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リアクション
chapter.2 蒼空学園(2)・出発
涼司が校門を出ようとした時だった。
「ん……なんだ……?」
校門のところに数名の生徒の影があるのを、彼は見つけた。いくつかの影は、涼司の姿を認めるとそのまま彼の方へと向かってくる。やがて涼司もその姿をはっきりと捉えると、その中のひとりが小走りで駆け寄り、声をかけた。否、声よりも先に、その生徒の腕が涼司の首にかかった。
「見いつけた、っと」
「おぐっ……!」
唐突にラリアットを食らった涼司は声にならない声を上げる。咳き込む涼司に、声が降ってきた。
「おいおいおい、誰がカチコミ行こうぜ言ったよ」
それは、ダメージを与えた張本人、東條 カガチ(とうじょう・かがち)の声だった。
「カガチ、いきなりラリアットをしては説得力がないですよ」
カガチと共に校門のところにいたと思われる、リュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)がゆっくりと近づき、冷静なトーンでつっこみを入れた。
「いやあ、この唐変木があんまりにも頓珍漢なことやってるもんだから」
「な、なんだよ急に……」
歩いていたら不意に攻撃を食らい、その上良いようになじられた涼司がカガチを睨みつける。カガチはその視線と真っ向から向き合い、言葉をぶつけた。
「唐変木じゃなきゃあ、見当違いの阿呆だろ」
「さっきから何言ってんだ、俺は今から大学に行って会談を……」
「そんな物騒な面してか?」
涼司は、別段殺気を放っていたわけでも怒りと同化していたわけでもない。ただ、鬼気迫る、という字面通り……とまではいかないものの、涼司はその顔に、体中に揺るがぬ意志をたたえていた。そのオーラを感じた時、カガチのように危うさを覚えたとしてもそれは過剰反応ではないだろう。
「確かにね、俺はカンナカンナ言ってねえでてめえの意思でどうにかしろとは言ったけどもねえ」
不満、それと不安も含みつつカガチは愚痴のように漏らす。
「あのインド人と真っ向から対決なんて、頭蓋骨の中身カンナ屑なのかい」
「カガチ、それはちょっと意味が」
「ただの話し合いじゃあ済まないオーラが、こっからぷんぷんにおうんだよ」
リュースが言葉を挟もうとしたのすら遮り、カガチは続ける。
「だからさあ、まずは落ち着こうぜ」
そしてカガチはさらに一歩、涼司へと近づくとその襟を軽く正しながら言った。
「話するにしても、こんな格好じゃ門前払いだろ? んで、何か勘違いしてるみたいだから言っておくけど、共同運営を進めたのは、何も全部を掌握されろってことじゃないんだよ。させる必要もないしねえ」
「だけど、この学園は俺たちが守っていくんだ!」
涼司の反論にも動じず、カガチは説得する。
「たとえばな、あの新進気鋭、未来のパラミタと地球を引っ張る人材を育成してる空京大学と提携してますよー、ったらなんかすげえ! ってなるだろ? そうやってうまいことインド人の権威を利用するつもりでさあ。なに、大事なとこはこっちで決めたり、便利なとこをいただきますすりゃあいいんじゃねえか」
その言葉が示す通り、カガチも大学に学園を掌握されるのは望むところではなかった。とはいえ、子供のように真っ向から反抗するのも、相手の意地を引き出してしまうと考えていた。その結果彼が涼司にした提案が、「柔軟に構えること」であったのだ。
「ま、あのインド人いっそ踏み台かカーペット代わりにしてやる勢いでいこうぜ。なあ」
涼司の襟から手を放し、カガチが後ろに下がった。
「……自分たちでやることにしか意味がない、なんてことは言わない。けど、他人を利用するなんてことも俺は……」
「恥ずかしいですか? 弱く感じられて」
入れ替わり、涼司に問いかけたのはリュースだった。
「なんだって?」
冷静な声が逆に涼司をムッとさせたのか、やや機嫌の悪そうなトーンで反応する。
「まあ、そんなに血相を変えないでください。今日は説得に来ただけなんですから……と言っても、あなたと話したがっているのはオレじゃなくてアレスですけど」
リュースがそう言うと、彼の後ろから名前を呼ばれたパートナーのアレス・フォート(あれす・ふぉーと)が進み出た。
