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それを弱さと名付けた(第2回/全3回)

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それを弱さと名付けた(第2回/全3回)

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chapter.13 空京大学(3)・会談 


 舞台は空京大学へと戻る。
 激しく事態が変わっていく蒼空学園とは反対に、空京大学はしいんと静まっていた。否、静寂が訪れていたのは大学というよりも、学長室である。
 涼司が学長室のドアを開け、アクリトと対面してから数十分。挨拶や今回の会談に至った経緯の話もほどほどに、ふたりの間で主に流れていたのは説得の言葉でも罵詈雑言でもなく、沈黙だった。
「……学長室に居座るために、ここに来たのかね?」
 アクリトが、目の前で多くを話そうとしない涼司に言う。しかし涼司の答えは、部屋に入ってすぐに告げた言葉と同じだった。
「だから、俺が言いたいことはもう言ったぜ。蒼空学園は、俺らの手で守っていくってな」
「先ほど私が言った共同運営については断固拒否し、一線を引くということか」
 ここに来る前までの涼司だったら、アクリトのその問いに頷いていたことだろう。しかし蒼空学園を出る前、また出た時、そして大学に着いてこの部屋に来るまで。あらゆる生徒の意見を聞き、涼司はその心境には変化が起きていた。
「断固拒否、まではしない。俺が校長としてやってく中で、言いたいことがあったらその時は言ってくれて構わない。ただ、あくまで学園のことについて何かを決めるのは俺たちだってことだ」
 それが、周りの生徒たちの意見も聞いた上で涼司が出した答えだった。言うなればアクリト同様、彼もまた生徒たちによって新たな答えを出したのだ。
 が、しかし。今度はアクリトがその意見に対抗する番だった。
「それは私の考える共同運営とは少し形が違うように思えるな。あくまで君がすべての決定権を握るのであれば、それは結局権力を掌握することになる。生徒だけの運営を不安視しているからこそ、私は共同運営というものを持ちかけているのだよ」
 得てして、会談というのはすんなり納まりづらいものである。片方が意見を主張すれば、片方がそれに納得せず別な意見を出す。すると今度はまた納得ができず……という具合になかなか互いが合意できる案は生まれない。このふたつの学校の会談も、その様相を呈していた。
 沈黙に耐えかね、口を開いたのはアクリトの警護をしていたラルクだった。
「山葉校長、ひとつ横槍を失礼するぜ」
 断りを入れてから、ラルクが言う。
「ここに来た時点で決意は固まってるかもしれねぇが、どうか学長の意見にも耳を傾けてみてくれ。聞くだけでいいんだ。その後は、山葉校長の柔軟な発想に期待してるぜ。お互い、じっくり腹を割って話してほしいんだ。より良いシャンバラになるためにな」
「ああ、俺はいくらでも本心で話し合うつもりだ。アクリトがどうかは知らないけどな」
 ラルクに答えつつ、涼司はアクリトの方を向いた。アクリトも涼司の方をじっと見ていたが、ラルクの言葉を聞き、改めて周囲に視線を動かした。
「ふむ……山葉くん、せっかくこの場にはお互いの学校の生徒たちがいる。試しに彼らの言葉も聞いてみるというのはどうかね」
 このままでは前の時と何も変わらず、平行線を辿るだけだと悟ったアクリトが周囲の生徒たちに話を振る。確かに、今現在この学長室には涼司に着いて大学まで来た蒼空学園の生徒、アクリトの護衛や会談の見学という名目で部屋にいる空京大学の生徒が何名もいた。涼司がそれに頷くと、それぞれがそれぞれの顔を見合わせ、誰が口火を切るのか様子を窺っていた。
 そんな中、先陣を切ってふたりの前に進み出たのは蒼空学園の風祭 隼人(かざまつり・はやと)だった。
「じゃあ、遠慮なく言いたいことを言わせてもらうぜ」
