校長室
薄闇の温泉合宿(最終回/全3回)
リアクション公開中!
「私はこっちをやるから、ルインお願い」 稲場 繭(いなば・まゆ)も、パートナーのルイン・スパーダ(るいん・すぱーだ)と一緒に、キッチンでスイーツを作っている。 「よし、任せろ」 そうは言ってみたものの、繭から受け取ったボールで何をすればいいのか、ルインにはさっぱり解らなかった。 ボールの中には白い液体が入っている。 とりあえず、ボールをぐるぐる回して、混ぜてみる。……これでいいのだろうか。 「あ、説明してなかったね、ごめん。こうして左右にかき混ぜてね。とろみがついたら、教えてね」 すぐに繭が気づいて、ルインに説明をしていく。 「……わかった」 言われたとおり、ルインはかき混ぜていくが、左右に飛び散ってボールが汚れてしまう。 これで本当にいいのだろうか。 とろみがつくってどういうことだろうか。混ぜてると何か変わるのだろうか。何でだろうか。 力いっぱい混ぜた方が早まるんだろうか。 さっぱり解らないまま、一生懸命ルインは混ぜる。 だけれど繭に、違う違うととめられてしまう。 繭はとても優しかったが、やはりルインにはお菓子作りは難しく、落ち込んでいってしまう。 (昔から剣以外のことは教わらなかったからなぁ……結局いいところ何も見せられなかった) 繭に気づかれないように大きくため息をつく。 「大丈夫、どんなことだって、少しずつなれて上手くなっていくのだから」 繭が作業をしながら、優しい笑みを浮かべる。 繭には落ち込んでいることを気づかれてしまっているようだ。 ルインも軽く笑みを浮かべて頷いて、繭に教えてもらった通りに、ボールの中身を混ぜていく。 あまり落ち込んでばかりもいられない。 今はこうして平和に料理を作っていられるけれど。 シャンバラの戦乱はまだ終わっていないのだから。 よいところを見せようと必要以上に張り切ってしまったことで、失敗してしまっていたようにも思える。 沢山失敗したが、本当に危ない時に、失敗をするよりずっとマシだ。 きちんと彼女を守れるように、こうして学びつつ、側にいようとルインは思っていく。 「沢山作ってらっしゃるんですね」 繭は隣でカナッペの用意をしているネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)に声をかけた。 合宿所にある食材で作られた、ハーブ風味蒸し鶏、タンドーリチキン、ツナサラダ、ゆで卵サラダ、ポテトサラダと、さまざまな具材が用意されていた。 「食べ盛りの人が多いから、夜食は必要だしね。これだけじゃ足りないと思うけれど……他にも軽食作ってくれている人もいるし、スイーツも沢山あるから、大丈夫かな?」 ネージュは伝説の果実をスイーツではなく、一部をタンドリーチキンの漬け込みカレー調味料に使い、残りをさいの目に刻み、トッピングとしていく。 カレーのルゥはヴァイシャリーから持ち込んだ自作ルゥだ。 豚や牛の肉は手に入らなかったけれど、鶏肉を中心に肉類も沢山使って作っている。 「あんまり手の込んだものは作れないけれど、今年の最後ぐらいは……ね」 ネージュの微笑みに、繭も微笑み返して、頷く。 集まった皆の沢山の笑顔を見たいねと、心の中で語り合い2人は微笑み合った。 「国が二つにわかれちゃったり、ロボットが出てきたり……色々ありました。多分来年も大変なことになるんでしょうね……」 繭は伝説の果実の皮を剥きながら言う。 「でも、それでもこの、皆で仲良く楽しみたいって気持ちはかわりたくない、と思います」 繭の言葉に、今度はネージュが頷いた。 「心のヒーリングも、救護班の務め、かな。楽しい時間を過ごしてもらいたいね」 これからもずっと、こうして皆で楽しい時を過ごしたいと皆に思ってもらえるように。 「定期的にこういうパーティやりたいよな〜」 ゼスタがひょいっと、ミルミがカットに失敗したパウンドケーキをつまんで口に入れた。 「うん、美味い美味い♪」 そしてにっこり笑みを浮かべ、キッチンに集った皆の顔にも笑みが広がる。 「生クリームできました。足りなかったら使ってくださいね。あ、こちらのフルーツ少し分けてもらえますか?」 「どうぞー。それじゃ、生クリームちょっともらうね」 繭と葵はフルーツと生クリームを交換しあった。 そうして、協力しあいながら、和気藹々和やかに料理を作っていくのだった。 「スープを作ってきました。