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第四師団 コンロン出兵篇(第2回)

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第四師団 コンロン出兵篇(第2回)

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ボーローキョーの亡霊王
 
「女。何ヲ求メ、我等ノ都ボーローキョーヘ来タ」
 誰。亡霊たちの王……?
 第四師団付秘書、御茶ノ水 千代(おちゃのみず・ちよ)は、見上げる。ひと際大きな異形だ。
 亡霊同士の戦い……私はいつの間にか、地獄に迷い込んだの? それとも、砂漠で見た髑髏の夢の続き? この掌中にあるのは、絶望? ……違う! ここは、ボーローキョー。亡霊たちの街明かりがすぐ其処ここに見え揺れている。
 亡霊たちが築き上げたというボーローキョー付近の平野。ついさきまで、亡霊同士の戦いが行われていたところ。周囲には、骨や屍が散乱し、残された亡霊たちが無言で佇んでいる。多くが、飛来したネクロマンサーに操られ東へと去っていった。
 私は「今」を生きている! 私には、まだやれることがある!
 千代は、立ち上がる。
 コンロンより溢れ出し亡霊。彼らは「死んで」いるの? それとも私たちと同じく「今」を「生きて」いるの? 「生きて」いる死者たち……何故、彼らは「生きて」都を形成しているの? ――人間への恨み? ――平穏に暮らしたいという、生前叶わなかった「希望」?
 !!
 私は後者を信じたい! だからここまで来たのだから!
 教導団員としてではなく、一人の「人」として王に思いの丈をぶつけます。
 これより亡霊王との交渉に入ります!
 千代は、立ちはだかるような巨大な異形に語りかける。千代はこういうところは気丈だ。千代の求めるものは……唯一つ! ボーローキョーの平和。
「シャンバラ教導団、エリュシオン帝国等人間の争いに関わることなく、「亡霊の軍閥」として独立した専守自衛の平和の道を歩んでもらいたい、この一点です。先般のネクロな方、この先現れるだろう亡霊の力を欲する者にも、争いの力を貸すことなく「生きて」もらいたいのです」
 亡霊王は尚、しばしそのまま佇んでいたが、
「我々モ、元々争イヲ望ンデイナイ」
「そうなの……ですか!」千代は、幾らかの望みを胸に抱く。
 千代の言う通りで、ボーローキョーの民は元々その多くがコンロンの長い戦で死した者たちが、しかしコンロン山から天上へ上る道が塞がれ否応無く地上にこのような屍人(アンデッド)の姿でとどまることになった者なのだと。しかし地上にいる以上、自らの命を奪った戦に死して尚向かい合わねばならない。意思を保てなくなった者や、戦の火や風雨にさらされ屍の体さえもなくしてしまった霊体がコンロンの土地に彷徨いだし生きる者を食らう。
「意思を持たないためにそういった状況に左右されたり無差別に暴れ回ったりする亡霊たちを、ボーローキョー領内に連れ戻すことはできませんか。亡霊王、あなたの知恵を借りることはできませんか?」
「ムゥ……我ニハ、コノボーローキョーノ土地デ暮ラス者等ヲ纏メルノデ精一杯……」
「……そうですか。ならば、あなた方には何とか「生きて」ほしい。コンロンの戦は、私たち教導団がコンロンの古い軍閥の方々と共に収め、必ず平和をもたらせてみせます。だから」
 そのとき、上空を飛来する影。羽ばたき。
「龍騎士?!」
 神龍騎士タズグラフである。
「貴様は……教導団の者か。成る程。夜盗どもの言っていた秘書というのは貴様か。それに、ボーローキョーの長か? 成る程、土地の軍閥を教導団の側に引き入れようとしているのだな。だが、そうはいかぬ。亡霊王よ。よいか。貴殿らも歴史は浅いというがそれでもれっきとしたコンロン八軍閥に数えられる、兵を束ねる勢力の一つ。その一つとして帝国に協力せよ」
「違う! ボーローキョーの住人は、兵ではない!」千代が、旋回する龍騎士に向かい叫ぶように言う。
「我等、」亡霊王も口を開く。「争イデ死シタ亡霊。争イヲ憎ンデオル。争イニハ加担セヌ」(ボーローキョーが軍閥と呼ばれるのはあくまで、もともと防衛のために兵をもったというニュアンス。)
「ではボーローキョーは帝国に逆らうということであるな?! フン。さすればいずれ、戦いは避けられぬぞ」
 千代はどうして……と落胆してしまう。
「教導団に味方するのか? 教導団に味方しても、戦いに兵として利用されるだけだぞ。
 帝国に付くがよい。私たちの力の方が圧倒的に上だ。よいか。最小限の戦いで、このコンロンの戦争を終わらせ、さすればコンロンの民は私たち帝国のもとで安泰に暮らせるようになる。今、私たちに付かねば、そのとき、ボーローキョーの自治は保障できかねるが?」
「私は、……」千代はもう一度、龍騎士に向かい、「ボーローキョーの方々を、コンロンの民をそもそも、戦いに巻き込まないでいい。専守自衛をしてさえくれれば……」
 龍騎士がそれをさえぎる。「いや、コンロンはすでに激動の中にある。争いと無縁ではいられぬ。コンロンの荒廃がこの事態を呼んだのだ。このままではコンロンの地は腐り果てるばかりであったろう。コンロンの地が私たちに助けを求めたのだ。少しでも、これからのコンロンをよくしようと思うなら、我ら帝国と共にこれまでコンロンを荒廃させた罪を償うべく尽力するがよかろう。我らと共に、コンロンの旧い悪を根絶やし、戦争を早く終わらせるのだ。そのための戦いだ」
 