 隼人の視線は、真っすぐアクリトに向けられている。
「山葉校長の力不足をいくら説明されたところで、アクリト氏なら大丈夫って保証がないと思うんだよな。兼務することになったら、能力があっても発揮できなくて中途半端になるってこともあるだろうし」
 アクリトの表情が心なしか尖ったように見えた。が、隼人はお構いなしに主張を続ける。
「そういうリスクがある以上、協力をもし受け入れるとしても制約付きで、って方が俺は良いと思う」
「……制約とは何だね」
「まず、共同運営を持ちかけてる以上、意見を言うのは相応の実績を持つ組織運営経験者、それか有識者に限ること。それと、どんな事項でも最終的には現校長である山葉が決定権を持つこと。要は、現体制を維持して、見過ごすことができないような問題が起きた時だけ、役立つアイディアを聞く形だな」
 一通り隼人の意見を聞いたアクリトは、ふう、と溜め息を吐いて答えた。
「先程も言ったが、どうも共同という単語の意味合いを誤解しているようだ。現体制に不安要素があるからこそ、こうして私が判断の一部を担おうと言っているのだが」
 さらにアクリトは、そもそも、と付け足す。
「現体制にそこまでこだわる理由は何かね」
「理由? まあ、さっきも言ったけどそっち側の能力が信頼に足るか分からないからってのもあるし、環菜の遺言を守りたいからってのもある。けど、俺にとって何より大事な理由は、蒼空学園の居心地だ」
「体制が変われば、居心地が悪くなる、と?」
「俺は、アクリト氏が求めてるような平穏とか安定をそんなに求めてないんだよ。蒼空学園ってのは、どんな可能性も受け入れた上で、冒険ができる楽しい学校であってほしいと思ってる。それが、今の学園にこだわる理由だよ」
「冒険とギャンブルは違う」
 あくまで現在の学園の状況に否定的なアクリト。隼人はともすれば息が詰まりそうなこの空間の中、そんな彼にあっけらかんとこう言ってのけた。
「何にしたって、俺が個人的に感じたことは同じだけどな。『つまらない提案をありがとう。ビッグなお世話だこの野郎』ってとこかな」
 隼人の大胆な言葉に、学長室が一瞬ざわっと音を立てた。当のアクリトは、静かに――逆にそれが怖くも感じられるほど静かに、短く言った。
「……なるほど、君が言いたいことは分かった。では、他の者の意見も聞くとしよう」
 その厳かな温度を感じた生徒たちは、思わず二の足を踏む。部屋の中は、いつの間にかピリピリしたムードに包まれていた。そんな危うい空気を換気したのは、ハーブティーをトレイに乗せて入室してきた九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)とパートナーのシン・クーリッジ(しん・くーりっじ)だった。
「蒼空学園の皆、おもてなしが遅れて済まなかったね。淹れたてのハーブティーだよ」
 ジェライザは涼司、そして彼が引き連れてきた生徒たちひとりひとりにお茶を差し出す。全員に振る舞った後、アクリトの前にもカップを置くことを忘れない。
「おい、飲みもんだけじゃ味気ねぇだろ! こっから適当にお菓子でもつまみやがれ」
 乱暴な口調でシンが、バスケットをテーブルに置いた。
「シン、客人にはもうちょっと丁寧に……」
「あぁ? よく言うぜ、その茶だって淹れたのオレだろ」
 ついでに言うと、目の前のお菓子をつくったのもシンである。シンは蒼空学園の生徒たちがお菓子を手に取る前に、すっとナプキンをそばに置きながら言った。
「ほら、敷物も用意してやったからポロポロこぼすんじゃねぇぞ」
 おまけに言うと、これもシンのハンドメイドである。ジェライザはやや不安そうに、蒼空の生徒たちの方をちらりと見る。
 胸中に不安が浮かんだのは、何もシンの言葉遣いのせいだけではない。ジェライザは涼司の影響力を危惧していた。
 カリスマがある彼は、良くも悪くも人に影響を与えてしまう。その涼司が乗り込んできたことで、ついて来た生徒たちまで彼の性格に右へ倣えで冷静さを失ってしまったら?
