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The Sacrifice of Roses  第二回 タシガンの秘密

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The Sacrifice of Roses  第二回 タシガンの秘密

リアクション

2.


 ――黒薔薇の森。
 もはやそこに住む吸血鬼はおらず、ただ不気味なモンスターが蔓延り、昼なお暗い森は鬱蒼と茂っていた。
「気をつけろよ、アスカ」
「うん」
 そこを、墓所へと向かい進んでいる男女がいた。師王 アスカ(しおう・あすか)と、蒼灯 鴉(そうひ・からす)だ。
 ルーツ・アトマイス(るーつ・あとまいす)は、森の入り口までは案内したものの、その先の随行は拒否した。以前、タシガンの吸血鬼に受けた心身の傷は、いまだ癒されてはいないのだ。ウゲンに引き連れられ、大多数の吸血鬼は姿を消したとはいえ、同族に会う可能性がわずかながらでもある場所に、積極的に赴くことはとてもできなかった。
 そんなルーツの心情を、アスカたちは理解している。
「もちろんよ。ここで待っていてね〜。用事が終われば、すーぐに戻ってくるわぁ」
 アスカは微笑み、ルーツの手を優しく握ってやった。

 そこから、墓所までの道は、なかなかに厳しいものだった。
 襲いかかるモンスターは、なんとか鴉が撃退をしたものの、疲労はぬぐえない。
「はぁ……」
 植物に、墓所の場所を尋ね、何度目かにアスカは大きく息をつき、額の汗を拭った。
「大丈夫か?」
「平気よぉ、これくらい〜」
 アスカは気丈に答えるが、恋人である鴉にしてみると、気に掛かる。
 二人は、ウゲンに関する情報を求めて、この森にやってきた。たとえ吸血鬼はほぼいなくても、この森の植物……とくに、ウゲンの眠りを見守ってきた黒薔薇たちであれば、なにか覚えているのではないかと踏んだのだ。
「それにしても、5千年前にも存在する奴って…色々規格外過ぎるだろあの子供……」
 鴉が忌々しげに呟く。
「本当よねぇ。ディヤーブさんは、ウゲンは『よくわからない子供だった』とは言ってたけど」
 ここに来る前に、ディヤーブの見舞いはすませてきている。
 確定的になったのは、カミロがロストイエニチェリとなる前、なにやらウゲンが親しげにしていたということだ。
 そして、一人は寺院へと身を投じ、一人はここで眠りについた。
「なにがあったのか……少しでもわかればいいんだけど〜」
「ウゲン本人に聞ければ、これ以上ないほど楽なんだがな……」
「でも、正直にお話してくれるとは思えないわぁ」
 アスカの返答に、それもその通りだな、と鴉は肩をすくめた。
 それから、再び歩き出した二人は、ややあって、ようやく墓所へとたどり着いた。
 すでに日は傾きはじめ、辺りは一際闇に包まれている。
 今は黒薔薇だけが咲き乱れている『墓所』に、アスカは跪いた。祈りを捧げるようにして、薔薇たちへと心を寄り添わせる。……そんな彼女の背中を、鴉は油断なく守っている。
「…………」
 薔薇たちの言葉は、ひどく断片的だった。この森の彼らにとっては、記憶とは鮮明に長持ちしないようだ。
 ウゲンとカミロがここにいた……それはわかるのだが、会話まではわからない。ただ。
「アスカ?」
 目を閉じたアスカの頬を流れ落ちた涙に、鴉が驚き、彼女の肩に触れた。
「どうした」
「……なんでかしら……でも……」
 言葉はわからない。ただ、その場に残されていた『感情』だけが、薔薇の記憶を通じてアスカに流れ込んできていた。
 ウゲンのものではない。おそらくは、カミロ・ベックマンのものだ。
 愛おしい気持ち。愛されたいという願望。しかしそれがいつしかねじ曲がり、独占欲と嫉妬に苦しんで。……それならばいっそ、離れてしまえば。そして、失ったものを、貴方も嘆けば良い……。
「そんな愛情は、悲しいだけだわ……」
 愛情ではないにせよ、同じ人を慕う気持ちがあらばこそ、アスカには伝わったのかもしれない。
 ただ、カミロもまた、ウゲンにそう唆されたのだろう。小さな心の隙に入り込み、愛情をねじ曲げたのは、おそらくウゲンだ。そして、ジェイダスからカミロを失わせた。カミロにとっても、また。
 哀しさと悔しさを感じながら、アスカは立ち上がった。
 このことについては、薔薇の学舎の生徒にも伝えておきたかった。
 森を出たら、白い貴公子のイエニチェリ…藍澤黎。彼にメールをするつもりだ。
 どうかもう、ジェイダス様を裏切らないでほしい。できることならば。
 アスカはそう想いながら、目を伏せた。



3.



