が消えてしまわないよう、じっと見つめていた。
「ありがとう」
 先に口を開いたのは、ファビオの方だった。
「大変な使命を背負わせて、すまなかった」
 アユナは首を左右に振った。思い切り左右に振った。
「怖かったし、嫌だとも凄く思っちゃったの。でも、友達が側にいてくれたから。アユナのこと、守ったり、助けたりしてくれて……アユナ、舞士様のことが大好きで、だからお力になりたいって思ってたけど、舞士様の為だけじゃなくて、頑張れた気がする。舞士様のことを好きになったことで、大好きで大切な友達が出来たの。だから、全部全部、舞士様――ファビオ様に感謝しています」
「ごめんね」
 さきほどより柔らかな声で、ファビオがアユナに語りかける。
「自分にもわからないことばかりで、ミクル以外頼れる人もいなくて……。知り合ったばかりのキミ達に頼らざるを得なかった。ありがとう、ヴァイシャリーを守ってくれて」
 ファビオの優しい響きの言葉に、アユナは強く頷いた。
 その後も俯き続けるアユナへと、ファビオは手を伸ばして。
 彼女の顎に触れて自分の方を仰向かせる。
「どんなお礼をすればいい? 何でも言ってくれ」
「あ、アユナは……ファビオ様とあ、あく……」
 握手といいかけた途端、際ほどみた裸体、主に下半身が頭の中に浮かび、アユナは真っ赤になってぎゅっと目を瞑る。
 そして、頭をぶんぶん振って、浮かんだ映像を追い出して、はあはあと息をつく。
「写真、欲しいです。あの2人で並んで……っ。で、でも今はいらない。約束だけ下さい」
 また会いたいから。
 これでお別れはいやだから。
 今は何も貰わない方がいいと、アユナは思った。
「わかった。約束する。ただ俺は……今も昔も、アムリアナ女王が一番大切で、一番愛している。それは多分、キミが俺に向けてくれている愛情と同じような愛情だと思う」
「そうかな……ううん、そうじゃないと思う。アユナはファビオ様のこと『大大大好き』だけれど、ファビオ様が国や女王様を『愛する』気持ちには全然勝てないよ。だから、それでもいい。それがいい。アユナはファビオ様と結婚したいとかは、思って……ない、の。アユナと……友達になってくださいっ」
「うん、約束」
 ぽんぽんと、ファビオはアユナの頭を叩いた。
「連絡先はミクルから聞いて」
「はいっ、そ、そ、それじゃ、皆が待ってるからっ」
 がばっと頭を下げた後、アユナは皆の方へと駆けて行った――。

 声の届かない場所で、皆はアユナとファビオを見守っていた。
「……良かったですね、アユナさんとファビオ様がこうして顔をあわせることができて」
 アユナの後姿を見ながら、繭は微笑みを浮かべる。
 アユナに笑顔が戻って、本当によかった。
「結局私は側にいることだけしかできなかったけど、アユナさんが元気になってくれればそれでいいですし」
「正直側にいてやっただけで十分だと思う。そんなこと言ったら私こそ何もしてないしー」
 繭がどれだけアユナの支えになっていたか、エミリアは理解していた。
 そして、何もしていないというエミリアも、自覚はなくとも繭の側で2人を見守り、繭を支えてきていた。
「それにしても、恋かぁ……」
 はしゃいでいたアユナを思い浮かべ、そして、ファビオの前で凄く緊張している彼女を見ながら繭は目を細める。
「私も誰かとあんな熱い恋愛をしてみたいかなぁ……楽しそう」
「でも繭が男に取られるのは絶対に御免だからね!」
 すぐに、エミリアのそんな反応が返ってくる。
「繭ちゃーーーーん、エミリアちゃーーーーん! 鳳明ちゃーーーーん!」
 そんな繭達の元に、ファビオとの会話を終えた、アユナが駆けてくる。
「アユナさん、お疲れ様です」
「繭ちゃん、どうしよう、アユナ、ファビオ様に顎と頭触られちゃった。もう顔洗えないかも、頭洗えないかもーっ」
 アユナは繭に抱きついて、きゃあきゃあ騒ぎ出す。
「それじゃ、私が触ったら申し訳ないですね。また触ってもらえるように、ちゃんと洗わないとだめですよー」
 微笑みながら、繭はアユナにそう言うのだった。

 飛び去ろうとするファビオの元へは、鳳明とエミリアが駆けつけていた。
「怪盗舞士でも6騎士嘆きのファビオでもない。ファビオという一個人に、1つお願い……というか約束して欲しい」
 鳳明がファビオに真剣な目を向ける。
「絶対に自分から命を投げ出さない事を」
 少し力を行いて、鳳明はファビオに笑みを向けながら、言葉を続ける。
「アユナさんをミクルくんを守ってくれるのは判ってるから、後は自身もちゃ〜んと大事にして貰わなくっちゃ、ね!」
「……わかった」
 ファビオはくすりと笑みを浮かべた。
 エミリアはよりファビオに近づいて、脚をエイッと蹴り飛ばす。
「……っ!?」
 それから彼だけに聞こえる声で言う。
「……あの子を泣かせたら、許さないからね」
 エミリアのその言葉にも、頷いて。
 それから彼は大きな光の翼を広げて、空へと飛び立った。
「ただ……俺、嘘つきだけどね」
 そんな言葉が満面の星空から降ってくる。
「もぉ! ファビオのバカーっ」
 鳳明が大声を上げる。
 だけれど、彼女の顔には笑顔が広がっていた。