 ジェライザは、ナプキンを一枚手に取って、涼司に渡す。話しかけるきっかけとして。
「どうか、大学の、蒼空学園を支えたいという気持ちをちょっとでも分かってくれたら嬉しいな」
 環菜に涼司や生徒たちがいたように、蒼空学園はひとつの力では成り立たない。涼司がもしここに来るまでに何人かの生徒と話し合って今のような結論を出したのだとしたら、一致団結した結果なのだろう。そうやって意思を、力を合わせるということは大切だ。しかし皮肉にも、その決意が涼司を意固地にもさせている一因なのではないか。
 懸念、提示、願望、様々な意味合いをきっとジェライザはその言葉に込めたのだろう。彼は信じていたのだ。涼司が視野をもっと広げてくれることを。そして、アクリトが学園や涼司を悪いようにする人ではないだろうということを。
「俺も、誰彼構わず噛み付くのは良くねぇってことくらいは理解してるつもりだ」
 ジェライザの運んで来たカップを口に持っていき、一口飲んでから涼司が言った。理解しているというよりは、生徒たちによって再認識させられたと言った方がより正確であろう。
「まあ、どうしてもお互いに理解し合えない場合は、おふたりで殴り合いでもしてみては? 拳で語り合って分かることもあるかもしれないということで」
 半ば冗談に近い口ぶりで、ジェライザが言う。と、その言葉に真っ先に反応したのは涼司たちが来る前にアクリトへ同じように決闘を進言していた綾乃だった。
「ほら、やっぱり殴り合いは必要なんです! 殴り合い宇宙なんです!」
 興奮のあまり、妙なことを口走る綾乃。ちなみに宇宙と書いてそらと読むらしい。そんな綾乃、そしてジェライザの言葉を聞き、涼司は思わず笑みをこぼした。
「決闘ならいつでも受けてやるぜ、アクリト。そっちの得意分野じゃなさそうなのが惜しいとこだけどな」
「ここに来る前生徒にも言ったが、暴力を使った解決は考えていない」
 対照的に、一切表情を変えずに告げるアクリト。涼司は大学の生徒とアクリトを見比べると、少しだけからかうように言ってみせた。
「にしても、案外自分の学校の生徒のこと把握しきれてないんだな」
 涼司からしたら、思わぬ形ではあるものの、一杯食わせたような形になったのが珍しかったのだろう。今まで言われたい放題だった彼は、仕返しとばかりにアクリトに言う。
「……君にそれを言われるとはな」
「そういう軽口が通じない真面目なところが、生徒とのズレが起こる原因なんじゃないか?」
 ちょっとした舌戦に発展しつつあるふたりの会話。が、次にアクリトが口にした言葉は、到底「ちょっとした」なんて言葉では収まらない、涼司の沸点を超えさせるものだった。
「御神楽前校長は、常に毅然とした態度で生徒にも振る舞っていたと思うがね」
「……環菜は関係ねぇだろ」
 途端に顔をしかめさせた涼司を見て、心なしかアクリトの口の端が僅かに緩んだ気がした。
「これでは亡くなった御神楽前校長も浮かばれないな。せっかく自分が指名した後継者がこの様子では」
「……おい」
 一段と、涼司のトーンが低くなる。
「俺のことをどう言おうが構わないけどよ、環菜のことまでそんな風に言うんじゃねぇ!」
 最後には語気を荒げ、涼司が勢い良く立ち上がった。そのまま彼は、持っていた剣を握り上へ掲げる。咄嗟のことに、周りの生徒たちも止めるよりも驚くことに時間を取られてしまっていた。
 そんな中、あわや乱闘になるかという事態を体を張って蒼空学園生、樹月 刀真(きづき・とうま)が止めた。彼はおそらく涼司が何かをしでかすことを想像していたのだろう。いつでも間に割って入れるよう構えていたのだ。
 びり、と剣が衣服を切り裂く音が部屋に響く。
 刀真の着ていた黒いコートの端に、涼司の剣が切り込みを入れていた。
「……っ!」
 目の前のその状況にはっとした涼司が、慌てて手を引っ込める。対照的にアクリトは、眉ひとつ動かさず目の前の涼司と刀真を見ていた。破れたコートを脱ぎながら、刀真が涼司に言う。
