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冥界急行ナラカエクスプレス(第1回/全3回)

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冥界急行ナラカエクスプレス(第1回/全3回)
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第1章 境界を超えるモノ・その3



「じゃあ、次は奈落人について訊きたい。奴らがエクスプレスを危険視してる理由ってなんだ?」
 今度の質問者はジェルソミーナ・ファブリカ(じぇるそみーな・ふぁぶりか)だ。
 腰まで伸びた長い髪と中世的な顔立ち、トリニティに詰め寄る様は男性が口説いているようにも見える。
「博識なあんただから、理由も掴んでるんじゃないのか?」
「残念ながら博識な私と言えども、詳しい情報はまだ掴めていません。あまり干渉するわけにもいきませんし……」
「干渉……?」
「お気になさらず、こちらの事情です。情報が必要ならば、彼らに直接訊いてみてはどうでしょう?」
「直接って……、その彼らってのは奈落人の彼らのことだよな?」
 眉を寄せつつ聞き返すと、相棒の熊獣人ドマーニ・オルソ(どまーに・おるそ)の顔がどんどん青ざめていった。
「ちょ、ちょっと待ってください。そうすんなり応じてくれる人達なんですか?」
「私の知る限り、そんなお人の良しの奈落人は存在しません」
「や、やっぱり……」
「何かを得るにはリスクが伴うものですし、もうじき現れるでしょうから、訊いてみてもいいのではないですか?」
「……そりゃつまり、このまますんなりと出発は出来ないって言ってるわけか?」
「ええ、彼らの攻撃的な性格を考えれば、我々を黙って見過ごすはずがありません」
「こ、こわいこと言わないでくださいよ」
 おどおどするドマーニに続き、何人かの生徒がざわざわと窓の外を警戒し始めた。


 ◇◇◇


 それに関連して、ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)も席から立ち上がった。
 ほとんど蒼学生の車内、イルミン生の彼女はとても目立つのか、一斉に視線が向いた。
「あ、えっとイルミンから来ました、ソアです。今回は環菜さんを助けるのに力になろうと思って来ました。イルミンスール魔法学校と蒼空学園は良きライバルだと思ってるので、またエリザベート校長先生と環菜さんが憎まれ口を言い合えるように頑張りたいと思ってます。他校生ですけれど、皆さん、よろしくお願いしますね」
 ペコリとお辞儀をすると、車内の空気がちょっといい感じになった。
 他校生にもそんな風に環菜を思ってくれる人がいるのは、とても心強いものである。
「で、質問なんですけど、もしかして奈落人は環菜さんの復活を危険視しているのでしょうか……?」
「……いい着眼点ですね、どうぞ続けてください」
「環菜さんが復活すれば、当然暗殺した人達にとっては都合が悪いはずです。メールによれば奈落人に不穏な動きが発生したのは『近頃』とのことなので、環菜さんと同時期に敵も手を回していた可能性もあるのではないでしょうか?」
「なるほど、優れた洞察力をお持ちです」
「え? えへへ……、褒められちゃいました。あ、それで最近、奈落人に接触した組織とかってあります?」
「弊社の調べでは、すこし前にそのような事実が確認されています」
「じゃあやっぱり……」
 言いかけたソアの肩を、連れの緋桜 ケイ(ひおう・けい)がポンと叩いた。
「確認しておきたいことが幾つかあるんだけど……、俺からも質問していいか?」
 もう一人の他校生の存在にまた視線が集まった。
「ソアの幼なじみの緋桜だ。環菜救出に助太刀するつもりだが、あいつがただ死んだものとは思ってない。亡きあとも全てはつつがなく進み、御神楽大恐慌すら発動しなかったからな。きっと何か理由があってのことだったんだと思う」
 その言葉に、どこかで環菜がただで死ぬはずがないと思っていた生徒がうんうんと頷いた。
「ま、俺の考え過ぎかもしれないが、こいつ共々『イルミンからのお手伝い』ってことでよろしく頼む」
 修行のため百合園に留学中なのだが、心はいつもイルミンスールなケイなのである。
 自己紹介を終えると、トリニティに向き直り質問を始めた。
「まず誰が味方で敵なのかをハッキリさせておきたいんだ。奈落人の主要人物についておしえてくれ」
「いい質問ですね」
 またもジャーナリスティックに言う。
「これから当列車の向かう地域は、三人の奈落人が支配しています。ガネーシャ、ハヌマーン、タクシャカ……、彼らは初めてナラカに落ちたパラミタ人達と言われており、ナラカに落ちてきた地球人やパラミタ人を配下に付けて戦乱に興じています。ただ、三者の勢力が拮抗しているため、ここ数千年は大きな戦争もなく落ち着いているようです」
「三すくみの関係ってわけだな」
「ええ、ですが近頃、その均衡が崩れたという噂があります」
「……近頃ですか。もしかすると、さっき話に出た奈落人に接触した誰かが関係してたりします?」
 ソアの問いに、トリニティは頷いた。
「まあ、タイミング的にそうだよな。ちなみにだけどよ、その三人の奈落人の中で友好的なやつはいるのか?」
「そもそも領土争いを繰り広げる凶暴な戦闘種族です。友好関係が結べるかは関わる人の才能次第でしょう」
「それって……、ヤンキーと仲良くなれる奴もいるし、なれない奴もいるって感じか……?」
「有り体に言えばそういうことです」
 そうなのかもしれないが、ヤンキーならともかく、相手はたぶんギャングの百倍たちが悪い人達なのである。
「……なんだかおっかない人たちみたいですね、ケイ」
「俺、そんな奴らとまともなコミュニケーション取れんのかな……」


 ◇◇◇


「折角ここまで来たんだから、俺様も質問するんだぜ!」
 赤の扉を選びそうな勢いで手を挙げたのは、ソアのパートナー、雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)である。
「この列車は古王国時代の女王が建造したって話だが、もしかしてトリニティは女王に仕えていたのか?」
「そのような事実はございません」
 サクッと否定された。
「あ、そうなのか……」
 普通の受け答えなのに、否定されるとシュンとしてしまうのは何故だろう。
「いや、なんだか浮世離れした雰囲気だから……、なんかすまん……」
 おずおず着席したベアを、ポンポンと背中を叩いて主人がなぐさめた。
 一方、ケイのパートナーである悠久ノ カナタ(とわの・かなた)は、トリニティを眺め思索を巡らせている。
 さっきから黙っているのに気付き、ケイは肘で突ついた。
「おまえは何も質問しなくていいのか?」
「とりあえずはな……、しかし、なんとも気になる要素が揃っておる」
「ああ?」
「現世を意味するパラミタに対し、地獄を意味するナラカ。そこに三神一体を意味するトリニティを名乗る者まで現れれたのだ、これを興味深いと言わずしてなんとする。その名が示す通り、ブラフマー、シヴァ、ヴィシュヌといった三つの人格を有しておるのか、あるいはその役割を演じておるのか。はたまた他に二人のトリニティがおるのか……」
「お、おいおい、名前だけでそこまで推理したのか?」
「それぐらい出来んでどうする」
 コホンと咳払いをし、カナタは話を続ける。
「まあ、協力的なメールの内容といい、敵ではないと思いたい。ヴィシュヌは人間に対し慈悲深い神……、そのヴァーハナであるガルダを象徴する鳥ような何かがあれば、わらわたちにとって敵ではないと確信に至れるやもしれぬ」
「ガルダねぇ……」
 果たして我々の世界の知識がどこまで適応されるのだろうか。
 それを確かめるにはまだ情報が足りない。