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静香サーキュレーション(第2回/全3回)

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静香サーキュレーション(第2回/全3回)

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【?3―1・苦悩】

 気がつくと、静香はいつもの自分のベッドに寝ていた。
 慌てて飛び起きて斬られたあたりをさすってみるが、それらしい傷はなく大きめの胸も変わらずにあって。また溜め息をついた。
「また、繰り返してる……でも僕は、どうすればいいんだろう」
 何者かが暗躍しているのは確かだとはわかっているものの。
 静香は、汗に濡れた枕を思わず握りしめ、自分の握力の低下を自覚して落胆する。
「僕がなにかしたら、また余計なループが起きてしまうかもしれないよね……」
 そんな沈んだ心のまま、静香はいつものように校長室へと向かう。
 途中。
 大久保泰子と、なぜか振袖姿のフランツと遭遇した際、
「校長。なんだか、いつにも増して美人ですね。よかったらお茶でも」
「フランツ、オマエ校長はんは男の娘やぞ? 自分の専門は女性やろ、見境なしに口説くな!」
「いや。よく嗅いでみればわかる。校長は今、女性で間違いない」
「……何? 男か女かくらいは? 臭いでわかる? ……お前は犬か!! そんなことやから公式発表で死因腸チフスの、裏むけ発表脳梅毒ちゅうことになるんやー!!」
「ちょっ、それはいま関係ないでしょうが!」
「校長はんを、守るのはいいけど、手は出すなよ。怖い怖い親衛隊の人らもいてるんやから。あ、そうや。聞いときたいんやけど、このループについてなにか気付いとるんか?」
 口説かれ、質問されてという展開に戸惑いながら、
「い、今は急いでるから。お茶は今度ね。ループのことは……うん、まだわからないことだらけだから。僕からはなにも言えないよ」
 答えて足早に立ち去った。
 それ以外は特になんの変化もないまま、ラズィーヤに仕事を任せていった。
(ループも、この身体のことも、今回で全部終わってくれないかな)
 保健室で横たわる間も、希望的観測を考えることしかできず。
 やがて昼食を届けに来た亜美にも、これまでのことを同じように説明して。
「なるほどね。でも、か弱い女の子っていいと思わない? 守られてるばかりって表現だと、いい印象じゃないかもしれないけど。ワタシとか、ラズィーヤに守ってもらえることは、静香にはとっても幸せなんじゃないかな?」
 返ってきた一言一句変わらないセリフに、静香は自分がどう答えるかでこの先変化があるかなとも思いつつ、結局うまい言葉が思いつかず。
「そう、かもね。きっとそうだよ」
 動揺しながら同様の言葉を紡いでいた。
「ちょっと失礼します」
 そのとき、ドアを開け放って入ってきた水橋 エリス(みずばし・えりす)と、ニーナ・フェアリーテイルズ(にーな・ふぇありーているず)
 明らかに狙ってきたとしか思えない登場だが、それもそのはず。実はふたりは、会話をたまたま通りがかった際に立ち聞きしていたのだった。
「私は、イルミンスール生の水橋エリスです。突然ですけど、まず他校の私が百合園の学長であるあなたに失礼な物言いをすることを、先に詫びておきます」
「あ、ちなみにあたしはエリスのパートナーのニーナ・フェアリーテイルズね」
 エリスはさきほどの静香の回答が気に入らなかったようで、黙っていられず割って入ることにしたようだった。
 そんなエリスの気迫に静香も亜美もわずかに押され、
「あの。自分でいうのもなんですけど、私もか弱い女性です。荒事は正直苦手で、そういった事は、得意な二人のパートナーに任せています」
「む。あたしは関係ナシ状態? まあいいけど」
 途中でニーナは『荒事が得意な二人のパートナー』というのに自分が入っていないことにぶうたれつつも。事実ではあるし、自分はもっと別の形でエリスの役に立つつもりであることから、それ以上突っ込むのはやめておいた。
「でも、私は任せているだけでいいとは思っていないんです。なにか自分でも何か出来ることはないかって、ちゃんと考えてるんです」
「つまる所お姉ちゃんは、パートナー達に任せっぱなしにしないで自分でも動いて欲しいなぁって事だよ?」
 エリス達のそうした遠慮なしの駄目だしに、静香はなんと言えばいいか困った様子で。
 代わりに亜美が口を開かせる。
「とっても素敵な話だけど……あくまでも、理想論よね。心意気や勇気や愛情で、握力が増すわけでも、足が速くなるわけでも、魔法が上手くなるわけでもないのよ?」
「でも、パートナーとの関係は相互扶助であるべきです。そうした理想を持っているのと持っていないのとでは、全然違うと、私は思います」
 負けじと言い返すエリス。そんないつになくかなり強気に押すパートナーを眺めながら、ニーナは嬉しそうに口元をほころばせていた。
 亜美はしばらく何か言いたそうにしたが、結局そのまま立ち去ってしまった。
 エリス達も静香が考え悩みはじめたのを見て、これ以上は彼女が自分で決めることだとその場を後にしていった。
(誰か任せなのは、悪いことなんだろうか。いや、そういうことじゃないな。要は、僕はどうしたいと思ってるんだ?)
