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イルミンスールの日常~新たな冒険の胎動~

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イルミンスールの日常~新たな冒険の胎動~
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「べディさんには、このウィール支城の現場監督をお願いするのです。
 エリュシオン帝国は手を引いてくれたみたいですけど、またいつ攻め込まれるか分からないです。もしもの場合に備えて、まだ未完成な支城を完成させたいのですよぅ」
「お嬢様の勅命、謹んでお受けいたします。シャンバラが国として成立したことは、さらなる戦乱の拡大を予感させます。
 このイナテミスにも戦火が及ぶことも考えられるでしょう。それまでに防衛力の強化を図ろうとするお嬢様のお考え、良き事と思います。
 必ずや、支城は完成させてみせますわ」
 土方 伊織(ひじかた・いおり)に恭しく頭を垂れて、サー ベディヴィエール(さー・べでぃう゛ぃえーる)が『ウィール支城』完成に向けての作業における現場監督を拝命する。
「サティナさんには、精霊さんへの協力をお願いしたいのです。……あっ、でもでも、無茶はダメですよ、セリシアさんと一緒に――」
「うむ、我に全て任せておくがよい。
 ……伊織とて、既成事実が出来上がってしまっては何も言えまい。ここはセリシアにも協力させて、精霊共の中から義勇兵を集め、我の赤備えを組織するのだ。さすればこの支城の主が誰か理解できよう……」
 伊織が言葉を言い終える前に、サティナ・ウインドリィ(さてぃな・ういんどりぃ)がなにやら企みをブツブツと口にしながら、『ウィール遺跡』の方へと向かっていく。
「って、聞いてないですー! せ、セリシアさん、サティナさんを止めてくださいですー」
「ふふ、分かりました。
 ……ですが、これは私の思いですけど、伊織さんにはこれからもぜひ、ウィール支城の主としていてもらいたいです」
 セリシアの言葉に、伊織が慌ててぶんぶん、と手と首を振る。
「僕はとてもそのような器じゃないのですよー。僕は、この支城という器を作れただけで満足なのです。
 後は、この支城を上手く運用してくれる事だけお願いするのです。僕は一生徒としてこれからも協力するのです」
「……伊織さんらしい言葉ですね。
 ただ、私が思うに、例えばアーデルハイト様はおそらく、伊織さんを一生徒としては見ないと思います。
 構想段階から携わった伊織さんに、有事の際の責任者の役をしてもらおうと考えるはずです」
「う……」
 セリシアの指摘に、伊織が固まる。アーデルハイトならそう言いかねない。
「あるいは、イナテミスのことは私たち五精霊に委ねる可能性が考えられます。
 ……そして、私は伊織さんに、このウィール支城の面倒を見てもらいたいと思っています」
「うぅ、で、でも……」
 真っ直ぐに視線を向けてくるセリシアの言葉に、伊織があわあわ、としていると、セリシアがふふ、と微笑んで口を開く。
「もちろん、私たちに強制することは出来ませんし、ここの責任者が誰になろうとも、私たちは同じように責任を果たすまでです。
 ……でももし、伊織さんが引き受けてくださるというのでしたら、私たちは喜んで協力したいと思っています」
 それだけを言い残して、セリシアがサティナの後を追っていく。
「セリシアさん……」
 小さくなっていく背中を見送って、伊織が自らの目的を果たすためにくるり、と背を向ける――。
 
「……うむ、話は理解した。
 確かに、余程のことがない限り、エリュシオンに狙われるのはここよりイナテミスの方じゃろうな」
 伊織の話を聞いて、アーデルハイトがふむ、と腕を組む。余程のこととは、例えばニーズヘッグ襲撃の際のユグドラシルが介入したような事例のことを指していた。
「……あくまでもしもの話じゃが、状況次第では、おまえの支城にアルマインを配置することも検討しておる。
 機能的に、アルマインの火力と機動力を活かせそうじゃからな」
「そ、そうなんですかー。あとあの、支城は僕のじゃなくて皆さんの……」
「まあ、そうじゃな。……じゃが私は、エリュシオンと事を構えるような事態になれば、おまえを臨時の司令官に任ずるぞ?
 わざわざ他の者を宛てがう理由もないでな」
「ぼ、僕には無理ですよぅ……」
 セリシアの言う通りになってしまったことを実感しながら、伊織が辞退の姿勢を見せる。
「なに、司令官に必要なスキルとは、そうたいしたものではない。要は、下につく兵をその気にさせてしまえばいいのじゃ。
 殲滅を望むなら狂気に駆り立てる。……まあ、おまえにそれは厳しいじゃろうから、いっそ全力で助けを乞うてみてはどうかの?
 それも兵をその気にさせる一つの手段じゃ」
 
 司令官とは、あらゆる方法を以て、下につく部下に仕事をさせ、仕事の結果の責任を取るのが仕事である。
 理詰めの戦略を語り、反論の余地を無くす。あるいは自ら先頭に立って武を示す。あらゆる方法が許されつつも、そのどれにも、これなら必ず成功する、という保証はない。
 であるが故に司令官は兵士の何倍も悩み、時には精神を病むことすらある、過酷な職業であった。
 