あと、こっちは味噌のスープだよ」 竹芝 千佳(たけしば・ちか)は、畑で採れた野菜を使ったスープと、味噌汁を作ってトレーに乗せて持ってきた。 温め用の小鍋も用意してある。 既に会場には、沢山の契約者達が集い、準備をしながら軽く宴会を始めていた。 「今晩は年少者も年明けまで起きててもいいが、羽目を外しすぎるなよー」 若葉分校の教師である高木 圭一(たかぎ・けいいち)は、テーブルを回ってパラ実生や小さな子に、声をかけていく。 「どうぞ。あと、スープも作ったの。よかったら飲んでね」 千佳は彼の後ろについていき、バスケットに入れてきたお菓子を配ったり、スープが入った大鍋の場所を教えたりしていく。 「おうおう、いつもありがとー」 「千佳ちゃんも一緒に楽しもうぜ」 パラ実生が手を伸ばして千佳を撫で、そして抱き上げた。 「あ……っ」 「こらっ。僕の大事なパートナーに何するんだ」 ペシッと圭一が千佳を抱き上げたパラ実生の肩を叩いた。 「いやー、可愛いからさ、ほっぺにちゅーしたくなってな。いつか、センセーが見てないとこでな」 そう言い、その少年は千佳を下ろして頭を撫でるのだった。 「ほっぺにキスくらいなら……うーん。やっぱり疚しくないことなら、見ているところでやるように。千佳、変なことをされそうになったら、とにかく逃げるんだぞ?」 「うん」 圭一が自分のことを心配してくれているのだと感じて、千佳は嬉しかった。 「でも、大丈夫」 千佳は圭一に言った。 羽目を外しそうな人がいたとしても、別の誰かが止めてくれると思うから。 「そうだな」 圭一もわかっているようで、優しい微笑みを千佳に見せて、一緒にまたテーブルを回り始める。 「おォ! こっちにも頼むぜ」 大きな声に振り向けば、若葉分校の番長である吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)が、千佳を呼んでいた。 「うん、あ、こういう時は番長さんとか、生徒会長さんに一番に配った方がよかったのかな?」 千佳が圭一に尋ねる。 「若葉分校ではそういうことは気にしなくていい」 「うんっ」 元気に返事をして、千佳は竜司の元へ走って、お菓子を配っていく。 「スープも持ってくるね」 「転ぶなよ。一緒に行ってやろうか」 「ううん。通路狭いから、軽くて細いあたし一人の方がいいと思う」 「そうかそうかー」 子供故にちょっと失礼なことも言っていたが、竜司は全く傷つかないし気にしない。 「……今日もモテモテだな、竜司」 圭一が、軽く笑みを浮かべながら近づく。 「イケメンだからな、グヘヘヘヘ」 竜司が得意げに笑みを浮かべる。 ただ、竜司の周りに集まっているのはヤンキー少年だけで、女の子の姿は一人も、一人たりともなかったが。 「あっちの席に、パソコン設置するぞ」 対照的に、ゼスタが沢山の女の子に囲まれ、スイーツとパソコンを持って訪れる。 (性格的には竜司の方がいい男だと思うんだが) 後輩というより問題児の訪れに、圭一はふうと息をついた。 「色々大変だったなァ。メンドウなのは全部帰ったのか?」 パソコンをテーブルの上に置いたゼスタに、近づいて声をかけたのは竜司だった。 「ん? まあそうだな」 アジト探索以降、ゼスタは龍騎士や西ロイヤルガードとのことに関して、竜司達一般参加者に説明しようとしなかった。 竜司は世界情勢のことについてはあまり把握していないが、優子が東シャンバラのロイヤルガードの隊長だということは知っている。 ゼスタの立場が微妙であったことも。 竜司は国がどうなろうと気にしない男であるが、仲間のことには敏感だった。 ゼスタは(真意はともかく)、竜司のことをイケメンと言ってくれた『オレの事を解ってくれる良い奴』であり、『オレの優子に選ばれて契約してもらった奴』なので、そこそこ信頼してもいい奴という認識だった。 「おおーし、合宿の最後ぐらい皆で騒いで終わろうぜ!」 竜司が大声を上げる。 若葉分校生からオオーと賛同の声が上がる。 「ガッコーとか、立場とか、細かいことはナシだ、楽しくやろうぜ!」 竜司のその言葉を合図に、若葉分校生達が次々にクラッカーを鳴らしていく。 「メリー・クリスマス!!」 「クリスマスじゃねぇ!」 「いやだって、クリスマスやりたかったんだよぉ」 誰かが大ボケをかまして、仲間達に笑いながらフクロにされている。 そうして、笑いと共にパーティは始まったのだった。