 しばらく悩みに没頭する静香だが、そこへドアがノックされる音がした。
「はい。開いてますよ」
 これまでのループでお見舞いに来てくれた誰かだろうかと予想したが、それは外れた。
 入ってきたのは如月 日奈々(きさらぎ・ひなな)冬蔦 千百合(ふゆつた・ちゆり)。もっとも、彼女達もお見舞いに来たのは同じようで、日奈々はクッキーの箱を、千百合はフルーツの籠を持っていた。
「静香校長……お身体は、大丈夫……ですか?」
「どうもー♪ 忙しいからって、無理しちゃダメだよ」
 そんなふたりに、静香は悩んでいるのを悟られないよう笑顔を作り。
「ありがとう、わざわざ。たいしたことないから安心してよ」
「そうですか……よかった。お腹すいてたら、これ……どうぞ」
「お見舞いと言ったら、やっぱりフルーツだけどさ。でもまさか、フルーツ盛り合わせを購買で売ってるとは思わなかったなー」
「はは。基本的に百合園は、どんな奉仕もできるよう努めてるからね」
「静香校長……ほんとうになんとも、ない? なんだか、すごく、つらそう……」
「え? ほ、ほんとになんでもないから。あー急に元気になってきたかも」
 あっさり作り笑顔を見破る日奈々に、静香は慌てて飛んだり跳ねたりして必死に元気さをアピールして取り繕っていた。
(静香校長は、わかりやすすぎるんだよね。まあそこがいいとこなんだけど)
 ちなみに千百合も、静香の雰囲気が妙なことはわかっていて軽く苦笑いしていた。
「……失礼します」
 と、そのときまた別の見舞い客高務 野々(たかつかさ・のの)がやってきた。
「静香様。ちょっとよろしいですか……? ループのことでお聞きしたくて……」
 野々が近づいてきたのと、静香が慣れない身体で調子にのりすぎてベッドのスプリングの上でバランスを崩したのは、ほぼ同時だった。
「「わあ!?」」
 おかげで、野々は静香からフライングボディプレスをくらわされる羽目になった。
「ああっ、ご、ごめん! だいじょうぶ!? 頭とか打たなかった?」
 すぐに起き上がってぺこぺこと頭をさげまくる静香だが。
 野々の頭のほうはそれどころではなかった。
(静香様って、男性ではなかったでしたっけ? あれ? ……まずいです。ほんとーにまずいのですよっ?)
 女性になっていることにあっさり気がついて、しかも静香が自分にとって直球ど真ん中の好みタイプであったため、それはもう混乱していた。
「落ち着いて私……そう、静香様は性別なんて関係なく敬うべき対象。百合園生の心の支えとなっているんだから……だから、手を出すなんてとんでもない……絶対ダメ。頑張れ私……っ!」
 やがてなにやらぶつぶつと、心の声をもらしはじめる野々。
「私は普段の静香様を尊敬してるのだから……そう、頼りなくとも、守って上げたいって気になっても、それでも皆で仲良く頑張ろうって仰ってる静香様が好きなんだから。だから、暴走して和を崩す真似はできない……って口に出てますっ?」
 そこまで呟いて今更ながら自分の口の動きに気がついて赤面する野々。
「……どうしたのかな。あのひと」
「なにひとりでブツブツ言ってるんだろ? よく聞こえないけど」
 日奈々たちにまで声は届いてなかったようなので、わずかに安心して、
(だ、誰にも聞かれませんでしたよね……? うん、逃げましょう。ほんとーのことを口に出すなんて恥ずかしいのです……)
 脱兎の如く保健室から出て行ってしまった。
「せっかく来たのに、もう帰っちゃったね……」
「結局なんだったの? まあいいや、あんまり長居しても悪いし。あたしらもそろそろ行こうよ。静香校長、今日はゆっくり休みなよ」
「早く、元気になると……いい、ですねぇ……」
 ひらひら、と手を振りながらふたりも保健室を後にした。
 そして静香はというと。
 実のところちゃんと野々の声が耳に届いていて、その内容を吟味し、また悩んでいた。
(尊敬される僕、皆で仲良く頑張る僕、か。でも今の僕は頑張れるんだろうか)
 手をぐっぱと握り、軽く拳を振ってみる。
 その拍子に肘が棚にぶつかって、痛さに悶絶する。あまりの情けなさに涙が出かけた。
(とにかく、今は休もう)