「では、頼んだぞ。グレッグ。わたくしはここでまっているとしよう」
 姫神 司(ひめがみ・つかさ)は、薔薇の学舎の校門前にいた。
 ジェイダスに確かめたいことがあり、事前に面会を申し込んだところ、了承を得たためだ。しかし、女人禁制の薔薇学のルールを遵守し、実際の面会には司ではなく、パートナーのグレッグ・マーセラス(ぐれっぐ・まーせらす)が一人で向かうことになっていた。
「ええ。では、行ってまいります」
 おっとりとした微笑みを浮かべつつ、グレッグが答える。
「お待たせいたしました。薔薇の学舎の、レムテネル・オービス(れむてねる・おーびす)と申します」
 グレッグを出迎えに現れたレムテネルは、青い瞳をグレッグと司に向けた。
「失礼ですが、身分の確認ができるものはありますか」
 念のための確認ということなのだろう。警護が厳しいだろうことは想定内であり、司は了承した。
「わたくしは空京大学の姫神司。彼はわたしの契約者、グレッグ・マーセラスだ」
 確認を終えると、レムテネルは深々と二人に礼をした。
「ご協力に感謝します。それでは、グレッグ。ご案内します」
「よろしくお願いします。……では」
 司に軽い会釈をすると、グレッグはレムテネルと共に校門をくぐっていった。
(さて……)
 司はあたりを見回す。指名手配中のテロリストがタシガンに潜入しているという情報も、耳にしている。ここで校門に立っていれば、不審人物を見かけるかもしれない。
 なんでも、教導団もかなり大人数で展開しているようだが……。
(そういえば、駐留部隊にロイヤルガードの推挙を受けた人物がいる様だが。推挙ともなれば、明鏡止水、さぞ人品卑しからぬ人物なのであろうな)
 そんなことを思いながら、司はその場に佇んでいた。


 校長室の入り口では、テディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)が警備をしている。テディはレオテニルとグレッグを見つけると、硬い表情のまま目礼をした。二人も、同じように返す。
「校長、面会者をお連れしました」
 ノックののち、レオテニルがそう告げる。
 室内には、イエニチェリ、皆川 陽(みなかわ・よう)リア・レオニス(りあ・れおにす)、そして、エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)が、ジェイダスの側に控えていた。
「面会の許可をいただき、ありがとうございます。以前は、合同講習で大変お世話になりました」
 グレッグが丁寧に挨拶をする。それから、懐に預かっていた書状を差し出した。
「こちらを」
 書状を受け取ったのは、リアだった。それを、ジェイダスへと手渡す。ジェイダスはさっそくそれを開き、書かれた質問に目を通した。
「お答え願えますか?」
「……そうだな。私の判る範囲でよければ、だが」
 ジェイダスはそう言うと、不遜な笑みを浮かべ、豪奢な椅子の肘掛けに頬杖をついた。
「まず、タシガンについてだ。……タシガンの地はあった。なかったのは、街だけだ。これについては、先般我々のほうで解析はすすんでいる。『ある人物』が、五千年の昔、タシガンに降り立った。そして、街と、その住人として吸血鬼を創ったということだ」
「吸血鬼にとって、その意味は大きいのでしょうか?」
「ラドゥも驚きはしたようだが、だからといって変わりがあるようには見えんな。吸血鬼と一言にいっても、色々いるのだろう。……地球人が皆同じでないようにな」
 そう答え、ちらりとジェイダスはグレッグを見やった。
「……確かに」
 存在する意識の数だけ、正義と思惑がある。だからこそ、今日のような状況になったともいえた。
「さて、新たなエネルギーに関してだが……これについては、まだ他校の者には詳細を明らかにするわけにはいかない事情があってな」
「事情?」
 グレッグの眉根が寄る。
「ひとつには、未だ実用に足るものかはわからん。不確定要素が多すぎるものを、公的に協力を申し出るわけにもいかないだろう。ただ……そうだな。私がその権利を独占し、それによってさらなる権力を得ようと企んでいる、と思っているのならば、それは違うとだけ言っておく」
「そう、ですか」
「私の名に誓おう」
 神ではなく、己自身にというのは、いかにもジェイダスらしい言いぐさだ。しかし、それが故に、嘘ではないのだろう。
「ありがとうございます」
 グレッグは、深々と礼をした。