「実際問題、支城のことを最もよく知るのはおまえたちじゃ。
 私や、イナテミスの町長が行えるのは、そこで動く物、人を向かわせること。現場でどう動かすかは、おまえと、おまえの下につく者に委ねる他ないのじゃよ」
「む、難しいですー……」
「……ま、実際どうするかはおまえ次第じゃよ。
 ともかく、もしエリュシオンの襲撃にあった際は、イルミンスールからアルマインを向かわせる。カヤノや雪だるまの者共も同じ役目を背負っておる、力を貸してくれよう。
 おまえは決して、一人ではないのじゃ」
 
 何にせよ、戦争が起こらなければよいの、と呟くアーデルハイトを背に、伊織がイルミンスールを後にする。
 そして、ウィール支城が当初の計画通り完成の目を見るのは、それから一月半後、二月も終わりに差し掛かろうかというところであった――。
 
 
 ウィール遺跡の手前で、ここまで乗ってきたレッサーワイバーンのクゥアインを降り、しばらく遊んでていい旨を告げると、クゥアインは一声鳴いて大空へと飛んで行った。
(いい風……それに、いい匂い……)
 吹く風が、鷹野 栗(たかの・まろん)の髪を撫で、辺りに漂う木々や獣の匂いを運ぶ。
 足の裏に感じる、しっかりとした感触。その感覚を噛み締めながら、一歩、また一歩と足を踏み出し、栗はウィール遺跡へと向かっていく。
 ――ある、一つの目的を果たすために――。
 
「栗、よく来てくれた。ようやく君と、ゆっくり話をする機会が持てたことを、私は嬉しく思う」
 ウィール遺跡の中心、四本の柱の真ん中で、ヴァズデルが栗を出迎える。
「うん。私も、話をしたいって思ってたの」
 蔦をより合わせて作った椅子に二人が座り、差し込む日を浴びながら、二人は会話に興じる。最初は他愛も無い話から、ヴァズデルとの最初の出会い、そして、改めてヴァズデルがヴァズデルとして生まれた日のことへと、話が進む。
「ヴァズデルが生まれた日のこと……私は、今でも覚えているよ。
 とっても……とっても嬉しかった。ヴァズデルが、同じ道を歩いてくれることが、分かったから」
「私も、忘れることは出来ないさ。
 君たちが私と共に歩むことを願ってくれたからこそ、私も共に歩むことを願えたのだ。
 感謝、という言葉では足りないくらいに、感謝している」
 
 しばし二人の間に流れる、沈黙。
 次いで飛び出したのは、栗の言葉。
 
「あのね、私、ニーズヘッグの件であなたの言葉を聞いてから、『つながり』のことをずっと、考えていたんだ」
 多くの生徒と契約という形に至ったニーズヘッグのことを思いながら、栗が言葉を続ける。
 
「契約するということは、大変なこともたくさんある、と思う。
 互いの苦しみ、辛さ、痛み……時には命すら共有する。
 ……それでもニーズヘッグは、エリザベート校長と、イルミンスールの生徒と、契約を結んだ。
 それは、お互いが望んだことだから」
 
 栗も、パートナーとそしてヴァズデルと一緒に、ニーズヘッグに想いを伝え、結果としてニーズヘッグを契約という形に至らせた一員でもある。
 しかし、栗自身はニーズヘッグとの契約者ではない。
 
「……ヴァズデル。
 私は、あなたと契約を結べたらいいなって思ってる」
「私と、契約を……?」
 
 栗の告白に、ヴァズデルも流石に驚いた表情を浮かべる。
 
「あなたと契約することは、私が想像する以上に、辛く、大変なことなのかもしれない。
 それでも私は、辛さも、喜びも受け止めて、ヴァズデルとつながりを持っていたい。
 世界が変わる様を、生命が織り成す奇跡を、共に見たいと思ったの」
「栗……」
 
 ヴァズデルがあの時言ったことを口にして、栗がすっ、と手を差し出す。
 
「……同じ道を、歩いていけるかな?」
 
 それは問いのようで、願いのようで、呟きのような言葉。
 長いようで短い、短いようで長い沈黙の後、ヴァズデルが口を開く。
 
「……この気持ちを、何と表現すれば良いのだろうか。
 嬉しい、だけでは到底表せない、温かな何かが私を満たしてくれるようだ。
 
 栗が言ってくれなければ、私は私の想いに気づくことが出来なかっただろう。
 ニーズヘッグが起こした奇跡を目の当たりにして、私自身が気づくことが出来ないとは、恥ずかしいばかりだ。
 また、私は人間に……栗に新たな運命を見出されたのだな。
 
 今なら、自分の想いをはっきりと口にすることが出来る。
 栗……私も、あなたとの契約を望む」
 
 言って、栗が差し出した手を、握り返す。
 そして、二人の間を、温かな何かが通じていく――。