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イルミンスールの大冒険~ニーズヘッグ襲撃~(第2回/全3回)

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イルミンスールの大冒険~ニーズヘッグ襲撃~(第2回/全3回)

リアクション

 
●イナテミス総合魔法病院
 
 『イナテミス総合魔法病院』ではルシェイメアが、詰めていた医師にアキラの提案を申し出ていた。
「なるほど、事情は理解した。……だが、問題が2つある。
 1つは人の問題。流石にここにいる全員を向かわせるわけにはいかないから、特に怪我人を運ぶ男手が不足するだろう。
 もう1つは、現地に向かうまでの交通手段。ここから現地までは100キロ以上ある、それだけの人数を運ぶだけの交通手段が、直ぐに用意できるかどうか……」
 話を聞いた医師が腕を組み、思案を巡らせていた所へ、入口からどよめきが聞こえてくる。
 何事かと振り向いた先には、厳つい格好に身を包んだパラ実の生徒たちを引き連れた姫宮 和希(ひめみや・かずき)の姿があった。
「話は聞かせてもらったぜ! そういうことなら俺達に任せな!」
 外には、彼らのと思しき派手に改造されたバイクが置かれていた。どうやら、彼らを移動の手段に協力させる心積もりであるようだった。
 確かに、体力に自信のある彼らが医師を乗せて現地に向かえば、交通手段と人手の両方の問題をいっぺんに解決出来ることになる。
「……だ、大丈夫なのか? どこか別の所に連れ去られたりはしないだろうか」
「姫宮和希、パラ実新生徒会会長兼ロイヤルガード。問題ない、見た目はアレじゃが頼れる奴らじゃ」
 ルシェイメアの助言に、不安を覚えつつも頷いた医師が、同僚と共に人数の選定に取り掛かる。
「ああっと、悪ぃがこいつらを診てやってくれ。子供だからな、ちょっとした傷でも危ねぇだろ」
 言って和希が、パラ実生が連れて来た複数の精霊の子供を医師に紹介する。和希がパラ実生と共に整備を進めていた『イナテミス自然公園』の近くで倒壊事故が発生し、遊びに来ていた子供たちが閉じ込められてしまったとのことであった。
「分かった、直ぐに手当てをしよう。君、手伝ってくれるか」
「ウッス! 改造手術なら任せるッス!」
「バカ野郎! 子供相手に改造とか言ってんじゃねぇ!」
「す、すいやせんでした、姐さん!」
 和希に蹴り飛ばされたパラ実生が謝罪して、医師の後を子供を抱えて付いて行く。
 その間に、選定の末選び出された医師たちが準備を終えて集まって来た。
「いいか! いい加減なマネをしたらお前達の明日はないと思え!」
「ウッス! 男磨かせてもらいやす!」
 和希にハッパをかけられたパラ実生たちが、後ろに医師を乗せ、けたたましい音と光を放ちながら砂煙を上げて走り去って行く。
「……果たして、着くまでに意識を保っていられるじゃろうか」
 呟くルシェイメア、そして和希の下に、治療を終えた子供たちが連れてこられる。
「どの子も、大した怪我ではなかったよ。すまないけれど、この子たちの親が来るまでどこか安心出来る場所に連れて行ってあげてほしい。ここでは落ち着けないだろうからね」
「そっか、診てくれてありがとな。……えーっと、確かこの街のどっかに託児所が建ったって聞いたような……」
「それならばセレスティアが向かっておる『こども達の家』じゃな。わしの用事も済んだことじゃし、共に行こうか?」
「おっ、助かるぜ! ……もう少しだからな、頑張れよ」
 不安に満ちた表情を浮かべつつ、和希の言葉に頷く子供たちと共に、一行は『こども達の家』を目指す。
 『イナテミス精霊塔』を挟んで反対側、大通りの角にその建物はあった。
 
●こども達の家
 
「手伝っていただいてありがとうございます。子供たちも落ち着きがなくて、どうしようかと思っていたんです」
「そんな、お礼を言われるほどのことはしていませんよ」
 礼を述べる女性に、セレスティアが謙遜した笑みを浮かべる。実際、彼女はただそこにいるだけだったのだが、彼女の持つほんわかとした雰囲気が、今の子供たちにとって何より求めていたものだったらしく、彼女の周りは子供たちでいっぱいであった。
「セレスティア、様子は……と、その様子であれば、問題ないようじゃな」
「あ、ルシェイメアさん。はい、すっかり懐かれてしまいました」
 そこへやって来たルシェイメアと和希が、連れて来た子供たちを預かってもらえるように打診する。
「いくつかの協力組織と連絡を取れるようにしとくから、すまねぇ、こいつらを頼むぜ」
「分かりました、私たちも出来る限りのことはしてみます」
 打診を受けた女性に振り返って、和希が次の行動に移ろうとすると、その羽織っている制服の裾を引っ張る手があった。見上げる子供の視線と、再び振り返った和希の視線が重なる。
「未来の舎弟ッスね! 姉さんパネェっす!」
「茶化してんじゃねぇ! ……淋しい気持ちは分かるが、俺は行かなきゃなんねぇ。大丈夫だ、街も、おまえの父ちゃん母ちゃんも、俺達が守ってやる」
 同じ目の高さにしゃがんだ和希の手が、子供の頭を優しく撫でる。
「……うん、わかった。ボク、まってる。だから……かえってきてね、おねえちゃん」
 微かに微笑んだ子供に、今度こそ振り返って和希が建物を後にする。
「姐さん! これからは『おねえちゃん』って呼びやすか!」
「バカ言ってんじゃねぇ!! 行くぞテメェら!!」
 照れ隠しにパラ実生を蹴り転がして、和希が他の場所へと向かっていく――。
 