「自分が不安になれば剣に手を伸ばし、どうしようもなくなれば刃を振るう……それがてめえの弱さだよ」
 その声は静かで、けれども確かに凛とした強さを帯びていた。そして刀真は、先程の涼司に負けずとも劣らないほどの怒気を孕んだ声色で彼を叱りつけた。
「その眼鏡を渡した時に俺はなんて言った? てめえはその時なんて答えたよ? 『俺たちが』蒼空学園なんだろ!? 勝手にひとり先走ってんじゃねえ!」
「……刀真、その辺で」
 ヒートアップした刀真の肩にそっと触れ、現れたのはパートナーの漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)だ。
 月夜はすぐ近くにいるアクリトの代弁をするかのように、涼司に言ってきかせる。
「涼司。涼司の……ううん、私たちの年齢の人間が学校を経営するなんて聞いたら、普通は不安になるのが当たり前。独立経営なんて、能力を見せて不安を払って、信用を得てからじゃないと無理。環菜はそれを実行してた。だから、私たちも力を合わせて、周りからの信頼を勝ち取ろう?」
 再び彼女の名前が挙がる。しかし涼司はもう血を上らせることはない。刀真の体を張った説得と、月夜の穏やかな言葉が涼司を冷静にさせたのだろう。
「アクリトが、なんで蒼学のために力を貸そうとしてくれているのか考えて」
 月夜は、そのままアクリトの言葉を待たずに喋り続けた。
「もし蒼学がほしいなら、経営が傾いてから動けばいいのに。少なくとも今の私たちじゃ、そうされたら大した抵抗が出来ないんだから。そうしないのは、ほしいからじゃなく、守りたいから。違う?」
 振り返り、月夜がアクリトに問う。アクリトは月夜を見下ろし、静かに答えた。
「少し、違うな」
「……え?」
「私が守りたいのは、蒼空学園だけではない。シャンバラを守りたいのだ。学園の運営を担おうとしているのは、その一環に過ぎない。バランスを保つことが、シャンバラを守ることにも繋がるのだからな」
 アクリトのその言葉を聞き、刀真は思う。
 当事者のふたりは、争いを求めているわけではないのだと。ただ今回の件に関しては、涼司は「環菜から任された」という思い入れがあり、アクリトは不安要素を廃した合理性を持っている。つまりそれは、言い換えるなら感情を中心に考えているか理性を中心に考えているかの差だ。
 どうにかその違いを気づかせてあげたい。刀真はその思いのままに、言葉を放つ。
「アクリトは、経験不足からくる手腕のなさや後ろ盾のなさを察し、けれど生徒の心証も考慮した上で共同運営だと主張してるんだろう。つまり、当人が納得さえしてくれればいずれは独立経営も考慮してくれるはずだ」
 黙ってその言葉を聞く涼司。刀真は続けた。
「今蒼空学園では、新生徒会の発足など積極的に成長しようと皆が動いている。だから、今は弱い部分をフォローしてもらう共同運営でも構わないと思う。ただ、最終的に成長した姿を見てもらって、それが認められれば運営を自分たちだけに任せてほしい」
 そんな刀真の意見を後押ししたのは、涼司が学園を出る直前まで生徒会の会長に立候補していた美羽だった。彼女もまた、涼司と共に大学へ着いて来た生徒の中のひとりだったのだ。
「そうだよ! 今学園では、校長をバックアップするために皆いろいろ頑張ってるんだから! 涼司だってそりゃ最初はへたれ眼鏡だったかもしれないけど、今はすごいやる気満々で頑張ってるんだよ」
 最初は、素肌の上から制服を着るような男が校長で大丈夫かなって思ったけど、と付け足して、美羽は言った。
「だから、そのやる気を評価してあげてほしいっていうか、意気込みを消さないでほしいっていうか……」
 上手く言葉に出来ず、もどかしい様子の美羽。しかし彼女の主張は、周りに伝わっていた。それは、刀真と近いふたりを立てた主張。
