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第四師団 コンロン出兵篇(第2回)

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第四師団 コンロン出兵篇(第2回)

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波濤を越えて
 
 さて、時間は、少し戻る。
 
 
 ひたひたと波打つ、暗い内海。
 灰色の波の上を、一隻の艦船が渡って来る。クィクモからミカヅキジマへ向かう教導団の輸送船だ。
「あ、あれだわ!」
 湖族の船の甲板でクィクモの方角を見ていた夏野 夢見(なつの・ゆめみ)は、その船影を見つけて声を上げた。
 夢見は、ミカヅキジマからクィクモへ戻る輸送船を湖賊の船でここまで送って来たところだった。
「すみませーん、ちょっと、あの船に寄せてもらえます?」
 舵を取っている湖賊に声をかける。おうよ、と気のいい応えがあって、船はゆるやかに輸送船に向かった。
 
 
 クィクモからやって来た輸送船の倉庫には、数機のイコンが並べられていた。薄暗い中に横倒しに寝かせられ、帆布をかけられて固定されているが、それでも頼もしい力強さを感じさせる。
「すごいなぁ、いよいよ来たんだねー」
 湖族の船から輸送船に乗り移った夢見は、ほう、とひとつ息をついた。
「はいっ、夏野少尉! これでクレセントベース方面隊も、龍騎士と対等に渡り合えるようになることでしょう!」
 イコンを運んで来た士官候補生、湊川 亮一(みなとがわ・りょういち)が敬礼をして答える。
「い、いや、あたしは少尉なんかじゃないから、今は……」
 夢見は慌てて手を振った。
「転校されたんですか?」
 階級が上の者に対する態度を崩さない亮一に、夢見は困り顔になる。
「何て説明したらいいのかなぁ……。あたし、今、教導団の生徒っていう立場で動いてるわけじゃないんだ。それに、そういう風に話しかけられると、背中が痒くなりそう」
「……わかりました。じゃ、もう少しくだけた口調にさせてもらいます」
 それでも一応、年長の夢見に対して敬語は崩さない。真面目で任務に忠実そうな人だなー、と夢見は思う。
「ね、もうちょっと近くでイコンを見せてもらっていい?」
「いいですけど、そっちのイコンは教導団の生徒のじゃないんで、あまり近寄らない方がいいかも……」
 夢見の問いに、亮一は倉庫の奥のイコンを指さした。
「別に、構わないよ?」
 と、二人の後ろから、天御柱学院の制服に身を包んだ小柄な少女が声をかけて来た。
「教導団でも使ってる『クェイル』だし。あ、でも、触られるのはちょっと嫌だけどね」
 少女は、高島 真理(たかしま・まり)と名乗った。隣にパートナーの源為朝の英霊源 明日葉(みなもと・あすは)もいる。天学も、教導団に協力すべくパイロットを送り込んで来たのだ。
「イコンじゃなくても、自分が大切にしてる乗り物や武器を黙って触られるのって、ちょっと嫌じゃない?」
「それもそうね」
 夢見が答えると、真理はニコリと笑った。
「わかってくれてありがとう。じゃあ、ボクたちこれからイコンの状態をチェックするから、もし興味があるんだったら見てって?」
 そして、真理と明日葉はイコンを覆っている帆布を外し、機体のチェックを始めた。夢見と亮一は、作業を見守る。
「あら、あなたがたは整備中?」
 そこへ、なぜか今回この輸送船に乗り込んで来た葦原明倫館のユーナ・キャンベル(ゆーな・きゃんべる)がやって来た。
「キミも?」
 作業を止めた真理の問いに、ユーナは苦笑した。
「整備って言うか、様子を見に来たの。到着したら最終的な点検や調整が必要になるのは判ってるんだけど、一日に一回くらいはこうやって触らないと落ち着かなくて。……ちょっと、神経質になってるのかも知れない」
 『Thunderbird』と名付けたイコンの装甲にそっと触れる。
「あー、わかる。何しろ相手は龍騎士だし、シャンバラの外に出た上にイコンで戦うなんて初めてだし」
「そうなのよ。まあ、私の場合は、イコンの操縦に関してはまだまだ未熟だっていう意識もあるから、なんだけどね」
「ボクだって、鏖殺寺院のイコンと戦うつもりだとばっかり思ってたから、龍騎士を相手にするなんて予想外だよ……」
 真理とユーナ、二人のパイロットは、顔を見合わせてうんうんとうなずきあう。
「それがしは、ただ高揚を覚えるのみでござるが……難敵であればあるほど闘志が燃え上がるのが武士(もののふ)というものではないか」
 明日葉がたしなめるように二人を見た。
「そういう高揚感もあるんですけどね……それだけじゃないって言うか」
 ユーナは肩を竦めた。
「この内海の、鬱々とした感じも良くないのかも知れないな。カラっと晴れてて水面が青かったら、もう少し違う気分になれるんじゃないか?」
 亮一が口を挟んだ、その時。
「皆さん、こんなところに居たんですか? おしゃべりするなら、別の場所でもいいのに」
 亮一のパートナーの剣の花嫁高嶋 梓(たかしま・あずさ)が、怪訝そうな顔で倉庫に入って来た。
「いや、流れでここで立ち話になっただけで、別に集まったわけじゃないんだ」
 亮一が首を振ると、梓はにっこりと微笑んだ。
「だったら、みなさん、続きはブリーフィングルームで話しませんか? 軽食とお茶を用意してあります」
 どうする?と、今来たばかりのユーナを真理と夢見が見る。
「せっかくだから、ご馳走になるわ。こっちはまた後でもいいし」
 ユーナが頷いたので、生徒たちは揃って倉庫を出た。
 