●イナテミス市民学校
 
 イナテミスに住まう子供たちに一般教養を教える目的で建設されたこの場所は、イナテミスで最大規模の敷地面積を有し、屋根付きの建物もあることから、現在は避難場所として多くの住民が、安全を求めて避難してきていた。
「……はい、そちら方面でしたら、D教室ですね。手狭で申し訳ありませんが、ご協力お願いします」
 不安そうな表情を浮かべた住民へ、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)が街のどこから避難してきたのかを聞き、場所に応じた教室へと案内していく。
「おお、あんたもこっちに来てたか」
「ああ、これはどうも。良かった、私だけかと思いましたよ」
「どうも一人だと心細くてねぇ。ここに来れば誰かいるかと思ってさ」
 案内された住民は、教室の中で見知った顔を見つけてホッとした様子で、会話に混ざっていった。
「メイベルさん、そちらはいかがですか?」
 廊下の向こうから、同じく避難してきた住民の案内に当たっていたヘリシャ・ヴォルテール(へりしゃ・う゛ぉるてーる)フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)がやって来て、お互いの状況を確認し合う。5つある教室のどれもがかなりの人数で占められていた。
「大分、人が多くなってきましたね。ここの他に、街の皆さんが落ち着ける場所を探した方がいいでしょうか」
「そうですね。この近くでしたらメイベルさんと一緒に建てられた『イナテミス文化協会』、大きな建物でしたらサラ様の治められる地区にある『イルミンスール武術イナテミス道場』があります。あちらは『イナテミスファーム』と提携して食料を倉庫に保管なされているそうですし、建物自体の強度も申し分ないとのことですので、避難場所には適していると思われます」
「分かりました、では、連絡を取ってみましょう。私は文化協会と連絡を取ってみます、ヘリシャは道場の方をお願いします」
「はい、分かりました。フィリッパさん、お付き合いいただけますか?」
「ええ、もちろんですわ。ではメイベル様、無理はなさらずお気をつけて」
 ヘリシャ、フィリッパと別れて、メイベルがイナテミス文化協会に連絡を試みる。
(この街に生きる人々の命を護る……そのために取れる方法なら、何でもやってみせましょう……!)
 
「食事を作れる人がこっちに来てくれて助かったよ。『衣食足りて礼節を知る』なんて言葉があるように、美味しい食事があれば落ち着けると思ったからね」
「私としても、結果としてここの設備を借りることが出来たのは幸いです。でなければ、たった半日でここと同等の、イナテミスの住民を収容できる野外レストランを作ることになりかねませんでしたから」
 グツグツと煮える鍋の加減を見るセシリア・ライト(せしりあ・らいと)の言葉に、食材を運んできたヘルムート・マーゼンシュタット(へるむーと・まーぜんしゅたっと)が答える。イナテミス市民学校の5つの教室が避難民の滞在場所に割り振られる中、残る自由教室はこうして避難民に温かい食事と飲み物を提供する場所として機能していた。
(ニーズヘッグがイナテミスに現れるまで半日……その後の戦いが一昼夜続くとして、一人当たり5食ないし6食必要……今蓄えられている分と、これから増える分とを考慮して……)
 教室の片隅に積まれた物資と帳簿とを見比べて、シャレン・ヴィッツメッサー(しゃれん・う゛ぃっつめっさー)が足りなくなりそうな物をリストアップしていく。イナテミスにオープンした『わるきゅーれ2号店』を切り盛りする中で身に付けたスキルが、この場においては有効活用されていた。
「あの〜、俺達に何か手伝えることありますかね? 何もしないのも悪いって思って」
 そこへ、住民の内何人かがシャレンに手伝いを申し出る。手を止めたシャレンは住民たちに柔らかな笑みを向けて、ありがとうございます、と礼を述べる。
「力仕事なら任せてください!」
「えっと、手先は器用な方かな?」
 力こぶを見せつける男性、指先をツンツンと合わせる女性の言葉を聞いて、シャレンがテキパキとそれぞれに最も得意そうな仕事を割り振っていく。
「……では、以上のようにお願いしますわ。分からないことがありましたら、私やヘルムートに声をかけてください」
「ありがとうございます! よーし、働くぞー!」
 意気込みを見せて、住民たちがそれぞれの場所へ向かっていく。
(……さ、こちらの仕事を終わらせませんと)
 そんな彼らを優しげな笑みで見送ったシャレンが、再び真剣な表情に戻って計算の続きに取り掛かる――。