両脇には、同じくリュースのパートナーであるシーナ・アマング(しーな・あまんぐ)と龍 大地(りゅう・だいち)もいる。というより、ふたりに支えられていると言った方が正しい。歩くことが困難な体を、アレスがしていたためだ。加えて、彼は左腕を失っていた。歩行困難も隻腕も、過去に遭った事故のためのものらしい。
「今日はどうしてもあなたに伝えたいことがあって、ここまで来ました」
アレスは今までの涼司の振る舞い、そして言葉を見聞きし、我慢が出来なかったという素振りで彼に告げる。
「どうか、もっと周囲を頼ってくれませんか? 学内の友人や説得に来た人だけではなく、もっと広い意味で」
「広い意味で?」
その真意が掴めず、涼司は聞き返す。アレスは普段の無口な様子からは意外なほど、口数を多くしてその問いに答えた。
「生きるということは、思っている以上に人を頼らないと出来ないことです。だから、選挙を行って学生を頼っても良いでしょうし、大学のことだってもっと頼っても良いはずです」
「だけど、周りに頼ってばかりいたら、環菜みたいに強くはなれない」
涼司がそう口にした瞬間、アレスの顔が曇った。
「……強いということは、痛みに鈍いということでもあります。ならば、弱いままで何が悪いのでしょうか?」
「悪いなんて言ってないぜ。それに、こないだ生徒たちに説得されてな。頼ってばかりはいられないけど、頼れるやつらがいるってことも思い出させてくれたんだ」
「でもあなたはこうして今、ひとりで大学に行こうとしているのではないですか?」
「それは……」
頭同士の会談に他の生徒を同行させるのもおかしいから。そう言おうとして涼司は、それが自分を納得させるためだけの理由であることに気づき口をつぐんだ。そんなものは、ただの建前だ。
アレスは、静かに、しかし凛とした声でそんな涼司に言う。
「ひとりになろうとした俺を救ったのは……光をくれたのはリュースでした。あなたにも光はあるでしょう」
名前を呼ばれたリュースが、アレスに付け足すように言った。
「……アレスは、オレと出会った時、人を寄せつけず、頼ろうともせず、黙々とリハビリを続けているだけでした。オレはそんなアレスの元に何度も通い、そして契約してもらいました。それは、放っておけなかったというより、オレに必要な人だと思ったからです」
「リュース……」
「つまり、そんなに大差なかったということですよ。アレスと会うまでのオレは、あなたと」
おそらく自身の言葉とリュースの補足でアレスは言いたいことを言い終えたのだろう、そのまますっと引き下がった。それを見た大地が、アレスやリュートとは逆に賑やかな声を発する。
「なあヤマハのにーちゃん。学園ってさ、そもそも生徒だけじゃないだろ?」
自らも蒼空学園に過去所属していた身として、口を出さずにはいられなかったのだろう。大地はそのまま言葉を続けた。
「先生とか用務員、職員の人とかの意見もちゃんと聞いてるのか? もし助けてもらわずに、学園がピンチになったら、その人たちの生活とかはどうなるんだよ?」
「……」
涼司は言葉を失った。もちろん最低限の会議や報告などを行った上での行動だったが、個人個人の意見をじっくり聞いていたかと問われれば、素直に首を縦には振れなかった。それほどに、彼はこの騒動に関して直情的になってしまっていたのだった。
「さっきアレス兄が言ってたろ? 強いってことは痛みに鈍いってことだって。俺、難しいことは分からないけど、人の痛みがわからないやつに何でも決められたくないぜ」
「大地兄様、言い方が少しきつい気が……」
沈黙する涼司に立て続けに言葉をぶつける大地をそう言って大人しくさせたのは、シーナだった。
「すいません、なんだか代わる代わるいろいろなことを言ってしまって。でも、私もこのまま話が進むのはやっぱりちょっと嫌な気がします」
シーナは、前回の会談の様子を見ていたわけでもなければその場に居合わせたわけでもない。しかしそれでも、涼司に冷静さが欠けているということははっきりと感じ取れた。そんな彼に、シーナは言う。
「このまま喧嘩腰でいても、良いことは何もありません。自分に言いたいことがあるなら、しっかり意見を言えるはずですよ。拳じゃなくて、その口から」
カガチやリュース、そしてリュースのパートナーたちに諭されたことで、涼司は自分の認識不足を思い知らされた。
認識不足。
蒼空学園を守るのは、自分でなければならないという決意が有無を言わさぬ正しさを持っていたわけではなかったのだという認識が甘かったことを、涼司は痛感した。