 
 この平野に近づきつつある、流浪の一団があった。彼ら自身も、ボーローキョーの幽霊集団なのかと一瞬見紛う。ボロボロになった「龍」「雷」等とかろうじて読める旗を携えている。すなわち、暗い内海の幽霊船との遭遇戦で本隊からはぐれた【龍雷連隊】の一個中隊であった。
 さらに服鎧までボロボロに身をやつしていることは実は、安全のため教導団の隊だとわからぬようにするためである。
 大将旗である「岩」の旗は見えない。この一隊を率いるのはそう、龍雷連隊の忍者軍師、甲賀 三郎(こうが・さぶろう)である。
「どうやらこの辺りがボーローキョーと呼ばれるところか。まったく、ついておらんな。ふふ」
「さ、三郎〜何がおかしいの。微笑んでる状況じゃないよ? 気が狂っちゃったん、三郎?! しっかりしてよお」さっきから、ゾンビのポチを盾に怯えっぷりの激しいロザリオ・パーシー(ろざりお・ぱーしー)(でも内心ワクワクしてるにゃ)。
「ロザリオ。安心せい。しかし我は忍者軍師。ピンチをチャンスへと変えてみせようぞ。折角この土地に来たのならば、ここの軍閥に接触し、味方にできぬか」
「でも、亡霊の軍なんて……三郎、こわいにゃぁ」またロザリオや連隊兵や高坂 甚九郎(こうさか・じんくろう)が甲賀にひっついてくる。「コワイであります!」
「む。おぬし、高坂。無事であったか」
「はっ! 三郎准尉!」
「むう。さきの戦いで、いや、少なくとも南部戦記あたりでとっくに死んだものかと思っていたぞ……よくぞ黒羊郷からここまで生き残ったな。それともやはりここは……」
「三郎! いやにゃ、それ以上ゆわないでにゃぁ!」
「いえ、いえ三郎准尉。オレはこの通り、生きておりますよ。パーシー曹長も、どうか落ち着いて」
「何を言うにゃ! オレは正気だにゃ。この、高坂っ伍長の分際で! おら、げし、おら、げしげし! 何べんでも、死んでこい!」
「おまえたち、静かにせぬか。おまえたちがしっかりせねば、連隊員にも示しがつかぬぞ。して、高坂伍長。何か」
「はっ」改めて高坂甚九郎。かつて松平岩造の檄により黒羊郷で集った浪人兵の一人である。現在の階級は伍長。
「准尉。本部と相互更新を図るため、このオレの犬に伝令用の紙片(首輪に提げた木樽)を持たせ、こちらにオレらを探しにくるだろう仲間の出迎えをさせましょう。この状況ではこのくらいしか手段がありますまい」
「な、何でいきなり犬がいるにゃ。そいつもゾンビかにゃ!」ロザリオはポチを盾にしつつ。
「ふむ……成る程。それはいい」甲賀は冷静に思案し許可を出した。「我々は先へ向かうぞ!」