 
 ブリーフィングルームのテーブルには、梓が作った卵サンドの皿が並べられていた。
「あっ、ユーナ、どこ行ってたんだよ!」
 ユーナのパートナーの剣の花嫁シンシア・ハーレック(しんしあ・はーれっく)が、ユーナの姿を見るたび叫んだ。
「どこ行ってたって……あなたこそ、こんな所に居たの?」
 ユーナはユーナで驚いている。
「サンドイッチを作るのを、手伝って下さってたんですよ」
 紅茶を入れながら、梓はにこにこと微笑んでいる。
「いや、彼女がシンシア殿を誘って下さって助かりましたよ」
 シンシアの隣で、ユーナのもう一人のパートナーである英霊山田 朝右衛門(やまだ・あさえもん)が疲れた様子で言う。
「シンシア殿がうろつき回るのはいつものこと、と最初は気にしないでいたのですが、さすがに何度も立ち入り禁止区間に突入しようとするのは看過できず……困っていたところに、この方が声をかけてくれたんです」
「ごめんなさいね、パートナーがご迷惑をかけて」
 謝罪するユーナを尻目に、シンシアは気にもとめていない様子で、
「だって、いろんな人と仲良くなっておいた方がいいかなと思ったんだもん」
 などと言っている。
「この船に乗ってる葦原の生徒はハーレックたちだけだから気持ちは判るけどさぁ、立ち入り禁止区間はやめなよね。あれって、だいたいは、部外者が入ったら危ない場所に書いてあるんだから」
 一緒に席についていた教導団のフラン・ロレーヌ(ふらん・ろれーぬ)が、ピクルスを口に放り込みながら言った。 「それに、郷に入れば郷に従えと言う。教導団の生徒の中に入って上手くやって行きたいなら、軍規はそこそこ守っておいた方が良いぞ」
 フランのパートナーの英霊アンリ・ド・ロレーヌ(あんり・どろれーぬ)が、サンドイッチを片手にうなずいた。この二人は、第三師団で試作された試作戦車を運ぶために、この輸送船に乗っている。
「むぅ……」
 シンシアは面白くなさそうに唇を尖らせた。
「パートナーと言えば、秋津洲と桜はどこへ行ったのかな?」
 ふと、ここに来ていないパートナーたちのことを思い出して、真理は首を傾げた。
「秋津洲は船室にばかり居ると体がなまる、甲板に出て少し身体を動かして来ると言ってござった。桜もついて行ったのではないかな」
 紅茶のカップを持ち上げつつ、明日葉が答える。
 