「……こないだ生徒たちに言われて気づかされたことがあったけど、また今もこうして気づかされちまった。悪かった」
頭を掻き、涼司が言った。シーナはそれ以上涼司を責め立てることも、咎めることもしなかった。代わりに彼女がしたことは、冗談混じりの心配だった。
「それはさておき、こんな真冬に上半身裸みたいな格好だと、風邪をひきますよ? 倒れて良い体じゃないのでしょう?」
「これが今年の流行なんだよ!」
からかわれた涼司は大声で言い訳にも似た反論をした。そんな彼を見て、その場にいた生徒たちは安堵の表情を浮かべる。
棘が少しとれたような、そんな気がしたからだ。
顔つき、もしくはその内側に幾ばくかの変化を見せた涼司に、校舎の方から声がかかった。
「涼司さん、待ってください!」
生徒たち、そして涼司が声の方を向く。
そこには、小走りで駆け寄ってきた湯上 凶司(ゆがみ・きょうじ)とそのパートナー、セラフ・ネフィリム(せらふ・ねふぃりむ)がいた。
凶司は膝に手をつき肩で息をしながら、涼司へと話しかけた。
「涼司さん、どうか僕も大学に連れてってください。プログラマ仲間の後輩として、涼司さんの活躍を見ておきたいんです」
既に忘れているものも多いと思うが、彼、山葉涼司は天才的プログラマーというポジションを持っていたのだ。もはや知っている者が僅かしかいないであろうそのことを憶えている生徒がいたことが嬉しかったのか、涼司は二つ返事で凶司の同行を認めた。
「よし、じゃあ一緒に行こうぜ!」
「は、はい」
あまりにもすんなりと同行を許され、逆に戸惑ってしまう凶司。その勢いに多少たじろぐものの、凶司はすぐに彼の後を追った。
同時に、凶司に続けとばかりに数名の生徒がこの時校舎から走りより、涼司に同行を申し出た。おかげで、予想外の人数で大学へと行くことになった涼司。
しかし、それはむしろ彼が生徒に指摘された「周りを頼れ」ということを偶然にも体現した形となっていた。
だからなのか、校門を跨ぎ、学園を出て行く涼司たちをカガチやリュースたちは柔らかい顔で見送っていた。
「そうだ、大学に着く前にひとつ……」
校門を出てすぐ、涼司の背中に凶司が声をかける。
「僕は心配事があるんです。それは今の対立構図です。今のような対決姿勢を崩さないと、立場的に君の方が悪者になってしまう。ここは意地を張らずに、仲間になってもらうつもりで臨んではどうですか?」
「悪者……か。でも、その俺にもこうやってついてきてくれるヤツらがいっぱいいるんだ。確かに俺は大学を敵視しすぎてたかもしれないけど、やっぱり俺の一番の味方はこの学園のみんななんだ」
「カンナ様は、敵とか味方とか言わず、清濁併せ呑める人でしたよね」
「……俺の活躍を見たいとか言ってた割には、俺じゃないヤツに肩入れしてるみてえな言い方だな」
「いえ、そんなことは。僕は、君が心配なだけなんです」
不穏な空気を感じ取ったのか、セラフがそこに口を挟み込む。
「まあまあ、凶司ちゃんも悪気があってのことじゃないのよ。凶司ちゃんが言ってた通り、あたしたち、心配性なだけなのよぉ」
「そっか。なら早いこと、心配されないような校長にならなくちゃな」
「そうよぉ。涼司ちゃん、ただでさえいろいろゴシップまみれなんだから、気をつけた方がいいわよ?」
セラフが言ったそれは、涼司のパートナーの問題か不良として生きていた過去のことか、現在の役職に唐突に就いたことに対してか。あるいは、ネットに書かれた抗争の書き込みのことか。
「……ああ、気をつけるぜ」
それ以上言葉を交わすこともなく、涼司は集団の先頭を進み凶司は後方へと退いた。一緒に移動してきたセラフが、話しかける。
「涼司ちゃんがバカなのは知ってたけど、バカを自覚したバカか天才と信じる大バカか、まだどっちか掴めないわねぇ」
「思ってたよりは鋭い一面もあるみたいだけど、まあバカはバカだな。それにどっちにしろ、僕がやることは決まってる」
凶司は、さっきまで涼司と話していた時とは打って変わって歪な笑みを浮かべている。
昼を過ぎ、冷たい空気はより一層太陽の輪郭を強調している。その澄んだ冷たさでは悪寒を感じることはない。
――少なくとも、凶司が宿らせた薄気味悪い瞳の光よりは。
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