 来客が次から次にやってきて、あんまり休めていないどころか逆に疲れてきたので改めてベッドに横になろうとしたが。
「……校長、校長。……静香校長!」
「え?」
 そこへ、窓の外から手だけ出して呼びかける人物がいた。
「助けてくれ校長」
 声に導かれるまま窓の下を覗きこんでみると、茂みの中に身を潜めるアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)がそこにいた。
「そんなとこでなにやってんの」
「いや、俺さ。あれからずっと探検してたんだけどな。いきなりループが解除されただろ? そのせいで危うく警備員に見つかりそうになってさ」
 静香は前日のアキラの行動を思い出す。
(たしか百合園に入り込んだついでに、ループの調査をしてくれたんだったっけ)
「とりあえず近くの倉庫に隠れたのはいいんだけどさ。うっかりそのまま寝ちゃって朝になってな。その後どうにか人目を忍んでここから脱出して自分ちに帰った……と思ったら、いつの間にかまた倉庫の中に逆戻りさせられてたんだよ」
「なるほど。つまりこのループのせいで、帰るに帰れなくなったってことか」
「ああ。だから悪いんだけど校内を歩く許可をくれないか? ループについてはちゃんと調べるからさ」
「帰ることができないんじゃ仕方ないしね。わかったよ」
「おう、話は決まったな。助かるぜ」
 アキラは安心するなり、ガサガサと茂みから這い出て窓から保健室へと侵入し、
「で、今度はどんな異変が起きてんだ?」
 葉っぱを払いながらさっそく本題に切り込んできた。
 静香は事情を説明していき、今度は今まで秘密にしていた女の身体のことも話しておいた。やはりこのループがはじまったことと、自分が女になったことは、切り離して考えるべきでないと考え直したらしい。
「マジでか?」
 聞き終えても半信半疑で静香をじろじろ見ていたアキラは、おもむろに胸をむんずとつかんだ。柔らかかった。とにかくそれが強く印象に残った。
「わあ! な、なにやってんだよ!?」
 胸元を押さえ、ザザザザザと後ろへ下がりまくる静香。
「……いいんじゃねぇかこのままで」
 手をわきわきさせてにやけるアキラは、涙目で恥じらう静香の反応をもっと見たいとさえ思っていたりした。
(こりゃ面白ぇ……ラズィーヤ殿がついからかいたくなるのも無理はねぇな……って、ラズィーヤ殿!)
 と、そこで冗談めいた顔から一転して、真剣な顔で静香につかみかかるアキラ。
 静香は軽く悲鳴をあげるが、そんなことには構っていなかった。
「校長! ラズィーヤ殿はどうなった!? あれからちゃんと助けたのか!?」
「へ? あ、う、うん。ラズィーヤはなんとか助かったよ」
「そんときの状況、あれから何があったか詳しく教えてくんねぇか?」
 静香はもう一度アキラから一度距離をとって、わずかに乱れた制服を正しながら前回の顛末を教えてあげた。
 聞き終えたアキラは、なにかがわかった風に頷いて腕組みし。
「ふーん……じゃーたぶんループは解除できるなぁ」
「え? ど、どうやって?」
「簡単だ。お前さんが自分は男がいいと心底そう思い、そして宣言すればいい。それでループは解除されるハズだ」
「そう……なのかなぁ。でも、試してみるだけでもやろうかな」
 と、そこでいきなり脳天チョップをかますアキラ。
「いたぁ! な、なにすんの」
「アホゥ。俺が前に言ったじゃねーか。お前さんの身の安全が確立されるまでは解除するな」
 ハッとして、前のループで斬られたことを思い返し、顔色を悪くさせる静香。
「それともういっこ。お前さんが自分は女がいい、ずっと女でいたいとそう思い宣言してもループは解除されるだろう。そしてお望み通りにずっと女の子として生きていけるハズだ」
 その選択肢を肯定されるとは予想外だったのか、かなり戸惑いの色をみせる静香。
 アキラとしては悪意があって自分の推理を披露したわけではないので、最後にきっちりフォローをいれておくことにした。
「ま、大いに悩めばいいさ。その悩みも苦しみも、いずれお前さんの大きな糧となることだろう」
 そう言ってアキラは、今度はちゃんとドアから出て行った。