 校長は涼司が続ける。アクリトにはバックアップをしてもらう。そうして最初は支えてもらい、ゆくゆくは独立を視野に入れてもらう。それが、彼らの願いだった。
「そちらの生徒たちの考えは分かった。山葉君の考え如何によっては、そういった体制を考えなくもないが、どうかね」
 一通りの意見を聞いて、アクリトが言う。
「その新生徒会とやらも含めて、一度蒼空学園を視察させてもらってから決めることにはなるが」
 涼司は、沈黙を貫いていた。何が最善か、必死に脳を働かせていたのだ。その言葉のない空白を埋めに来たのは、涼司が学長室に来る前アクリトにお茶を出していた司、そのパートナーであるグレッグだった。
「み、みなさん、とりあえずもう一杯お茶でもいかがでしょう」
 少しでも雰囲気を柔らかくしようとしての行動だろうか。仮にグレッグがそれを狙っていなかったとしても、彼のケアレスミスが偶然にもそれを叶えることとなる。
「あっ……!」
 うっかり、カーペットの端につまづいてしまったグレッグ。その拍子に、持っていたお茶がトレイから落ちてしまう。当然、お茶は床に飛び散り、辺りに染みをつくってしまった。
「す、すいませんっ……」
 慌ててふきんを取りに戻るグレッグ。それを見て、咄嗟に、そして自然とその場にいた生徒たちが手持ちの布やティッシュなどで染みを拭き取っていく。そこに、蒼空学園や空京大学の生徒という区切りや垣根は見えなかった。
 あらかたカーペットを敷き終えたタイミングで、場を仕切り直すように、新たな提案をしたのはノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)であった。本来なら契約者である影野 陽太(かげの・ようた)と共に来たかったのだが、陽太が全身全霊をかけて環菜の復活に奮闘しているため、やむを得ず単独で涼司についてきたらしい。
 そのノーンが告げた提案は、あまりに斜め方向からのものだった。
「もうこの際、まーじゃんで決着をつけようよ!」
「……え?」
 これには、涼司もアクリトも思わず声を揃えて聞き返した。ノーンはお構いなしに続ける。
「まけた人はね、かった人の言い分に耳をかすの!」
 あまりにこれまでの場の雰囲気にそぐわないその提案に、涼司が苦笑いをしつつ答えた。
「麻雀なら、学園に帰ってから相手してやるから」
「違うもん、涼司ちゃんとアクリトちゃんが勝負しないと意味ないもん」
 そう言うと、ノーンはどこからか携帯用の麻雀セットを取り出し、勝手に準備を始めた。
「ほら、皆でやろう?」
 しかし当然というべきか、その願いは聞き入れられず、他の生徒たちにあやされたノーンはひとり部屋の外に移され、そこで携帯アプリの麻雀をしたという。
「ロン! 槍槓ドラ7でばいまん?」
 外からは、ノーンがひとり遊ぶ声が聞こえてきてなんだか切ない気持ちになった。

 そんなノーンの無邪気な振る舞い、そしてグレッグがこぼしたお茶の件もあってか、雰囲気がだいぶ穏やかになった学長室。
 とりあえず、お茶を飲み終えて一服した後に会談を再開しよう。
 どことなくそんなムードになり、一同はリラックスしている。と、他の生徒同様一休みしていた刀真と大学側の生徒、如月 正悟(きさらぎ・しょうご)が着信に気づく。どうやら涼司とアクリトが舌戦をしている時にメールが来ていたようだ。
 ふたりがそのメールを開くと、そこにはバイアセートが気を失う前に送ったと思われる文面が書かれていた。メールを読んだふたりは、一気に緩んでいた気を引き締めた。それはその内容が、一連の失踪事件でさらわれた生徒たちの所在が書かれたものだったからだ。
 そのメールを彼らは、周囲に伝える。途端に、空気に緊張感が混じり出した。
 ようやく出口の見えてきた会談とは逆に、まだ解決していない問題もあることを全員が気づかされたのだった。