 
「真理は、イコンを持って、来ていますが、私たちは、上陸すれば、歩兵として、行動することに、なるでしょう。その時に、備えて、鍛錬は、欠かさない。、ようにしないとっ……」
 明日葉が言ったように、高島 真理(たかしま・まり)のパートナーの魔鎧南蛮胴具足 秋津洲(なんばんどうぐそく・あきつしま)は、甲板に出て素振りをしていた。時々フォームや握りを確認しながら、『女王のソードブレイカー』を振るその姿を見て、同じく真理のパートナーの魔道書敷島 桜(しきしま・さくら)は憂鬱そうにため息をついて、抱いているテディベアにそっと話しかけた。
「わたくしは、どちらかというと出来ることなら戦闘は避けられた方が嬉しいです……。敵対している国は言え、お互いに殺しあうことが無いようになれば良いのですが」
「難しいんじゃありませんか? 向こうが殺しにかかって来てるのに、防戦しないわけには行かないでしょう」
 素振りを止め、一息ついて秋津洲は桜を見た。
「聞こえちゃって……ましたか……?」
 テディベアだけに話したつもりだった桜は、ぎょっとして秋津洲を見た。秋津洲は無言でうなずく。
「そうですよね、みんなにはこんな考え方、受け入れられませんよね……」
 桜はしょんぼりと肩を落とす。
「戦争ですからね。根本的には、戦闘をしたくなければ戦争をやめる以外にないでしょう? 『やめる方法』は色々ありますし、私たちだけの話であれば、逃げ回って戦場に近付かないようにしていれば、戦闘に参加しなくて済みますが」
 対照的に、秋津洲は肩を竦めた。その時、船上にけたたましいサイレンの音が鳴り響いた。
 『右舷前方に船影を発見! 幽霊船と思われます!』
「出番は到着してからかと思ってたけど、その前にひと戦闘ありそうですね……」
 秋津洲はどうしますか、と問いかけるように桜を見た。桜は無言で、ぎゅっとテディベアを抱きしめてうつむいた。
 そこへ、船内から夢見を先頭に数人の生徒が駆け上がって来た。
「あたしは乗ってきた船に戻って、ここであいつらを食い止めるから!」
 言うが早いか、夢見はひらりと舷側から身を躍らせた。きゃ、と桜が小さく悲鳴を上げる。が、夢見は見事に、曳航していた小船に飛び降りた。
「ボクたちはこのままミカヅキジマに向かうって。秋津洲も桜も、中に入って!」
 ハッチから身体を乗り出して、真理が甲板に居た二人を手招きする。
「教導団はどちらかというと陸軍色の強いところで、海軍・水軍はあまり多くいない印象があるのですが、私たちは戦闘に参加しなくて大丈夫なのですか?」
 秋津洲が尋ね返す。だが、真理の隣から、教導団のシャウラ・エピゼシー(しゃうら・えぴぜしー)が叫んだ。
「俺たちの仕事は、荷物を無事にクレセントベースに送り届けることだ! 食い止めるのは夏野たちに任せて、俺たちは先に進むぞ!」
「わかりました」
 秋津洲は桜の手を引いて、船内に入った。それと入れ違いに、シャウラのパートナーの吸血鬼ユーシス・サダルスウド(ゆーしす・さだるすうど)が、弓を携えた生徒たちを連れて甲板に出た。
「……あなたがたは?」
 桜を先に船内に入れた秋津洲が立ち止まる。
「敵が空を飛んで来た場合に、魔法や弓によって威嚇するための要員です。あなたは飛び道具をお持ちではないようだ。中に入ってください」
 冷静な声で、ユーシスが答える。
「私も『奈落の鉄鎖』が使えます。足止めであればお役に立てると思いますが」
 秋津洲は申し出た。
「……では、来てください」
 ユーシスがうなずく。秋津洲は身を翻し、再び甲板に戻った。
「閉めるぞ!」
 自分も甲板に出るか悩んでいる様子の真理に、シャウラが言う。
「あなたは、中に居てください。敵を足止めするだけです、無茶はしません」
 秋津洲は諭すように真理に言った。
「……わかった」
 真理は船内に入った。シャウラはハッチを閉じる。だが、真理はハッチの前から動けずにいた。
「おい、そこだと船が揺れたりした時に危ないぞ」
「大丈夫、ここにいる……」
 奥に入るように促すシャウラに向かって、真理はうつむきがちにかぶりを振った。その手を、桜と明日葉がそっと握る。
「それがしたちは、ここに控えているでござる」
 明日葉がシャウラを見た。
「そっか。気をつけろよ。俺は積荷のロープをもう一度確認して来る。あんたたちのイコンもちゃんと見とくからな」
 軽く手を挙げて、シャウラは倉庫に向かって駆け出した。
 
 
 一方、小船に飛び移った夢見は、湖族の船に戻った。
「幽霊なんて、まもとに相手してたらきりがないよね。乗ってるのが幽霊でも、船には実体があるんだから、邪魔になる船の船体に穴を開けて沈めちゃおう! あたしたちの目的は幽霊船を撃滅することじゃない、輸送船を無事にクレセントベースへ届けることだからね! 無理に戦おうとしちゃダメだよ!」
 湖族たちを見回して声をかけると、
「おう!」
 とイキのいい返事が返って来た。
「よーし、みんな、行くよっ!」
 夢見は『幸せの歌』を歌い始めた。歌声を乗せて、船は幽霊船の前に立ちはだかる。ゆるゆるとこちらへ向かって来る幽霊船の船体に向かって、砲撃が始まった。脆い船体に、バキバキ穴が開いて行く。が、幽霊船からも錆びた砲弾が打ち出される。
「……もうちょっと、敵に近付いて!」
 夢見は少し考え、操舵手に向かって叫んだ。
「接弦するんですかい?」
 操舵手が聞き返す。
「ううん、敵の懐に入るの。向こうの方が装備が旧式みたいだから、着弾点より近くに行った方が危険が少ないと思うんだ。砲手は、もっと喫水線に近い所を狙って!」
「了解です!」
 砲手がハンドルを回して、砲の角度を変えた。
「行けえッ!」
 咆哮と共に打ち出された弾は、幽霊船の喫水線近くに大穴をあけた。幽霊船の船体が傾ぐ。
「もう一隻来ます!」
 見張りが叫ぶ。夢見は輸送船の方を振り返った。こちらが敵船に近付いたせいもあるが、大分距離があいたのを確認して、指示を出す。
「今接近してきてるのを片付けたら、離脱するよ!」
「了解です!」
 船のあちこちから、返事が返って来た。